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    カナト

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    カナト

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    s 願いの想域というのは、何度潜っても不思議なものだ。
     存在するのは扉だけだというのに、潜った先は未知の空間だ。
     学園の影響を受けているのか、宙に浮かぶのは見慣れた机や椅子。学び舎でしか使われない、固くて実用的では無いものだ。
     ふかふかの椅子に慣れている身には座り心地の悪い椅子。一年近く封印事件が勃発していたので、実際にはそれ程座った記憶は無い。
     それでも愛着がわくのは、だらしなく椅子に座っていた人物の姿を想像できてしまうからだろう。
     行儀悪く逆向きに座る人物は、よく背もたれに腕と顎を乗せて楽しげに笑っていた。粗雑な状態に眉根を潜めていたのも最初だけ。行儀が悪いと言っても耳を貸してはくれない。
     諦め、という言葉は、あるじとその人物によって分からされたようなものだ。しかし、ヒトを惹き付けてやまない彼らは、必然的にその諦めを呑み込ませてしまう。
     呑み込んでもいいか、と思うだけのものがあるのだ。
     彼らの元で力を、知恵を奮うことは、誰にも膝を折らず頭を垂れることを良しとしてこなかったはずの考えを変えた。
     カリスマ、ヒトを率いる能力、言い換える言葉は沢山あるだろう。
     孤高でいたとしても、どうしようもなく惹き付けるのだからタチが悪い。だが、既に惹き付けたのだから責任は取ってもらう。
     うっすらと口端を吊り上げて、願いの想域が作り出した魔物を屠る。
     やはり座学よりもこちらの方が性に合っている。うるさいものは全部力でねじ伏せるものだ。
     改めて本質を感じながら、魔物を倒すと手に入るキラキラとした願いのかけらを使って次の扉を開く。選んだのは鎖のかかっていない扉だったので、厳密には願いのかけらは必要ではなかった。
    「ちぇいあー!」
    「…………」
     思わず扉を閉めたくなったのは仕方の無いことだろう。誰しもが奇妙な雄叫びを耳にしたらそうしたくなるに決まっている。
     悲しいことに、開きかけであった扉は溶けるように消えてしまい、本当に本っ当に悲劇としか言いようのないことに奇声をあげる不審人物と同じ空間へと放り出された。
     こんなことなら鎖がかかっている扉を選択すればよかった。これ程までに後悔したことは無い。
     現実逃避から意識を戻すと、顔の横をびゅんと何かが掠めていった。
     後ろを振り返れば、でろりと蕩けた巨大な銀色の塊……。
     あっという間にとけて消えたそれは、察するにメタルキングだろうか。
     呪文、ブレス等を無効にする、経験値を多分に持っているそれらは、非常に素早く逃げ足が早い。
     話に聞く迷宮には彼らの系統のみが出る場所があるらしく、しかもその場では全ての攻撃が『かいしんのいちげき』になるらしい。
     そう、通常攻撃でさえマトモなダメージを与えられない彼らに有効なのは、多段攻撃、もしくは急所を狙った会心のものだ。
     それを吹っ飛ばした人物を見遣れば、その顔には思いっきり「あっ、やっちまった」と書かれていた。本当に、でかでかと。
     大きく突き出された腕には穂先が重そうな槍があり、どうやらその突きで吹っ飛ばしたらしい。
    「ご、ご、ごめんね!?」
     見事なまでの前屈である。ヒトってこんなにピッタリと真っ二つに折れるのか、と感慨深くなる程にからだが柔らかい。
     勢い余るとはまさにこの事と表現したくなる状態で、あわあわと慌て始めるその人物に、流石に詰めていた息を吐き出した。
    「あー、いいよ。アンタだし。そもそもココ、何があってもおかしくないからね」
     何を言ってもどうせ無駄、という感情を隠すことなくむしろ全面に押し出す。今更だ、という気持ちが強いのだ。
     そもそも、何故かジャージ姿で槍を振り回していたらしい人物は、予想を激しく裏切る存在なのだ。どの枠組みにも当てはめることはおおよそ不可能である。
     アストルティアに住まう種族は勿論、見捨てられた魔族、隔絶された竜族、どれとも大幅に違う。この人物は単体の『コイツ』と表現すべき種族なのだ。
     本当に、あるじよりもずっとずっと強烈な『諦め』を教えてくれる人物である。頭が痛い。
    「でもアンタが槍を使うなんて珍しいじゃん」
     いつまで経っても頭をあげそうもない人物に、仕方なく話を振ってやれば、戸惑いつつも頭をあげてくれた。本当にらしくないからやめて欲しい。
    「後ろの席のクラスメイトが見せてくれたノートに一閃突きがあったから……」
    「何その理由」
     ぽりぽりと頬を掻きつつ告げられた理由は至極しょうもないものだった。
     大抵誰もが己の得意武器を扱う。それは幾つかの種類があれど、それ程多くの数ではない。
     あるじならば両手杖だし、去年卒業した生徒会長は片手剣とハンマーだった。
     それぞれが幼少の頃から手に馴染む武器を使用する。彼は両手剣をぶんぶん振り回していたか。
     それをノートを見せてもらっただけで覚えて再現する。普通に有り得ない。
    「ここはちょっと特殊で、ね。あの、普段は既に使えるんだよ?」
     何が。
     ちょっとツッコミどころが多すぎてどうしていいのか分からない。
    「学園外だと最近は鎌が気に入ってて……」
    「鎌」
    「プレゼントして貰ったからちょっと嬉しくて」
    「プレゼント品」
     規格外にも程があるのではなかろうか。
     だけどまあ、規格外なのは今に始まったことではなくて。
     その強さに魅せられるのも、やっぱり今に始まったことじゃなくて。
     強く、惹かれてしまうのは仕方のないことで。
    「ま、アンタだしね」
     この言葉で全てを片付けて、笑うことにしよう。今は。
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