せくぴす! 斑類だから子供を残さなければいけない。まあそういう風潮は確かにある。けれど三ツ谷と灰谷はどちらとも望んで互いの子供を欲しいと思っていた。
あの初夜の日。勝手に仕込まれた懐蟲を知ったときは劣化の如く怒った。結局孕みはしなかったが無断でやられるのはいい気はしない。
あれから二人は対話を重ねた。子供が欲しいのは同じ。だけれど時期というものがあるだろう。
最終的に三ツ谷が高校を卒業してから本格的に子作りをする。これが出した結論だった。
カーテンの隙間から光が差す。それに瞼をこじ開けられた。まだ眠っていたいけれど光がそれを許さない。ゆっくりと身体を伸ばし起き上がる。隣に視線を移すと灰谷がすやすやと息を立てて眠っていた。
三ツ谷も相手も何も纏っていない。昨夜の夜を思い出す。
高校を卒業してから蘭は懐蟲を差し出してくる。さすがに毎夜ではないけれどかなりの頻度で。結構なお値段のするそれを。どれだけの金が使われているのかを考えると顔が青くなるけれど、それだけ自分との子を望んでいるということでもあり。
昨夜の行為も用いられた。思わず下腹をさする。実るといいな、なんて。思わず笑みが溢れる。蘭の髪を撫でてシーツから抜け出した。今日も1日が始まる。
高校を卒業した三ツ谷の家はここだった。実家を出て蘭と二人。新しく用意された家。竜胆も近くに住んでいるから度々訪れる。もはや友人ではなく家族だった。実際に義弟となっているし。年はあっちの方が上だけれど。
既に名前も三ツ谷から灰谷になっている。けれど周りはまだ普通に三ツ谷と呼んでいた。彼自身もそちらの方がまだ反応ができるから気にしていない。
朝食を用意して蘭が起きるのを待つ。今日は食パンとベーコン、目玉焼き、サラダ。洋風モーニング。ベーコンが焼ける匂いが香ばしい。パチパチとフライパンの上で音が奏でられる。
後ろからゆったりと人影が近づいてきた。振り向きもせずに「おはよう」とだけ伝える。そのまま後ろから腕を回された。
「なーんで先に行っちゃうんだよ」
「お前に付き合ってたら1日ベッドの上で終わるだろ」
蘭はそのまま肩に顎を乗せる。鬱陶しく感じるけれどもう慣れたものだ。そのまま準備を進める。
「今日なに?」
「見てわからねえ?」
「わかんなーい」
「殴っていい?」
「直ぐ手が出るとこ直したほうが良いと思う」
ぽんぽんと進む会話。これも常。
蘭の手がするっと伸びて下腹を撫でる。行為の翌朝はいつもこうする。無事に到達してくれていれば。実ってくれれば。
ベーコンを焼き終わると次は目玉焼き。パカリと1つ。
「あ、双子」
「ほんとだ」
割った卵の中には2つの黄身。なんだか良いことが起きそうな気がした。
それから大体3週間後だっただろうか。夜蘭が帰ってくるのを待っていた。ガチャリとリビングのドアが開けられる。
「ただいま」
「おかえりー飯どうする?」
蘭の返事が返ってこない。いつもなら直ぐに返ってくるのに。入口の方に顔を向けると目を見開いて固まっていた。
「どうした?」
視線の先は三ツ谷の下腹。そこをじっと見ている。もしかして。
「……できてる?」
「居る」
三ツ谷はわからなかったけれど重種には分かってしまうのだろう。ここに新しい魂が出来たこと。妊娠のドキドキとかなーんもねえんだもんな、って。
宿る魂が増えていた。つまりそういうこと。
「や、」
やったな、って言いたかった。けれど遮られる。気付いたら蘭の腕の中にいた。まるで瞬間移動したかの様に。
「ありがとう」
ありがとう三ツ谷。蘭の腕に包まれる。今まで成らなかった。それがようやく。斑類同士はどうしても出来難い。片方が重種なら尚更。それでもやっと。やっと。
三ツ谷に水滴が掛かる。なんだと上を向いたら蘭が涙を流していた。思わずギョッとしてしまう。
「お前、泣けるんだ……」
「やっと妊娠した感想がそれ……!?」
泣きながらドン引きされた。蘭から引かれるという中々なレアイベントを消化してしまう。流石に今のは失言だった。でもまあ、良いか。こんな始まりも。
「これから宜しくなお父さん」
「……ん、任せて」
渾身のドヤ顔で返ってきた。まだ始まったばかり。本当に大切なのはここからだ。
次の日に病院に向かい、超初期ではあるが受精して着床していることが確認された。まあそんなことを確認されなくても斑類であったら魂元を見てしまえば一発なのだけれど。斑類関連の病院を選んでいるので目視でもしっかりと確認された。
心が弾んでいた。本当に嬉しい。最悪実らない可能性も考えていた。けれどそれをもう考えなくても良いのだから。蘭に新しい家族を作ってやれる。それだけで嬉しい。それを歓迎している蘭に対しても。
胸がふわふわとしてくる。言いようの無い何かが胸で満たされる。
診断が終わり母子手帳貰って帰ろうと思い、最後に医師と看護師に礼を言う。
「あ、そうだ先生」
蘭が口を開く。もう聞きたいこととか注意事項は予め聞いた筈なのだけれど。顔を向けると真剣な顔。
「いつからセックスしていい?」
「ばッ!」
あまりにもストレートに聞くものだから大きい声が出る。何言ってんだこいつは! 顔が赤くなる。性行為のことを他人に知られて良い顔はできない。羞恥心とか無いのか。無さそう。諦めた。
こちら側が割と慌てているのに対して医者はニコニコと笑みを浮かべている。もしかしたら慣れているのかもしれない。
「安定期に入るまでは控えたほうが良いですね。挿入するなら特に」
医師も普通に答える。慣れてるなこれは。脳内がごっちゃごちゃで忙しない。
「じゃあ三ツ谷」
蘭が三ツ谷の方を向いてにっこりと笑う。
「4ヶ月後、な♡」
「公共の場で言うんじゃねえよ!!」
ノータイムで手が出た。これはもう仕方がない。
あれから蘭はカレンダーにしっかりと5ヶ月後に印を付けていた。大体そのくらいという目安でしかないのに、とため息を吐いたことは数知れず。でも子供が育つことにも嬉しさや楽しさを出していたので許すことにした。それに、それだけ三ツ谷を愛してくれているという証拠にもなっている。
1日1日終わるたびにカレンダーにバツを付けていった。そのバツ印と大きく書かれたハートマークが隣接する頃には、三ツ谷のお腹もしっかりと分かるほどに膨らんでいた。ここまで至るまで幸いにも酷い悪阻は無かった。
「みつや」
服の裾が軽く引っ張られた。蘭が嬉々としてカレンダーのハートマークを指差してくる。クリスマス前や誕生日前の子供か。思わず笑う。
まあ、彼がここまで待っていたことを知っていた。妊夫の三ツ谷にも色々と尽くしてくれていた。充分に。だから。
「夜、な」
おねだりに応えないという選択肢はない。なんだかんだ三ツ谷も待っていたのだから。
その日の夜、爆速で仕事を終わらせてきた蘭に思わず笑う。そこまでかと。夕食を食べている時もソワソワは治らない。