お転婆姫失踪事件「美味しい!美味しい!」
アホ毛をぴょこぴょこ動かしながらそう告げる少女の口にはお菓子の食べかすがついている。それを指摘すると少し恥ずかしそうにしながらまた次のクッキーを手に取るのだ。本当に作りがいのある食べ方をしてくれる子だ。
「ドラルク!お代わり!」
「ヌンヌ!」
「ごめんよ。焼いた分はもうなくなっちゃったから…」
「お代わり!」
「今から生地こねて焼くから時間かかるけどいい?」
「もちろんだ!」
「はいはい…おや?」
早々に食べ終わったのかお代わりを要求してきたので小麦粉を取り出そうとすると、棚の奥に何もないことに気づいた。手元の袋も残り少ない。
「すまないねヒナイチ君。小麦粉が切れてしまったみたいだ。最近地上に行けてなかったからね。他すぐに出してあげれるものあったかな。」
何かないかと深海の食糧庫に潜ってみると、いつだったか余って冷凍していたパイシートと冷凍ブルーベリーがあった。一口大のパイなら作れるだろう。
「少し時間かかるけど構わないかい?パイなら作れそうだから少し待て…っておわっ!!」
パイシート片手に振り替えると、すぐ目の前に少女の顔があった。綺麗な翡翠色の瞳には一瞬だけ形を崩した私の姿が映っている。まだ死んでいないからセーフだ。
「どうしたのヒナイチ君、パイは火を通さないと食べられないよ。」
「ドラルクは地上に出たことがあるのか?」
必死にパイシートを守っていると予想外の質問が飛んできた。
「うん、何度も出ているよ。魔術にいるものやお菓子の材料を調達するためにね。」
「お菓子の材料は地上にあるのか!?」
「まあそうだね。海にないものは地上にあるね。クッキーの材料だってそうさ。」
「ジョンも行ったことがあるのか?」
「もちろん。私とジョンは一心同体だからね。」
「ヌー」
彼女に抱えられたジョンが私と一緒に返事をしてくれる。
「地上って私たちを食べる種族がいると聞いたことがあるんだが…本当にドラルク一人で行ったのか?」
「人間は人魚は薬、蛸や貝は食事に並ぶことがあると聞いたことがある。でも人間は同族を食べないから人間のふりをしたら大丈夫だよ。」
「すぐばれるんじゃないのか?」
「そこはこのドラドラちゃんに任せなさい!私の魔法で人間そっくりになれるのだよ!」
「本当か!その魔法を使ったら私も地上に出られるのか?」
「人間みたいにすることはできるけど…ヒナイチ君地上に興味あったの?そんなそぶり見せなかったけど。」
「ドラルクのお菓子の材料が地上にあるってことは、地上にはもっと美味しいお菓子があるってことだろう?」
そう言って彼女は目を輝かせながらじゅるりと涎を垂らしていた。