パルミラ王室、ある日の事件簿(クロヒル)※翠風設定
フォドラ統一国家の後任を"きょうだい"に任せた後、オレはヒルダとナデルを連れ、パルミラへと帰った。そして王位を継ぎ、幾月かの時が経つ。
そしてある折、バルタザールとした会話を振り返り、思い耽る。
ーーオレの選んだ道は正しいのだろうか?ーー
目先のことを見れば、フォドラとパルミラは国交樹立が成功。ブリギットも属国を脱却。三国は平和になった。
しかし、それはあくまで目先の話に過ぎないのである。
国に帰り、フォドラと外交を成し遂げた後、オレは改めてフォドラを訪れた。初日。あの日闇に蠢く者と戦った地に赴き、その技術を漁り尽くした。二日目。きょうだいに頼みこみ、再びアビスの禁書を漁らせて貰う。いくつか複写を取らせて貰う。三日目。フォドラとの外交成立を名目とした宴を行う。四日目、長い旅路を帰郷する。
そして持ち帰ったそれらをまずは王族たちに共有する。すると彼らは驚くも、強い関心を抱く。
あれから幾月、あくる程の日が経った。パルミラの技術者が持ち帰った技術に興味を持ち、通信技術の発明を行った。紋章社会ではないこの国では画期的な発明となり、新聞売りは「号外!」と街を叫び回っていた。
しかし、程なくし、問題は起こる。
「クロード君、どうしよう!隣国の難民がパルミラに押し寄せているの。あたしが外交担当だからって、沢山手紙や陳情が来てて......。」
どうやらオレたちの開発した『通信技術』のお陰で、噂の伝播は随分と早くなってしまったらしい。
「フォドラの戦争孤児はドロテアやユーリスの進言を元にきょうだいが充分に世話を焼いている筈だ!マヌエラ先生までいる!ってことは、向こうの国か!?いや、フォドラと国交を通した以上スレンから押し寄せてる可能性もあるなら......。」
「うん、フォドラの人達じゃない。きっと隣国か何かが戦争か紛争を始めたのよ。巻き込まれたくない平民が押し寄せてきてるの。国境で受け入れを懇願してるみたいだけど、パルミラの皆は『ここはパルミラ人の国だ!自国へ帰れ!』って怒ってるみたい。でも純潔のフォドラ人のあたしが説得にいっても、益々混乱しちゃうかも......!」
「落ち着け、ヒルダ。まずはオレたちの中で優先順位をつける。そうして策を練る。上に立つ者はぶれてはいけないんだ。オレの側に居続けたお前ならわかるだろ?」
するとヒルダは一度深呼吸し、平静を取り戻す。目の色が変わった。本気の証だ。
「例えどんな人であっても、見捨てて良い命なんてたった一人としていないわ。特に理由が戦争ならそう。大義名分はそうなるわね。」
「あぁ、正論だ。民の心を動かす王であるためには、その演説も必要だろう。だが反面、それはリスクでもある。」
「戦争が......終わった後の話?」
「そうだ。オレたちは王族である以上、自国の民の為に働かなくてはいけない。他国の人間に食事やら病床やらを与え尽くせば『自国の貧しい者を差し置いて、売国奴が!』となじられるのは目に見えた話さ。」
「それじゃああたしの考えはやっぱり......。」
一瞬、ヒルダの目に陰りが宿る。
「いや、それでも目の前の命は救うべきだ。ヒルダが正しい。後々食い扶持を自分で賄える状態になって尚、乞食され続けるっつーならまだしも、隣国にありながら見殺しになんてしたら、憎しみの連鎖が起きるのみさ。復讐の為の戦争が起こったっておかしくない。民が大事なら、なおのこと、一時避難位は許すべきさ。」
「......そうね、確かにその通りだわ。クロード君って、本当にずっと不思議な人。あたしはあたしのやることがわかったから、後は働くだけね。構わないわ。」
そう言うとヒルダはそそくさと立ち去り、国境へと向かう。あまりの切り替えの早さにこちらが焦って指示を出すことになる。
「警備、ヒルダについていけ!我が王妃はフォドラとの要人でもある!自分の命を散らすことなく、彼女の命も絶対に死守しろ!皆が難民らの相手をしている間、オレはこの国の民の意思を統率せしめる!安心して行け!」
そう演説すると、最初に動揺していた兵士たちは一気に動いた。みな、揺らいでいた心が統率されたらしい。
「オレらは混乱している民のもとへ向かう!行くぞ!ナデル!」
*
「皆の者!聞いて欲しい!今国境では隣国より大量の戦争難民が押し寄せている!彼らを理解出来ないもの、受け入れることに納得しかねる者も多いだろう!だからこそ、聞いて欲しい。これが我が国の意向である!」
演説を始めると、すぐに民の人だかりができた。王家からはパルミラの景色がよく見えるのだ。演説を始め王家近くでは民が集まり始め、街は静けさを帯びる。国境付近以外は騒動が収まったようである。
「はじめにいっておく。私にとって最も大事な者は民である。故に......」
そんな言葉で始まり、紡がれていったオレの言葉はなんとか民衆の心に届いたようであった。不満を抱いていた者も、自分の話でリスクを理解したらしい。
一通りスピーチを終えた後、執務室へ戻る。
「ナデル!ヒルダの方は無事か?」
焦りながら聞く。
「無事だから心配すんな、坊主!つーか問題は起こってたみたいなんだが、話聞いてたら凄いもんだ。流石我が兄弟、ホルストの妹君。暴動を華麗に一人で全て鎮圧せしめてたらしい。おまけに負傷者にリカバーをかける余裕ぶりだ。自分じゃ回復魔力がたりないからさっさと回復舞台を寄越せって伝達が来た位だ。」
ナデルの話を聞き、一気に緊張が溶けてしまう。万が一と思ったが、あいつにそんな心配はいらなかったようだ。
明日の号外は『民衆感涙!国王のスピーチ』だとか『戦乙女降臨!強すぎる我が国の王妃』だとかになるだろう。こんな面白そうなネタを差し置いて、難民がどうたら書き立てるような連中ではない。
パルミラは今日も今日とて物騒である。パルミラは今日も今日とて平和である。