Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    CottonColon11

    @CottonColon11

    紫の稲穂です。
    こんにちは。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    CottonColon11

    ☆quiet follow

    ※小諸商工のモブ、ショートの奥田くん視点。
    ※守備コレをそのままさせると不可解な行動になりそうなので、三年生をそのまま入れた形になります。
    ※打席ログを見て書いてますがたまに間違ってるかも。雰囲気でお読みください。

    まめねこ工科高校、夏のドラマの裏側で たくさんのカメラの前で甲子園の黒土を掻き集める、まめねこ工科高校の選手たち。甲子園初出場、初戦敗退。ありきたりな終わり方をしたまめねこ工科高校。去年突如として岡山のベスト4に現れて、今年甲子園に出場した。
     前情報がほとんどない高校だったけれど、難なく突破した。先輩たちと笑いながらベンチへ戻る。甲子園の第一歩としては十分すぎる、6-1の快勝だ。


    「来年また来よう!」


     まめねこ工科の監督の声が、広い広いグラウンドを隔てたこちらにまで届いた。
     俺は振り返ってまめねこ工科の方を見る。マネージャーと一緒に監督に慰められている、どうやら俺とタメらしい、ピンク色の髪のピッチャーが目に入る。二年生が甲子園の先発ピッチャーなんて珍しいと田中先輩が言っていたのを思い出した。俺の打席では、フォアボール2回と凡打2回で、燃え切らない勝負になったけれど、チームが勝てたからまあ良しとしよう。


    「奥田、どうした?」
    「あ、いやなんでもない」


     リリーフエースを決めた黒須に声をかけられて、慌てて追いかける。次の試合は、甲子園で初めて戦う高校だ。今日のことは置いといて次に進もう。









    まめねこ工科高校、夏のドラマの裏側で










    『二度目の甲子園にして、決勝進出!彗星の如く現れて春の全国制覇を成し遂げたまめねこ工科は、このまま連覇を決めるのか!?』

     甲子園の夏、決勝戦。対戦相手が野球雑誌に特集された。何度も回し読みされたそれは所々シワができていて、かなり柔らかくなっている。
     見開きページの上半分に、珍しい女の子の選手が三人並んでいる。右側にセカンドの小野町、左側にショートの東堂、そして真ん中にピッチャーの笹木。丁度バッターボックスから正面に向いた時に、対峙する三人だ。


    「まめねこ工科、覚えてるよ。去年の甲子園で最初に戦った奴らだ」


     キャプテンの黒須がぽつりと呟く。黒須は去年初めての甲子園出場でクローザー登板したから、印象深いんだろう。俺は初めての甲子園で相手したとはいえ初戦だったのでなんとなく覚えている程度だ。その後に戦って、勝てなかった与論東の方が記憶にある。


    「春甲子園で全国制覇してる。僕たちを倒した飯南高校を打ち破って、だ」
    「飯南のエースピッチャーが怪我で出なかったとはいえ、その前に姫路商業を倒してる」
    「あそこは甲子園常連の兵庫の名門校だ、今年も俺たちと戦った」


     俺たち三年生はその恐ろしさを想像して、腹を括る。恐らく苦しい戦いになるだろう。
     最後の最後でかつて倒した相手と対峙する。相手からしたら、スポーツ漫画の最終章みたいな展開だ。この場合、ラストは大抵リベンジする側の野球部が逆転サヨナラするとか、小さなビハインドを守り切って勝つとか、そういうやつだ。


    「春夏連覇を狙う強豪校に……いや、名門校なって帰ってきた。小諸商工はまた、奴らの壁になるだけだ」


     黒須の言葉に、俺たちは大きく頷いた。


    「打撃力、守備力、機動力、そして経験。全てにおいて小諸商工高校野球部は完璧と言ってもいい」


     円陣を組んだ。仲間たちと迎える夏のラストスパートだ。ここで踏ん張ってやる。スポーツ漫画みたいな展開にはさせない。あんなジャイアントキリングを、そうそう現実で起こさせてたまるか。


    「最後の一歩だ、気合入れんぞ!!」
    「「おう!!!」」」


     俺たちの最後の夏が、始まった。












     一回表は抉るようなショートと突き刺さる豪速直球に振り回され、三番の俺を含めて三者連続三振。足踏みをするだけだった俺たちを嘲笑うように、裏のまめねこ工科の攻撃で先頭打者がいきなりシングルヒットを放ち、その後盗塁。なんとか三塁残留で押し留めたが、危ういスタートとなった。

     ……が、押し留めたと思ったのもこの時まで。二回裏で先制された。六番キャッチャー・ロハはいきなりツーベースヒットを放つと、ツーアウトで迎えた八番ライト・ゾットの打席で、ロハはゾットのテキサスヒットを受けてホームベースまで脇目も振らずに駆け抜けた。田中が渾身の力を込めて投げ込んだものの、彼女をアウトにすることはできなかった。その後アウトを取れたが、一失点で済んだのは奇跡だ。

     四回表、ツーアウト。ここまで三振とゴロ、一つのサードフライのみで進んできた。そろそろ進塁をしたい。せめて同点に追いつこう。ゆっくり深呼吸をして打席に立つ。

     三球目、甘く入ったストレートが来た、ここしかない!白球を、バットの芯が捉えた重い感触を感じながら、渾身の力を込めてバットを振り抜く。引っ張り方向へ飛んだ球が、レフトの奥を超えるのを確認して二塁まで走った。ベンチから仲間たちの歓声が飛んでくる。

     ようやくだ。
     ようやく、バッターボックスから打者が外に出た。


    「よし…!」


     だが、その勢いは続かなかった。続く四番筒井のショートゴロを捕られて呆気なく回が進む。また振り出しに戻ってしまった。

     1点ビハインドの状況に黒須も焦りがあるようで四球が目立ち始め、七番サードに送りバントをされて二・三塁。まめねこの奴らは盗塁や送りバントで簡単に得点圏へと進んでくる。

     そして…角が生えた?長身の八番ライト・ゾットのスクイズを読んだ黒須が高めに投げる。だがゾットはその長身を活かして高い場所でバットに当てるとピッチャー前へと勢いを殺して転がしてくる。
     慌てて拾う頃にはもう、三塁にいたサイバーサングラスの五番ライト・佐伯が快速を飛ばしてホーム目の前に差し掛かろうとしていた。せめてバッターだけでもアウトを取ろうと判断した黒須が一塁に向かって鋭く投球。鈴木が捕って、ようやくツーアウト。

     続く九番ピッチャー・笹木の打席でも気は抜けない。ピッチャーとは思えない打率を誇るこいつは、やはりと言ったところか、ストレートに当ててくる。だが二塁の菊池が危なげなく捕球し、一塁へ。これ以上の失点をどうにか防ぐことができて、胸を撫で下ろす。


    「菊池、助かった!」
    「はい、先輩!」


     五回表、ノーアウトで入った鈴木がスライダーを捉える。ショートの上を飛んでいったのを確認して二塁まで進んだ。助かった、この高校の二遊間はそれぞれ二人分くらい守備範囲が広い。
     続く吉川が高く飛ばしてしまい凡退するも、黒須のバットが白球を捉えたのを確認した鈴木がホームへと走る。ツーアウトだから捕られてしまえばもう終わりだと、がむしゃらに走った鈴木がホームへ帰ってきた。ようやく、1点をもぎ取った。


    「よくやった!」
    「1点返したぞ!」


     俺たちは勢い付くも、監督が思わず漏らした言葉にまた緊張感が走る。


    「……この小諸商工が、五回でようやく1点」


     続く打席の田中、中川が凡退してしまい、また走者残留で裏へと回る。またまめねこ工科の猛攻が始まる。

     上位打順には小野町と東堂がいる。守備だけが強いというならばまだ良いものの、あの二遊間に打席が回ると必ずどちらかが二塁まで進む。単打であれば盗塁され、長打であれば二塁まで簡単に進まれる。



     その悪夢は現実となった。



     五回裏は打席も三周目に突入する。三打席目となった一番センター・飛鳥はレフトフライで何とか処理するも、二番ショート・東堂に二塁まで走られた。若干横に落とされたとは言えセンター前に落ちたのを見れば普通バッターは一塁で止まるというのに、このショートは迷うことなく一塁を回って二塁へと進んでいった。

     三番セカンド・小野町の打順。黒須は一度、二塁に牽制球を投げたものの、そんなものはお構いなしと言わんばかりに小野町はストレートを打ち返してきた。高くで弧を描く球を見上げながら、東堂が俺の目の前を走る。たなびく白衣は天使の羽のようだった。
     打球は外野を飛び越えてあわやフェンス直撃といった深くまで飛んでいく。その間に小野町は二塁へ、二塁にいた東堂は余裕でホームへと帰ってくる。

     あのセカンド、二打席連続で鋭く打ち返してきやがった。一打席目だって得点には繋がらなかったとはいえ進塁打を放っている。凡退ってやつを知らないのか、アイツは!
     二塁まで来るのだって、かなり余裕があった。これがライト方向に飛んでいたならば三塁打になっていたかもしれないくらいの足の速さだ。

     続く四番ファースト・プラナジャはピッチャー手前でバウンドした球をキャッチして一塁へ投げる。ようやくツーアウト。三塁に走者が一人、そして続く打席はあのサイバーサングラスの佐伯だ。打席に向かってくる佐伯の背中に、まめねこ工科監督の声が投げかけられる。


    「越えろ!イッテツ!!相手が左だろうと関係ない!!」


     その言葉に答えるように、佐伯は一瞬ニッと笑ってバットを振り抜いた。捉えられた白球は、セカンドの菊池の上を飛び越えて、空っぽの右中間へと吸い込まれた。
     また、目の前を白衣が駆ける。そして佐伯も小野町と同じように、当たり前のように二塁まで進んでくる。続く六番キャッチャー・ロハにも球をバウンドされて安打。

     七番サード・ジユが打った球はファーストゴロで処理して、ようやくアウトが取れた。猛攻をようやく途切れさせることができた安堵と、湧き上がる焦りで震えそうになる呼吸を必死に噛み殺す。
     五回でようやく1点を返したと思ったのに、その裏に2点を奪われた。恐ろしいのはこれだけではない。安打凡退に関わらず、一番から七番まで、全員がバットに当ててきた。泥だらけの白衣が、目の前でたなびくのを何度見送ったことか。


    「なんなんだ、あいつら」


     野手も恐ろしいが、もっと恐ろしいのはピッチャーだ。あいつは去年も先発だった。シュートの変化量が大きかったが、それでも球速と他変化球の兼ね合いも考えれば脅威とはいえない程度。

     それが、なんだ。


    「バケモノか、あいつらは」


     六回が終わる。こちらは空振りと三振を量産され、ようやく球を捉えたと思えば内野ゴロで簡単に片付けられる。どれだけ鋭く転がしたとしても、まるで球の軌道を予期していたかのように動く内野陣に、いとも簡単に捕られてしまい進塁することすらできない。
     特にあの二遊間は抜くことができないと想定した方が容易い。センターラインへ飛んだが最後、ワンアウトで済めばいい。あの反応速度であればゲッツーを獲られるのも覚悟しなければならない。

     泥だらけの白衣がまるで天使の羽のようで、空を舞うような守備を見せるあの野球少女二人は、美しいが恐ろしい。



    「あの監督は打率三割越えの強打者だろうが、スクイズで点数をもぎ取ってくる」


     監督が腕を組みながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。負けた試合は経験があれど、これほどまでに圧倒的に追い詰められたのは、入部して初めてだった。
     監督がここまで深刻な顔をしているのを見たことなんかなかった。


    「あれだけを強打者を選手を育てておきながら、泥臭く一点を獲りにきて、勝利を強固にしようとする。……ああいうのが一番嫌なんだ。極限まで戦略にお祈り要素を排除してくる、そのくせ熱量は誰よりも高い、名将ってやつが」


     六回。こちらは点が取れず終わってしまう。まめねこ工科は単打と進塁打、そしてこちらのキャッチャー後逸で三塁まで進まれて、またスクイズで点を取ってきた。
     先頭打者に置かれるくらいには実績のあるバッターが、迷うことなくスクイズをしてくる。もし安打になれば、盗塁と合わせて更なる得点の可能性だってあるというのに、目の前の一点を確実に取りにくる。監督の言った通りだ。

     七回表、ツーアウト。黒須の打順で、遂に監督が動いた。…動いてしまった。


    「牧、お前が打席に立て」


     監督の言葉にベンチにどよめきが起きる。指名された牧は、俺と同じく去年スタメンとして甲子園に出場したが、今年は守備要員としてベンチに入っている。ファーストの鈴木が抜けて、守備交代で入る予定だった。
     それをピッチャーの代打にするってことは、牧はこの一打席のみの出場で守備に入ることはなくなるということ。

     とっくに取れているはずだったアドバンテージが、未だにとれていない。今まで三振と凡退で片付けられている今の流れを続けたら、もう黒須の打席が回ってくる可能性は低い。ここで攻めるしかない。守りを固めるという作戦を捨ててまで、一点を取り返すことを狙いに行った。

     おもむろに顔を上げた黒須の目は、もう焦点を合わせることが出来ていなかった。僅かながらに唇を振るわせたが、言葉が紡がれることはない。監督の指示に逆らおうとしなかった。顔を歪ませて歯を食いしばると、目に涙を浮かべて項垂れる。黒須が一番分かっているんだ。あのまめねこ工科高校の猛攻を止めるには、流れを変えるしかないことを。そのためには自分が降りるしかないことを。


    「…はい!」


     牧は一瞬だけ戸惑った顔をした。でもすぐに切り替えてネクスト・バッターズ・サークルに向かう。

     隣に座る黒須は去年、リリーフエースだった。先輩が引退し小諸商工野球部の先発ピッチャーとなった黒須は、今までその重い責任を引き継いで戦ってきた。
     今年も甲子園まで俺たちを引っ張ってきた。左腕から放たれるハイシュートとフォークには何度も救われてきた。だれもが、こんなにあっけなく降りることになるなんて、夢にも思っていなかった。


    「あのピッチャー、去年も先発だった」
    「黒須……」
    「あの時、俺と同じ二年生だった。二年生が甲子園へ連れて行ってた」


     誰よりも手を大事にしていた黒須が、力の加減なく、きつく拳を握りしめている。体力が尽きたからという理由ではなく、打たれるからという理由で下ろされるなんて、悔しいだろう。虚しいだろう。俺は言葉をかけることができなかった。こいつの気持ちを簡単に理解できなんかしなかった。


    「一年、俺は、足りなかった」


     か細い声は、震えていた。
     代打に入った牧は進塁するも、続く八番・田中が三振で落とされた裏へと回る。俺たちはグラウンドへ行かなければならない。……黒須を、置いて。噛み締めた奥歯が砕けそうだった。


    「池田、行くぞ」


     緊張で固まる池田の肩を、グローブで軽く叩く。池田はハッとして返事をすると、大きく返事をした。
     三年の松山は変化球を得意とするも、先日怪我をしてから本調子ではない。一年の南は球速こそ早いが何故だか球威が足りない。池田は二年生で四球種持ち、球速は150キロを超える。球種の多さと変化量のアベレージが大きく、そつなくこなす万能型。
     去年と同じく、リリーフに立つのは二年生。あの時と違うのは甲子園という地を経験させるための手段ではなく、これ以上失点するわけにはいかないという苦肉の策だった。


    「……すまない」
    「黒須、先輩」


     池田はそれ以上何も言わず、マウンドへ向かった。
    俺たちもベンチから出る。



     そして、始まる猛攻。またこの流れだ。三番セカンド・小野町が二塁まで進み、四番ファースト・プラナジャがバントで彼女を進塁させる。
     続く五番レフト・佐伯が打席に立つ。あいつは安打を放つと素早く駆け抜けて盗塁していく恐ろしい打者だ。ニコニコマークを灯すサイバーサングラスの向こう側はどんな顔をしているのか見当もつかないが、口元は鋭い八重歯を覗かせる笑顔をしていた。


    ――あの監督は打率三割越えの強打者だろうがスクイズで点数をもぎ取ってくる。

     脳裏に監督の言葉が浮かぶ。

    ――あれだけを強打者を選手を育てておきながら、泥臭く一点を獲りにきて、勝利を強固にしようとする。


     そうだ、またこの流れ・・・・だ。
     血の気が引いて、思わず叫ぶ。


    「池田!外せ!!」


     俺の言葉が届いたかは、分からない。池田はバットに当てられないほどに低くにボールを差し込んだ。目の前まで迫っていた三番セカンド・小野町はもう戻れない。青空のように澄んだ目を丸く見開いた彼女の腕を、吉川がキャッチャーミットで軽く触れる。
     瀬戸際で奇跡的に獲れたアウトに、俺たちは雄叫びを上げる。だが、四点差がそうさせるのか、それとも本人たちの気概なのか、まめねこ工科の奴らは頭を一つ振ると気持ちを切り替えて前を向く。


    「スンマセン、女将!」
    「私もごめんね!焦っちゃった」


     打席に残る佐伯と、ベンチに戻る小野町。彼らは視線を交わすことはなかった。


    「その一点分、抑えよう!」


     なんて恐ろしい言葉なんだ。だが、まめねこ工科の戦力ならやってくる。
     事実、俺の今日の初打席もセカンドゴロで打ち取られた。内野を壁とするならば、外野は蜘蛛の巣のように素早く広く防衛をしてくる。テキサスヒットになりそうな打球も単なる外野フライのようにアウトにされ、巧打が凡打へ成り下がる。
     そのくせあいつらは外野守備のちょうど隙間に落とす長打を打ってくるし、何なら内野安打すら足の速さで安打に変える。外野連中と二遊間は、隙を見て盗塁を狙ってくるからピッチャーも俺たちも気が気ではない。


     九回裏。俺はベンチへ走ってバットを受け取る。バットはこんなに重かっただろうか。こんなに頼りなかっただろうか。何故腕に力が入らないんだ。足元がおぼつかないのはどうしてだ。

     ベンチからまめねこ工科のスタメンが飛び出して、グラウンドに広がる。鉄壁の防衛布陣が敷かれる。


    「最後守ろう!みんなで!!」


     相手の監督は、甲子園決勝の熱狂的な歓声にも負けない、こちらのベンチに届くほどの大きな声で、まめねこ工科の選手たちの背中にエールを送った。パリッとしていてよく通る、甲子園に鳴り響くサイレンのように高い声で、でもどこかどっしりと重くて低い印象があった。


    「逆転サヨナラをキメるのがみんなの執念で、キメさせないのが君たちの実力だ!」


     監督の声援を背中に浴びるまめねこ工科の選手たちは、困ったように笑っている。圧倒的強者の余裕が見せるそれ――では、ない。あいつらは去年、負けている時ですら同じ顔をしていたのを、ふと思い出した。


    「みんな盛り上がってけ!まめねこ工科の意地を見せろ!笹木くん、最後のマウンドだ!後ろを信じて“うたとれ”してこい!」


     まめねこ工科の監督の声に、血の気が引いた。身体が強張って、訳の分からない恐怖の理由を認識した。





     うたとれ、が“打たとれ”で。

     それが“打たせてとれ”という指示であったことを、ようやく知った。





     あのピッチャーが許したゴロは、作戦だったのかもしれない。狙い目に見せかけてバットを振らせ、芯を外してゴロにする。ゴロになった球は鉄壁の内野が、俊足の外野が完璧に処理をする。俺たちはまんまとあの監督の策に、そしてそれを完璧に遂行するピッチャーの思惑に乗せられたという訳だ。

     ふざけんな。バケモノじゃねえか。
     バケモノのくせに連携プレイなんかするんじゃねえよ。

     九回表、まめねこ工科はファーストとキャッチャーを変えてきた。交代で入ってきたのは三年生。俺たちを完全に抑えにきたのだろう。守備交代で入ってきたファーストは、確か他の試合でリリーフピッチャーをしていた。あのピッチャー、ファーストまで出来るのか。

     三年間で初めてこんなに重いバットを持った。期待が、責任が、今までの想いがバット重くさせる。右手が震える。視界が狭くなる。固くて苦しい胸を何とか押さえつけて深呼吸をした。ここでもし一発打てたとしてもまだ追いつけない。でも流れを持って来れるかもしれない。野球は九回からと言うじゃないか。
     ……でも、こいつらから点を取れるビジョンが見えない。まめねこ工科の守備の穴はどこだ?どこなら守備を抜けられる?俺が塁に出たとして、続く四番五番は二年生だ。なんとか一発を狙える五番の吉川まで繋げられるだろうか。

     視界にあるのは、空っぽの塁。そしてこちらを静かに見据える桃色の髪をした可憐なピッチャー。


     上から叩きつけるようなドロップカーブ、抉るようなシュート、空気を切り裂く振るストレート。テンポよく投げられる球に圧倒されてバットを振ることすら出来ない。
     強豪校のピッチャーが持つような威圧感こそ感じることはないが、笹木の“自然体な姿“こそが、なによりも恐怖だった。


     スリーボール、ツーストライク。フルカウントまできた。追い込まれた、もう振るしかない。少し高めのシュート目掛けて思いっきりバットを振り切る。優勝旗を求めて走り続けた三年間を、スタメンとしての意地を、全て乗せた。

     俺のバットは、白球を捉えた。

     引っ張り方向に飛んでいった白球に勢いはない。それでも何か奇跡が起きないかと一塁へ走る。がむしゃらだ。格好悪い姿だろうと知った事か。なんとか、なんとか追いつけないか。――でも、やはりまめねこ工科は失敗しなかった。
     レフトの佐伯がつけている、ニコニコマークのサイバーサングラスは視界を阻害しないらしい。佐伯は素早く落下点に入り込むと危なげなくボールをミットに収める。



     甲子園、夏。
     俺の最後の打席は平々凡々なレフトフライで終わってしまった。



     力の入らない足でベンチへ戻る。期待を向けていた仲間たちが、悲しげな顔をして俺を見る。そして次打席、後輩の筒井へと視線が向いた。負けた俺に、もう注目は無かった。

     響き渡るまめねこコール。しゃしゃと呼ばれたピッチャーの笹木は額に浮かんだ汗を軽く拭ってまたバッターボックスへと向き直っていた。
     百球を超えるピッチングをして尚あんな豪速球のシュートを投げ込んでくる。今日何度この感想を抱いただろう。なんて、恐ろしいピッチャーなんだ。

     続く四番の筒井も、ストライクゾーンを縦横無尽に駆け回る豪速球に翻弄されて、アウトコース高めに逃げていったツーシームに三振して、凡退。

     最終打席。全てを背負うことになった二年の鈴木は震えていた。この試合で安打を打った数少ない打者の一人。この試合で唯一、五回表にホームに戻ってこれた選手だ。俺と同じくらい、いや、俺よりも重圧を感じているだろう。俺たち上級生からの期待も背負わなければならなくなった鈴木は一つ頭を振って、駆け足でバッターボックスへ走って行った。

     俺たちをここまで追い詰めた、まめねこ。
     まめねこ工科をここまで引っ張ってきた、あのピッチャー。

     まるで精密機械のように硬球を操る笹木は……











    「(うたとれ、なあ)」


     ロージンバックを揉んで手に滑り止めをなじませる。最後のイニング、最後の打席。これを握るのも、もう最後。甲子園が終わったらうちら三年生は引退する。
     思えば三年間、ずっと先発をやってきた。お遊びでボールを投げたことはあった。何故だかぐいっと曲がる球を投げれたけれど、それだけだった。そんなうちをどうしてレオスが野球部に引っ張り込んだのかは分からない。

     ここに来てから、曲がる球がシュートだと知った。シュートを極めて決め球にしろと指導されて、しゃちょーに何時間付き合ってもらったことか。

     長くピッチに立てるようにと、めちゃくちゃ体力作りをさせられた。いくらピッチャーが少ないからって一年生から百球以上投げさせるなんて頭おかしい。肩とか肘とかぶっ壊れなかったのが奇跡だと思う。

     色んな変化球を覚えろと、どうやら昔ピッチャーだったらしい監督につきっきりで教わった。監督はナックルしか投げられないらしいけど、うちがナックルは苦手だと知ったら色んな本を読み込んできて、スライダーだったりドロップカーブだったりの道を示された。
     実際に投げて見せて、これよりいい球を投げろって突きつけられた無理難題。やっぱり頭おかしいと思う。


    「(ここまで頑張ってきてん。みんなに支えてもらってきてん。…頑張りまくって、エース、やってきたんよ)」


     レオスを信じて頑張ってきた。そしたら結果が帰ってきた。
     いつもレオスは『しゃしゃを信じてる』って笑顔で言ってきた。……だから、最後までうちを信じて。絶対結果を返すから。

     一塁側から照りつける真夏の太陽が、じりじりと帽子越しの頭を焦がす。スタンドから聞こえる応援歌としゃしゃコールが耳から耳へと通り過ぎる。頭の中は、熱がこもっているけれどとても冷静だった。余計なことを考えられないくらい、自分が追い詰められているのを感じる。それは悪い意味ではない。今、うちは、熱中している。

     視界の先でロージンバックが地面へ落ちて、白い粉をぼふりと吐き出した。


    「(最後くらいカッコつけてもええやろ、監督)」


     頼むで、しゃちょー。
     最後にキャッチャーになったしゃちょーが、うちの意図を読み取ったのか、ゆっくり小さく頷いた。
    今では代打の切り札になった、“激守”を掲げるまめねこ工科唯一の”激打”。キャッチャーはチームを導く頭脳と呼ばれる事が多いけれど、まめねこ工科はちょっと違う。しゃちよーも、ロハちゃんも、ボボンも、ジユも、浮奇くんも、神田も、キャッチャーができる選手はみんな打撃の青特スキルを持ってる脳筋集団。流石しゃちょーの教え子って感じ。

     そんなしゃちょーは、試合で一緒になることは少なかったけど、ロハちゃんが正捕手になるまではずっと練習でうちの球を受けてきてくれた。ロハちゃんが打撃練習をしている隙をついてコソ練する時、いつも付き合ってくれた。

     夢のしゃ社バッテリー。本当なら、うちとしゃちょーの二人でそう呼ばれるはずだった名前。
    最後はこれで決めてやろう。


    「――打たせへんよ」


     これが本当の、まめねこ工科の“しゃしゃ”や。
     しっかり見てけよ。小諸商工。










     ……笹木は、にたり、と笑っていた。

     八重歯をのぞかせるようにクイッと口角を吊り上げて、赤ブドウみたいな濃いピンク色をした大きな目をキュウと細める。いたずらっ子にも邪悪にも見える微笑みは、まるで物語に出てくる『ヴィラン』のようだった。

     でもそれも一瞬で、すぐにまたクールな顔つきに戻る。まめねこ工科は線の細そうな奴らが多いチームだというのに、中身にとんでもないバケモノを住まわせている。今までの野手は打席でそれを見せてきた。そして最後の最後、ピッチャー・笹木も最後にそれを見せてきた。

    ――ツーボール、ワンストライク。

     ……かつて最初の壁として立ちはだかった小諸商工がたった一年でその相手に打ち負かされそうとしている。まるでタチの悪い悪夢のようだ。
    まめねこ工科のスタメンの半分は、去年ベンチに居たはずだ。なのに、なのに、なのに。あいつらは俺たちよりも何倍も強くなっている。たった三年で弱小校から名門校へと駆け上った。

     『今までずっと公式戦どころか練習試合でも勝った事がなかった』、と。まめねこ工科高校からプロになった選手が言っていた。
     そんな訳があるか。岡山には甲子園常連の鬼ヶ島や美作がある。あそこに運悪く当たり続けて、負け続けただけなんじゃないのか。
     岩手の遠野も、兵庫の姫路商業も、栃木の壬生電工も、山形の上山学園も、島根の飯南も。そんな奴らに負けたのか。そして小諸商工おれたちも、負けるのか。

    ――フルカウント。

     俺と同じく追い詰められた鈴木が、改めてバットを握り直した。去年と違って笹木はもうフォアボールを投げて来ない。必ず入れてくる。それを、あいつも感じたらしい。
     佐々木が振りかぶる。鈴木がバットを振り抜いて……。








     キャッチャーミットを、白球が叩く、音がした。








     ここまでストライクゾーンを右に左と縦横無尽に駆け回った変化球ではなく、直球豪速のツーシーム。変化球で翻弄して、伸びのある豪速球で決めてきた。


    「ああ」


     甲子園が揺れるほどの大歓声。まめねこ工科高校野球部の甲子園初優勝、というメイクドラマの最前線。甲子園常連高、優勝経験多数ありの小諸商工から勝利を奪い取った最高の瞬間。
     甲子園球場だけではない、カメラの向こうで甲子園を見守った人たちも、きっと感動しているだろう。

     後ろから、横から、仲間たちの嗚咽が聞こえる。打席から戻ってきた後輩が泣きながら謝っている。それを三年生が慰めて、無理矢理に笑ってる。
     俺はどこか、それらを意識の遠くで感じていた。


    「……ああ」


     キャッチャーマスクを放り投げて駆け寄ったバッテリーの相棒に、笹木が勢いよく飛びついて胴上げされる。三年間白球を投げ続けた、華奢で、でもたくましい右腕が天に突き上げられた。後輩たちがベンチから飛び出して、二人の周りに集まる。奥の方ではまめねこ工科の監督とマネージャーが、大きくガッツポーズをする。


    「やったあああああああああ!!!!!」
    「春夏連覇だあああああああ!!!!!」


     今朝までは、あそこであの感動を味わうのは俺たちだと信じていた。春夏連覇をかけたまめねこ工科を、去年初戦で倒したように、今年も勝てると信じていた。
     去年まめねこ工科の唯一の得点だった東堂のホームランのような奇跡は無い。致命的なエラーなどのラッキーも無い。あいつらは実力で、俺たちを完膚なきまでに叩きのめした。


    「みんな、最後の挨拶に行こう」


     キャプテンとして、黒須は涙でぐしゃぐしゃの顔で前を向き、見回して声をかけた。その声に背中を押されて、ベンチから出る。まだ実感が無い。これは悪夢なんじゃないかと目に映る現実を跳ね除けてしまいたくなる。

     一列に並んで、まめねこ工科と向き合う。晴れやかな顔をするまめねこ工科の選手たちが何故か羽織っている白衣は泥まみれだった。試合中はまるで天使の羽のように、あるいはヒーローマントのように白く輝いて見えたそれらは、甲子園の土に塗れて真っ黒になっている。


     こいつらはバケモノなんかじゃなかった。がむしゃらに努力して、まっすぐ駆け上がってきた、俺たちと変わらないただの高校生だった。


     審判の声に合わせて、帽子を取り頭を下げる。夏の空に甲高くけたたましいサイレンが響き渡る。足元の地面に、水がポタポタと落ちた。
     ……そこでようやく気付く。俺の両目から涙が溢れ出ていたことを。喉から喘ぐような嗚咽が漏れていることを。悔しくて悔しくて、今にも叫び出したいことを。


    「…おれ…たち、は……」


     涙と汗で口元がしょっぱい。
     悔しさと、虚しさと、寂しさが押し寄せてくる。


    「……負けた……のか」


     真夏の空に、小諸商工のものではない校歌が、高らかに歌い上げられた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏😭🙏👏🙏💯👍👏💴👏😭👏👏👏👏👏👏👏👏❤👏👏😭💖👏👏👏👏👏👏🌱🐱✨
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    CottonColon11

    DONE※小諸商工のモブ、ショートの奥田くん視点。
    ※守備コレをそのままさせると不可解な行動になりそうなので、三年生をそのまま入れた形になります。
    ※打席ログを見て書いてますがたまに間違ってるかも。雰囲気でお読みください。
    まめねこ工科高校、夏のドラマの裏側で たくさんのカメラの前で甲子園の黒土を掻き集める、まめねこ工科高校の選手たち。甲子園初出場、初戦敗退。ありきたりな終わり方をしたまめねこ工科高校。去年突如として岡山のベスト4に現れて、今年甲子園に出場した。
     前情報がほとんどない高校だったけれど、難なく突破した。先輩たちと笑いながらベンチへ戻る。甲子園の第一歩としては十分すぎる、6-1の快勝だ。


    「来年また来よう!」


     まめねこ工科の監督の声が、広い広いグラウンドを隔てたこちらにまで届いた。
     俺は振り返ってまめねこ工科の方を見る。マネージャーと一緒に監督に慰められている、どうやら俺とタメらしい、ピンク色の髪のピッチャーが目に入る。二年生が甲子園の先発ピッチャーなんて珍しいと田中先輩が言っていたのを思い出した。俺の打席では、フォアボール2回と凡打2回で、燃え切らない勝負になったけれど、チームが勝てたからまあ良しとしよう。
    12629

    CottonColon11

    DONEこちらはパロディボイスの発売が発表された時にした妄想ネタを、言い出しっぺの法則に則って書き上げたものです。
    つまりボイスは全く聞いていない状態で書き上げています。ボイスネタバレは全くないです。
    ※二次創作
    ※口調は雰囲気
    ※本家とは無関係です
    科学国出身の博士と魔法国出身の教授が、旅先で出会うはなし 高速電車で約五時間乗った先の異国は、祖国と比べて紙タバコへの規制が緩い。大きい駅とはいえ喫煙所が二つもあったのは私にとってはとても優しい。だが街中はやはりそうもいかないようで私が徒歩圏内で見つけたのはこのひさしの下しか見つけることはできなかった。

     尻のポケットに入れたタバコの箱とジッポを取り出す。タバコを一本歯で咥えて取り出して、箱をしまってからジッポを構える。……ザリ、と乾いた音が連続する。そろそろ限界だと知ってはいたが、遂に火がつかなくなってしまった。マッチでも100円ライターでもいいから持っていないかと懐を探るが気配は無い。バッグの底も漁ってみるが、駅前でもらったチラシといつのものか分からないハンカチ、そして最低限の現金しか入れていない財布があるだけだった。漏れる舌打ちを隠せない。
    10274

    recommended works