迷子 「あの子、迷子でしょうか」
共に進行方向を向いて歩いていたはずだったが、気づいたら光ノは全く見当違いの方向を向いていたようだ。光ノの視線の先には、だだっ広いショッピングモールの通路のど真ん中で佇む小さな子供が一人。その子供は親を探しているのかキョロキョロと周りを見渡そうと体の向きごと変えてクルクル回っていたが、足をもつれさせて尻もちをついた。あぁ、泣き出すぞ、あれ。経験に基づく予想は外れることなくその子供はワンワンと泣き出した。泣き声はどんどん大きくなっていき、他の客もその子供の存在に気づいたようだったがその中に子供の親は居なかったらしく変わらず子供は一人ぼっちだ。
あんだけ泣いていたら遅からず近くの店の店員なり警備員なりが保護しに来るだろうが、だからと言って放っておけるものではなかった。リアスは子供が嫌い(うるさい、言葉が通じない、小さいくせにこちらを舐めてかかってくる、などの理由によって)なのだが、種の保存の為の本能なのか昔からどうにも放っておけない節があった。
今光ノと一緒に上がってきたエスカレーターに乗る少し手前でインフォメーションセンターを見た覚えがあった。せめてそこまで連れていくか、と子供の元へリアスが一歩踏み出すよりも数瞬早く、光ノが繋いだままだったリアスの手を引いて子供へと駆け寄った。結果としてリアスが踏み出さずとも光ノに引っ張られる形で子供のもとへ向かうことになった。
子供はリアスの想像以上に幼く、体も小さかった。尻もちをついているとはいえリアスの膝ほどもない。ようやくリアスの手を離した光ノはその子供を抱き上げた。
「大丈夫だよ、すぐにママかパパに会えるからね」
普段の喋り方では子供を怖がらせると思ったのかいつもと違う話し方で声をかける光ノだったが、抱き方が悪いのか知らない人間しかいないのが怖いのか、泣き止むどころか更にギアを入れて子供はギャンギャンと泣き喚く。光ノの眉が下がり、空いている手が忙しなく背中を叩いたり頭を撫でたりしている様子を見るに、泣き止む様子がないことに光ノ本人も焦ってきているのが見てとれた。
いつだったか聞いたことがある光ノの家族構成から考えるに、きっとこれ程小さい子供の世話は慣れていないに違いない。反してリアスは母親の妹の子供──いわゆるいとことは歳が十以上も離れているものだから多少心得があった。リアスが世話していたときのいとこたちはこの子供よりももっと幼かったが、まぁ多少通ずるところはあるだろう。泣いたままでは親を探すにも話を聞くどころではないので泣き止ませる必要がある。
「貸してみ」
光ノの腕の中からその子供を掬い取る。子供を自分へ向かい合わせ、脚でリアスの胴を挟ませるようにして胸に乗せ体をもたれかけさせる。そのまま尻を左手で支え、右手は頭から首にかけてを覆う形にし、ゆっくりとしたペースで頭を撫でながら意識してゆっくりなスピードで大丈夫だ、と話しかけた。
途端、死んだか?と思うほどに急に泣き止んだので子供の顔を覗き込むと、目があった瞬間に今度はケタケタと笑い始めた。うるせぇ、という言葉がともすれば口をついて出てしまいそうだったが辛うじて眉間に皺を寄せるだけにとどまる。先程まで隣で俺と子供の様子を不安そうに伺っていた光ノをチラ、と見ると安心したようでさっきまでよりも顔の血色が良くなっていた。子供が笑顔になったのを見てつられるかのようにふんわりと微笑んだかと思うと、視線を子供の顔から俺へと向けた。
「すごい、あっという間に泣き止んでしまいました」
「たまたま」
「リアスは良い旦那さんになりそうですね」
いきなり出てきたインパクトのある単語に驚いてマジマジと光ノの顔を見るが、照れているわけでもからかおうと思っているわけでも無いらしいようで普段と変わらない顔をしている。どうやら何の他意もなくただそう思ったから口にしたらしい。全く、こいつはこういうところがある。
「…疲れた、交代」
「え、わわわ、抱き方分かりませんよ」
「俺の真似して抱いて」
たどたどしい手つきで、でも危なげない所作によって子供が光ノの腕の中に落ち着いた。一度元気になったからもう平気なのか、子供は変わらずケタケタ笑ったままでいる。その様子を見て光ノの顔にも花が咲いた。
「んへへ」
リアスの脳裏には先程の光ノの言葉がよぎる。
「……お前もな」
何のこと?と言いたげな光ノがこちらを見上げていた。