8「できるなら、おたくの奥さんの話も伺いたいものだが」と続ける Mr.ミステリーを、時間にしては十数分ながら、そこらの他人には絶対にしないーーそして、望ましくもないーー打ち明け話をした相手にするには適当なぞんざいさで事務所から追い出したフレディ・ライリーは、月に一度、きまって二週目に、✗✗州の国立公園近くにある私立病院に通っている。そこは都市部にほど近くあるライリーの弁護士事務所からも、事務所からは車で十五分程離れたところにある彼の自宅からも、車で一時間程度離れた場所だ。
「言葉を選ばずに言えば、まあ……外聞が悪いからか?」
20世紀も末に至ってなお、精神病に対する偏見には根の深いものがある。傭兵としての任務を終えたあと、いっとき精神科からの処方を受けていたMr.ミステリーが、故郷と比較すればとんでもなく物価の高い場所に住みながら、得てして危険かつ非合法な「任務」を得る以外の形で故郷の家族を満足に養えないのには、彼がアジア人である他に、彼の受診歴が問題とされることもあるだろう。
ライリーの弁護士事務所に訪れたときと同じ、青地のインバネスコートに鹿撃ち帽、片眼鏡といういかにもな「探偵」の出で立ちで現れたMr.ミステリーは、どことなくサナトリウム然とした門構えの精神病院の鉄門扉を潜ると、これといった来訪届などの手続きをすることなく、協力者の手引きを受けるまま、二階面会室に入った。
先んじて面会室内、両者の“安全”のためにアクリル板で区切られた向こう側でパイプ椅子に座っているマーシャ・ライリー――かつてのマーシャ・ベイカー――は、驚くことに(そして、Mr.ミステリーにとっては幸いなことに)、十分に会話に耐えうる程の理性があるように見えた。
赤毛に近いブラウンの髪を下ろしたままにしている彼女は目を瞠るような美人ではないが、控えめながら整ったその顔立ちがおそらくは心労に窶れ、萎れるように項垂れている様には一種の艶めいた美しさがあった。
「遠いところお疲れでしょう、探偵さん。お掛けください……なんのお構いもできませんが」
歳の割に若い印象を与える女の声に、Mr.ミステリーはふと、先日事務所に現れた青い人影を思い出した。
「依頼を受け、リサ・ベイカーの行方を追っている……おたくで引き取っているわけではないようだが、……」
単刀直入に話を始めたMr.ミステリーがそこで言葉を切ったのは、アクリル板越しに対面するマーシャが、日に当たらない暮らしを続けたせいか青ざめてすら見えるほど白い手で自らの顔を覆ったからだが、Mr.ミステリーの予想に反し、彼女は乾いた瞳のまま顔をあげると、喉奥から絞り出すようなかすかな声ながら、毅然とした態度で、「私の知っていることを、すべてお話します」と応じた。