身長の話 恋人とするキスってやつはとても気持ちがいい。
オレの恋人は好奇心が旺盛で、「恋人になったからキスをしてみたい」と言い出した。小声で「嫌かもしれないけど」と呟いたのは、お互いに性別が男だったからだろう。
オレから告白しておいて、そういった事柄をする勇気があるのかと問われれば、あるに決まっている。
そういうことをする覚悟もなく好意なんて告げないし、魔界にさらって嫁にするとも言わない。まあ嫁なのでオレは上になるつもりしかないけども。……いや、コイツが望むならそうなってもいい。
……ごほん、とにかくそのくらいには惚れている。
顔を赤く染めあげたアイツの胸ぐらを掴んでキスをしたのは懐かしい思い出だ。
そこから、オレたちはちょくちょくキスをする関係になった。
何度しても初心なのにはいい加減慣れて欲しいと思うが、余裕で構えられるのも癪なのでやっぱりできる限り放置しようと思う。
いつまでも耳や首を真っ赤に染めるといい。でも、それよりも先に進むとさすがに慣れるか。それはそれでもったいないような進みたいような。
なんというジレンマだろう。そんなものに陥るなんて夢にも思わなかった。
全部アイツのせいだと悪態をつきつつも口角が上がるのは仕方の無いことだ。
しかし、オレには悩みがある。
悩みというのはそう、身長だ。
こういう時魔族というのは成長が遅くて嫌になってしまう。対して、人間の成長の早さは異様だ。
後何年、いや何十年時が経てばオレの身長はアイツを追い越すのか。
時折楽しげにつむじにキスをされるのが腹が立つ。
キスをするのに背伸びをして顔をあげなければいけないのが悔しい。
アイツは気まぐれに好きな時に屈むだけでキスができるのに、オレはアイツを引き寄せないとキスができない。
非常に、ヒッジョーに悔しいのだ。
そんなことを思ってしまうのは、重ねるだけのキスから深いものへの挑戦をしたからだろう。
学園を卒業したらさらうと宣言しているものの、元来アイツは自由人。そのツテや能力計り知れず、些かオレの手にも余るような気もする。
天邪鬼で素直になれないオレに、いつまで好意を持ってくれるのか不安がないと言えば嘘になる。
逃がすつもりは毛頭ないが、逃げ道はできるだけ断っておくに限るのだ。
その手段のひとつに恋人らしい行為というものがある。もちろんしたいからというのが第一だが……若い男の性欲なんて察するに有り余るものだと思って欲しい。
有り体に言うと、そういう行為に興味がある。
当たり前だがする相手は選ぶし、やりたいと思うのもひとりだけだ。これからもひとりだけの予定なので、その他大勢は必要ない。
知識だけはある。これでもゼクレスの大貴族だ。魔王の側近でもある。
血を繋ぐのに後継というものは必要なので、そういった教育も受けている。
見た目はまだ少年だが、実際には人間の寿命よりも生きているのだ。……まあ、その教育内容に男同士はさすがになかったが。
そして現在。悔しいかな身長差が災いして上手く主導権が握れない。
相手が初心初心なのも災いしている。
妙に体幹がしっかりしているから不意打ちでもなければ引っ張り倒せないし、上向きだと舌が喉の方に行って絡めづらい。
こうなったら意地でも身長を伸ばすしかない。オレは牛乳を毎日飲むことを心に誓った。
なおその後全然伸びなくて拗ねたら膝上に乗せられて「これでリソルくんの方が高いね!」と笑われた時は死にたくなった。
*
「セーンパイ♪」
弾む心がそのまま喉から飛び出したような気持ちになったのは、何度目かの里帰りのことだった。
学園内では男の姿だったアイツは、学園外では小柄な少女だった。
それを初めて知った時は忙しくてすぐに帰還しなければならなかったが、今回は時間が取れる。重畳だ。
しかも運良くオレの屋敷という絶好のテリトリー。
「んむ!?」
びくりと肩を跳ねさせた少女は、持っていた雑巾を落とすことになる。
学園内でコンプレックスだった身長差は逆転している。つまり、オレが好きな時に上からキスができる。なんて素晴らしいことなんだろうか。
その先もどちらが上とか考えなくて良くなったのでそれもいい。
小さなからだを後ろから抱き締めて、逃げられないようにしてから唇を合わせる。
固まっているうちに唇を割って舌をねじ込んだら後はやりたい放題だ。
そもそも、この少女、キスが下手くそである。リードしたくともしにくい状況だったのがあら不思議、縮こまった舌を簡単にすくえてしまうのだ。
抵抗だって大柄な人物と腕に収まる人物では大幅に違う。小柄万歳。
今まで発揮できなかった実力を遺憾無く発揮し、満足して唇を離した時には少女は息も絶え絶えになっていた。うん、このまま食べようかな。
魔族らしい欲がもたげるが、理性的な部分がそこまで滞在時間が残っていないと告げる。チッ、後二年程お預けなんて酷い話だ。
魔族に執着された可哀想な先輩は、二年後にどんな状況になってしまうのかまるで分からないだろう。今はまだ、そうであればいい。
けど、二年後には覚悟しておくことだね。
くったりとした可愛い未来の花嫁に触れるだけのキスをして、オレはニッコリと、恐らく少女にとって顔を引き攣らせるレベルの悪い笑みを浮かべた。
「今日はこれで勘弁してあげる。アンタが花嫁になる日が今から楽しみだね」
わざわざ掃除をしに来るくらいには、ここに住む覚悟をしてくれているのも嬉しい限りで。
オレは後ろ髪引かれつつも学園へと戻って行った。
その後、もしかしなくともあの小柄な少女はまだ成長期の途中なのではということに気づき(ドラキー女の背が伸びた)、必死になってまた牛乳を飲む羽目になったのはここだけの話だ。