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    カナト

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    カナト

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    a「なーにしてるの?」
    「わぁ!?」
     珍しい場所で珍しい人物を見つけたので、つい声をかければその場で50センチ程飛び上がった。
     相変わらず意味不明な身体能力だとついつい呆れた目を向けてしまう。とはいえ、そういうところが面白くて興味を引くひとなのだが。
     場所は第二本校舎一階。部活棟とも言える、各部が集まっている校舎だ。
     活動が再開されている部活は五つ。その中でそのひとは確か木工部に所属していた記憶がある。
     釣竿を量産するのが好きらしく、次々と星三のものを作り上げていく手腕には驚きと共にやはり呆れる。それと同時に悔しく思うのだから、感情というのはままならないものだ。
    「今は強化週間じゃないよね。転部したんだ?」
     びっくりするほど分かりやすく目線を泳がせている人物の背後にあるのは、カタカタと音を立てるミシンだ。木工部の人間が使うものではない。
     部活動強化週間ならば、お題のものを作るのに他部を手伝うことがあるが、そういった期間でもない。
     部活動強化週間でないならば、転部は自由にできるのだが。
     そもそもとして、分かりやすく狼狽えている人物は、どこの部でも引っ張りだこである。
     本人はなんてこともないふうを装っているが、おそらく部活という疑似体験ではなく、実際に機能しているギルドでそれなりの実力を発揮しているはずだ。
     あるじのご希望に沿ったものを入手するにあたって、職人というのは切っても切り離せない存在である。もしかすると、この人物が作り上げたものもあるのかもしれない。
    「こ、こんなところにくるなんて珍しいね」
     狼狽えている人物は、露骨に話を逸らそうとしている。分かりやすすぎて鼻で笑ってしまう。
    「オレがここにいちゃ悪いの」
    「い、いや、てっきり部活には興味がないとばかり」
     確かに、言われてみれば部活動に興味はない。同好会だろうと所属する気もない。
     部室を自分の好きなように使えるというのならば、ひとりだけ所属……いや、この人物を引き入れて立ち上げるのもやぶさかではないが、そもそもが面倒だ。
    「部活動ってヤツには興味はないけど、アンタがしてるなら別だよ」
     後にも先にも、これ程目を惹くのはこの人物だけだ。見ているとなんだか落ち着かない気持ちになる、フウキのリーダー。
     真っ直ぐ目線を向けると、挙動不審とはまさにこの事と言わんばかりにソワソワしていた。
     耳が薄らと赤くなっていて可愛いん……自らの思考を振り返って誤魔化すように咳をした。
    「それで、オレに言えないようなもの作ってたの? セーンパイ♪」
     からかうように言えば「あー」とか「うー」とか意味の無い唸り声。
     フウキのメンツにちょーっと過激目の下着をプレゼントしていた前科もあることなので、今回もそういったものの類なのかもしれない。
     コイツの手作りならば、少しは身につけてやってもいいかも……などということは絶対に言えないけど。
     悩んだ末に出した答えは「ちょ、ちょっとまってて」という情けない言葉で、部室の外までぐいぐいと追いやられてしまった。
     ちぇと心の内で文句を言う。
     本人は気づいていないが、部活をしている姿を見るのは結構好きだった。
     力強くハンマーを振り下ろし、うつくしい火花を散らしてカンカンと甲高い音を立てる姿も。
     切り出された木材から、最初から埋まっていたんじゃないかと感じさせる程のものを掘り出す力強さも。
     チクチクと器用に針を動かして、熱心な視線を手元に注ぐ精神統一に近いような姿も。
     どの作業を見るのも好きだった。そうして作り出されたものは、いっとう素晴らしいものに見えて、たとえあるじが欲しがっても融通してやれないと思う程で。
     カタカタと聞こえていたミシンの音が止んで、振り返った人物がちょいちょいと手招きをする。
     それなりの身長の、それも男が手招きをするというのもなんだか可愛い行動だなと思って、それも多分このひとだけに思うのだろうと思い直す。
     同じくフウキのメンツである、天然王子や熱血生徒会長がやってもウザいと思うだけだろう。
     手招きに誘われて近づけば、手を出して欲しいと言われた。
     ここでセクシーな下着を出したらコロスことは確実で、でもやらないとも限らない人物なので、渋々手を差し出した。
    「恥ずかしいから目もつぶって」
    「なに。恥ずかしく思うようなもの渡すつもりなの」
    「ち、違うけど。ね?」
     ふらふらと揺れる視線と、恥ずかしそうに頬を染める姿にまあいいか、変なものを渡してきたらその時はその時だと目を閉じる。
     そんな不用意なことしてもいいと思えるのは、この人物だからだろう。信頼出来ると確信している。
    「もういいよ」
     布が肌に触れる微かな感触がしてすぐに許可が出た。
     不思議なのはその布の感触が、差し出した手のひらではなく腕にあるということ。
    「これは?」
     手首につけられていたのは、アクセサリーではない。アクセサリーは布の感触なんてしないし、裁縫ではなく鍛治で作られるものだ。
     手先の器用な生徒会長と同じく、アクセサリー類を作ることも難しくないだろうに、選んだのはコレ。
    「えーっとシュシュ?」
    「なんでアンタが作ったのに疑問形なの」
     呆れたように息をついて、見せびらかすように手首を振る。
     手首にはめられたそれは、布の切れ端を繋ぎ合わせて、ゴムを通したものだ。主に女が髪を束ねるのに使う。
    「えっとね。うーんと、と、とりあえずあげる!」
    「あっこら! ……覚えてろよ」
     言うが早いかフウキのつばさで逃走したリーダー。学園内のどこかにいるのだろうが、そこから学園外に移動されていたら見つけようがない。
     深く深くため息をつくと、一部始終を見ていたらしい女子生徒が近づいてきた。
     知っている。コイツは同性にえっちな下着を着せることを生き甲斐にしている変態だ。
    「なに」
     ぶっきらぼうに声をかければ楽しそうに笑われた。何が楽しいのか。
    「シュシュの語源ってね」
     ―――お気に入り、なのよ。
     ばっと手首に目を向ければ、シュシュを形作る布の色はアイツの色で。
    「ホント、覚えてろよ……」
     今の顔は絶対誰にも見られたくない。
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