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    支部にあげたやつ

    宮i高

    雨天決行、雨天決行。これからもずっと。――思えば、ずっと前から狂っていたんだと思う。そして、きっとこれからもずっと狂って行くんだと思う。けれどそれは絶対狂ってなんかいなくって、俺らだけは幸せであの時だけは最も正しかったんだ。


    ――暑くて、暑くて溶けてしまいそうな夏の夜。ぼけっと空を眺めていた。雲間から覗くアルタイル、少し奥に目をやれば走る雷光。光ってから音が聞こえるまでが短くて。やだなあ。雷。しばらく帰れねえなあとか思いながら。体育館のカギは返さなきゃだから、帰らなきゃなんだけど。ああ、めんどくせえ。そんなことを考えながらスポドリを口に運んだ。息をついて、目を閉じる。目頭を抑えると、キン、として自分が頭痛を抱えていた事に気がついた。
    「使い、すぎたな、ま、しばらくこうしてりゃあ治っけどさ……。」
    ぽそりと呟いた言葉は何とも湿っぽかった。いつもなら出ない感情も、何もかもが出てくる気がする。幸い体育館にはオレ、とストイックな先輩が一人だけ。少しくらいの独り言ならきっと静寂が隠してくれる。
    体育館の非常口、普段は開けてはいけないんだけれど、学校がわざわざ熱心なバスケ部員のために扇風機を夜まで稼働してくれる――訳もないのでストイックな先輩が開けてくれた。どこに鍵がある、とか開け方の手順とかそれらしいヒントも無いこの扉をあの人は容易く開けていた。茶化しながらどこに鍵穴があるのか訊ねたら、「馬鹿、企業秘密だよ。」と笑われた。オレはそんな先輩の企業秘密が駆使された非常口から下半身を投げ出して体育館の床に身を預けた。太ももを撫でる風にはお世辞にも涼しいとは言えないし、寝そべってから消費期限1分弱の床の冷たさはもう使い物にならない。ボトルに入っていたスポドリだって空に近いけど、継ぎ足しを作りに行く気にもならない。だから今のオレは冒頭のように星見をするしか選択肢がないのだ。ストイックで企業秘密を使える先輩は未だにドリブルとシュートの練習をずっと繰り返している。床を伝って頭に響くボールが叩き出す音が心地よかった。オレの胸の鼓動は、だんだん落ち着いてボールの胎動よりずっと遅くなっていった。あっ、このまま寝ちゃいそう。湿っぽくて埃っぽい匂いが風に運ばれていっそう眠気を誘う。ああなんて心地いいんだろう。夏の夜なんてジメッとしていて気分屋で好きじゃないのに。すごく、すごく。
    「ずっとこのままこの時間が続けばいいのになぁ。」
    という言葉が口をついて出た。理由は分からない。ぼんやり天井を眺める。あ、あそこにバレーボール引っかかってら。あっちは電球切れかけだし……。もっと点検とかしないもんなのか。と思いながら寝そべっていた。しばらくそうしているとストイックな企業秘密を使える先輩が声をかけてきた。
    「おいテメェ高尾。寝るなら帰れ。」
    いつも通り厳しい言葉と共に先輩がオレを覗き込む。ぽたり、と先輩の汗がオレの額に落ちた。
    オレはその言葉でガバッと上体を起こし額を抑え、答えた。
    「アッ、宮地サン、すみません! 再開します!」
    そう答え立ち上がろうとすると先輩――宮地サンは、
    「テメェいきなり起き上がんな! 頭打ったらどうすんだ! もっと注意しろ! 轢くぞ!」
    といいながらも立ち上がろうとするオレの肩に手を置いて、
    「や、俺も休息のつもりで来たしな。……もっと隅に寄れよ。風が来ねえだろ。」
    と、俺と同じように非常口から足を投げ出した。大の男、(と言っても男子高校生だけど。)が小さな非常口から二人並んで足を出すのはちょっと無理があるんじゃないかと思い、どこうとするが宮地サンが俺の左肩を肘置きにしてしまったせいで身動きが取れなかった。汗と、制汗剤の香りが柔くオレ達の間を漂った。ちら、と横目で宮地サンを見るとスポドリを口に運びながら、あちぃな。と呟いた。あまりにオレが見つめていたからか宮地サンと目が合った。ンだよ。と宮地サンは横目ではにかんで、ぢゅーとボトルを押してスポドリを飲んだ。
    なんでだろう、凄く喉が渇いたな。オレもスポドリを飲もうと口に運び、潰してみたけれど、ぶしゅーと空気の音がするだけだった。
    (そうだ! 忘れてた、飲んじゃったんだった!)
    自覚した途端すげえ恥ずかしくなってスポドリのボトルをコト、と横にそっと置いた。いつもなら茶化すんだろうけど何故だか気分じゃなかった。そんなオレを見て、宮地サンが、
    「飲むか?」
    と、自分のスポドリを差し出してきた。オレは、
    「いただきます。」
    おず、とボトルを受け取った。ほんの少しだけ指同士が触れ合って何故か気まずくて、あんなに喉が渇いていたのにちっとも潤った気がしなかった。
    ――静寂。
    お互いしばらく黙ってると、思い出したように宮地サンが口を開いた。
    「さっき何を見てたんだ?」
    オレは、ボトルの飲み口をじっと見ながら、
    「アルタイルっすよ。」
    と答えた。すると宮地サンが、
    「あれはベガだぞ。ちゃんと授業受けてんのか?」
    と笑った。
    「オレ、勝手にベガをアルタイルだと思い込んで親近感抱いてたってことッスか!?」
    オレはつい大声を出してしまった。
    が、
    「うるせー笑 だいたいアルタイルは鷲だろ。お前は鷹。英単語もわかんねえのか。ボケ。」
    と更に追い打ちをかけられた。オレはなんとなく悔しかったので、宮地サンの知識が間違いであるほんの少しの可能性にかけてスマホを取りだした。
    「あっ、お前。疑ってんのかよ! 轢くぞ!」
    理不尽な怒号はさておき、宮地サンも気になるのかスマホを覗き込んできた。――検索結果は惨敗。
    「ほら言っただろ、ベガだって……。」
    言い返そうと顔を向けて、息を飲んだ、蜂蜜色の瞳があまりに近くて困惑した。蜂蜜色の瞳も揺れていた。オレを見据えて、至近距離でゆらゆら揺れていた。オレは何故か目を逸らすとか顔を背けるとかしないで黙って見入っていた。夏の温い空気に飲まれる、さっきよりも制汗剤の香りを強く感じた。宮地サンは目を逸らすでもなく、そっとオレに顔を近づけ――。

    ふに。

    宮地サンの柔らかい唇とオレのカサついた唇が触れ合った。
    刹那、ドッと心臓が動き出した。暑くて、熱くて。耳までかあっと赤くなった。
    宮地サンは
    「わりぃ、」
    と言って立ち上がろうとした、がオレの手がそうさせなかった。
    何を思ったかオレは、
    「もっと。」
    と強請った。
    馬鹿野郎! 今なら間違いでした! 間違えました!
    で済ませられるのに!
    そんなオレを見て宮地サンは、
    「ば、か。」
    と言って二度目のキスをした。
    ぽつ、ぽつと雨が降って来て、オレらの足で水滴が踊った。宮地サンは俺の頭を愛おしげに撫でたあとサッと足を引っ込めて、
    「トイレ」
    と言ってパタパタと走っていった。
    オレはしばらく唇を押えながら、呆気に取られていた。

    しばらくして隣でオレの体育館シューズを乾かしながら宮地サンはまた言った。
    「わりぃ、なんか、本当。」
    オレは妙にキスをした時より気まずくって、
    「別に、嫌じゃ無かったですし。」
    と答えた。ファーストキスでしたけど。とも付け足した。ちょっとだけ小指を絡めてみる。
    それを聞くなり宮地サンは尚更焦って、
    「えっ、お前、えっっ。――だってお前、」
    と叫んだ後、まじかー、と顔を両手で覆った。宮地サンの耳は赤くて、勘違いしてしまいそうだったし、何故かオレの胸は高鳴った。
    オレ、ゲイなのかな。でも、嫌じゃ無かった。本当に。不思議なんだけど。
    しばらく考えこんでふと、わかった気がした。
    「……あ。」
    間抜けな声を出した自覚はあった。でも。けれど。
    「宮地サン、オレ、なんか、キスされた時、嬉しかった、気がする。」
    オレがそう言うと宮地サンは、
    「意味わかってんのか。」
    と返した。オレは、間髪入れずに
    「わかってますよ。」
    へらりと笑った。馬鹿だなあ。馬鹿だなあ。遅すぎるよ、自覚するのも、されるのも。何もかも。
    ――だってお前。彼女いるじゃん。
    「そうなんですよねえ、」
    オレは今日一番笑った。カラカラと。
    「あー! オレ、喉乾いちゃった! 宮地サン、自販機寄って帰りましょ!」
    オレは目を瞑りながら言った。
    宮地サンは、くしゃっと、眉間に皺を寄せながら笑った。
    「そうだな。」
    その笑顔を見て、オレは改めて自覚して、じんと胸を痛めた。小指を解いて、そっとシャワールームに向かう。宮地サンも続いて立ち上がった。
    お互い、何にも言わなかった。じんわりと痛む胸、熱くなる目頭、自然に力む拳。雨でさらに湿っぽくなった体育館の空気。歌う雷。騒ぐ雨音。何もかもがオレらをわらっていた。


    オレの長くて遠い夏が、今やっと終わって、やっと始まった。

    あの日、オレが見たのは本当にアルタイルだったのかもしれない。それで宮地サンが見たのがベガ。

    だって、そういう事だろう。この感情も、全部、全部!
    ただきっとこの先ずっと 雨模様だけど!
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