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    カナト

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    カナト

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    刀/剣/乱/舞とdq/Xのクロスオーバー的な話
    主♀で名前は今のところでないけどふっつーに喋る
    ブラック本丸でご都合主義なんでもアリ

    ブラック本丸で魔剣を鍛刀しました 今にも地上へと落ちてきそうな程に重い鈍色の雲。生い茂っている草木の色は毒々しい紫色で、土の色も紫がかっている。
     生き物の気配もしない山中、そんな場所に似つかわしくない少女がひとり、のんびりと歩を進めていた。
     黒い髪に紅い瞳をした少女は、もうかれこれ一時間はこの山中をさまよっていた。普通ならば途方に暮れるような状態なのだが、少女は鼻歌交じりにこの状況を楽しんでいるようだった。
     分厚い雲が光を通さないのか、世界は夜の闇に包まれているように暗い。それでも不思議と少女には自分の周りの景色が見えたし、何処へ向かうべきかも分かっていた。
     山道をずっと進んでいればかなりの疲れをもたらすだろうに、少女の歩みは変わらない。
    「わぁ、エルトナ大陸みたいな様式だなぁ」
     と、そんな少女の目の前が急に拓けて、木でできた巨大な門の前に辿り着いた。
     閂が外側からかかっている不思議な両開きの扉には、たくさんの御札が貼り付けられている。まるで、内側に何かを閉じ込めているようだ。
     見る人が見れば、その場所から黒いものが溢れて周りの草木を枯らし、土を汚染しているのだと分かる。少女の目にもその様は映ったが、その表情は変わることはなかった。
    「さて、どうやって入るかなぁ……」
     この場以外に入口はないだろう。門以外にはぐるりと塀がそびえたっている。高さは少女の身長の五倍はありそうだ。
     元は白かったのであろう土壁は黒ずんでいてほとんど当時の面影もない。じっと見詰めているとズズズと僅かに広がったのだから、この封印も時間の問題ではないだろうか。
     こんな場所に入ろうとしている少女は正気の沙汰ではないだろう。けれど、この場所に行かなければいけないような気がするのだ。
     少女は少し考えて、扉に貼ってあった御札に触れてみた。
     御札は少女の指先が触れると、そのまま淡い光になって少女のからだのなかに吸い込まれていった。
     少女はその御札があった場所に手をかけて、残りの御札を引きちぎりながらくぐり戸を開いた。ちぎれた御札は淡く光り、少女へと引き寄せられるように吸い込まれる。
     少女はそれを全く意に介さず、のんびりとくぐり戸をくぐり抜けた。
     一応扉を閉めてぐるりと辺りを見渡し、流石の少女も眉根を寄せた。
     辺り一面に拡がるのは黒いモヤ。モヤに侵食されている部分は溶けだしてしまっているものもある。
    「魔瘴みたい」
     そうぽつりと呟いて、少女は変色した土を少しだけ蹴りあげた。
     外の土とは違う、人工的なものだ。グラウンドの土によく似ている。
     そのまま目が慣れるのを待つようにじっとモヤを見詰めていると、もっと黒いものが近づいてきた。いや、どちらかと言えばモヤの発生源と言えただろう。
     黒いそれは足を引きずりながらただ歩いている。ぽた、ぽたと鮮血が流れているようだが、本人は気にも留めていないようだ。
     それはふと足を止めて、少女の方をじっと見やった。少女もそれをじっと見やる。
     それは黒い髪に黄色い瞳をした若い男だった。けれど、その全身はボロボロで、よく見れば左腕がない。
     少女がそのままじっと見つめているのに対し、男は急に興味を失ったのかまた歩き始めた。
     ずる、ずると引き摺られている足が痛々しいが、こんな状況の中彼を治療しても意味がないだろうと思えた。
     少女のからだにも黒いモヤがまとわりついて、なにやら悪さをしようとしているのが分かるからだ。
     しかし、強靭な精神力と肉体を持っている少々特殊な事情も抱えた少女には、それらは効くことはないだろう。余程弱っていれば効くかもしれない。
     それに、少女が無意識に取り込んでしまった御札も、どうやら少女を護ってくれているようだった。
     けれど、その御札も侵食されていたのだから、どれほど効果を持続させられるかは未知数である。
     男が角を曲がったのを見届けて、少女は更にモヤが濃い方へと足を進めた。
     しばらく歩くと、縁側に出てきた。障子戸も見えるため、どうやら本当にエルトナ大陸のような建物であるらしい。
     建物は所々崩落していて、黒く溶けていた。この建物では靴を脱ぐことがマナーとされているが、この状況では足の裏を怪我してしまうかもしれない。少女は土足で縁側に上がり込んだ。
     破れた障子から中を覗き込めば、そこにはボロ布を被った男がいた。どうやら繋がれているらしく、諦めたように俯いたまま微動だにしない。
     そのからだも酷く汚れていて、血ではない黒いものに一部侵食されていた。
     少女はそっと障子戸から離れて、壊れている部屋を見て回った。
     部屋の数はそれ程多くはないようで、ぐるりと一周回ってもそれ程時間は要さなかった。
     この建物にいる人物は繋がれていた男と広間と思しきところに数人。それも床から起き上がる気のないものだったり、ひたすら柱を切りつけているものだったり、なにやらブツブツと言葉を発しているものだった。
     マトモな人物がここにいたとして、彼らと同じように気を病んでしまうことは間違いない。
     少女にはかなりの耐性があるが、それでも長時間晒され続ければどうなるかは火を見るより明らかだ。
     そんな中、少女はこの建物で唯一、侵食を阻んでいる部屋の前に立っていた。
     他の部屋はボロボロで覗き見ることが出来たのだが、この部屋だけは障子も破れておらず、中を覗くことができなかった。
     場所は、拘束された男の隣の部屋。
     外の塀を見た感じ、中は相当に広いとみて間違いない。もしかしたら少女の知っている城よりも広大かもしれない。
     しかし、無闇に動き回るのは得策ではないと少女は考えた。最初に出会った徘徊する男のようなものがいないとは限らないからだ。
     一応、少女は手練である、と思っている。世の中にはとんでもなく強いものが多いので、一概には言えないが。
     だが、ああいった手負いのものを正当防衛とは言え、攻撃するのは流石に躊躇われる。出来れば治療して落ち着いてもらいたいのが本音だ。
     この場所は侵食を唯一食い止めている場所。彼らを何とかする手立てがないとしても、この黒いモヤに対抗する手段はあるかも知れない。
     部屋から何が出てきても大丈夫なように身構え、少女はそっと障子戸に手をかけた。
    『…………認証』
     と、どこからか謎の機械音が響き、少女は咄嗟に手を引いた。
     しかし、それから何も変化は起きていないようで、少女はもう一度障子戸に手を伸ばす。
     今度は何も起こることもなく、障子戸は簡単に開けられた。
     さて、障子戸の部屋だが、何も無かった。綻びているところも侵食も、不気味な男も、という意味だが、そこだけ様式が違った。
     少女の知っている建物が基礎となっているのならば、こんな絨毯の敷かれた部屋になっていないだろうし、ベッドではなく布団という寝具が用意されていたはずだ。
     扉もドアと呼べるようなものではないだろうし、収納や部屋だって襖というものに仕切られていたはずだ。
    「なんだろう……理知の石版みたい……」
     ふと床に落ちていた板が目につき、そっと手を伸ばせば、それに反応したのかいきなり画面がついた。少女はそれをじっと見つめて、文字列を目で追い、軽く操作する。どうやら少女の知る理知の石版と似たものらしい。
     それを手に取って、少女は更に家探しをすることにした。
     気になってクローゼットを開けば、からっぽのクローゼットの中にきつねがぽつりと仕舞われていた。
     きつねは不思議な紅い隈取りをしていて、ぬいぐるみのようだ。
     少女はどうしてクローゼットにきつねのぬいぐるみがあるのか不思議に思い、きつねに触れようとした。
    『システム、再起動します』
    「っ!?」
     と、きつねから機械的な声がして、少女は思わず板を床に落とした。
    「あ、あ、あめんぼあかいなあいうえお……」
     先程の声とは違い、少々高くて愛嬌のある声がきつねから発せられて、少女は珍しく紅い目を大きく見開いた。
     きつねはくるりと少女に向かって回り、ぺこりと頭を下げる。
    「はじめまして審神者さま、わたくしめは時の政府の管狐、こんのすけと申します! 好きな物は油揚げですはぐぅ!」
    「さ、にわ? 時の政府……?」
     少女はぱちぱちと瞳を瞬いて、こんのすけと名乗ったきつねに問いかける。
    「はい、審神者さまは歴史を改編しようとする歴史遡行軍と戦っていただいております」
    「れきし、そこうぐん」
    「もちろん実際に戦うのは審神者さまが顕現なされた刀の付喪神です。彼らを刀剣男士と呼びます」
    「とうけん、だんし……ということは、この隣の部屋に繋がれている人も……?」
    「繋がれている? どういうことでしょうか」
     詳しく話を聞きたがったこんのすけに、隣の部屋に繋がれている男の話をする。ついでに徘徊している男と、広間にいる男たちについても語った。
    「ふむ、審神者さまの話から察するに、隣の部屋の人物は山姥切国広でしょう」
    「やまんばきり、くにひろ」
     名前長いなぁ、と少女はどうでもいい現実逃避をした。もしかしなくても、ここにいる刀剣男士とやらは皆名前が長いのだろうか。
    「そして、審神者さまの話を察するに、この本丸はブラック本丸と化しているようです」
    「ぶらっく、ほんまる」
    「手酷く刀剣男士さま方を扱うと、彼らも神々の末席に位置しておりますので、反転して祟られます。黒いモヤは穢レでしょう」
    「祟り、穢レ……」
    「彼らは人間に対して怨みや憎しみ、怒りといった負の感情を強く持っている可能性があります。よくここまで辿り着けましたね」
     こんのすけに感心されて、少女は酷く複雑な気持ちになった。
     少女は頼まれれば大抵どんな場所にも訪れていた人物である。頼まれなくとも冒険していた。
     死者の恨みが渦巻く土地や、呪われた土地、制裁を受け続ける土地、激しい戦場なんかにも足を運んでいる。
    「こんのすけはここにいたんだから、ここの情報とか、何か知らないの?」
    「残念ながらデータが初期化されているようです」
     困ったように頭を振るこんのすけは、クローゼットから飛び出て少女の足元の板を拾った。
    「この端末からデータを引き抜けないかやってみます」
     少女には使い方が分からなかった代物だが、こんのすけが操れるならばそれに越したことはない。
     少女はこんのすけが端末をいじっている間、もう少し部屋の中を探索することにした。
     部屋の中には大きな家財道具以外のものは一切なく、がらんとしている。障子以外に扉は三つあり、ひとつはトイレに繋がっていた。
     もうひとつの扉は簡易的なキッチンになっていたが、保存されていた食料は腐っていた。缶のものならまだ食べられるかもしれない。
     最後の扉は脱衣所で、その先は内風呂になっているようだ。一応風呂場の扉を開けるとそこにあったものに少女は眉根を寄せた。
    「審神者さま、分かったことが……これは……」
     端末を持ったこんのすけが、少女が見つけたものを見て端末を落とす。少女が言えた義理ではないが、そんなに何度も落としてしまって大丈夫なものなのだろうか。
    「どうやったらこうなるんだろうねぇ……」
     足元に倒れているミイラ化した人物を見て、少女は困ったように首を振る。旅をする上で残酷な光景は幾つも見てきた。人骨だって見慣れたくはないが見慣れている。
    「おそらく前任の審神者さまでしょう。この本丸のデータを見つけた際に記述がありました。呪詛返しによるものだそうです」
    「じゅそがえし」
     何をしでかしたらこんな残酷な末路を迎えるのか、そしてこんなとんでもない場所を生成できるのか。
     ろくでもないことをしでかす人間は、ろくでもない末路しか待っていないという暗示なのか。
    「この本丸は度重なる無理な行軍により、資材も底をついていたようです。刀剣男士さま方が折れるのも構わなかったようで、今でも多くの方々が傷ついたまま放置されているようです」
     刀剣男士は刀の付喪神だ。だから、死ぬという表現ではなく、折れる。血が流れるのも実際には血ではないが、無闇に怪我をするのを避けるために痛覚というものも存在している、らしい。
    「当本丸は厳重に封印がかけられているようです。脱出は不可能とみて違いないでしょう。空間と本丸の二重掛けのようです」
     たぷたぷと肉球で端末を弄りながらこんのすけが告げる。
    「成程ねぇ。その刀剣男士ってどうやって喚ぶの?」
    「出陣して別の時代から手に入れるか、鍛刀して作るか、政府からの支給の三種類ございます」
    「出陣と政府から、っていうのは無理そうだね。鍛刀してみるか」
    「しかし、審神者さま……」
    「大丈夫。こんのすけ、場所わかる?」
    「見取り図がありますので分かるかと思います」
    「分かった」
     戸惑うこんのすけをひょいと抱えあげて、少女は躊躇いなく部屋から出た。
     途端に黒いモヤが視界を遮るが、少女はそんなことお構い無しだ。
     こんのすけの示す通りに進めば、別の建物が見えてきた。他の建物は回廊という廊下で繋がっているらしいが、老朽具合などを考えて土の上を進んでいる。
     移動している間に何人かの男たちを見かけたが、彼らが少女らを視認することは無かった。ただ、少し違和感を感じてはいるようだ。
     こんのすけに示された建物は、ホコリを被っていた。この建物には誰もいないようで、蜘蛛の巣がはっている。
     火をくべる炉と、叩いて鍛える金槌などの道具がある他には、目立って変わったものは無い。どこの世界も鍛冶屋は似たような道具を使っているようだ。
    「審神者さま、資材が少しだけ見つかりました」
     ちょろりと抜け出したらしいこんのすけが、僅かな資材を持って少女の元に戻る。
    「最低限の数しかないですが……」
    「そうなの? で、こんのすけ作り方分かる?」
    「本来ここには鍛冶場の小人がいるはずなのです。しかし、彼らも霊力が枯渇したこの状況でいなくなってしまったようです」
     困り果てているこんのすけに、少女は少しだけため息をついた。こんのすけに向けてでは無く、こんな状況にしたミイラに対してだ。
     少女はこんのすけが持ってきた資材を手にして、火の消えてしまった炉に向かった。
    「メラ」
     少女が呪文を唱えると、少女の手から火球が飛び出して、燃焼材もないのにあかあかと燃えた。
     こんのすけが驚いている間に、少女は持ち物からハンマーを取り出して、素材を使って何かを作ろうとしているようだ。
     カーン、カーンと槌を振るう音が響き、赤い炎が少女の額に光る汗を浮き上がらせる。
     そうして、少女の手には不思議な剣が握られていた。
    「……審神者さま……」
     流石に見たことの無い奇妙な剣に、こんのすけは絶望した。
     不思議な赤い装飾のついた剣で、普通の鞘に収まりそうにない。
    「で、顕現ってどうやってするの?」
    「形代を使ってやります。紙を人型に切り抜いて霊力を込めるのです」
     少女は荷物から適当な紙を出したらしく、持っていたナイフで割と大雑把に切り抜いた。
     霊力の込め方は分からなかったが、少女はとりあえず何かしらの力でも送ればいいのかと魔力を操る要領でやってみる。失敗したらその時考えればいい。
     そ、と形代を剣に置けば、辺りは眩い光に包まれた。
     唖然とするこんのすけを差し置いて、剣から大柄な男の姿が現れる。
     光が収まると、そこにいたのは少し異形の男だった。
     紫色の肌をし、二本の黒い角が生えている男は、全身黒ずくめで右目に眼帯をしていた。
    「ナジーン……さん……」
     少女がぽつりと言葉を零し、こんのすけはあんぐりと開いた口を閉じられずにいる。
    「私、は……」
     本来、刀剣男士は顕現した時に名を名乗るものだが、その刀剣男士? は自分のことが分からないようだった。
    「この剣はおそらく、魔剣アストロンです」
    「まけん」
     今度はこんのすけが未知の言葉に驚く番だった。確かに妖刀だとか色々な刀はあるが、魔剣……これを知っている少女は何者だと問いたい。
    「彼がいれば出陣出来るんでしょう?」
    「出来るかと、思います」
     こんのすけはもう考えるのを辞めた。少女が何を考えているのかも、何を目的としているのかも、見いだせそうになかったからだ。
     こんのすけは端末を操り、少女とアストロンを先導して羅針盤のような機械の所に連れていった。
     機械には沢山の刀傷がついていたが、どうやら壊れてはいないらしい。その証拠に少女が触れると起動して回り始めた。
    「成程、移動する座標が入ってるのか……」
     少女はそう呟いて羅針盤を回す。その手に不思議な緑色の輝きを見て、こんのすけは知識との相違を感じた。
     少女はこんのすけを抱き抱え、アストロンの手を握る。そして、なにやら銀色の立方体を取り出すと、羅針盤と合わせて謎の緑色の光を強めた。
     こんのすけが気付いた時には既に合戦場にいた。歴史遡行軍が歴史を変えようと、重要人物を殺したり生かしたりする所だ。
     骨のような異形の姿をした遡行軍に、こんのすけは悲鳴を上げそうになったが、悲鳴を上げる前に少女が目にも止まらぬ速さで倒してしまった。
     次から次に湧いてくる遡行軍を、アストロンとこんのすけを庇いながら対処するさまは、一騎当千と言うに相応しく、こんのすけたちを驚かせた。
     最後の一振を黒い煙へと変えると、少女はこんのすけを見やる。こんのすけは何も言わずに遡行軍が持っていた資材を拾い集めた。
     資材は刀剣男士を作るのにも必要だが、治すのにも必要だ。重傷を負った刀剣男士たちには最低限の資材では足らず、使えなかったのだ。
    「帰還致しましょう」
     用が終わったこんのすけの言葉で本丸に帰還し、資材を置いて、少しだけ練度の上がったアストロンを連れて再び時代を渡る。
     少女は無造作に遡行軍を塵埃に帰し、こんのすけは何も言わずにアストロンと落とされた資材を拾った。
     ある程度資材を集めて、少女は繋がれている男がいる部屋の障子を開けた。
     億劫そうに顔を上げた男の顔面は、きらきらとした王子さまといった風貌だが、布から覗く金髪や、碧色の瞳はくすんでいたり濁っていた。
     男は気だるげで、何かを口にすることはない。ただ、酷く無念そうな顔をしているだけだった。
    「おいたわしい……」
     こんのすけがやり切れない声を出し、アストロンは男を睥睨しただけだった。
    「こんのすけ、傷を治すにはどうしたらいいの?」
    「手入れですね。資材を使って手入れ道具で霊力を込めてぽんぽんと優しく叩きます」
     少女は手入れ道具を持っていたらしく、荷物から道具を出す。
    「治すのは本体です。彼らは刀の付喪神ですので、刀を探してください」
     成程と少女が頷き、部屋を見渡せば男の手が届かない部屋の隅に刀はしっかりと固定されていた。
    「さわ、るな」
     と、それまで黙り込んでいた男が、はじめて声を出した。
     掠れた声は、しかし深い怒りを内に秘めている。
     少女はそんなこともお構い無しに、固定されていた刀を外した。
     男が暴れるが、少女は素知らぬ振りをして鞘から刀を出す。
     刀身はぼろぼろで、どうして折れていないのか不思議な刀だった。
     少女は曇った刀身に歪んで映る己の姿を見て、好戦的ににぃと口を歪める。
     途端に男は背筋にぞっと震えるものを感じた。付喪神である彼が震え上がるとは相当のことであるが、少女は何処吹く風で勝手に刀を手入れしている。
     慣れた手つきで歌を口ずさみながら、少女は男の本体である刀を手入れした。
     流れ込んでくる優しい霊力に、荒んだ気持ちが癒されていく。不思議な心地だった。男が知る手入れは、ただただからだを治すだけのものだったから。
     淡い光を纏い、男の本体である刀は綺麗に修復された。侵されていた深い憎しみも、沼のような悲しみもスッキリして晴れやかな気持ちだった。
    「服まで治るんだ〜」
     当の少女は無邪気なもので、服までも修復されたことに驚いている。
    「さっきのは、なんなんだ」
     礼より先に疑問が男の口から出た。
     少女はそれに不快感を示すことなく、のんびりと笑っている。
    「この邸を包んでいる穢レ? 祟り? まあ要はこの黒いモヤね、私がいた場所にあった魔瘴ってやつによく似てるの」
    「ましょう」
    「で、魔瘴に対抗する手段に、聖別の詩歌っていう歌があって、私が歌ったのがそれね」
     効くかどうかはさておき、やれるだけやってみよう精神だった少女は、しかし男の拘束を解くつもりはないようだ。
    「あなたの名前は?」
     赤い瞳を眇めて、少女は優しい声音で男に名を尋ねた。
    「山姥切……国広……」
     そう告げた瞬間、男、山姥切は己の主が書き換えられるという奇妙な感覚を味わった。
    「山姥切さま、この方の霊力を受け、名を告げればそれは顕現と同じことでございます」
     そう言われて山姥切は確かにそうだと思った。霊力を受けて喚ばれ、名を告げて主と契約をした。主の刀である、と。
     それと同じことが起こっているのだと言われれば、山姥切は素直に納得した。
    「だがいいのか? 穢レた刀を使役するよりも何も知らない新しい“俺”を喚んだ方が良かったんじゃないか?」
    「私はこの本丸のことを何も知らないの。こんのすけも、さっき顕現したアストロンも」
    「あすとろん……」
     聞きなれない横文字に、山姥切は流石になんだコイツと思った。この少女が目の前に現れてからずっと思っている。なんだコイツ。
     それでも、紅い瞳は真っ直ぐで嘘はついていないように見えた。一度主を見誤った山姥切に見る目があるのかはさておいて。
    「辛いことだろうから話したくなったらでいいの。これからどうするかの材料として考慮するだけだから」
     情報の為だけに山姥切を治したのかと思えば、少女はすぐにではなくていいと言った。
    「こんのすけ、この拘束外しても大丈夫?」
    「はい。主従契約を結んだ刀剣男士さまは主さまを傷つけることが出来ません」
    「だそうだよ」
     ころころと楽しそうに笑いながら、少女は手ずから拘束を外して山姥切を自由にした。
     長い間この場所に閉じ込められていたからか、こうして自由を得たのは久しぶりの事で、こんなことが起こるなんて夢にも思っていなかった。
     山姥切は、ここでゆっくりと絶望し、荒御魂や祟り神になるのだと思っていたからだ。
    「ふぁ、流石に疲れたなぁ……」
     少女が小さく伸びをして欠伸をする。山道をさ迷い、長時間穢レに晒され、刀を顕現させ、時を渡り遡行軍とやり合い、傷ついた刀を霊力の上塗りをして治した。
     それがどれ程体力と霊力のいる作業なのか、ここにいる面々には想像もつかない。霊力の上塗りなど無謀とも言えることなのだ。
     契約していた主が死んだとはいえ、魂の根源から染み込んだ契約を破棄して塗り替える。普通は一時的に治すことは出来ても、新たな契約を結ぶことは出来ない。但し、血の近しいものならば霊力も似通っているため可能ではある。
     少女はとりあえず、隣の審神者部屋に戻ることにした。損傷もほとんどなく、比較的安心出来る部屋である。
     審神者の部屋に入ることが出来るのは、近侍と呼ばれるものだけで刀剣男士は入ることが出来ないらしいのだが、ある種特殊であるアストロンには当てはまらず、少女が勝手に山姥切を近侍ということにしたので全員入れるようになった。とてつもなく強引な少女である。
    「山姥切さんとアストロンも寝るといいよ。床に雑魚寝で」
    「私たちは武器だから気にしなくていい。それより君は人間なのだからベッドを使うべきだ」
     床にごろりと雑魚寝しようとした少女に苦笑したのはアストロンだった。
    「えー、じゃあ狭いけどベッドに三人と一匹で寝る?」
     その発言に山姥切がびくりとからだを反応させた。前の主から共寝の主命があったのかもしれない。
    「んじゃ、山姥切さんがベッドで、アストロンが私の布団ね!」
    「どうしてそうなった」
     突拍子もない言葉にからだを強ばらせていた山姥切は思わずツッコミを入れた。
     山姥切のツッコミも虚しく、布団になれと言われたアストロンはなんの迷いもなく少女と床に寝転がっていた。早すぎやしないか。
     余程疲れていたのか、少女は反論する前に既に夢の世界に旅立ってしまったようで、アストロンが紅い左眼でベッドを示す為、山姥切は渋々ベッドに乗った。
     こんのすけはちゃっかり床ではなくベッドで寝たいらしく、枕元に既に陣取っている。なんなんだコイツら、と山姥切は何度目か分からないツッコミを心の中で入れた。
     しかし、極限状態が長らく続いていたからだろう、山姥切はベッドに寝転がると驚く程あっさりと夢の世界に旅立って行った。
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