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    カナト

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    カナト

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    モネット その日の彼女はいつにも増してにこにこしていた。
     惚れた弱みとしてのにこにこ顔は可愛いが、彼女が上機嫌な時はあまりろくなことがない。
     この前の理由は諜報活動を始めたというものだった。いつの間にか機密情報を仕入れて来ていたので、本当に辣腕の諜報員になったらしい。
     バルディスタへ嬉々として通っていたので、多分あそこの国で学んだのだろう。余計なことを習得させないで欲しい。
     その前は光るキノコの佃煮を魔界中に流行らせたとのことで、何をしているんだコイツと本気で思った。いや、美味しかったが。
     ……とまあ、こんな感じであまりろくなことをしていないのが現状だ。
     しかし、気になるのもまた事実なので、私は彼女に疑問を投げかける。
    「なにかいいことがあったのだろうか?」
     すると彼女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに瞳を輝かせた。この表情に弱い自覚はある。
    「あのあの、モモリオンとアントワネットっていうモーモンがいましてね!」
    「ユシュカから聞いたことがある。ジャディンの園に弱小魔物の楽園があると。そこを治めているのがモモリオンなのだと言っていたな」
    「はい! でもモモリオン王は魔障で死んでしまったんです……」
     私は悲しげな表情をする彼女の細い肩を抱いた。守れなかったことを悔やんでいるのだろう。彼女は優しすぎる。
     いつも飄々としているように見えるが、その小さな肩にはたくさんの命が乗っているのだろう。
     守るべき命、守れなかった命、世界さえもその双肩に乗せて。
     私にも分けて欲しいと思うのは、傲慢なのだろうか。確かに、私が知らない人の方が多そうだが。
     肩を抱く私の手に、彼女がその手を重ねた。数多のものを守ってきた、慈しむべき手。
     国の為と言いながら血に染めた私の手とは比べ物にならないほどに崇高な手だ。
    「ありがとう、ナジーンさん」
     悲しみを内包した笑みを向けられて、私は重ねられていた小さな手の指を絡めとった。私がどれだけ案じているのか、伝わればいいと願う。
     彼女は少し頬を染めた。恥ずかしげな表情は初々しくて、堪らず引き寄せて腕の中に閉じ込める。
    「もう」
     呆れたような声はしかし、喜びを秘めていて、私はいつもの笑顔に戻った彼女に満足した。
    「それで、続きはどうなんだ?」
    「あっ、そうですね! それでですね、そのモモリオンとアントワネットに赤ちゃんが産まれたんです!」
    「そうか。モモリオン王の忘れ形見なのだな」
    「とーっても可愛いんですよ! ちっちゃくてモモリオンによく似てるんです。それで、名前はモネットってつけられたんですけど」
     はしゃぐきみのほうが可愛い。そう言いたいが、言ったが最後逃げて行きそうな気がするので、私は黙ってときおり相槌をうちながら耳を傾けた。
    「モモリオンとアントワネットの名前からとってモネットって素敵ですよね! ナジーンさんと私だったら……」
     にこにこと笑いながら、自分がとんでもない発言をしているのだと全く自覚のない彼女に、思わず天を仰ぎたくなった。
    「でも両親からの名前とかも捨てがたいですよね。ルーテア王妃とモルゼヌ陛下からとって……」
    「きみの両親からはどうなんだ?」
    「私の……」
     私の両親から名前を貰おうと言っていたが、彼女は自分の両親の名前からは考えていなかったらしい。
     元々複雑な家庭環境で育ったのであろうことが見え隠れするひとなので、それは地雷だったのかもしれない。
    「私、育ての親と生みの親がいるんです」
     少し悲しそうな顔をさせてしまったので、私は確実に話題をしくじったのだろう。自分自身を殴りつけてやりたい。
    「生みの親は最近知って、育ての親は幼い時に旅に出てしまって……」
     どうやら私は藪をつついて蛇を出してしまったらしい。そして、彼女が兄に執着する一端を垣間見た気がした。
    「きみにとって家族は他の家族とは違うのかも知れないな」
    「そう……ですね」
    「だが、家族のかたちなんて人それぞれだ。ユシュカは商隊を家族だと言っていた。私も国民を家族だと思っている。家族は血の繋がりがなくとも作ることが出来る」
     まんまるな瞳が私を映した。彼女の色に染まった私を見るのは、とても心地がいい。
    「少なくとも、夫婦は血の繋がりのないものがなるものだ。近親婚もあるが、基本的には……私たちのように」
     低く囁けば、彼女は一瞬で頭のてっぺんまで真っ赤になった。素直な反応が実によろしい。
    「け、結婚はまだ……は、はやいと……」
    「先程まで私たちの子どもの話をしておいてか?」
     くすくすと笑えば、彼女はようやく自分の失言に気がついたようだった。
    「私の子を、産んでくれるんだろう?」
     そっと下腹部を撫でれば、俯いてしまった彼女がちいさく、本当に分からないくらいちいさく頷いた。素直でたいへんよろしい。
    「では、頑張ってここに来てもらわないとな」
     子は天からの授かりものだ。だからこそ、私たちは奇跡の上に生きている。そして、それを繋いでいくのだ。
     それこそが失われた命への弔いなのだと、両親の深い愛を思い出しながら、私は腕の中の愛すべきひとにお伺いをたてた。
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