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    カナト

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    カナト

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    春の夢 温かな春先の日。
     ひらひらと色とりどりの花びらが空を舞う。
     聞こえるのは人々の祝いの声。
     祝福を受けるのは幸せそうな男女だ。
    『綺麗な花嫁さんですね〜』
     その様子を眺めながら、ふよふよ浮く半透明の少女は楽しそうに笑った。
     その少女を引き連れている少年は、彼女に対して返事はしなかった。
     少女は少年からふよふよと離れて、盛られた豪華な食事をしげしげと眺めている。
     人々は酒をあけて祝い、歌えや踊れやの大祝宴だ。
    「あっ、王子殿下!」
     誰かが声を上げ、隠れて見ていた少年はギクリとからだを強ばらせた。
     子どもたちに手を引かれあっという間に輪の中に加えられた少年は、少し戸惑っているようだった。
    「ふふ、王子殿下が私たちの結婚式にいらしてくれるなんて光栄ね」
    「ああ、これからもこの国の為に堅実に生きていこう」
     少年の戸惑いなど新郎新婦には関係なかったようだ。それどころか、自分たちの結婚式に少年が参列したことを誇っている。
    「……あなたがたに、ネクロジームの御加護がありますように」
     ありきたりな祝いの言葉だったが、新郎新婦は心から嬉しそうに微笑んだ。
    「ありがとうございます、王子殿下。披露宴、楽しんでいってください」
     少年に礼を言って新たに夫婦となった二人は、仲睦まじく人々の祝いの輪に戻る。
     慈しむべき国民ではあるが、少年は彼らと親しい関係にあるわけではない。それが居心地の悪さの原因だった。
     特に話す知り合いもいないので、少年はそそくさと祝宴の隅に逃げ込む。
     人々は楽しげに談笑し、料理を口にしたり踊ったりと各々思い思いに過ごしている。
     少年はそれをじっと観察することにした。
    『いいんですか?』
     そんな少年に、ふよふよと浮く少女が声をかける。
    「いいんだ」
     気付かれないように小声で返事を返し、ただただ平和で美しい光景を少年は目に焼きつけるように見続けた。
     少女はそれを少し残念そうに見ながらも、勝手に輪の中に入って遊びはじめた。
     少女は少年にしか姿も見えず、声も聞こえない。それ故に、割とやりたい放題をやらかす性格をしていた。
     人々の間どころか肉体をすり抜けたりしながら、少女は楽しそうに笑う。
     時々『お幸せに!』などと言いながら、もはや息をするようにできるようになったポルターガイストで花びらを舞わせていた。
     少年はそれを少し複雑な気持ちで眺めて、その場をそっと後にする。
     少女は少年から十メートル程しか離れられないので、渋々引き摺られることとなった。
    『はぁ〜』
     何度目とも知らぬうっとりとしたため息がうるさいほどに聞こえる。
     夢見る少女のような瞳をしているのは、半透明の少女だ。
    『結婚式素敵でしたねぇ』
    「そうだな」
     そんな少女に少年はぶっきらぼうな答えを返す。その適当さに少女はつんと唇をとがらせた。
    『花嫁になることは女の子の夢なんですよ!』
     いつか自分だけの王子様が〜などと空想するのは女の子の特権だ。少年は本物の王子様だが、眼中にはないらしい。
     それが少し悔しくて、少年は少しむくれてしまう。
    「きみは霊なのにか?」
     ついつい意地の悪いことを聞くのは、少年が少女に対して淡い恋心を抱いているからだ。
     少女は『霊とか関係ないです!』と拳を握って力説した。
     少年はそんな少女を適当にあしらいながらも、少年の目線は未だに賑わう会場に向いていた。少女はさも当たり前と言わんばかりに、少年の隣に降り立つ。とは言っても、地に足はついていないのだが。
    『いいですか、結婚式には夢があってですね』
     聞いていたら夜が明けそうな話になりそうだ。さすがに春先とはいえ夜は冷えるだろう。
    「それはいいが、私はきみの故郷の結婚事情を知らない。それを教えてくれないだろうか」
     少女が気まぐれに舞散らせる花びらを眺めながら、少年は話の方向転換をはかった。
     果たして目論見は成功し、少女は少し考えて再びふわりと宙に浮く。
    『あまり変わりませんよ。花嫁は純白のドレスを着て、花婿とお互いに永遠の愛を誓うんです』
     ここ魔界でも花嫁のドレスは白が一般的だ。白はなにものにも染まっていないという証であり、これから染まるという意味でもある。
    「きみのドレス姿が見てみたいな」
     きっととてもよく似合うのだろう。その隣に立つ男には嫉妬しかないが、それが少年ならばどんなに幸せだろうか。
     少女の服は少女の一部という概念らしく、少女が着替えたいと思えば変えることが出来る。以前、それで故郷の服を見せてくれたし、少年の普段着になったこともあった。
     そんなに難しいことではないはずなのだが、少女は思いの外渋い顔をした。
    「どうしたんだ?」
    『確かにウェディングドレスは憧れではありますけれども』
     歯切れの悪い少女に小首を傾げる。
     少女は渋々言いづらそうに口を開いた。
    『結婚する前に着ると、婚期が遅れるって言われてます』
     予想外の答えに少年は思わずぱちぱちと瞳を瞬いた。
     というか、少女に婚期も何もないだろう。だって霊なのだから。
     思わず吹き出せば、少女はますます不機嫌そうな顔になった。少年や世間一般には大したことはなくとも、気にする人は気にするのである。
    「では、嫁き遅れたら私が貰おう」
    『王子サマのクセに何を言ってるんですか。ナジーンさんはちゃんとしたお嬢さんと結婚するんでしょ?』
     つーんとそっぽを向く少女の言葉に、少年……ナジーンは困った顔をした。
     だが、少女は知っている。二百年後もナジーンは独身であり、この美しきネクロデアは滅びているのだと。
    『……仕方ないですね』
     少女はため息をつきつつ、ナジーンの要望を叶えることにした。
     少女はある意味叶わない恋をしている。今のところ、その恋は実を結ぶことはない。
     すいと少女が空中を滑空すれば、その服装はまるで魔法がかかったかのように変わっていく。
     少女が思い浮かべるドレスは、レーンの村で見たデザインだ。
     純白のドレスに、華奢なティアラ。小さな宝石はきらきらと輝いて美しい。
     顔はヴェールに覆われて見えないが、幸せいっぱいな花嫁ならば微笑んでいるのだろう。
     手には少女の故郷の花のブーケを持って、少女はナジーンの方へすいと移動した。
    『どうですか?』
     小首を傾げれば、少女の黒髪がさらりと肩から滑り、ドレスの白さと相まってくらくらするほど美しく思えた。
    「ヴェールが邪魔だな」
    『ヴェールをあげていいのは花婿だけですよ』
     少女の表情が見えなくて残念だとナジーンは思ったが、なんとなくどんな表情をしているのかは分かる。何せ、付き合いは長いのだ。
    「残念だな」
     きっとヴェールの下で少女は楽しげに笑みを浮かべているのだろう。声音はとても愉快そうだ。
     ナジーンも同じく笑みを浮かべる。その瞳に、言いようもない熱情を灯して。
    「一番美しいきみを見るのは、きみが嫁き遅れるまでとっておかなければならないらしい」
    『ちょっと! 嫁き遅れること前提ってなんですかー!』
     ブーケを振りながら怒る少女に、ナジーンは楽しげな笑い声をあげた。
    「他にはどんな風習があるのだろうか?」
    『……そうですね。サムシングフォーといったものや、ジューンブライドといったものがありますかね』
     サムシングフォーは四つのものを花嫁が身に付ける風習だ。借りたもの、古いもの、新しいもの、青いものである。
     ジューンブライドは六月の花嫁という意味で、六月は結婚や出産を司る女神の月と言われている。それ故に、六月に結婚すると幸せになれるのだそうだ。
    『まあぶっちゃけアストルティアも各地でそれぞれ色んな風習があるんで、一概には言えないですね。ドレスだってエルトナ式だとかありますし』
     エルトナ式の婚姻は盃を交わして行われる。かつて、巫女ヒメアとコハクが誓ったものだ。
     世界樹の花に命を捧げたヒメア。同じ時を生きられなかったコハク。彼らは死後きちんと結ばれただろうか。
    『ヒメアさま、約束は果たしましたよ……』
     ボソリとそう呟いて、少女は幸せそうな若い男女の姿を見つめた。
     同じ時を生きられないのは、少女もナジーンも同じことだ。
     かたや死に両足突っ込んでいる少女と、長命な魔族の男。二百年後で運良くくっついても、寿命の縛りはどうしようもないだろう。
     少女が寂しそうにしていたからだろうか、ナジーンがその場に片膝をついた。
     きょとりと少女が瞬きをすると、ナジーンの手が少女へと差し出される。それはまるで、求婚をする王子さまのようだった。
     ……とは言っても、ナジーンは本物の王子さまなのだが。
    『ぷっ!』
     あまりにもそれが惚れ惚れするほど似合っていて、少女は思わず吹き出してしまった。
    「私は真剣なんだが?」
    『いやだって、私は人間ですよ。それに、まずこのからだじゃあ、ねぇ?』
     透けたからだを示して、少女が困ったように笑う。自分から嫁き遅れるなどと言っておきながら、今更ではないだろうか。
     引かないナジーンを見て、少女は更に困惑したようだ。熱の篭った赤い双眸が、それを加速させる。
    『分かりました。あの花を手折ってくれませんか?』
     ナジーンは少女が示した花を手折った。魔界では珍しい白い花だ。魔界の植物は総じて毒々しい色合いをしている。
     少女はその花を受け取ってふわりと宙に浮かせた。とは言っても、ナジーンには少女が花を指で掴んでいるように見えるのだが。
    『左手を出してください』
     言われるままに差し出せば、花で作られた指輪がナジーンの薬指を飾った。これも何かの意味があるのだろうか。
     素直に問えば『魔除けです』との返事。魔族に魔除けとはまた不思議なことをするものだと思ったが、不思議と嬉しさが込み上げた。
     悪戯な春風が強く吹いて、色とりどりの花びらを運んでくる。
     花嫁の姿をした少女と、彼女に跪き愛を乞う王子。その姿は、まるで一枚の絵画のように美しかったが、それを知るものはいない。
     少年は、指輪の本当の意味をまだ知らない。
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