物心ついた頃から独りだった。
その孤独が誰でもない自分のせいだと理解したのは、いつだっただろうか。
「みんな平等に初めての瞬間があるものよ」
そう母に言われ、自分なりに努力したつもりだった。
けれど、俺の一族が使うことのできる、変化の術が身に付くことはなかった。
「どうしてあれは皆と同じようにできないんだ」
「私の教え方がいけなかったのかしら…」
「このまま術が使えないなら、この集落には置いておけないぞ」
「そんな…あの子はどうなるの」
「…そうだ、あの鬼のところはどうだ」
「あぁ、あの…。そろそろ贄を探す頃か?ちょうどいいじゃないか」
「あなた…!自分の子になんてことを考えてるの⁉」
「術の使えない者は必要ないんだ。分かってるだろう」
「まだ幼いのよ⁉これからできるようになるわ」
「もう十歳にもなるのに使える兆候すら無いんだぞ!」
両親を含めた集落の大人たちのそんな会話を聞いてしまい、背筋が凍った。
母親以外の者たちが、自分にだけ冷ややかな視線を送る理由がわかった。
自分が原因だったのだ。自分がまともに術を使えないことが、この状況を作り出していた。
聞き耳を立てていたことに気づかれないようにそっとその場を離れた。
前が見えなくなるほどに流れる涙を服で拭いながら、自室に駆け込む。
「お、おれが…っ、ひぐっ、だめな子だから…っ、うぅ……」
いくら泣いても涙が枯れる気配はなく、むしろ滝のように溢れるばかりだった。
大好きな母が好きだと言ってくれた大きくふかふかとしたしっぽに、どうしてこんなものが付いているんだと悪態をつきながら顔をうずめた。
泣きすぎてしまったのか翌日は目元が真っ赤に腫れてしまい、母にどうしたのと聞かれたが言える訳もなく、何でもない、怖い夢を見ただけだと誤魔化した。
その日から、集落の者に突然人が変わったように優しくされ、気味が悪かった。
やれ体調に変化はないか、肌や髪の艶はどうかと身綺麗にするよう言いつけられた。
表面上優しくされたところで、自分のいない所では「穢れている」だの「能無し」だのと罵られているのがわかっていたので、嬉しいという感情は一切起きなかった。
以前まで数日に一度しかさせてもらえなかった湯浴みを毎日するようにと言われたのは少しばかり幸運だと思ったが、視線を感じて振り返ると身体を隅々まで洗っているかを覗かれていた時には鳥肌が立った。
安らげるのは母の腕に抱かれて他愛ない話をしている時だけだったが、そんな小さな幸せもすぐに奪い取られることになった。
ある日いつものように母とじゃれていると、どこかから投げられた石が母の頭に当たり、傷からは血が流れた。
「私は何ともないよ。お前に怪我がなくて良かった」
そう言った母の目には、今にも零れてしまいそうなほど涙が溜まっていた。
自分を産んだことを一族の恥と言われ、贄を傷つけることは禁じられている為に自分の代わりに母が暴力の対象になっているということを知り、母をこれ以上傷つけたくないという一心で彼女を避けるようになった。
お前は二つ向こうの山に住む、畏れるべき鬼のもとに奉公へ行くのだよと伝えられたのは、すっかり季節が変わり、桜の花がもうすぐ満開になる頃だった。
奉公などと言えば聞こえはいいが、もう母のもとに帰ってくることはできないのだと悟った。
「奉公」について伝えられた翌日、集落の長に呼ばれて彼の家に向かった。
戸を叩き中に入ると、今までに嗅いだことのない程甘ったるい香の匂いが充満しており、気分が悪くなる。
顔を上げると、厭らしい笑みを浮かべた男衆がこちらを見ていた。
「……父さん?」
「あぁ、ミスタ。待っていたよ」
そういって肩に置かれた手には変に力が入っており、まるで自分を逃すまいと捕らえているようだった。
それからのことはよく覚えていない。
急に頭がくらくらとして、意識が朦朧としたと思ったら、男たちの手が伸びてきて全身をくまなく撫でられる。嫌悪感から抵抗を試みても力が入らず、されるがままにするしかなかった。
触れられたところがやけに熱い。全身が神経と直接繋がっているような感覚。
——あぁ。「贄」って。
———こういうことなんだ。
食事として捧げられる訳では無いなら、母さんにもう一度くらい会えるかも、なんてどこか呑気に思考を巡らせながら意識を手放した。