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    カナト

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    カナト

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    おかえり!「おにーちゃん!」
     シドーがエテーネ村に帰ってから、妹であるカナトはにこにこしながらよく帰ってくれるようになった。
     それまで度々デモンマウンテンにも通ってくれていたが、こちらの方が利便性がいいらしい。
     魔界からアビスジュエルで帰還すれば、必ずこの村にでるからでもある。
    「よう、今日はどうしたんだ?」
     オシャレを楽しみたいシドーの望みを聞いて、度々新しい服や素材を持ってきてくれるのでそのたぐいだろうかとシドーは覗き込んでいた釜から顔を上げた。
    「紹介したい人がいるの!」
    「分かった。支度するな」
     シドーには地味に共通の知り合いが多い。別々に旅をしてきたが、重なり合うところは多かったというわけだ。
     また会いたい人も何人かいるので、嵐の領界のブレエゲや、顔を出す約束をしたリリオルやイッショウにも会いに行きたい。
     支度が終わると、カナトはルーラストーンをかかげた。
     アビスジュエルの性能と言い、相変わらず規格外な妹が連れてきたのは、見たこともない場所だった。
    「これ……錬金術なのか……?」
     けれど、それらが錬金術を基盤にしていることが分かれば、妹が連れてきた意味もすんなりと理解出来る。
     不思議な煙を出す巨大な砂時計を中心に、円形に造られた街は、豊かな水に溢れていてとても美しい。
     ふたりして通りを歩けば当たり前に錬金術仕上げの青い薔薇を売る売り子がいたり、気軽に錬金術を使う人がいたりする。
     店を覗けば錬金素材が売られていて、シドーが見たこともないものもあった。
    「スゲェ。こんな場所があったなんて……!」
    「おにーちゃんこっちこっち!」
     目を輝かせる兄を引っ張って、カナトは一件の家に向かった。
    「いらっしゃ……ああ、あなたですか」
    「お久しぶりです、ゼフさん」
    「おや、後ろの方は?」
    「私の兄のシドーです! お兄ちゃんは錬金術師なんですよ!」
     ふふんと胸を張る妹に、シドーは照れながら自己紹介をした。
     店の中には錬金生物や色々な錬金雑貨があり、どれも興味深い。
    「お兄ちゃんがこの前錬金したハツラツ豆のレシピもここでうまれたんだよ〜」
     しげしげと品を眺め、時々質問をしていたシドーの耳に爆弾が投下されるまでは。
    「ハツラツ豆の元のレシピはここから少し行ったところにある自由人の集落のワグミカって人が作ったんだけど、それを錬金しやすく書き換えてくれたのがルオンでね。使う素材の関係で豆みたいな緑色になるようになって」
    「分かった。お前に突っ込んだら負けだ」
     妹の人脈は相変わらず恐ろしい。まさかハツラツ豆誕生の歴史に密接に関わっていようとは。
     そんなシドーも干し毒消し草茶のルーツなので人のことは言えないと思うが。
     頭を抱えるシドーの肩をゼフがぽんと叩く。不可能を可能にしてしまう妹の謎の実力を経験したことがある人の顔をしていた。
     それからカナトはディアンジもシドーに紹介した。シドーもまた奇妙なものを作っていたのでウマが合うと思っていたのだ。
     実際ウマはあい、なんだかんだクオードの話になっておんおん泣きだしたのはびっくりした。
    「そうか、アイツはここで死んだのか……。でも、帰れたんだな……」
     クオードとシドーはシスコン同め……ごほん、古代ウルベアでタッグを組んでいたふたりである。
     共に帰りたい時代に向かってエテーネルキューブを作り、シドーはその騒動で時渡りしてしまった。その後グルヤンラシュを名乗っていたクオードがどうなったのかは知らないのだ。
    「お兄ちゃん、まだ行きたところがあるの」
    「分かった。また来てもいいか?」
    「もちろんです!」
     クオードを亡くして元気がなかったディアンジも楽しそうでカナトは少し安心した。
     ザグルフとディアンジに別れを告げてふたりが向かったのは軍区画だった。何気に顔パスで、シドーは妹の顔の広さに些かおののいた。
     しかもそのまま真っ直ぐ正面の建物に向かい、どう考えたって偉い人の部屋へと直行するカナト。相変わらずすぎてシドーは遠い目をした。
    「メレアーデ!」
    「あら、カナト久しぶり。シドーも一緒なのね」
     そこにいた人物にシドーは少し驚いた。シドーの研究室となっている水車小屋の向かいに住んでいるメレアーデがいたからだ。
    「メレアーデはクオードのお姉さんなの」
    「……そう、か。アイツが会いたがっていたのは」
     存外身近にいたものだとシドーはつくづく思った。こんなに近くにいたのに、全くもって縁とは不思議なものである。
    「シドー、だっけ? よければクオードの話を聞かせてくれる?」
    「メレアーデ、ここから移動した先でもいい?」
    「あら、行きたいところがあったのね。いいわよ」
     その立派なドレスからも分かる通り、メレアーデは立場としてとても凄い人なのだろう。それを当たり前に接する妹が怖い。いや、妹は魔界では最高権力者大魔王だったか。一国の王女とかその他諸々では釣り合わないか……。
     遠い目をするシドーを伴って、カナトとメレアーデが向かったのは転送の門だった。
     ここにもとんでもない錬金技術が使われていて、シドーはこの国がなんなのか分からないが、錬金術の発展がめざましい場所だと理解した。
     まるで、クオードから聞いていたエテーネ王国のよう……エテーネ王国……?
     とんでもない事実に行き着いてしまったような気がして、シドーは何食わぬ顔で立っている妹におののきっぱなしだ。
     よく考えればクオードが帰りたがっていたのはエテーネ王国だった。そうか、ここが……。
     現実逃避しているうちに転送が終わったようで、やってきたのは麗らかな庭園を有する邸だった。
     小川が流れ、柔らかそうな芝生に、可憐に揺れる花々。
     きちんと剪定された木にはブランコが吊るされ、その他飛び石のような遊具がある。
     庭の反対側には四阿もあり、実に優雅な貴族の邸だ。
     掃除をしていたメイドがこちらに気づき、丁寧に礼をとる。
    「すぐにお知らせしてまいります」
    「突然来たのは私たちだからね」
     来訪を告げようとしたメイドを止めて、カナトはゆっくりと歩き出した。
     時刻はゆっくりと夜になってきていて、空は紺碧に染まっている。庭にある照明が、柔らかな輝きを放った。
     ふと、空が近いような気がして周りを見てギョッとする。いや、空だなここ!?
    「どうしたのお兄ちゃん?」
    「いや待てなんでここ空なんだ?」
    「何故って、ここが人工浮島パドレア邸だからだけど?」
     なんでメレアーデもそろってキョトンとしているんだ? エテーネ王国では常識なのか!?
     ウルベア帝国もだが、ロストテクノロジーとはかくも恐ろしいのかと若干身震いする。過ぎたるものは滅びへの第一歩だ。
     おののいているうちに邸の入口に到達した。やけに長い道のりに感じられたのは、シドーの精神状態に起因しているだろう。
    「おかえりなさいませ、お嬢さま」
     扉が開かれると、花瓶に花を生けていたメイドが挨拶をした。
    「ただいま〜」
     それに呑気に挨拶をしたのは妹だった。待て。メレアーデじゃないのかそこは。
    「お兄ちゃん、メレアーデの浮島はドミネウス邸だからね?」
     まだあったのか、浮島。そして声に出ていたのか。
    「他にも王宮や王立アカデミーなどの浮島もあるわよ。ほとんどが失われたけれど……」
     遠い目をするメレアーデ。一体何があった何が。いや、突っ込んではいけないのだろう。聞くの怖いわッ!
    「おばさまは?」
    「西翼の二階のお部屋にいらっしゃいます」
    「いつものか、ありがとう〜」
     すぐにメレアーデが振り切るかのようにメイドへ質問を投げて、メイドが応えを返す。それにカナトが納得したように頷いた。妙に連携がとれている。仲がいいな。
     そう思いながら階段を登り、示された部屋へ向かう。本当に規格外の邸で、シドーにとっては未知の場所だ。
     妹とメレアーデはとある扉の前で立ち止まり、コンコンと軽くノックをした。
    「どうぞ」
     部屋の中から優しげな女性の声がして、扉を開く。
     中にいたのは若草色のドレスを身にまとった優しげな女性だった。この邸の女主人なのだろう。
    「あら、おかえりなさい」
    「ただいま、ママー」
     ソファで編み物をしていたらしい貴婦人に、あろうことか妹が抱きつきにいく。そしてけしからん胸に存分に甘えていた。いや待てママ?
    「ご無沙汰しておりますわ、おばさま」
     そう言って優雅に膝を折ったのはメレアーデ。つまり、この人は妹のママでメレアーデのおば……?
     戸惑っていると、優しげな瞳と目が合った。思わず仰け反ったのは仕方がない。耐性がないもので。
    「ママ、紹介するね。この人はシドー。私のお兄ちゃん! あのね、お兄ちゃんは凄い錬金術師でね……!」
    「あー、カナト、俺にも紹介して欲しいんだが?」
     だいたい予測がつくのが怖いが、訊ねないことには妹の弾丸トークは止まらない。一体誰に似てこんな破天荒になってしまったのか。
    「分かった! お兄ちゃん、この人は私のママのマローネ。メレアーデのお父さんの弟のお嫁さん」
    「つまり、お前とメレアーデは従姉妹、と」
    「クオードもねー」
     我が妹ながらとんでもない爆弾を投下してくれる。本当にやめて欲しい。
     メレアーデが従姉妹で、こんな貴婦人が母親だなんて、どう考えたってそんじょそこらの出じゃない。いや、そうでなくとも地味に権力者たちと仲良しだが。そこじゃなくてだな!?
    「まあ、座りなさいな」
     戸惑うシドーにマローネは美しく笑う。こんな大きな娘がいるなんて思えないほどに若々しい。
     シドーは遠慮がちにソファへと腰を下ろした。反対の椅子は既にメレアーデに取られていたからだ。
     マローネの隣というのが嫌に緊張する。らしくないといえばそうなのだが、なんとなくカナトとやっぱり他人なのだと感じられて辛い。
     カナトはシドーの家の養女で、シドーとは血の繋がりのない……。
    「お兄ちゃん」
     どんよりとしそうになっていたところに、マローネに甘えていたカナトが声をかけた。
    「あのねあのね。お兄ちゃんの研究室に、あっちの両親に会いたいって、日記があったでしょ?」
    「お前は相変わらず他人の日記を盗み読むな……」
     別に見られて困ることは書いていないが、ある意味プライバシーの侵害だ。本人にその自覚が全くないのが余計に頭が痛い。
     ジト目で見れば、カナトはへらっと笑った。反省してない顔だなこれは。
    「お兄ちゃんは家族が恋しい。私だけじゃ足りないみたい。だからね、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから、私のママもお兄ちゃんのママじゃないかって」
     なんか凄いトンデモ理論が聞こえた気がした。
    「あら、それで言ったらシドーは私の従兄弟ね」
     その理論でいくとクオードとも従兄弟になってしまう。なんだかすごく複雑すぎる……!
     救いを求めるようにマローネを見やると、マローネは慈愛を湛えた聖母のような表情をしていた。あっ、この親にしてこの子ありだ。シドーはいち早く察した。
    「うふふ、息子ができて嬉しいわ」
     それでいいのかロイヤルファミリー。普段引っ掻き回す側のシドーが疲れるとはどういう血族だ。
     思えば妹に振り回され、その従兄弟のクオードに振り回され、なんだかんだこの一族に振り回されている気がする。恐るべし。
    「ふふ、おかえり、お兄ちゃん!」
    「ああ、ただいま」
     にこにこ笑う妹が可愛いのでもう全部どうでも良くなったシドーは笑った。
     いつの間にやら増えてしまった家族と一緒に。
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