来世兄弟11 騒がしい一日だった。これが感想。
羽宮に六本木へと連れていかれてそこで灰谷と出会い、隆が三ツ谷であると彼らにバレて。あれよあれよと弄り倒されていた。
オレ? オレは見てた。まあ害はなかったし。隆だけが喚いていたけれど。あんな疲れた顔を見たのは初めてのことだったように思える。
恨めしい目で見られたけれど気にしねえことにした。昔の知り合いと出会ってあんな構い方されたら疲れるだろうけれど、ちょっと嬉しそうに見えたから。あと何故か灰谷たちが隆の学費のスポンサーになってた。気づいたら。隆自身も驚いていたから羽宮たちとの間で何かしらがあったんだと思う。
ところで聞いてほしい。オレの話を。こんな六本木の感想を言っている場合じゃない。
「…………」
「…………」
中学からの帰り道。そこは商業施設が立ち並ぶ通りを歩いて帰ることになるんだが、その中の一つに大きい窓が特徴のカフェがある。結構大きめのパフェを食べられるカフェが。一度立ち入って兄弟四人で分けて食べたことがある。かなり美味かったしボリュームも十分で。最近雑誌に掲載されたとか。
まあそんなことはどうでもいいと言うか。
そのカフェの大きな窓から見える席。そこに座っている客とばっちり目が合ってしまった。ちら、と思わずカフェに視線を向けたらたまたまこう、ばっちりと。
なんでそっちに目を向けてしまったんだ。バカじゃねえか。いや、油断していたとかそういう。……誰に向かって言い訳してるんだ。
そいつは窓際の席で新作の巨大なパフェを一人で食べていた。オレたち育ち盛りの兄弟が四人で分け合うほどのパフェを。目が合った時、そいつは手からスプーンを落としていた。漫画みたいに。カラン、と音が鳴ったんだろう。聞こえなかったけれど。
冷や汗が出る。こんな再会の仕方、あるか?
口はぽっかりと開けられて幽霊を見るような目。オレはあのスーパーで見たけれど、お前は初めて見るんだもんな。いや、見られたか。見られてた。
二度目。またふらりと突拍子もなく。制服のオレとスーツのお前。こんな姿で時間の流れをまた自覚させられた。
十年以上経ってるからな。兄弟と居ると忘れがちになってしまう事実。
スプーンを落とした男――かつての幼馴染であるココは暫く目をぱちくりさせて現実であると受け入れられていなかったが、それもようやく受け入れハッと意識を覚醒させた。そのまま食べかけのパフェを置き去りにして立ち上がる。
あ、まずい。
オレもようやく事態を把握してすぐにその場から駆け出した。あの時は隆のフォローがあったけれど今はオレ一人しかいない。オレは口が巧くないから足を動かすしかないのだから。
大丈夫。ココはもう三十を超えたオッサンだ。こんな言い方したら泣くかもしれないが事実。現役中学生のオレが体力で劣るわけがない。
それにこの地はもう十数年住んでいるとても慣れた土地だった。
撒くことなんて容易だった。……少しだけ、ココに悪いなと罪悪感はあるけれど。こんなニアミスみたいな出会いばかりで。もうとっくに死んだ幼馴染の幻影が惑わしに来ていると思っても仕方がない。逆に辛いやつだと、知っている。
ココに追いつかれないように隙間も駆け抜けた。裏道も知っている。ごちゃごちゃのルートを掻い潜って一息。恐らくここまでやったら大丈夫だろう。そんなに体力はないだろうし。
「ふ……」
全力疾走。体育の授業ではするけれど、制服はなかなか窮屈でいけない。季節はもう秋だった。衣替えをしたばかりの長袖のシャツが少し張る。
ボタンをはずして仰いだ。少しだけ涼しくなったとはいえ、運動をするとやはり暑い。公園にでも寄って一息つこう。そうして路地から大通りに一歩踏み出した。
ここで敗因ポイント。
一つ。少しうつむきながら歩いていたので前を見ていなかった。
二つ。ココから逃げ切ったと油断していた。
三つ。ここはオレたちだけのホームではない。
以上三つ。
どんっ、と人とぶつかる感触。まずいと反射で顔を上げた。謝らなくては。問題を起こしたら隆をはじめ弟たちにに迷惑がかかる。今回はおとなしく生きると決めていたのだから。
「す、みませっ」
「お。わりっ」
ぶつかってしまった相手も謝ってきた。相手は背が高くガタイが良い男。変な奴じゃなくてよかったと内心安堵した。
そのまま顔をあげる。……顔を見て、固まることしかできなかった。どういう確率をしているんだか。マジで。
固まってしまったオレを見て、相手は大丈夫か? と首を傾げてすこし屈んだ。目線を合わせようとしてくれて。そうだ、こいつは気の良い男だった。付き合いができたのは地続きのこの世界だと高校に入ってからで、あとはかつての世界線で一緒にバイク屋を開業していたこともあった。
最初に会うのが隆ではなくオレなんだ、と少しだけ思った。
「大丈夫か? ぶつかって悪かったな」
「……いや、こっちも見てなかった……ので。わる、かったです」
敬語には慣れない。たどたどしい言葉で返事をする。ならよかった、と男は――ドラケンは笑った。
ここは渋谷。オレたちの家がある場所でもあり、東京卍會のテリトリーでもある。むしろ今まで道端で会わないほうが不思議だったんだ。
龍はいまだにそこに宿っており辮髪も変わらない。色だけが金から黒へと変わっている。スーツの着こなしもしっかり合っていて。今はバイク屋ではなく会社の副社長なんだったけか。それも似合っていると思う。マイキーの横が似合う男。
それを少し寂しくも思うがオレが言えることではない。それにバイク弄りは今でもやっているんだろう。事業にバイクがあった気がするから。うろ覚え。
ドラケンとは成長してから出会ったからココと比べたら危険度は低め。だけれど長く接触して良いというわけではない。面影ならもうある。まだ小学生の弟たちと比べて、オレはもう割と成長を始めていた。声変わりの変調も見られるのだから。
「すみませんでしたっ」
バッと大きく頭を下げてさっさとその場を去ろうとする。これ以上ごたごたを持ち込みたくはない。今の状態が恐らく、最善。親代わりとなる人間が居て生活も安定してきて、兄弟たちが不自由なく過ごせている今この状態が。灰谷だけが想定外であったけれど。
方向転換して家の方へ舵を切る。今日は隆のドライカレーと言っていた。早く帰る。
ぺこり、とドラケンへ会釈して。駆け出した。この時の判断は正解だった。長居したらまずかった。自分に拍手を送りたい。
「ドラケンそいつ捕まえて!」
遠くから聞こえる声。恐らくココの。ここまでちゃんと追ってこれたんだと思うと少しだけ笑みが浮かんだ。なぜか。でも遅かったなココ。もう追いつけないだろ。
ドラケンに声を掛けたところでオレはもう結構な差をつけていたのだから。物理的に追いつくことなんてできない位置に居た。
ああでもあの様子じゃ、オレが乾青宗であった男であることはもうバレているんだろうな。もう、忘れて生きてほしいのに。過去に囚われることなんて、もうお前はしなくていいのに。