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    yooko0022

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    yooko0022

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    マクファーレン家IF/フェイスー/モブに『飼い犬』『飼い猫』と称されているフェイと嬢が見たかっただけ/捏造と妄想/ IFによる設定の改変により一部の呼称と口調に変化あり/幻覚が色濃すぎるしこんな振る舞いをしてくる12歳以下は嫌(でも出来るか否かで言えば出来ると思う)

    【真昼の空に月を見ろ】 個人的な好悪以前に、仲悪くするメリットがなかっただけだ。


    * * *


     その日のコーンウォリス邸の中庭は一段と美しかった。
     常日頃から庭師の手により景観美を保たれている自然風景式庭園ランドスケープガーデンだが、今日はその上をいく。
     葉の一枚に至るまで整えられた芝生や生け垣。今日という日に満開となるように植えられた花々は庭師の思惑通りに咲き誇り、更により美しい風景を構成するように適切に間引かれて。降り注ぐ陽光すらも景観の一要素として計算しつくされた空間には一部の隙も無い。

     だがフェイ=ウィロックの目には美しい庭の全てが霞んでしまう。
     それこそが、彼にとってごく自然なことだった。

    「――――」
     蔓薔薇が絡んだあずま屋ガゼボの中。品種改良により香りを拭われた花々に囲まれてアフタヌーンティーを囲むふたりの少女。
     ひとりは賓客たるミシェーラ=マクファーレン。幼さを残しながらも理知と高貴を感じさせる面差し。ティーカップを摘む仕草ひとつ取っても、おそろしいほどの気品がある。
     もうひとりはステイシー=コーンウォリス。やや表情が固いのはホストを務める緊張のためだろう。子供同士のお茶会とはいえ、もてなす相手は本家の嫡子であり――コーンウォリス家に精神的な居場所がないスティシーにとっては数少ない親愛を向け合える相手だ。
     このお茶会を開くにあたってスティシーの気合いの入れようは凄まじかった。テーブルクロスに茶器、添える花々の選択。ミシェーラの好む茶葉や菓子を調べ上げて、『完璧な』お茶会のために自由に使える時間の全てを注ぎ込む勢いだった。
     努力の甲斐あって緊張しながらも楽しげな主人の姿に、フェイは瞳を細める。
     スティシーの金の髪に映える真珠色のティードレス。すとんと落ちるシルエットはシンプルだが、重ねられた刺繍やレースの複雑な陰影が光の加減で移り変わっていく。よく似合っていた。ああでもないこうでもないと、フェイを付き合わせて丸一日掛けて選んだだけはある。
     どのドレス姿を見ても「よく似合っている」としか返せないフェイにスティシーは少しむくれていたが。衣装を表現する語彙をもう少し増やしておくべきかもしれない。……すべて似合っていたのは事実だし、フェイが感じる彼女への愛おしさを表現する単語があるのかは疑問だが。
     ともかく。
     ミシェーラと会話を交わしながらはにかむ少女はとびきり愛らしい。
     麗らかな陽の中、まさに『完璧な』お茶会だ。
     だというのに。
    「……」
     フェイの耳が音を捉える。人狼体のときのような自在に動く耳介がなくとも、フェイの聴覚はヒトのそれより鋭敏だった。
     中庭へと近付いてくる足音にどうか無粋であってくれるなと儚い祈りを抱きつつ、従者としての規定に則り魔力波を飛ばす。
    (北側廊下から二名。どちらも杖剣を携えています)
    (了解)
     マクファーレン家とその分家の従者間で共通している符丁を受け取ったのは、フェイと同じく主人からやや離れた位置に立つ少女だ。
     侍女の装いではなくジャケットとズボンを着用しているのは腰に杖剣を差すためだろう。普通人ではない魔法使いの従者は女性であっても男性的な服装をすることがある。主人の身の回りを世話するだけでなく、危機に瀕して杖剣を抜く護衛としての役割も求められるためだ。
     黒髪の少女は眉ひとつ動かさず、しかしさりげない所作で――腰の白杖へと触れる。
    「……?」
     フェイが疑問に思った瞬間には、少女の唇は呪文を紡いでいた。微かな声に伴い生じる微かな風。頬を撫でる程度のそよ風は景観になんら変化を与えず、主人たちの会話に割り込むこともない。
     そしてそれで充分だった。

     ――あれが例の『飼い犬』か。躾は済んでいるのか?
     ――スティシー様も突飛なことをなされる。

     北側の外廊下を通る少年が二人――コーンウォリス家と同じくマクファーレン家の分家に連なる者たちだ――が隠す気もない侮蔑で空気を揺らす。
     だが彼らの嘲弄はフェイの耳にこそ届いたが、あずま屋ガゼボの中の主人たちには届いておるまい。少女が風の呪文で声を散らしたのだ。
     フェイは内心で感嘆する。例えば遮音呪文などでは主人たちに気取られた上に、侮蔑を向けてきた彼らから難癖をつけられる可能性があっただろう。
    (器用ですね)
     穏便に収め得た技量に称賛と感謝を送る。
    (君が先んじて察してくれたおかげだよ。……結局、君の耳には入ってしまったみたいだが)
    (……? いえ。問題ありませんが)
     あの類いの言葉は主人を悲しませるものだ。
     だからあまり、聴かせたくない。
    (……そうか)
     少女は表情を一切変えぬまま、魔力波だけで微笑を表す。つくづく器用だった。
     彼女の名前はオリバー=ホーン。……聞いたことがない家名だ、と。それが第一印象だったあたりフェイも既に名家の権力闘争に足先を浸し始めていたし、侮蔑で構成された会話を聞こえるように交わしている彼らと実のところ大差はない。別に引け目は感じていないが。物知らずの犬っころのままでは主人の傍に侍り続けることは叶わない。
     コーンウォリス家ともなれば傍仕えにも相応の家格が求められる。にもかかわらず、次期当主候補が半人狼を連れている現状を面白く思わない者は少なくないのだ。
    (それと、)
     再び魔力波がさざめいて、
    (私に敬語はいらない。同い年だし、私の家名におもねってもらうような謂れはないさ)
     続く言葉に心臓が跳ねる。あっさりと目論見を看破されて、顔に集まろうとする血を必死で分散させる。……自己制御セルフコントロールの鍛錬は拾われてからずっと課せられていることだ。
     なぜなら。
    (……その。不快に思ったわけではないから安心してくれ)
     顔色や呼吸や脈拍、魔力の流れで思考を察せられるようでは名家の子女の隣に立つことは許されない。従者の挙動が理由で主人が不利益を被ることなどあってはならないのだから。
     それこそ少女――オリバーのように振る舞うべきなのだろう。今も表面上はともかく内面の狼狽を繕いきれていないフェイとは対照的に、オリバーは感じ取れるすべてをフラットな状態に保ち続けている。
    (君は以前からスティシー様に仕えていると伺っている)
     フェイを落ち着かせようとでもしているのか、雑談じみた内容の魔力波を向けてくるほど。
    (なら従者としては私の先輩だな。私はつい最近、マクファーレン家に拾われた身だ)
    (えっ)
     意味を形作らない返答は間抜けであっただろう。だがフェイは驚愕を隠せない。
     マクファーレン家の嫡子に付けられた従者が、拾われた身の上であるなどあり得るのか――と。フェイ自身が旧家の慣例から外れた存在であるからこそ、訝しむ。
     しかし彼女の言葉の裏付けは、思わぬ方向から飛んできた。

     ――黒髪の方は?
     ――あれはミシェーラ様が最近寵愛されている『飼い猫』だ。血統証すらないらしいがね。
     ――まったく。キワモノ好きが血筋とでも思われてみろ。こちらの沽券にも関わるというのに。

     そよ風がフェイの髪先を揺らす。
     白杖に指先を添えたオリバーの表情に、やはり変化はない。
    (……確かに。聴かせたいものではないな)
     魔力波が苦笑のかたちに揺れる。
    (この家名に謂れがないのはない事実だよ。父母を亡くしたところに慈悲を頂いてマクファーレン家の屋敷に置いてもらっている。正式には従者という立ち位置ですらないんだ)
     ……似ている、と感じた。
     抱いたのは彼女の境遇に対する共感シンパシーと、――警戒心。

     共感や同調や同情は、他者と親しくなるための一歩として最良だ。フェイは身をもって知っている。そして正式な従者ではないと語りながらも、完璧に振る舞ってみせている少女がそれを知らぬわけもない。
     数度言葉を交わしただけで気を許してしまいたくなる、コミュニケーションツールとしての話術を会得しているのは明らかだ。
     とはいえオリバーの言葉に嘘はないだろう。フェイに虚偽を告げるメリットがない。悪意もないだろう。フェイの緊張を解そうと話題を選んでいるのならば、むしろ善意の人物ですらある。
     だかしかし。
     だからこそ。
     厄介だな、と。思わずにはいられない。

    (悪くない警戒心だ。主人を守るならばそれくらいは必要だろうな)
     オリバーから向けられる魔力波はどこまでも穏やかだった。
     半人狼から警戒されているというのに――いや。オリバーの瞳には亜人種混じりに対する軽蔑や恐れがない。初めから。絆されそうになるのは話術によるものだけではないのだと、遅れて気がつく。
     異なる存在へと抱く警戒心は本能だ。意識的に拭えるものではない。
     にもかかわらず、差別心を感じさせない無警戒の瞳の深み。
    (けれどMr.ウィロック。出来れば君とは仲良くしたい。……君さえ良ければ、だが)
     向けられるのは友好を示す言葉と態度。多少の打算はあるだろうが、素朴と称していい好意。
     フェイはようやく整えられた心身で以って、答えを返す。
    (願ってもいないことだ……あと、フェイでいい)
    (わかった。では、私のことも呼び捨てで頼むよ)
     オリバーの言葉に了承を示す魔力波を放ちつつ、あまりにも呆気なく懐に潜り込んでこられた事実にフェイは内心で息を呑む。
     なによりも、そうされて嫌悪を感じていないことがおそろしい。

     他者へと寄り添い受け止めるかたちをした精神性、あるいは魂。
     場合によっては劇薬となり得る代物だ。
     魔法使いという生き物は総じて我が強く、必然的に強い孤独感を抱くことになる。……一匹ひとりきりの寒さが癒された瞬間の安らぎは、人生の方向性を定めるに足るのだから。

     ぞっとしないものを覚えるフェイの鼓膜を、ふいに、穏やかな声が撫でる。
    「――ところで、」
     凛とした声音はミシェーラのもの。
     決して大きくはないのに、よく通る声だった。
     厳かにふくよかに。空気が作り変わる錯覚。フェイやオリバーのみならず、外廊下で陰口に興じていた少年たちの視線すらもミシェーラへと集まっていく。さもありなん。魔法使いであるならば彼女の言葉は無視できない。家格以前の本能的な部分で、既に膝を折っている。
     褐色の肌に金色の髪。
     彼女が生まれ持った色彩は、ヒトの魔法使いとは一線を画す資質の顕れ。
     優美にティーカップを傾けながら、ミシェーラは碧眼を細めた。
    「楽しそうな会話ですわね。……聴くことが出来ないのは残念ですが」
     それは魔力波で密談を交わしていたフェイとオリバーへと向けた言葉であり。
     同時に外廊下で陰口を交わしていた少年たちへと向けた言葉だろう。
    「オリバー」
     呼ばれたオリバーがミシェーラの許へと足を進める。
     傍らに立った少女にミシェーラは微笑みを浮かべた。
     品のある、けれどどこか茶目っ気を伺わせる笑み。
    「彼とはどのような会話を?」
    「少しばかりの友誼を結ばせて頂いておりました」
    「あら素敵。けれど次からは声に出して行ってくださいな。嫉妬してしまいます」
     ミシェーラはころりと喉を震わせる。
    「あたくしは勿論、」
     青い視線はミシェーラの対面に座るスティシーへと向けられて、
    「彼女も」
     ――思考よりも先に、フェイの足は動いていた。
    「スー」
     主人の前に跪く。
     見上げた頬は赤く、取った掌は冷たかった。
    「ちょっ……ミシェーラ! 私は別に嫉妬なんて……!」
     彼女の言葉が素直でないのはいつものことだ。
     フェイはぐるりと思考を巡らせて、結局、ありのままを口にする。

    「どうすればおまえの傍にいられるか。ずっと、そればかりを考えている」
     ぶわりと。
     スティシーの顔が耳朶まで一気に染め上がる。

    「……凄いな。照れもせずにあれを言えるのか」
     オリバーが思わずというふうに呟き、
    「あなたは人の事を言えないと思いますが……しかしまぁ……まぁ……」
     ミシェーラが感嘆じみた溜息を零して、
    「黙りなさいよ!?」
     スティシーが叫ぶ。
     感情の昂ぶりによって潤んだ瞳はしかし勝気に吊り上がり、
    「っ、大体ねぇ!」
     ぎっと睨む眼光の矛先は外廊下の方向へと。
     未だそこに立ち竦んだ少年二人――ミシェーラに『認識された』がゆえに挨拶もせずに立ち去るのは礼を失することとなるのだ――が、ぎくりと肩を震わせる。
    「陰でこそこそしないでよ! こうなったのはあんたらのせいでしょ!」
     言い掛かり、でもない事実。
     だが感情的な八つ当たりではあった。
    「オリバー。彼らはどういった会話をしていたのでしょうか?」
     ミシェーラがオリバーへと問う。
    「お耳を汚したくはないですね」
    「……成程」
     オリバーの答えを聞いたミシェーラはスティシーへと声を掛ける。
    「あなたの怒りも分かりますが、一旦抑えましょう? せっかくのお茶が台無しになってしまいます」
    「……でも!」
    「ええ。勿論、禍根を残す気はありません」
     ――ぴりり、と。肌を刺すような感覚。
     ヒトよりも鋭敏な感覚が捉えたそれはミシェーラの放つ怒り、に分類されるものだったのだろう。しかし感情の揺らぎは即座に自制心の檻の中へと折り込まれるように仕舞われていく。
     ミシェーラの傍らで侍るオリバーはもしかしたら察知していたかもしれないが、スティシーには気取られていないし、外廊下の少年たちが気づけるはずもない。
     けれど。
     嫌な予感はした。
    「……彼らにも彼らなりの流儀と主張があり、それがあたくしたちと相容れないのならば、」
     ミシェーラの言葉は続く。
     少女は穏やかな笑みのまま。

    「戦って決めましょう。勝った者が正しい強いのです」

     とんでもない言葉を聞いた気がする。
     思わず自分の耳を疑うフェイだが、見上げる主人は頬を引き攣らせて、外廊下の少年たちからは困惑しきった雰囲気が伝わってくる。
     しかし。マクファーレン家の嫡子の提案を止められる者はこの場にはいない。
     本来ならば。
    「――シェラ・・・
     オリバーが口を開く。
     先程までの敬語を取り払った口調だった。
    「その提案は流石に極端すぎるだろう」
    「ですが押し通したい意見があるならば杖剣つえを取るのは必定でしょう? おかげであたくしはいつもあなたにハグが出来ていますし」
    「ああ。君の親愛ハグを躱してみせるのが当面の私の目標だ」
     ……主人と従者のやり取りではないな、と。自分たちを棚上げしてフェイは思う。
     だが、これこそが彼女たちの間で馴染んだやり取りなのだと知れた。
    「オリバー、あたくしに杖剣つえを」
    「落ち着いてくれシェラ。君の怒りは理解している。理解しているから――、」
     同時に、オリバーは特にストッパーにはなれないのだとも。
     押し問答は明らかにミシェーラの優勢。オリバーの制止を振り切って腰を浮かせようとするドレス姿の少女に外廊下の少年たちが目に見えて顔を青くして、
    「お願いだ、シェラ」
     オリバーがミシェーラの掌を取り、石畳に膝を着く。
     騎士が淑女にするような姿勢であり、立ち上がりかけたミシェーラを椅子の上へと縫い止める仕草だった。
    「君の意見を尊重しよう。だが、剣を振るう役目はどうか私に任せて欲しい」
     男装の少女が手袋に包まれたたおやかな指先へと唇を落とす。
     絵物語のような――魅せるための仕草だった。
    「君の望む結果を引き寄せてみせよう」
     どこか芝居がかった口調でオリバーはミシェーラに微笑みかけて――その微笑と、微笑みかけられたミシェーラの頬がごく一瞬だけ赤く染まったのは演技ではなかったのかもしれないが――流れるように立ち上がる。
     そうしてオリバーが振り返る刹那。
     フェイは彼女の横顔に切り替えスイッチを見た。
     この場に沿うように。今から成す言動に沿うように。背後の少女に添うように。
    「お二方におかれましては、」
     胸元に手を当て、一礼。
     しかして白手袋を投げるように言葉は紡がれる。
    「生意気な野良猫に相応しい身の丈をご指導ご鞭撻頂きたい」

     かくて退路は斬り捨てられた。
     オリバーにとっても。
     外廊下の少年たちにとっても。

    「ちょっ……ちょっと! 止めなさいよ、ミシェーラ!」
    「問題ありませんよ? オリバーが勝ちますし」
    「火に油を注いでんじゃないわよ!?」
     叫ぶスティシーに対し、ミシェーラはティーカップを摘む。相変わらずの優美な仕草だった。

     ……ここまでは彼女が描いた筋書きの通りなのだろう、と。
     フェイは判断する。

     ミシェーラでなくオリバーが剣を取ると言った瞬間に、外廊下の少年たちはあからさまに安堵を浮かべた。
     今も彼らの表情は語っている。――マクファーレン家の嫡子を相手取るのはおそろしい。だがその従者、それも『正しい』血筋を持たない相手など恐れるに足りず。そういう感情ですらミシェーラの思惑に組み込まれている。
     オリバーが少年たちの侮りをひっくり返し得る実力を備えていると見ていいだろう。
     そしておそらく。
     まだ、ミシェーラの筋書きは終わっていない。
    「……ああ。ですか」
     紅茶で唇を湿らせたミシェーラは、たった今、思いついたかのように呟いた。
    「確かに、人数的には不利ですね」
    「そっ、そうでしょ! なら、」
    「ですので、」
     つぃ、と。
     向けられる視線。
     フェイの背中が総毛立つ。
    「彼の力をお借りしてもよろしいかしら?」
     珈琲カフェ色の瞼と豪奢な金糸で縁取られた、最上級の青玉。
     ミシェーラの瞳がフェイを見据えていた。
    「待っ――フェイは私の……!」
     悲鳴じみた声を上げるスティシーに、ミシェーラは安心させるような笑みを浮かべる。
    「ええ。もちろんあなたの従者を参加させるか否かの決定権はあなたにあります。ですが、これはあたくしからの要請……あなたも彼も、本家のあたくしの顔を立てるために力を尽くした。――あら。これならば勝ってしまったとしても貶される謂れはありませんね?」
    「っ、」
     スティシーが言葉を詰まらせた。
     模擬戦闘の形式で良家の子女やその従者同士で剣を交わすことはままある。スティシーが同じ分家や付き合いのある家の子供たちと剣を交える姿はフェイとて幾度も見ていた。
     ……見た、だけだ。フェイ自身は模擬戦闘に参加したことはない。半人狼には格式高い剣闘への参加資格がない。今、腰に佩いている杖剣とて名目上はドレス姿の主人の持ち物を運んでいるにすぎないのだ。
     実力ちからを示す機会がなければ軽んじられるのも当然で。
    「……あたくしとて大切な相手が軽んじられては腸も煮えくり返ります」
     ミシェーラの声は柔らかく、
    「あなたもそうなのではなくて?」
     蕩けるように甘い誘惑だった。
    「っ、でも……!」
     それでもスティシーは躊躇する。
     優しい少女だった。
    「……」
     彼女が悲しむ機会が少しでも減ればいい、と。
     フェイは願っている。
    「スー」
     主人の掌へと添えた手に、フェイはそっと力を込めた。
    「おまえは俺の主人だ」
     スティシーを見上げる。
     青空のような瞳。――小さな身体にはあまりに多くの業と宿輪が絡みつく。ゆえに曇り濡れてばかりの瞳が、けれど少しでも晴れてくれればとフェイは願わずにはいられない。
    「おまえが『勝ってこい』と命じれば、俺はその通りにしよう」
     ちりん、と。
     首輪チョーカーの飾りが揺れた。
    「――――っ」
     スティシーが唇を噛み締めて、
    「勝ちなさいよ! フェイ!」
    「承った」
     立ち上がったフェイはミシェーラに敬礼して、足を進める。
     そうしてあずま屋ガゼボと外廊下の中間地点に立つオリバーへと肩を並べた。
    「……そういうわけだ、オリバー。微力ながら手伝わせてもらおう」
    「心強いよ」
     オリバーは薄い笑みを浮かべた。
    「……だが、すまない。このやり方は少し強引だな」
    「いや、」
     フェイは首を振る。機会を与えられた立場である。
     ……ただ。お膳立てされねば自分たちは喧嘩のひとつも出来ない事実を突きつけられて、スティシーがミシェーラに対して秘めている劣等感が膨れ上がらなければいいのだが。
    「謝罪はいらない」
     そうなったら、フェイはミシェーラとオリバーに対して怒りを抱くだろう。
     彼女たちに否がなく、これがスティシーとフェイの立場を慮っての茶番劇だったとしても。
     フェイはどこまでもスティシーの従者であるので。
    「……そうか。受け取ってはもらえないか」
     オリバーが呟く。
     寂しげな響きは本心であると知れたので、人によっては許してしまいたくなるのだろうなとフェイは推測する。
     フェイはそうではないので溜息で返した。
     しかしまあ。
    「ミシェーラ様がご配慮して下さったのは俺とスーの境遇に対してだけではないだろ」
     しかしオリバーはきょとんと瞬く。フェイの言葉の意味を探りあぐねている表情だった。……嘘だろこいつ。フェイは呆れた。
    「……お前、」
     ミシェーラからオリバーへと向けられる愛着はあれほど分かりやすいというのに。
    「自分に向けられる好意には疎いんだな」
     本当に厄介だ、と。
     口の中だけでぼやく。
    「えっ。……いや、そんなことはないと思っているが……」
    「そうか。俺は愛されているぞ」
    「何故このタイミングで惚気られているんだ……?」
     フェイの自己肯定感の源だからだ。
     オリバーの眉尻が困惑を示して垂れ下がるが、「ともかく」と仕切り直すように吊り上がる。
    「多少の擦り合せはしておきたい。私の流派はラノフ流だが、君は?」
     一瞬考えたが、先んじて手の内を見せられた以上はこちらも明かさない訳にはいかない。
    「一応はリゼット流だ。主の稽古相手を務めながら学んでいる身だが、お綺麗な戦い方とはお世辞にも言えないだろうな」
     フェイの説明にオリバーは頷く。
    「分かった。君は自由に動いてくれ。私が合わせるよ」
    「……いいのか?」
    「駄目であれば提案しないし、私の戦い方とて流麗とはとても言えない。……それに、」
     オリバーの瞳がフェイを映す。
     黒く黒く黒い、塗り込められたかのような漆黒は底が見えない。
     けれども。
    「君は血を見ることに慣れていないわけではないだろう?」
     滴る血の匂いを嗅いだ気が、した。
    「……ああ」
     通常、決闘文化における立ち合いには不殺の呪いが欠かせない。いかに魔法使いの肉体とはいえ不慮の事故を避けるために刃を潰しておくのだ。
     だから本来。日常的に剣を持ち運ぶ魔法使いであっても流れる血を見る機会が日常になることはそうそうない。場合によっては傷を作ること自体が恥になるという。
     だがしかし。フェイにとっては傷も流血も痛苦も隣人だ。それが主人のためになるならば、厭う理由などあるはずもない。
    「泥臭い立ち合いになりそうだな」
    「相手をこちらの得意分野へと引き摺り込むのは定石だろう?」
     違いない。
     ぐるる、とフェイは喉を鳴らした。
     見据える先。少年二人は邸内の訓練場へと向かうつもりらしい。フェイは訓練場の地形と地質をオリバーに伝える。少女は力強く頷き返した。
     少年たちとて名家に連なる以上は決して侮れる相手ではあるまい。だから油断などしない。それだけは間違いなくフェイとオリバーに共通したアドバンテージだ。なにせ向こうは未だにこちらを侮ってくれている。
     自分は安全圏に居ると思い込んでいる生き物の顔。
     まるで犬人狩りコボルト・ハントにでも臨むかのような。
    「……」
     それに傷つく心はもう持たない。
     いらなかったから、斬り捨てた。
     フェイの優先事項はただひとつ。スティシー主人の傍に居続けること。そのために必要のないものはすべて捨てられるし、利用できるものはすべて使う。
     人狼体への変化に臆さない半人狼。護衛役肉壁としての価値。フェイがスティシーの傍仕えを許されている根拠は、現状、そこにしかないので。
    「今この一時だけでも私を信用してくれると、嬉しい」
     オリバーが言う。
     互いの振る舞いに打算を含んでいることなど百も承知。
    「そうしてくれるなら――最後に立っていたのは君だった。そういう結果を作ってみせよう」
    「……ありがたいよ」
     それでも零した言葉は本音だった。
     それが伝わったのかオリバーは微笑む。


     ……太刀筋には為人ひととなりが写るものだ。
     共闘してみて分かったことはオリバー=ホーンは忍耐と執念の人柄ひとであり――得た感想は。

     出来れば敵に回したくない。 


    * * *


    「ねぇフェイ。あんた共闘したときにやり口は見ているから自分が相手取るとか言っていたわよね……あの子オルブライトのやつと戦ってるんだけど!?」
    「俺だって驚いている……いや普通は主人を放って喧嘩を買わないだろなんなんだよあいつ……」
    「駄目じゃない!?」


    * * *


     ――三時方向、八時方向、十時方向にそれぞれ一体ずつ。駆動音からして偵察用の小型ゴーレム。
    「……」
     フェイは自身の聴覚から得た情報を指で示す。魔力波の符丁と同じく、マクファーレン家とその分家の従者間で共通している手信号ハンドシグナル。偵察機の性能がいかほどかは知れないが、近くで声や魔力波は発さぬ方が妥当だろう。
     背中合わせの位置に立つオリバーが片目だけをフェイに向けて、静かに頷いた。同時に杖剣を掴んでいない方の手で彼女も手信号を示してくる。――建物は結界で覆われた。外部への通信及び使い魔を放つことは不可能――オリバーが使い魔から得た情報だろう。つまり孤立無援。……もとより、誰の助けを求めるつもりもなかったのだが。
    「…………」
     巡回しているゴーレムをやり過ごしつつ、フェイは周囲の観察を行う。――古びた建物。広さはあるが天井はやや低い。採光は天井付近の窓ひとつ。零れ落ちる自然光・・・が真昼であることを示しているが、どうにも薄暗く、淀んだ空気が充満している。

     キンバリー迷宮内に満ちる闇とはまた別種。
     人の営みで生じる皺寄せの、吹き溜まり。

    「放棄されて時間が経っているようだが元は工場……作業場だな」
     偵察機が遠のいたことを確認したのだろう。棚に積もった埃を眺めながらオリバーが呟く。
    「身を隠せそうな場所が多いことは幸いだが、長期戦になればこちらの不利だ。……フェイ?」
     表情に出さず視線のみで睨むフェイに気が付いたのか、オリバーが瞬く。
    「……そもそもなんでお前がいるんだよ……」
     声帯の震えを制御下に置いていなければ低い唸り声が漏れていただろう。
     しかしオリバーは肩を竦めた。
    「一対多の喧嘩とあっては見過ごすにも気が引けたからな」
     お節介焼きは続ける。
    「私に杖一本で彼らを無力化できる力量があれば、こうして隠れずに済んだのだろうけれどね?」
    「……それが出来るんだったら英雄にでも転職した方が良い」
    「違いない。……私に出来たのは目眩ましと煙幕で一時の離脱を手助けするぐらいだよ」
     フェイは溜息を吐く。
    「……感謝はしている」
     実際、多勢に無勢の状況だった。
     オリバーという第三者の介入がなければ、包囲されていたフェイは逃げることも困難だっただろう。
    「礼を言われるようなことはなにも。――だが、尋ねてもいいか?」
     オリバーの瞳がフェイを映す。
     フェイの装いはいつもの改造制服ではなく、一転して地味な服装。――フェイにとって制服を改造する目的とは『番犬』としての威嚇と、目立つことで主人より先に狙われる壁となること。
     そして副産物の利点として、あらかじめ服飾に分かりやすい特徴があればそれを払ってやるだけで簡易的な変装になる。
    「ここはガラテアだ。休日に私服で訪れることは、なにもおかしくないさ」
     もっとも、看破されてしまったのだが。
    「だが、君が、スティシー様のお傍を離れてそんな行動している。なにかがあったと判断して然るべきだろう」
     澱みを抱えているくせに真っ直ぐな視線に捉えられて、フェイは言葉を詰まらせた。


     魔法都市ガラテア。
     ふたつの魔法学校の最寄りに位置する栄えた都市なれど、寂れた区画も存在する。
     フェイらがいるのもそのひとつ。
     オリバーが推測したように元は工場だったのだろう。建物の構造を見れば稼働時の段階から劣悪な環境であったことは察しがついて、ゆえに人権派の圧力を受けて廃墟になったのだろうと予測がついた。
     キンバリー 保守派 の城下町であり、フェザーストン 人権派 のお膝元。
     ガラテアとは複数の思惑が絡み合う都市でもある。
     廃工場内に放置された棚や柱の陰に隠れつつ、フェイとオリバーは一か所に留まらずに移動を繰り返していく。
     幸いというべきか、フェイらを探す者たちの練度は高くはない。

    「いたか!?」「いやどこにも……」「いいから探せ! 建物からは出ていないはずだ!」

     魔力波どころか声を発して意思の疎通をしている始末。彼らが纏う深緑色のローブはフェイの油断を誘うための模造品フェイクの可能性も考慮していたが、どうやら見た目通りの学生であるらしい。
    「フェザーストン生か」
     背後のオリバーが呟く。
    「彼らの掲げる信条そのものまでは否定したくないんだがな」
    「追い掛け回されているくせによく言えるな」
     フェイは吐き捨てた。
     もっとも、向こうには『追い掛け回している』という認識ではないのかもしれないが。
    「……」
     声は響いている。「早く」と。切羽詰まったフェザーストンの生徒たちの声。

    「早く」「これ以上キンバリー生の横暴を許してなるものか!」「早く」「早く彼を、」
    保護しろ・・・・!」

     浮かぶ渋面を隠さなかった。
    「……話し合いが通じる段階ではなさそうだな」
     オリバーが呻く。
    「ここまでの強硬手段に出ている時点でお察しだろ。端から対等の相手として見られていない」
    「……人権派も一枚岩というわけではないんだ……」
    「ミシェーラ様のご友人を一緒くたに括るつもりはないから安心してくれていい」
     そのカティは今日、オリバーと共にガラテアを訪れていたという。
     しかしオリバーが不審なフェイを見咎めたため、オリバーはフェイの追跡、カティはキンバリーへと連絡を取るためと二手に分かれたのだと。……デートの邪魔をしたことになっていないかそれ? いらぬ恨みは買いたくないのだが。
     本家の嫡子であるミシェーラや、本家当主を後見人に持つナナオよりはマシかもしれない……いや全くそんなことはないか。
     ひとりを敵に回せば他の五人も敵に回すと同義の集団である。剣花団彼らは本当に敵に回したくない。
    「……フェザーストン生……!」
    「八つ当たりの気配を感じるんだが」
    「正当な怒りだ。原因は向こうにある。お前もそれを証言してくれ」
    「……まぁ。構わないが」
     後処理における証人としてオリバーを確保しつつ、前方から近付いてくるゴーレムの気配を察してフェイは進路を変えた。
    「――それで、どうするつもりだ?」
     先行するフェイに対し、後方へと絶えず注意を払うオリバーが問うてくる。
    「あちらの目的は君の保護――もとい、スティシー様の研究成果の確保。君はそう捉えているわけだ」
    「ああ。……決闘リーグ参加後から何度か接触はあった。それが無視出来ない段階になったから出向いたわけだが」
     本当は。
     話し合うつもりだったのだ。キンバリー流の皮肉ではなく、言葉通りの意味で言葉を交わしてお引き取りいただくつもりだった。
     まさか向こうが十人近い人数で待ち構えていて、『保護』の名目の下に問答無用で拉致されかけるとは思わずに。
    「……ここまで手段を選ばない連中だとはな」
     フェイの見立てが甘かった。この身が宿す『価値』は確かに増えたが、それはフェイが望まぬものも引き寄せるらしい。
     自省はあった。だが同時に、ああも相容れぬ相手をスティシーに見せずに済んで良かった、とも思っている。
    「……俺が杖剣を抜いて抵抗を試みた瞬間、ひどく驚かれたよ」
     声に自嘲が乗った。
    「俺の髪の毛一本、血の一滴に至るまで、すべて主人スーの所有物だ。主人の財産を守るために歯向かわない番犬がどこにいる」
     コートの襟で隠した首元の首輪チョーカーを意識する。変装を試みようとも、これだけは外せない。
    「――分かった。君の意思を尊重しよう」
     オリバーが言う。
     フェイは視線を向けた。
    「そういうことなら単にこの場を切り抜けるだけでは意味がないな。……とりあえず、私が撹乱に回る。出来得る限り引き付けるから、君は相手のまとめ役の許へと向かってくれ」
     黒瞳は既に据わっている。
     常在戦場。もとよりキンバリーの三年生ともなれば、いつでも戦う準備を終えて・・・いる。
    「フェイ」
     勿論、フェイとて同じ。
    「分かってもらえるように主張をぶつけて話し合ってくるといい」
     は、と。
     フェイは笑う。

     向こうが向こうの理屈で来るならば、こちらもこちらの理屈で応じるしかないのだ。


    * * *


     予想外だった。
     半人狼の少年がこちらの申し出を断ったことも。
     杖剣を抜いてまで抵抗されたことも。
     キンバリーの制服を纏った少女が乱入してきたことも。
     あまつさえ――たったふたりの下級生に、上級生も含めたフェザーストン側が翻弄されているなど。

    「ちょっと! どこに呪文を――ぐッ!?」「ひっ」「だから狙いも定めずに呪文を撃つな! 同士討ちはごめんだ――がァ!?」「落ち着け! 相手は下級生三年生だぞ!? 呪文の威力自体はたかが知れて――ッあ!?」「俺の腕……俺の、ぁ、ぁああッ!?」

     最初は暗幕呪文だった。
     光を通さぬ暗幕を出現させるだけの、魔法学校に入学する前の子供でも使える初歩的な魔法。
     それが唯一の光源たる窓を塞いだ時点では、まだ慌てる者はいなかった。
     そんな呪文しか使えないのかと失笑が起きたくらいで、しかし。
     利き腕を斬られた、と。
     悲鳴が上がった。
     それを皮切りに、暗闇の中で次々と血花が咲いていく。
     行動不能を目的とした、腕と脚のみを狙った斬撃はむしろ性質が悪い。意識があるまま放置されたがゆえに響く苦痛と滴る血臭。堪らずに仲間を助けようと飛び出して、苦悶は更に増えた。
     恐慌状態に陥った誰かが呪文を放って――そこから先は坂から転がり落ちるがごとし。呪文が乱れ飛び、恐怖は伝播して、混乱は際限なく膨れ上がっていく。
     味方の放った呪文で撃たれた者がいた。暗闇に慣れた瞳に閃光呪文を浴びて昏倒した者がいた。……実際のところ、同士討ちの方が多かったのかもしれない。

    「――乱戦には慣れていないようだな」

     慣れていて堪るか。
     言葉は呑み込み、彼は声の響く方へと杖剣を向けた。そこにもまた、実力を発揮出来ぬまま無力化されたフェザーストン生たちがいる。手足を斬り裂かれて蠢く仲間の姿に義憤を覚えた。
    「よくも……っ」
    「峰打ちだ。……必要なら後で治療を行わせてもらう」
     首が繋がっているうちは峰打ちと宣う蛮族 キ ン バ リ ー 生 がふざけたことを言う。彼は怒りに任せて、一切の容赦なく火炎呪文を唱えた。
     成せる最大威力で以って撃ち出した火球は闇を焼き照らし、
    「成程」
     しかし。
     呪文を放った先に人影はない。
    「綺麗に練られた魔法だ。私程度の実力では真正面からの相殺は難しいだろうな」
     代わりのように、空中を漂う小型ゴーレムが細かに振動して空気を揺らしていた。
    「……喋るゴーレム……?」
    「素敵だろう? 友人の自信作を機構に組み込ませてもらっている」
     どこか誇らしげな声は頭上から。
     はっとして顔を上げて、唖然とした。
    「ッ!?」
     地を踏むように天井に立つ、ひとりの少女。
     阿鼻叫喚たる惨情を作り出した張本人であろうに、少女は穏やかさすら感じさせられる表情で彼を見下ろしていた。
     難易度の高い、天井での踏み立つ壁面ウォールウォーク。重力に逆らいながら髪の毛の一筋も垂らさぬ立ち姿。――今この場所。自らの足裏こそが『地面』であると、道理を踏み付ける魔法使いの傲慢。
     黒いローブの裏地の橙色は少女が三年生下級生だと示しているのに、実戦技術では明らかにあちらが上回っている。
     事実を無言のうちに突き付けられて、けれども彼とて退くわけにはいかない。
    「く……っ」
     杖剣を向ける。
     だが彼が呪文を紡ぐより、少女が動く方が早かった。
     天井を蹴りつけて、猫のように一回転。着地と同時に少女は彼の背後へと回る。
    「……魔力の流れから察するに結界の起点は君だな? 解除をお願いしたい」
     首筋へと杖剣を突き付けながらの要求に、彼はぎりりと奥歯を噛む。
    「……何故だ」
     呻く。
     問いのかたちで漏らした呻きに、背後の少女から困惑が伝わってくる。
     それこそが彼の怒りを烈火に変えた。
    「何故、――何故こんな非道が出来る! 何故あのような非道を見過ごせる!! 彼は半人狼だぞ!?」
     口端からあぶくを飛ばしながら、
    「半人狼は人狼体への変身中に激痛に苛まれる! それを知らないとは言わせない! 研究と称して際限なく気の触れかねない痛みを味合わせ続ける――ッ、何故そんなことに協力しようと思えるんだ!?」
     叫びは彼の偽りざる本音だった。
     人狼体への変身の仕組みの解明?
     それが苦痛を強いていい理由になるものか。あの半人狼の少年は幼少期に拾われた恩義ゆえに自らの意思で心身を提供していると語ったが、それが正常な判断能力に基づくものであるはずもない。
     コーンウォリス家の令嬢が何を思ってそんな研究に執心しているかは知らないが、保守派の旧家らしい非人道性だ。魔法生物の身体を開き臓腑を詳らかにして宿す理を無遠慮に踏み荒らす、解剖行為となんら変わりない。
     そんなことを、黙って見過ごせるというのか。
    「――そうか」
     叫ぶ彼に対し、少女の声は平坦で。
    「優しいな、君たちは」
     そう口にしながらも、杖剣を握る腕に変化はない。

     ああやはり。
     キンバリー生には人の痛みが分からない。

    「君たちの主張自体は否定しないさ。……けれど、」
     温度のない声が彼の鼓膜を揺らす。
    「用意された安寧を幸せだと定義できないこともある。……傷付いて、苦しんだとしても。目指したい場所に向かう手足を止められない」
     だから私も彼を止めることは出来ない。
     少女は呟いて、
    「申し訳ないよ。心から」
     紡がれた呪文が彼の意識と、繋がる結界を纏めて掻き消した。


    * * *


     フェザーストン生たちの悲鳴を聞きながら、フェイは細く息を吐いた。
     魔法使いとてヒトであり、ヒトである以上は視界から多くの情報を得る。無論、暗闇によって視界が覚束なくなったとて他の感覚器官を用いるだけだろう。
     だが過敏になった神経と精神に見知った相手の悲鳴やら血臭やらを浴びせてやれば、ご覧の有り様。たったひとりでもパニックとなれば集団の強みは反転する。
    「……あいつ性格は良いんだけどな……」
     相手に強みを発揮させず、自らの得意分野へと引き摺り込むのは定石だ。それこそ教科書通りの。
     そしてオリバー=ホーンが得意とするのは忍耐力の競り合い。――根気と執念ゆえに対峙する相手を泥試合へと引き摺り込む少女だった。つくづく敵に回したくないし、主人の敵に回すわけにはいかない。魔法剣の実力だけならまだしも、我慢比べでオリバーに勝てる同級生など果たして何人いるのか。
    「――まぁ、」
     杖剣を構えながら、フェイは相対する青年へと声を掛ける。
     フェイとの『交渉』の最中にも前に立っていた、フェザーストン生たちのまとめ役の青年だ。
    「お前らのストレス耐性がこちらの想定より大分低かったってのもありそうだが」
     今現在フェザーストン生たちを恐慌させている作戦も、キンバリー生が相手では通じなかっただろう。薄暗い第一層をうろつく一年生の時点で、暗中での活動にも同じ生徒に襲い掛かられる環境にも適応してしまうので。
     なりよりも。決闘の作法に則り互いに十全の力を発揮することを美徳とするらしいフェザーストンとは異なり、キンバリーでは常に万全の状態で戦えるわけでもない。学校主催の決闘リーグですら水面下で陰謀と策略が蔓延る魔境である。
    「最悪か……ッ!?」
    「否定は出来ない」
     青年の言葉に頷き返す程度の人間性はフェイにもまだ残っていた。
     人の道に寄り添うという点においては、彼らの意見の方に分があることも理解している。
     だから、示した。
    「……」
     握る杖剣の先から血が滴る。真正面から斬り合うのはフェイの得意分野ではないが、出来ないわけでもない。肌を斬り裂かれた青年もまた、杖剣を構えてフェイを見ている。――未だ、『何故』と問う視線。
    「人狼体への変身の仕組み……そんなことを解き明かしてどうするつもりだ!」
     応えずにフェイは踏み込む。繰り出した刺突を、青年が迎える刃で受け流す。散り舞う火花。織り交ぜられた風と電光がフェイと青年の周囲を仄かに照らす。あるいはスポットライトのように。……『魅せる』ことも考慮されたリゼット流の剣技。名家の子女が修めるのも頷ける流麗さ。
     奇しくも向こうの流派もリゼット流だった。正しい鍛錬を積めばこうも鮮やかな剣技となる、見本のような動き。――純粋な技量だけならばフェイよりも勝るだろう。フェザーストンといえども相応の実力がなければ魔法使いの集団におけるまとめ役は務まらないらしい。
    「半人狼である君を実験体として成果を上げること自体が問題だ! 君たちが暴いた結果が正しいのかと他の研究者が証明を試みるのは明白だろう!?」
     一足一杖の距離の中、青年はフェイを見据えている。
     瞳に宿るのは理性と呼ばれる光であろう。
    「そうなれば実験体となるのは――苦痛を強いられるのは君の同族仲間なんだぞ!?」
     対して。
    「……同族仲間?」
     フェイの瞳に宿るのは。
    「俺と同じ仲間なのはスーだけだよ」
     いつだって、ただひとりの姿。
    「順序が逆だ。人狼体への変身の仕組みを解き明かすために俺とスーは一緒にいるわけじゃない。……この先も一緒に居続けるために、俺たちは俺たちが持ち得る特異性を利用している」
     お互いがお互いの傍にいるために。
     そのためならばふたりは何でも出来る。
     スティシーは半身も同然の少年の身体に苦痛を与え続けることが出来るし、フェイは最愛の少女の心に血を流させ続けることが出来る。愛はすでに罪過を帯びた。お互いの心身を茨で繋いで痛みを分かつ。
     別たれることがないように。
    「今更、半人狼のコミュニティ群れに戻るつもりなんてない」
     背後に跳んで、距離を取る。
     杖剣の切っ先を青年へと突き付けながら、もしかしたらフェイは微笑んでいたのかもしれない。
     自分と同じ立場の半人狼が苦痛を強いられる可能性があろうとも、フェイはフェイのエゴを貫く。
     この愛に殉じる。
     誰に強いられるまでもなく、とっくの昔に狂っているあいしてる
    「身の程知らずと嗤われても、俺は主人スーの傍にいる」
     脳裏に思い描く。
     孤独を宿した青い瞳
     認められることがなくとも努力し続けるひたむきさ。
     感情の発露が素直で、そのくせ優しさを真っ直ぐに表せない不器用なところがあって、彼女のすべてが愛おしい。
     ゆえにこそ。
     フェイはそこに月を見るいたい
    「俺がスーの研究成果だ。……見せてやるよ」
     骨格が変形していく。
     筋肉が膨張していく。
     ヒトとしての肉体が壊れていく。
     骨が折れて捻じ曲がり、肉は千切れて断裂を繰り返す。破れた血管と神経が悲鳴を上げて、それを端から再生なおして、また壊す。ヒトと人狼。本来異なる規格をひとつの身体に収めた結果の、歪な混ざりもの。
    「……やめろッ!」
     青年が悲痛な叫びを上げる。フェイはヒトと狼とが混ざり合った貌でわらった。フェザーストン生はどうにもまっとう過ぎる。
    「構えろ。加減する気は最初からない」
     尖った牙を覗かせながら口にする。
     この顎はヒトの呪文を唱えることが出来るのだと言外に示す。
    「く……っ!」
     青年が呪文を放つ。劈く電撃。直後の踏み込み。二段構えの攻撃は、しかし。
    「遅い。……キンバリーウチの連中なら初見で対応してくるぞ」
     フェイの身体を掠めただけ。
     獣の敏捷性で以って青年へと肉薄したフェイは無防備な腹部へと膝を叩き込む。フェイ自身の速度と青年の突き技の威力が合わさったカウンター。

    「俺はコーンウォリスの番犬、フェイ=ウィロック」
     呻き声すら上げられずに床へと倒れ込んだ青年を見下ろしながら、フェイは自身の首元の首輪チョーカーを撫でる。
    「俺が手を取るのは、後にも先にもひとりだけだ」


    * * *


    「終わったか?」
     青年を拘束し、変身を解除したフェイの背中に聞き慣れた声が響く。
     フェイが振り返ると柱の陰からオリバーが姿を表した。計ったかのようなタイミングで、実際、物陰から様子を窺っていたのかもしれない。
     近付いてくるオリバーに目立った負傷や疲れは見受けられない。
     フェイの隣に並んだ少女は床に座らされた青年へと視線を向けて、
    「尋問は?」
    「……経験はない」
     多少驚いたが顔には出さずに言葉だけを返す。
     横目で伺ったオリバーは穏やかな表情を浮かべている。
    「私も得意というわけではないな」
     白杖を手にしゃがみ込んだ少女に、青年の肩が大きく跳ねた。布で口を塞がれているために顔を青褪めさせるしかない青年へと、オリバーは微笑みかけながら杖を向けて、
    「こちらの方が得意だ」
     治癒の呪文が紡がれる。
     腹部の負傷へと治療が施されて、青年が瞬いた。
     ……治癒だの手当てヒーリングだのがやたらと上手いんだよな、と。フェイは半目になった。
    「――この通り、実践的な治癒呪文に関しては習熟していると自負しています。キンバリーの校風ゆえの実践技術ですが、もしよろしければ今回あなた方が負った負傷の治癒を手伝わせて頂きたい」
     つらつらと述べながらオリバーは青年の口枷を外していく。フェイが止めようとしても「理性と友好を重んじるフェザーストンの方には必要ないだろう?」などと宣う始末。青年が感心するような表情を浮かべた。
     ……フェイとのやり取りまで含めてとんだマッチポンプなのだが。大丈夫かフェザーストン生。
    「フェイ。君もフェザーストン生たちへの治癒を手伝ってくれ」
    「俺もかよ」
    「君とて治癒は扱えるだろう?」
     フェイは仕方がないと言わんばかりの表情を作って・・・、頷いた。
     そもそもキンバリーの三年生ともなれば、よほど適正に見放されていない限りは治癒呪文の扱いに習熟している。そうでなければ死ぬか死よりも酷い苦痛を味わうかなので。免れているのは同学年ではナナオぐらいだろう。
     ……ナナオ=ヒビヤのように真っ直ぐに生きられる人間はキンバリーでは特例中の特例だ。多くのキンバリー生は陰謀と策略に身を浸している。
     だからフェイとてこんな茶番へ即座に乗れるのだ。
     フェイの視線の先ではオリバーが青年への治癒を続けつつ、和やかに会話を交わしている。――話題選び、表情、呼吸、姿勢、視線、手指の動き、距離の取り方。杖剣つえを取らない場外戦闘とはかくあるべしというお手本であり、同時に、他者に寄り添おうとするオリバー=ホーンの特性がいかんなく発揮されている。
     内心で少し引いているフェイをよそに会話は続く。
    「えっ。あの『混血の社会共生と展望』を書かれた……!? はい、読ませて頂きました。根気強いフィールドワークに基づく魔法社会の在り方への提言が興味深くて……実は私の友人にも人権派がいるのですが……ふふっ、いますよ。キンバリーにも人権派は。どうしても少数派ですが……えっ、お食事ですか? ……いえそんな……お詫びだなんて……両校の交流を兼ねてですか……? ……ええと……」
     ひっぱたいてやろうかと思った。
    「おいオリバー人誑し
    「ひとたら……!?」
     フェイの呼び掛けにぎょっとした様子で振り返ったオリバーを、青年から引き剥がす。
     自衛のためだった。
    「お前フェザーストン生まで誑かすなよ。バレたらミシェーラ様から不興を買いかねないだろ、俺が」
    「シェラはそんなふうに器が狭くないし、誑かすなんて人聞きが悪いな。私はただお互いに気分良く情報の交換が出来ればと思ったまでだ」
    「全部が天然じゃないから性質たち悪いんだよお前……」
     そして相手を立てながら取り入ろうとする言動の理由は自身の利のためではなく他者のためときた。本当に性質たちが悪い。
     フェイはこめかみを揉んだ。……現状における『交渉役』としてはオリバーが適任あることは明白だが、続けさせると別の意味で問題が発生しかねない。代わった方が妥当であろう。
    「……こちらが尋ねたいのは、」
     膝を折り、フェイは青年と視線を合わせる。
    「今回、そちらに俺の情報を提供しただろう第三者についてだ」
     青年が眉間に皺を寄せた。
    「……彼、いえ。彼ら主従の境遇は複雑でして。コーンウォリス家令嬢の傍から半人狼の従者を引き離したいと考える者は少なくありません」
     オリバーがフェイの言葉に補足を加える。
     ……スティシーとフェイを引き剥がそうとする最たる相手はコーンウォリス家自体であるが、今回は違うだろう。やり方が迂遠すぎる。
     とはいえコーンウォリス家に婿入りしたい人間はごまんといるわけで。
    「俺がいなくなった後の主人に取り入ろうと画策した奴らがいる。そういう奴らが俺の情報に恣意を加えた上で人権派に流した、と。……こちらはそう推測している」
     ああまったく。
     怒りでどうにかなりそうだ。
     殺意じみた憤怒を腹の内へと押し込めつつ、フェイは唸る。
    「利用されたんだよ、お前ら」
     青年は愕然と目を見開いて、項垂れた。
     がくりと肩を落とした彼が零す情報を、フェイは脳裏にしっかりと書き留めていく。勿論向こうとて素性を明かして情報を流したわけではないだろうが、炙り出す材料くらいにはなるだろう。
     切った張ったが終わったとて、やるべきことは山積みだ。
    「……」
     とりあえずは。
     フェイは立ち上がり、背後のオリバーを見やる。
    「……今回はお前に借りを作りすぎたな、オリバー」
    「気にしないでくれ」
     オリバーは微笑む。
    「友達を助けるのは当たり前のことだ」
    「ともだち」
     思わずオウムのように繰り返してしまった。
    「なんだその反応は……君とは仲良くしたいと、そう伝えただろう」
    「……あー……」
     随分と昔の方便だ。
     だが、ひょっとすればオリバーにとっては方便でもなんでもなかったのかもしれない、と。今になって思い至る。
     フェイは改めてオリバーを見た。
     比較的温和な気質の同級生。学年有数の実力者。本家嫡子のお気に入り。境遇に多少の共通点があるのかもしれない相手。――暗い生い立ちであると推測することは容易くて、そのくせ世話焼きで、お節介で、他者に寄り添おうとする性質の少女。
    「……友達」
    「何度も繰り返さないでくれ。私の一方通行な思い込みだったとなると恥ずかしくて堪らない」
    「いや、」
     フェイは口の端を緩めた。
    「少なくとも今からは一方通行ではないな」
     打算の上に芽吹いたそれを、友好と呼んでも良いならば。
    「だが見返りのない友愛ってのはどうにも座りが悪いな。今回の件に関しては借りは借りとして返しておきたい」
    「ではシェラとスティシー様が今後も末永く親しく在れるように、君からも取り持ってくれ」
    「それこそ頼まれるようなことではないけどな……まぁ、いいか」
     今のところフェイにはオリバーと『友人』関係であるメリットの方が大きくて、それを維持するためならば出来得る範囲で力になってやりたいとすら思っている。
     先に友誼を示されてしまっては、こちらも相応に返すしかない。
     つまるところは、絆された。
    「本当に厄介だな、お前」
     人誑しめ、と。
     フェイは笑う。
    「だから人聞きが悪い。……それを言うなら君とて大概だろう。スティシー様からああも愛されている」
    「そうだな」
    「照れもしないんだな君……」
    「愛されているし、愛しているよ。俺はきちんと自覚している」
    「ご馳走様」
     苦笑を浮かべているオリバーだが、彼女は彼女で周囲から思慕を向けられていることをどこまで自覚しているのか。……ほとんど自覚していないのかもしれない。
     この少女はおそらく、他者からの好意を、執着を。受け取れるだけの下地が形成されていない。
    「……揉めるときはスーと俺を巻き込まない範囲で頼むぞ」
    「揉めることが前提のように言わないでくれ」
     いや多分確実に揉めるだろお前ら。
     言ってやろうかと思ったが、直後。

     どんがしゃり、がらん、ぐしゃんっ、と。

     いっそ愉快な轟音が廃工場を揺らした。
     フェイとオリバーは同じ方角へと顔を向ける。
    「……出入り口の方だな」
    「そうか。……雷撃呪文による破壊音のように聴こえたが」
    「合っている。ちなみに連続詠唱だ」
    「……知らせを受け取った直後にキンバリーを出発したとして……この速度を出せるなら箒競技に出られるぞ……」
    「危ないから出さない」
    「……そうか……」
     オリバーは頷き――床で目を白黒させている青年を肩に担いだ。
    「すまないが彼や他のフェザーストン生の退避と治療を優先させてもらう」
    「いやお前からも経緯の説明、」
    「それはスティシー様が落ち着かれてからだ……まぁ、」
     オリバーは口の端を吊り上げた。
    「君は君自身を守り抜いたんだ。きちんと褒めてもらえばいい」
    「頷きたくなることを言わないでくれ」
    「ふふ。……では、また後で」
     一度決めたら行動が早いのがキンバリー生だ。オリバーは青年を担いで場を離れて行く。
     残されたフェイはどうしたものかと頭を掻いて、
    「フェイ!」
     ――フェイの名前を呼ぶ声が響き渡った。
    「……」
     振り返る。
     濡れた青空。
    「……スー」
     わなわなと身体を震わせながら、スティシーが立っている。
     どうしたものかなんて、考えるまでもない。
    「心配をかけて悪かった、」
    「悪いと思ってんなら最初から無茶するんじゃないわよ!」
     ごもっとも。
     叫びながら猛然とした勢いで突っ込んでくる主人の身体を、フェイは笑みで以って受け止めた。
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    yooko0022

    DONEマクファーレン家IF④/オリ♀シェラ前提のアンオリ♀/2学年時後半くらい/旧家令息のアンドリューズから見たシェラの『飼い猫』について/シェラ-アンドリューズのあまり噛み合っていない幼馴染関係も好きだけど、この二人は取り巻く環境の倫理観が狂っている/かなりの特殊設定につきなんでも大丈夫な方向け
    【そして訪れない春を知る】 それを響かせたのがシェラであったのならば、まだ耐えられたのだ。


    * * *


     『猫』を飼い始めたという噂は知っていた。
     この場合の『猫』は四足の獣ではなく、二本の脚で立っている。言葉を解す。知能がある。知性がある。浮いた腕で杖すら握る――つまるところは人間で、けれど家名に歴史がない。その一点を理由に彼ら彼女らは旧家の社会において数段劣る存在として見なされる。
     さもありなん。血に培ってきた神秘を宿さぬことが明白なのだ。自らの血を次の世代へと、それも出来る限り強化したかたちで繋ぐ――旧家の魔法使いに課せられた至上命題に能う『価値』を有していない。
     だから『飼い犬』で『飼い猫』だった。ソレには愛玩する以外の用途がない。まともな・・・・魔法使いの侮蔑と嘲弄。それだけで十分だ、愛させてくれる以上の価値などない。狂った・・・魔法使いの執着と愛着。……十と少しを数えた程度の少年であるアンドリューズでさえ時折伝え聞く程度の愁嘆場。
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