Dom/Subユニバース③「はい、あーん。」
そう言って私の前にパンが差し出される。
それを私は大人しく口に含む。
抵抗すると余計に面倒なことになる、とここ数日で学んだ。
「そう言えば、もうすぐ町の人々と森の民との戦争が始まりそうですよ。と言っても森の民の方はまだ戦の準備すらできていないようですが。ほら、名前をなんと言いましたっけ?貴方と中が良かった森の少女。彼女がなんとか貴方を信じてほしい、と森の民に必死に説得しているようです。」
奴は毎日のように近状を報告する。
まるで私に諦めろ、とでも言いたそうに。
私は奴の手から大人しく食事を与えられながらもギロリ、と奴を睨む。
そんなこともお構いなしに奴は飄々と話し続ける。
「彼女、なかなかに厄介ですね。森の民に敵意がなければ一方的な虐殺になってしまう。それは世間体を考えても避けたいところなのですが。そのためにも彼女には早く貴方が裏切ったと信じてもらわなければいけませんね。」
「ふん、いくらお前が工作したところであいつが争いを始めるとは思わん。お前の望む通りの展開にはならんぞ。」
「‥彼女を信頼しているのですね?」
「彼女はは私の森の民への誤解を解いてくれた人物だからな。えむたち森の民はお前が思っているほど愚かではない。」
「‥‥‥。
将校殿、一つ提案なんですが私のことを類、って読んでみません?」
「は?」
何言ってるんだこいつは。
突然の提案に私は顔を顰めた。
「ほら、プレイをする上で信頼関係はは必要不可欠でしょう?貴方が信頼している彼女を名前で呼んでいるので、名前で呼べば少しはいい関係が築けるかと思いまして。」
まるでいい提案でしょう?とでも言いたげに奴は話す。
「私が貴様を信頼する予定はない。そもそもプレイはお互いの意思の上で行うべきだ。貴様は情報を私から取り出すために無理やりやっているだけだろう。」
「確かに情報を得るためにやっていることではありますが、それだけでプレイをしているわけではありません。私は貴方が欲しいのですから。」
‥は?
私が欲しい、だと?
「‥‥どういうつもりだ。」
「どういうと何も?貴方を私のものにしたい、というだけですが。」
「っっ!ふざけるな!敵である貴様のものになるわけがないだろう!ましてやこんな強制的にプレイするようなやつに‥!」
そう言って奴を睨み付けるが奴はにこにこと笑うだけで私の言葉など全く気にしていない様子だった。
その様子にさらに私の苛立ちは増す。
私がsubだから服従させて便利なコマにでもしようと考えているのだろう。
貴様の思い通りにはならんぞ‥!!
「そう怒らないでくださいよ。それに、貴方だってここ最近は私に従順ではありませんか。強制的にプレイ、だなんて酷いこと言わないでください。いっそこのまま折れて私のサブになった方がいい、そう思いません?」
思うものか‥!!
無駄な抵抗をすれば強制的に従わされるから大人しくしているだけであって奴を自分のdomだと認めたわけではない。
私はそう思いながら黙って奴を睨む。
こいつと話しても言葉が通じないだけだ。
しかし私が答えないことに不満なのか奴はパンを運ぶ手をとめた。
そして自分の顎に手を当て考える様子で私の方をじっとみてきた。
「やはり私たちの関係には信頼が必要ですね‥。」
「say」
突然のコマンドにびくりと肩を揺らす。
名前を呼べ、ということだろう。
私はぐっと口を噛み締めてコマンドに逆らう。
ここで名前を呼んで奴に信頼関係が築けただなんて勘違いをされたらたまったものではない。
「名前くらい素直に呼んでくれればいいものを‥。どうしてそこまでコマンドに抵抗するんです?貴方が辛いだけでしょう?」
「誰が貴様のコマンドに従うか‥!貴様とプレイしているつもりなどない!」
そういうと男は黙り込み、何かを考え込んでいるようだった。
そしていい案が思いついた、とでも言いたげににこりと嬉しそうにこちらに笑顔を向けて去っていた。
***
次の日、奴はいつもと同じように私の目の前に現れた。
しかし先日とは様子が明らかに違う。
「‥‥‥。それはなんだ。」
奴の両手には大量の真っ赤な薔薇があった。
この場には到底似つかないもの。
それをにこにことしながら持っている奴に私は不信感を抱く。
「薔薇ですよ。薔薇。あ、薔薇の花言葉は知ってますか?本数で異なるのですが‥‥。」
「そんなことを聞いているのではない。何故突然薔薇なんかを。どういうつもりだ。」
私がそれに反応したのに嬉しそうに語り始めた奴の言葉を遮る。
それでも奴はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「貴方が欲しいと言ったでしょう?プレイするだけでは貴方は私のものになってくれないようなので趣向を変えてみようかと。あ、ちなみにこの薔薇の本数は101本です。花言葉は『これ以上ないほど愛しています』」
そう言って奴は私に薔薇を差し出してきた。
は?
なんだこいつは。
私が薔薇を受け取ろうとしないと奴は私の両手を掴んで無理矢理薔薇を持たせた。
そして私に嬉しそうに微笑んだ。
***
それからの奴の行動は奇妙、それに尽きた。
私に贈り物を送ってきたり、愛していると言葉を投げかけたり。
どう考えてもおかしかった。
まるで私にアプローチしているみたいじゃないか。
私は突然態度を変えた奴に戸惑いを感じ警戒心をより強めた。
それでも、奴があんまりにも嬉しそうにするものだからつい、絆されそうになってしまっている私がいる。
毎日奴の手から与えられる食事にも慣れてしまった。
まるで本当のパートナーみたいだ。
そう錯覚してしまいそうになる。
だが、毎日奴の口から発されるsayのコマンドを受けることでこれは情報を引き出すためのものに過ぎないのだと我に帰るのだった。
***
「今日は話をしませんか?」
食事の後、ここ最近では当たり前になってしまった奴からのケアを受けている最中に突然奴はそう言った。
「話をして交流を深めるのもいいかと思いまして。私に何か聞きたいことはありますか?」
今ならなんでも答えますよ、と奴は相変わらずにこにことしながらそう言う。
今更話など。
そう思ったがこれは好機なのではないかと考えた。
ここで上手く奴から何か役に立つ情報を引き出すことができれば今の状況を打開することができるのもしれない。
私は奴の提案に乗ることにした。
「貴様は何故大臣の元で悪事を働く。何故森の民から黒い油を奪わなければならないのだ。」
そういうと奴は嫌そうな表情をした。
「そういう話がしたかった訳ではないのですが。」
「なんでも答えると言っただろう。早く答えろ。」
はぁ、と一息ため息をついた後、奴は答えた。
「黒い油が必要な理由は私は知りません。何をしてでも黒い油入手しろ、という命令が下されそれに従っているだけですから。」
「なんだと‥!!」
黒い油が何故必要なのかも知らず、大臣の命というだけでこんなことをしているだと!?
理由もわからず多くの人々を苦しめているのかいこいつは!!
衝撃の事実に私は怒りを隠せず、奴を強く睨む。
「何故大臣の元で働くか、でしたね。将校殿は何故軍人にdomが多いと思いますか?」
「何故‥‥?」
「domの本能を解消できるからですよ。もちろん、皆がそれが理由で軍人をやっているわけではないでしょうが本能的にそういう仕事を選んでしまうのでしょう。だから軍人にはdomが多い。私も同じです。」
「同じ、だと?」
「強すぎるdomの性は人を苦しめます。私とプレイすれば大抵のsubは強すぎる私の性に壊れてしまうでしょう。しかし軍人として働くだけでは私の欲は発散されない。今の仕事は私に取って天職なのですよ。プレイをしなくてもある程度何とかなりますし、私がプレイすることでsubを壊してしまってもそれが仕事になる訳ですから。」
そう語る奴はどことなく苦しそうだった。
強すぎるdom。
今まで全く命令に反応しなかった私が従ってしまうことから奴のdomとしての力が強いことは身をもって感じていた。
しかしそれによって奴が苦しんでいたとは。
「本当は私だって真っ当な軍人として働きたかった。貴方のように人を笑顔にできる人間でいたかった。けれど私がdomである以上、無理なんですよ。」
そう言って奴は寂しそうに笑った。
なんと言えばいいのかわからなかった。
私にはdomの苦しみはわからない。
それどころかsubとしての本能も今まで働いてこなかった人間だ。
本能が満たされない苦しみなど私は知らない。
「はぁ、こんなこと話すつもりではなかったのですが。どうやら今日は調子が悪いみたいなので。」
「say」
と、いつも通り情報を得るために出されたコマンドを私はぐっと口を噛み締めて黙っているだけだった。
それ以外に何もできなかった。