来世兄弟12「た、だいまっ!」
「うお、おかえり」
夕食の準備をしていたら青宗が勢いよくドアを開けて飛び込んできた。肩を思いっきり上下させて呼吸を整えている。全力疾走してきたということか。けれど青宗がこうなるってことは何かがあったんだろう。
菜箸を置いて青宗の方へ近寄り片手を差し出した。
「どうしたんだよ」
青宗は素直に右手を乗せて顔を上げる。その顔は汗で塗れていた。白い肌のせいか一層赤く見える。少しだけその体勢のまま息を整えて口を開けた。
「いや、……ココが」
「あー」
成程な。大体を理解した。
青宗はオレたち兄弟の中で一番旧友たちと関わりたくないと思っている人間だろう。だから色々と慎重に考えていたのはなんだかんだ青宗だし、オレが考えて導いても最終決定権は青宗だった。特にココくんに対しては、青宗自身のことを完全に忘れて欲しいようでチラつかせるようなこともしない。すれ違うことも許さない。あの業務用スーパーで出会ったのも偶然からきた割とやばいハプニングだったけれど、どうにか切り抜けたし。
落ち着いたのか青宗はそのままリビングの床に尻を付けて座り込む。習ってオレも座った。
「わりぃ」
「ん?」
謝るなんて珍しい。どうしたんだと思っていたらバツの悪そうな顔が目に映った。
「……ココには、オレってバレてると思う」
それをとても深刻そうな表情で話すものだからオレは思わず笑ってしまう。漏れてしまったと表現するのが正しい笑いは直接青宗の耳へ届く。それを耳にしてムスッとした表情に変化した。
「なんだよ」
「いやあ、別に?」
バレるということを確かにオレたちは避けているけれど、一虎くんが親になってしまった時点で遅かれ早かれいつかはバレるものだろうと俺は思っていた。だから深刻そうな表情で言われたところで俺は「ああそうなんだ?」という反応しかできない。青宗にとっては一大事にも等しいのだからそういう反応になるんだろうけれど。
「深刻なのはオレだけってことか?」
どんどん顔に皺が増えていく。ああこれはダメだな、拗ねる。笑っていた顔をパッと戻して青宗に向き合った。
「違うって。でも、そうだなあ……いつかはそういう日が来るだろうなって思ってたからさ」
永遠に隠し続けるなんてことは無理だろう。オレたちはまだ保護者が居なければいけない立場だ。だから他の場所に飛び回って逃げるということはできない。同じ東京の地に居るのだからいつかはどこかでバッタリと出会う。以前スーパーで大寿くんとココくんに出会ったり、この前の灰谷だったり。どうしようもねえってこと。だってオレたち名字が違うだけで姿形はあの頃と全く同じ。遅かれ早かれ正体は露呈する。
「だからそんな深刻にする必要はねえと思うけど」
「……そういうものか?」
「そういうモン」
オレが楽観的なのかもしれないけれど。正直六本木で灰谷たちに捕まった時点で諦めた。分かるやつには分かるだろうし、それに知り合い全員口が固いとも言えないので。サラッと言ってしまうそうな感じがある。どこかしらから漏れるだろう。
双子たちもあいつらしか知らない何かがあるだろうし。オレたちに言ってない何かがあるんだろうなあって感じはする。無理に聞き出そうともしないけれど。その時はいずれ来るだろうから。
そんなことを軽く青宗に話すと、彼の顔から皺はだんだんと消えていった。
「じゃあ良いか」
「うん。良いの。気に病む必要もねえから」
そうやって笑えば青宗も笑った。長男になってしまったからか割と考え込む癖ができてしまっている。末っ子だったのがいきなり長男なんてものをやっているせいなのだろうけれど。オレは逆に上ができたので伸び伸びとやらせてもらってはいるが。だからオレが一番肩の力抜けてて気楽に居られるんだろうなあ。頑張れ長男。サポートはできる限りするけれど。
「あ、そうだ」
ガチャと末っ子たちが帰ってきた音がする。それと同時に青宗が口を開いた。
「多分ドラケンにもバレた」
「それをもうちょっと早く言ってくれませんか!?」
「ただ、……え、なに?」
ごめん末っ子たち。ちょっと待ってほしい末っ子たち。いまちょっと知らなかった情報が入ってきてそれに押し潰されそう。
「緊急松野、じゃなくて羽宮家会議ー!」
「え何これ」
「ごめん一虎くんちょっとだけ付き合って」
今日は金曜日ではないけれど一虎を緊急招集。お前割と暇だから来れるだろって呼び出したら本当に来た。マジで暇なのか大丈夫か会社? まあいいか。とりあえず目先の不安事から。
「青宗が学校帰りココくんに出会ったらしい。それは良いとして」
「逃げてたらドラケンにばったり会った。そして多分ココがドラケンに諸々言っている、と思う」
オレの言葉に続いて青宗が繋げる。ココくんならまだ良いんだよ。問題はドラケンだ。これが分かっているのはオレと青宗だけ、なんだけど。末っ子たちはぽかんとした顔をしているし。一虎も……分かってねえな、なんでだ。
まあいいやと説明を続ける。
「ココくんだけだったら青宗だけに目がいくかもしんねえだろ、でもドラケンは別。あいつはチームの中枢にも居るし伝達力も高め。周知させるだろ。……一気に来るかもしれねえ」
オレが想定していたのはじわじわと周りに知られるパターンだった。でもいっきにドーンッと来るのは想定していない。そうなってしまうと割と面倒というか、説明が難しいというか。理解者をどんどんと引き込んでいって説明も楽にしていくのが理想。一番完璧なのはオレたちのことなんか忘れてそのまま生きていてもらうパターンだけれど一虎が義父になってしまったし、先述した諸々でほぼ無理だとオレは思っている。だからゆっくりと進んでいくのが良いけれどそれを崩す最大のキーパーソンがドラケンだ。あいつに知られたらほぼ無理。早いうちにオレたちの存在が知られていく。
「でもドラケンくんも口が軽いって訳じゃ無いからそこまで思わなくても……?」
武道が首を少しだけ傾けて言う。うんそう思うのも分かる。分かるんだ。あいつは軽い男ではない。けれどこういう、言ってしまえば異常事態なオレたちを見れば行動も変わるだろう。非常時の動きが非常に早い男でもあるのだから。
それを告げると末っ子たちも神妙な顔立ちになった。
「確かに……」
「いま副社長だっけ。で、幹部は」
「オレたち旧知で固まってる」
「「あー……」」
そういえばそうだったなあという顔をする末っ子たち。どうなるのか想像が付いたんだろう。情報伝達に壁が無いことに。なんの障害もなくありのままの情報が伝えられる。
「……まあ、オレたちのことを忘れてそのまま生きてくれれば良いなあとは思ってるから歓迎はしない、けど」
武道が口を開く。
「起きちゃったことは仕方がない。それに……」
そこで一度口を閉ざした。言おうか迷っている仕草を見せる。オレたち4人は何も言わずに待った。
「……またみんなと会って遊びたいなあ、って気持ちも、嘘じゃない、し」
絞り出したような声だった。
くすり、と笑ったような声が漏れた。オレだけじゃない、他の奴らも。
「な、なに」
少し戸惑う武道の側に近寄って頭を抱えこんだ。そのままぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜる。
「ちょ、ま、なに!?」
「ふふ、いや、いやあ」
それを続けていると一虎も近づいて来て同じ様に頭に手を置き始めた。
「一虎くん!?」
「なんか撫でたくなって」
「なんで!?」
オレの腕の中で目を白黒させる武道。うーん素直、かわいい。弟がかわいい。武道が言ったことは本心に近いものなのだろう。オレたちを忘れてほしい、でもまた会いたい。どちらも共存する意思。オレもそう。だってドラケンに会ったと青宗に言われてちょっとだけ思ってしまった。混乱する中またみんなで馬鹿騒ぎできたらなあ、と懐かしんでしまった。
……ああそうか。
「オレたちには、ちょっとだけ準備がいるのかもなあ」
「準備?」
「そ」
逃げてるんだよな結局。オレたちは。どういう原理か分からないけれどオレたちは産まれ直して、生きて。みんなには忘れて生きてほしいって思って、本心ではあるのだけれど自分たちを守る為の言い訳に捉えることだってできる。
すぐに会うのは少しだけ勇気がいること。最初にも言ったけれど徐々に浸透することが理想。
「また、遊べたら良いな」
千冬も言う。ふんわりとした笑顔だった。そんな千冬に青宗が近寄って、オレたちが武道にしているように抱え込んだ。……家族が居なきゃ、もっと早くに色々と決壊していたんだろうなあ。そんな気はしている。
会いたいと会いたくないは共存する。その指針が会いたいに傾いただけ。昔の友人たちに会いたいって思うのは普通のことだろう。
ふわふわの末っ子たちの頭が凄いことになった頃。いい加減辞めてと言ってきたので離した。嫌われることはしたくねえし。
「……じゃ、これからどうするか」
「一気に押し寄せられるなんて事になったら困るけど」
千冬が何かを考え込んでいる。そういや千冬はまだ何か悩んでる感じあったよなあ。聞き出すことはしねえけど。
各々がどうするべきかを考えている。が、これと言って案も出ず。うーんとみんなで唸っていたらそれを強制的に終わらす音が鳴った。ピンポーンという来客を告げる音。はいはいと一番近かった千冬がモニターを見た。ら、彼は固まった。
「」
「どうした?」
気になって後ろから覗き込む。
……おっとこれは。
「青宗」
「ん?」
「ココくん、居る」
「…………は?」
そこには満面の笑みで立つココくんがモニターに映っていた。