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    カナト

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    カナト

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    ボツです

    悪夢「おまえ、それどうしたんだ!?」
     いつもの如く気まぐれにファラザードに訪れていた大魔王を見つけて、ファラザードの魔王、ユシュカは素っ頓狂な声を上げた。
     現在地はファラザードの中でも特殊な万魔の塔だ。ふらりと気晴らしに立ち寄ったら、幽鬼のようになっている大魔王を見つけたのだ。
     大魔王の少女は、元々が細く、顔色が悪い。逆に血色がいいと体調を崩していることが多いので、そういった体質なのだろう。
     だが、今回はそんなものではすんでいない。
     目の下には黒ずんだクマが鎮座し、頬は痩けて骨に皮が張り付いているような状態だ。顔色は白や青といった次元ではなく、灰色がかって生気がまるでない。
     枯れ木のように細い少女は、さしたる抵抗も出来ずにアッサリとユシュカに捕獲された。少し揺らしただけで吐き気がしたようで、若干えづいてしまっている。
    「城に移動しよう。大魔王城の西翼だ」
     少女が異常なだけで、普通の人はアビスジュエルで移動できる範囲が狭い。ユシュカが使用するのが一番なのだが、それだと移動できるのはユシュカ本人だけだ。
     少女は渋々手に持たされたアビスジュエルを使用した。移動する感覚が気持ち悪いのであろうことも察してはいたが、万魔の塔にいてもなにもしてやれない。
     大魔王城の少女の私室前に転移したのを確認し、ユシュカは少女をひょいと抱えあげた。
    「軽……。おい、ポメロ」
     顔を歪めて部屋前の警備をしていた兵士を呼んだ。
     ポメロは大魔王の部屋前の警備を担当しているファラザード兵である。つまり、ユシュカが動かせる部下だ。
    「ヴァレリアとアスバル……」
    「や……」
    「文句言うな」
     ヴァレリアとアスバルを呼んでくるように託けるのを、少女が身動ぎをして拒絶する。
     大魔王の体調面やその他諸々は本人だけのものではない。それらは魔界全体の問題になるのだ。
     それでも少女は嫌だと駄々を捏ね、ユシュカは大きなため息をついた。
    「分かった。だがナジーンとドクター・ムーは呼ぶぞ」
     ユシュカの言葉に少女は少し考えてから小さく頷く。
    「聞いたな。俺はこいつを見張ってるから呼んできてくれ」
    「ハッ!」
     ビシッと敬礼をして、ポメロが去っていく姿を見送る。
     ついでに扉を開けていってくれたので、遠慮なしに部屋に入って大股でベッドに近付いて、そっと真新しいシーツの上に下ろした。
     ユシュカが存外丁寧に下ろしたからだろう、少女は目を見開いて驚いている。
    「俺だってちゃんとレディの扱いくらい心得てるさ。それでなくとも病人だしな」
     そう言いながらユシュカは少女の荷物からアビスジュエルを抜き取った。これでどこにも逃走できないだろう。
     少女は諦めてベッドにその身を預けた。
     長い間あけていたはずなのに、部屋は掃除が行き届いていてチリひとつない。きっとサッサカが張り切って掃除してくれているのだろう。
    「寝れるなら寝ろ」
     目を覆い隠すように大きな手のひらが被せられる。暖かな手は、確かに少女に眠気を誘った。
     それでも少女は抵抗を示し、ユシュカは眉をひそめた。まるで、寝ることを拒んでいるかのようだ。
    「分かった。添い寝してやる」
    「や!」
     どキッパリと拒絶され、ユシュカは落ち込んだ。こころなしかアホ毛もしんなりしている。
     寝る寝ないの攻防が繰り広げられているうちに、まずはドクター・ムーがやってきた。
     ドクター・ムーは少女の姿に眉をひそめた。全身包帯で覆われているので分かりにくいが、明らかに顔は歪めただろう。
    「大魔王、何があった」
     特異な魔力を使い、治療しようとするドクター・ムーを、少女は怯えた目で拒む。
     自身のからだを抱き込んで怯える姿に、ユシュカとドクター・ムーは顔を見合せた。
     少女は明らかに憔悴しきっている。豪胆な性格の少女にしては珍しい。
     膠着状態が続く中、最後にやってきたのはユシュカの副官のナジーンだった。どうやらポメロはきちんとお使いを果たしてくれたらしい。
     ナジーンは少女の様子に片眉をはね上げた。ベッドの上で膝を抱えて踞る姿は、見ていて痛々しい。
    「どういう訳か寝ることに怯えているらしいんだ」
     肩を竦めたユシュカの言葉に、ナジーンはため息をついた。
    「大魔王殿、きみは眠るべきだ」
     柔らかな声が諭すように言葉を紡ぐが、少女はいやいやと首を振った。
    「大丈夫だ。私がそばにいる。きみを傷つけさせない」
     震えるからだを抱けば、少女は潤んだ瞳をナジーンへと向けた。
     怯えるこどものような少女をあやして、ナジーンもまたベッドへと潜り込む。少女はぎゅうとその胸にしがみついて、ぶつりと糸が切れたように意識を失った。
    「……眠ったようだな」
    「ええ。きっと何か辛いことを思い出したのではないでしょうか」
     背中越しにユシュカの声を聞きながら、ナジーンは骨ばった少女の背を撫でた。
     辛い過去を持つのはユシュカもナジーンも同じこと。だが、少女の過去はそれ以上だと言わざるを得ない。
     ナジーンも右目を抉られ、故郷を失ったあの日から、どれだけ沢山の悪夢を見たことか。
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