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    カナト

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    カナト

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    ジドーセーセー バルディスタの地下にあるヴァリースタジアムは異様な空気に包まれていた。
     普段は訓練に使われる場所なのだが、訓練場に立っているのはたった四人である。
     魔界三大国家の魔王たちと、彼らの主である大魔王だ。
     固唾を飲むのは魔界の住人たち。そこに国籍というものはあまり関係ない。
     副官席とあだ名された場所にいたナジーンは、既にその手に汗を握っていた。開始前であるにも関わらず、だ。
     隣にいるベルトロはマイクのテストをしているらしい。やたら「テステス」だの「あめんぼあかいなあいうえお」だの「本日は晴天なり」だの言っている。一体どこの言語だろうか。
     治療係として大魔王専属であるドクター・ムーまで引っ張り出しているが、救護席で何故かカーロウと喧嘩という名の漫才をしている。平和なことこの上ない。
    「おっと、開始時刻だな」
     カチッと時計の針が音を立て、開始時刻となる。ベルトロはマイクを持って楽しげに声を上げた。
    「それでは皆様お楽しみのぉ、バトルが始めるぜぇ!」
     マイク音量が大きかったらしい、キィンというハウリングと共に、ナジーンは慌てて音量をそっと下げた。
     ことの起こりは数日前、いつもフラフラとしている大魔王が久々に魔界に遊びに来た。
     どうやら新たな地で面白い魔法を覚えたらしく、魔王たちを誘って力試しをしないかというものだ。
     どんな魔法かは当日のお楽しみであり、魔王たちは大魔王と『遊ぶ』のが好きなため面白がって参加を表明した。戦闘だと教えられていたのも大きい。
     訓練場のド真ん中にいる大魔王は、手渡されたマイクをポンポンと叩いて電源が入っているかを確認した。
    「皆、集まってくれてありがとう」
     フルフェイスのヘルメットでくぐもった声がマイクによって拡張される。大魔王はよく知られる姿、大魔王の衣装で立っていた。
    「魔王の皆がこれから戦うことになるのは、かつて私が戦って倒してきた存在たちだよ」
    「ほぉ、面白そうだな。受けて立とう」
    「アストルティアの強敵たちってことかい。楽しそうだね!」
    「大魔王サマが倒してきたヤツらか。オマエがどれ程の実力者か感じるいい機会だな」
     楽しげに笑う魔王たちは、内心でいいパフォーマンスだと思っているのだろう。各々その手に武器を構える。
     異界滅神を倒したとは言え、大魔王が真に強者だと信じきれない者は多い。バルディスタはヴァレリアと一騎打ちして勝ち越ししたという場面を見せたため、疑われてはいないが。
    「じゃあまず、コイツから。ジドーセーセー!」
     大魔王が謎の呪文を唱えると、ズズズと紫色の穴が地面に出来て、そこから白い髪の頬のコケた魔族がでてきた。その手には大鎌が持たれている。
     途端にスタジアムじゅうがヒンヤリとした空気に包まれた。初っ端から異様だ。
    「これは私を殺した冥王、ネルゲル(第一形態)」
     なんだ、カッコ第一形態って。第二形態があるのか。誰しもがそう思った。
    「ちなみに第二形態はめちゃくちゃデカいゴリゲルだからやらないよ?」
     なんだゴリゲルって。ゴリラか。
    「コイツは私の因縁の相手で」
     そりゃそうだろう。今サラッと「殺した」と言っていた。初っ端から物騒極まりない。
    「私が住んでいた村を襲って焼いたヤツだよ」
     えぐい、ヘヴィだ。誰しもが心の中でそう思った。
     大魔王は平然としているが、かなり苦しんだことだけは分かる。
    「じゃ、始めようか」
     すっと手が挙げられて、ナジーンは真顔でゴングを叩いた。
     カーンという金属音が響き渡り、観客は固唾を飲む。
     結果的に冥王ネルゲルは強かった。分裂するわ状態異常がエグイわで、三魔王も流石に苦戦した。よくこれに勝ったな大魔王。そして第二形態があるのか。
     ユシュカが鉄塊化させたり、ヴァレリアが凍結させたりするも、如何せん数が多かった。どっかの国を一夜にして滅ぼした将軍を思い出す。
     初戦で観客たちが嫌という程思い知らされたのは幸いか。早すぎる気がするが。
     とりあえず休憩を挟んだ後、二回戦が行われることになった。休憩時間は壊れた部分の改修も含まれる。
     特にアスバルが魔法をぶっぱなして色々壊していたので、消し飛ばされた部分が多かった。それでも倒されないネルゲルこわい。
    「んじゃ、第二試合始めるよ。ジドーセーセー!」
     またもやズズズと引っ張り出されたのは、勇者姫アンルシアに似た人物と、髭を蓄えた、腕が六本ある魔族だった。魔界では知らぬ者のいない存在、先代大魔王マデサゴーラである。
    「ちなみにマデッさんも第二形態あったけどデカイから以下略で」
     驚愕に包まれる会場そっちのけで、大魔王はなんというか面倒くさそうに投げやりに手を振った。
    「ふふん、面白いイベントをしているのね!」
     それを合図にしたのか場内にやって来たのは金髪の女性、言わずと知れた勇者姫アンルシアだ。
    「何故貴様がここにいる」
     不機嫌そうなヴァレリアの言葉もなんのその、アンルシアは楽しそうに笑った。
    「だってこの相手、私と彼女が一緒に倒したんだもの。公平にするなら私がいなくてはね」
     すっとレイピアを構えるアンルシアに、ヴァレリアはフンと鼻を鳴らしただけだった。
     ナジーンは無の境地になりながら、カーンとゴングを鳴らした。
     先代大魔王と、彼に作られし魔勇者アンルシアはやはりというか強敵だった。
     そして大魔王が招聘した勇者姫、アンルシアの力も確かに必要だった。勇者が受け継ぐ特殊能力が無ければ勝てなかっただろう。
     勇者は、大魔王に特化した能力を持つ者だ。
     とは言え、今代大魔王は盟友の力を軸にして様々な能力を身に付け、初代双子の勇者を相手取り勝利し、二代目勇者に「化け物」と言わしめる存在になっているが。
     二試合を終え、会場中は熱気に包まれていた。
     魔族たちの口に上がるのは「大魔王さまヤベェ」だ。これまでの言動を思い出し身震いする者もいる。
     些かやりすぎな気もしたが、オーバーなくらいが丁度いい。
    「ふう、楽しかったわ。私はここではけるわね!」
     ニコッと笑ってみせる勇者姫も空恐ろしい。歴代勇者怖いというのも観客たちに刷り込まれた。
     さて、補修を終えて第三試合。ノンビリとヴァリースタジアムに現れたのは、可愛い羽のステッキを持った人物だった。
    「今回はお兄ちゃんに来て貰ってます」
     誰だアレ、となった瞬間に告げられたセリフに、会場は「ぇぇぇぇ」という悲鳴で満たされた。
     えっ、大魔王さま兄貴いたの!? 兄貴人間なんだけど!? というものだ。
    「あっ、血は繋がってないから」
     平然と告げられる事実がこわい。そして大魔王の謎が謎を呼んだ。
    「じゃあ第三試合、ジドーセーセー!」
     最早三度目ともなると見慣れた光景とも言える穴から、丸いフォルムの物体が出てくる。手には丸い玉のついた杖を持っているものだ。
    「これは邪竜神ナドラガ(第一形態)」
     また第一形態か。第二形態があるのか。全員がそう思った。
    「第二形態の時はエステラさん呼ぶけど、やっぱり第二形態デカイからなぁ……」
     苦笑する大魔王に最早声が出ない。何を倒しているんだ、何を。
     ニコニコと笑っているのは兄だけで、全員が遠い目をしている。ナジーンは最早惰性で鐘を鳴らした。
     邪竜神ナドラガはまたも分裂するし嵐や雹を落とすしで大変だった。
     それよりも兄の攻撃がなんというか、観客を唖然とさせたのだが。
     戦闘中に釜を取り出したかと思ったら錬金するのである。しかも呼び出されるのは謎の巨大花にトンブレロのようなブタ。
     しかもこれが強い。ダメージを全て肩代わりしたりだとか、全員を応援したりだとかで凄いのだ。
    「なにそれ凄いんだけどどうなってるのそれはもしかしてエテーネ王国で発展していたと言われる錬金術じゃないのかいそれらは錬金生物と呼ばれるもので自分の意思を持って動くと聞いたのだけれど錬金術には才能が必要だって言うし一体全体どうなっているのかちょっと後でじっくり教えて欲しいんだけどいつがいいかな!」
     ノンブレスオタッキートーク魔王も勃発してエラいことにもなった。
     退場しようとする兄に縋り付いて「絶対だよ!」と念押するアスバルを、ユシュカは呆れつつ、ヴァレリアは氷の眼差しで射抜いていたが。
    「ゴホン、気を取り直して第四試合、の前に」
    「ここが魔界というところか」
     興味深そうにやってきたのは黒衣の男だった。どことなく大魔王に似た空気を持っている。
    「黒衣の剣士、パドレこと私のパパです。パパー」
     パドレと紹介された人物は、娘と思しき大魔王に呼ばれて破顔した。顔も見えないのに娘だと分かったらしい。こわい。
    「パパはエテーネ王国最強の時渡りの使い手で、王弟でもあるんだよ」
     と、トキワタリ? お、オウテイ? 王弟!?
    「へぇ、相棒って実はお姫サマだったのか」
     ヒューと口笛を吹くベルトロだけが異様である。普通受け入れられない。
    「せっかくだからパパとエテーネ王国最強の剣士と言われたパパの従者、ファラスと戦ってもらおうと思って」
     エテーネ王国、絶対敵に回さないでおこう、魔族の心は無駄に一致した。トキワタリがなんだか分からないが、ヤベェ能力であることだけは何となくわかる。
    「じゃー、ジドーセーセー!」
     現れたのはワイルドな金髪の男だった。両腰に二本の獲物がある。双剣使いらしい。
    「娘の前だ。張り切って行かせてもらおう」
    「ママも呼んどけば良かったかな」
     ボソッと呟かれた言葉を掻き消すようにカーンとゴングが鳴り響いた。
     パドレの攻撃はどれもこれもが怖いくらいに強い。また空間を移動するのが非常に厄介だった。
     時渡りの使い手は時空を移動する。つまるところ、時間軸だけでなく空間軸も移動出来るらしい。古代呪文ルーラに通じるところがあると思う。
    「私もねー両親譲りの膨大な時渡りの力持ってるんだけど、大味にしか出来なくってねぇ」
     赤ん坊の時に五千年時渡りした実績があります。というのは胸を張って言うことでは無い。こわい。
     時渡りの力こわいと思っているのに、剣聖と呼ばれていたらしいファラスもかなり強い。
     二本の剣から繰り出されるダブルギガスラッシュは馬鹿にできない。代わりに状態異常に弱いようだが、魔王たちも力押しだったのでなかなか苦戦しているようだ。
     大魔王は「ちょっとギュメイ将軍思い出すな」なんて言っていたが誰だその将軍。
     さすが主従コンビと言うべきか、息のあった連携は凄まじく、結果として引き分けにした。ちょっと尋常じゃないくらい場内が破壊されてしまったので。
    「んー、ここで引き分けてたら次の時元神キュロノスは厳しいかも。やめとくべきかも?」
    「なんだよその物騒そうな神サマ? の名前」
     ゼェハァと肩で息をしながらユシュカがボヤく。大魔王が本当に只者じゃないと嫌という程痛感している最中だ。
    「だって時元神だから名前の通りアレって時止めて来るんだよね」
     ソレってしれっと言うことじゃないと思う。ユシュカは遠い目をした。
     というか、それに対抗しようと思ったら時渡りの能力が必要だ。流石に時を止められたら手も足も出ない。
    「ということは、キミも時を止められるということかい?」
     杖を文字通り杖としてからだを支えているアスバルがとんでもない魔法の可能性に行き着いて目を輝かせている。
    「やろうと思えばできるんじゃない? 凄く修行しなきゃいけなさそうだけど」
     これ以上大魔王を規格外にするなよ、と誰しもが思った。一体どこまで強くなるつもりなのか。どこをめざしているのか。
    「ところで大魔王どの、あと何試合するつもりなのだ」
     ひとり平然としているヴァレリアが問えば、大魔王は「戦った相手は山ほどいるからいくらでも出せるよ」ととんちんかんな応えを返す。こわい。
    「不死の魔王ネロドスでしょ、初代双子の勇者、破壊と殺戮の神ダークドレアム、破壊神シドー、魔祖の血族たち、咎人たち……」
     挙げられる名前だけで頭痛がしそうなラインナップだ。よくぞそれだけのものを倒してきたものだと思う。
     観客は誰ももう大魔王をバカにできないと思った。こわい。こわすぎる。
     睨まれでもしたらひとたまりもない。魔界は力こそ全てなのだ。強いものに全力でひれ伏すのが魔族である。
    「とりあえず、この前倒したジア・レド・ゲノスとかいうジャゴヌバの親戚行っとく?」
     え、なにそれこわい。
     こてんと小首を傾げて言うことじゃない。
     神話の時代から魔界を苦しめ続けていた最たる原因であるジャゴヌバでさえ苦労したのに、その親戚? ふざけている。
    「ジア・クト念晶体って種族でさ、女神ルティアナの故郷、とこしえのゆりかごを滅ぼしたヤツらなのよ。で、とこしえのゆりかごから逃げる時にくっついてきたのがジア・ゴヌバ。訛ってジャゴヌバね」
     ということは、ジャゴヌバ並のやつが複数存在していて、尚且つその親玉と相対した、と。うん意味わからん。
    「あー、大魔王どの」
     困ったような低い声がマイクを通して響き渡る。
     全員がドン引きしているからもう許してやってくれないか、と。
     かくして、不朽の大魔王は魔界で絶対に敵に回してはいけないナンバーワンに君臨することとなったのだった。
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