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    @t_utumiiiii

    @t_utumiiiii

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    寮生私立学校に通うウッズさん(花蕊)が記憶喪失になったのでピアソンさんと交際してくれる現パロ

    ウッズさん(花蕊)
    全寮制の学校(象牙の塔)で学んでいる高校生 交通事故の衝撃で記憶が飛んだ。家庭に問題がある

    ピアソンさん 
    一般男性 不注意運転で私立校の生徒を轢いてしまい、気が動転するあまり逆に病院に連れて行ったら轢き逃げ犯と疑われたので咄嗟に嘘をついた

    (泥庭)※現パロ 夜勤明けに春の暖かな陽気に当てられ、ハンドルを握りながらもふやけたような意識でぼんやりとしていたところ曲がり角から急に出てきた自転車の前輪を、止まりきれなかったバイクでそのまま突き飛ばした――要は、轢いた――その自転車に乗っていた、よりにもよってここらでは一番学費の掛かるだろう全寮制の私立の制服、白い麦わら帽子に紫のベスト、チェックのスカートを履いた娘が、つぶらな目を驚いたように見開きながら宙に浮かんだのを見たとき、ピアソンはこれまでも伊達に修羅場を潜った訳では無いが、ちょっとした「破滅」を見た気分で、文字通り目の前が真っ暗になった(よりにもよって私学の学生だ。あの身柄にどれだけ金がかかっているか、俺にはわかったもんじゃない!)。
     しかし、自転車から宙に弾き飛ばされたその女生徒が、(もしかすると軽く当たっただけかもしれない)という淡い期待からその場に停車していた彼のバイクのフロントに降りかかるように被さってきたこともあり、気が動転するまま(本当のところはこんな厄介事、道端に転がして逃げ出したいところだったが、バイクに覆い被さってきてぐったりしているその生徒を道端に捨てているうちに、誰かから見咎められるのが恐ろしかった)その娘を腕に抱え、目につくところに落ちていた彼女の白い麦わら帽子を素早く拾い上げると片手で潰し、自分の履いているズボンに突っ込みながらハンドルを握って、今しがた彼女を轢いたまさにそのバイクで病院に駆け込んだのが良かったのか、たまたま打ちどころが良かったのか、そもそもそんなにスピードを出していなかったのだから、大事になりようもなかったのか――だったら、ゾッとした分だけクリーチャーは損をした。それならこんな厄介事、道端に捨てておけばよかったものを!――兎に角、医師の見立てによると彼女は軽い脳震盪を起こしただけで、他には何ら問題がなかったらしい。

     患者を運び込み、成り行きから意識のないその娘に付き添っている彼をあからさまに訝っている顔付きの看護師――それが無理もないことは、不服ながらピアソンにも理解できた。控えめにも上等な身なりではない男が、私学の制服を着た生徒を抱えてきたのだから、「偏見の強い連中」は(まともな頭をしていれば)、まず訝るのが当然だろう――から「ご関係」を聞かれ、ピアソンは「たまたま当て逃げされたのを見掛けたんだ」と、「たまたま」というところに強く力を入れながら返したが、当然そのまま鵜呑みにしてくれるわけでもない。
     そのまま看護師との間で通報するしないの押し問答になったときには、彼はヒステリックに声を荒げさえしながらあることないことを並べ立てて、兎に角自分の無罪を口酸っぱく主張したものの、そうしている間にその生徒の家族――それも、男親――が部屋に入ってきたのを見ると、流石に轢いた張本人として途端に座り心地が悪くなり、そのままドサクサに紛れるように入れ違いざま部屋を出ようとした(もしここで彼女の迎えに来たのが女親だけならば、「この私が助けてやったんだから謝礼を寄越せ」と言ってやるところだったが、その男親はピアソンがここまで抱えてきたいかにも少女らしく細い娘の体つきからは想像がつかないほど、骨の太く立派な体格をしていた)。しかも、結局彼女に付き添っていたところからこそこそと逃げようとしたというのを男親に見咎められており、見事に締め上げられた。
     その場でピアソンを気の毒に思ったというより、むしろ「院内で騒ぎを起こすな」という観点から、先程はピアソンと言い合っていた看護師の方が、父親の屈強な体格をものともしない立派な態度で間に入ったことでようやく解放されたピアソンは、明らかに納得のいっていなさそうな恐ろしい顔つき――火傷痕の残る顔に、人食いサメのような鋭い目つき――ながらに、「すまなかった」と言うその父親に向かってこれみよがしによれた襟を正しながら「っ、わたっ、私が! こいつを、私が、こっ、ここまで、はこ、運んでやったんだぞ!!」と、いっそう声を高くして不服を訴えながら続けて小銭をせびろうとしたものの、上手くは行かなかった。

     ピアソンにとってそれは、可愛らしい女生徒を抱えてバイクを走らせたというささやかな感触を腕に残しつつ、おおむね一銭にもならなかった、しょうもない記憶――何ならガソリン代を無駄にし、(実際には彼が轢いたのだから、自業自得ではあるのだが、)助けてやったにも関わらず針のむしろに座らされた挙げ句、得られたものは返し損なった、リボンを巻かれた白い麦わら帽子ひとつ(盗むつもりはなかったが、今更わざわざ返す気もなかった。どうせ、あの父親が新しいものを買い与えるだろう)という、全く割に合わない不快な記憶ですらあった――のだが、翌週、その女生徒を連れた警察が、彼の間借りするアパートの一室を訪れたことで、状況は一変した。
     帽子はまだ買ってもらっていないのか被っていないが例の制服を着て、何が楽しいのかニコニコ微笑んでいるその娘を引き連れてきた女性警官が言うには、なんでも、彼女は交通事故で頭を打ったことによる短期的な記憶障害を起こしており、証言能力を欠いているらしい。病院の通報によると一応事件性がある案件であるからして、目撃者の証言が云々。
    「当時の状況を聞かせて頂けますか」
     鼻に木をくくったようないかにも愛想のない態度で続ける警官に、ピアソンは震え上がりそうになった――何せ、彼こそが轢いた張本人だ――のをおくびにも出さないように、着古したせいでだらしなくなったシャツの襟ぐりを握りながら、緊張に引き攣りつつも茶化すような声で「そ、そそ、そこ、そこの! おっ、お嬢さんを、つ、つれ、連れてくる、ひ、必要は、あっ、ああ、あ、あったのか?!」と話を逸してみると、警官は怪訝そうにピアソンをジロリと見遣りながらも、それに思うところはあったのか「私も止めたのだが」と言って首を竦めた。「恩人」の顔を見たがって聞かなかったのだそうだ。
    「…………っそ、そら、た、あー、大した、こ、心がけだな、ヒヒッ、おっ、お嬢さん……」
     ドアの前に立ち塞がるように立っている警官の後ろから、ちょこんと顔を覗かせる例の制服を着た女生徒に向かって、ピアソンが頬を引き攣らせるようにせせら笑いながら声をかけてみると、彼女はそばかすの頬を可愛らしく緩めながら、明るい緑の目――これは少し目新しかった。ピアソンの意識に残っていたのは、もっぱら意識を失ったあと、自分の腕の中でぐったりとしている姿だったから――を瞬かせ、「エマなの、エマ・ウッズ」と名乗った。
    「クリーチャー・ピアソンさん、ですよね?」
     可愛らしい声で自分の名前を呼ばれると、名乗る心づもりはしていたがまだ名乗った覚えのないピアソンはぎょっと目を瞠りながら息を詰める。そこからさらに続いた、「病院の人から聞きましたの。エマを、病院まで運んでくれたって」というエマの言葉はほとんど耳に入っていなかった。
     小鳥の囀るような可愛らしい声で出し抜けに自分の名前が呼ばれたことに驚いたし、そうやって自分を呼んだ可愛らしい彼女が見ていると思うと、入居してから掃き掃除らしい掃除もしていない埃っぽい部屋を覗かれていそうだという、これまでに一度も気にしたことのなかったようなところが、急に気になって仕方がなくなる。ここが、若い娘に似つかわしいような部屋ではないことは、クリーチャーにもわかる。そうだ、彼女に見せるようなものでもないだろう……。
    「み、店にでも行くかい……?」
     「っへ、部屋は、い、今、今はな!? ち、ちょっと、きっ、汚くしているから」などと、今更焦るような気分から頬に汗をかきつつ、ドア前に立ちふさがっている警官に躙り寄る調子で玄関の外に出てきたピアソンに、女性警官は眉を動かすでもなく「そこまで時間を取らせる予定はないが」と言うのを、異様に焦る心地から普段以上に余裕のなかったピアソンはそれに「お前には聞いていない!」と声を荒らげて食って掛かった。格好がつくものではないが、なんであれそれが馴れ初めだ。


     部屋に来た警官が言うには「短期的な記憶喪失」のエマは、実のところここ一年の記憶というものを全て落としているらしいということをピアソンが知ったのはその後、今時のタバコを目の敵にして久しい風潮のなかで分煙すらしていないせいか、昼間も古びたガラス窓が心なしか曇るように煤けて微かに薄暗い喫茶店でのことだった。
     メロンクリームソーダの上に乗っている缶詰のサクランボを指で突きながらそんなことを言う彼女に、ピアソンが接げた二の句というのは「そ、それは、その、ふ、不便だな……」という程度のものだった。
     注文したナポリタンを雑にフォークで巻ききれず、結局前屈みになって皿に口で迎えにいっては、フォークで巻ききれなかったパスタを口で啜っているピアソンを前にしても顔を顰めるでもなく、ピアソンから言わせれば「生意気」にもテーブルに頬杖を付いたエマは、何かを見透かすようにピアソンを見遣りながら、「どうして嘘を吐くの?」と、特段怒っている風もない、可愛らしい声色で続ける。
     文字通り、見事に図星を突かれた――彼が「エマを助けた」というのは、文字通りの嘘である――彼は、ぎょっとした様子でエマの顔を見たかと思うと噎せかけ、咳き込みながらその合間に水を飲み、喉が落ち着いてから再び、エマの顔を呆然と見遣ると、あんぐりと口を開けている。
    「っあ、あ、あんた、き、記憶ソウシツって、い、いい、言って……」
     記憶がないんなら何も分からないに決まっているだろうと決めてかかっていたところから、急に刃物を向けられたような心地になったピアソンの、ケチャップで汚れた口からこぼれた言葉は、ほとんどため息に近かった。
    「それはそうなの、ごめんなさい エマ、覚えてはいないけど……」
     見るからに唖然としているピアソンに向かって、エマは申し訳なさげにそう続けながら目を伏せる。それに、ますますよくわからないという風で、開いた口を閉じることもできていない間の抜けた様子のピアソンに構わず、頬杖をついていたところから姿勢を正し、紫をベースにしたチェックのスカートを履いている腿の上に置いた手をしきりに握り直しもじもじとしながら、「私達、付き合っていたんでしょう」と言った。

    「看護師さんがそう言っていたの。でも、あなたは全然会いに来てくれないし、エマもスマホが壊れちゃってて、だから、どうやったらあなたに会えるのか分からなかったから、警察の人に無理を言って、連れてきてもらったの」

     副流煙に烟り薄暗い店内でもそれとわかるほどにそばかすの頬を赤らめながら、しかし、今度は意を決したように正面からピアソンを見つめつつ、「なんですぐに言ってくれなかったの」と、詰ると言うには真っ直ぐにそう言う彼女を前に、あまりの予想外に絶句していたピアソンはそこから適当に、あることないことを並べ立てようとした。
     それは自分のバイクで跳ね飛ばした結果、頭を打ったかして意識を失った彼女を慌てて病院に運び込んだときと、同じことをするだけの筈だった。赤の他人の現場をわざわざ手ずから運び込むことなんてないだろうと言われれば、じゃあそこらに放っておいて良かったのかよと答え、何で救急車を呼ばなかったのかとこれ見よがしに続けられれば、ぶつかった時に俺の携帯も吹っ飛んじまったんだよと返し、あんた見てただけだっていうのに、何であんたの携帯が吹っ飛ぶんだ、あんたがこの子を轢いたんじゃないのと続く、問いかけの形こそしているがほとんど断定系のそれには、そんなわけないだろう!と、声を高くしてはっきりと撥ねつける。
    『むしろ、当て逃げされたのはクリーチャー“たち”の方だ!』
     自分の“被害”、そして被害者との連帯を強調することで、他に“加害者”がいるように見せかけようという発想だったが、それを受けた看護師からの『この子とお知り合いなんですか?』という疑ってかかった眼差しと問いかけには、返答に詰まった。咄嗟に失策ったと思ったが、しかし、まだクリーチャーには打開のしようがある。
    『っつつつ、つ、付き合ってるなんて言ったって、あ、あんたがた、しっ、信用しないだろう!?』
     そこで、例の娘の父親――巨躯といって差し支えのない体格を持つ男が部屋に入ってきたのが見えたため、ピアソンは慌てて逃げ出そうとし、一悶着起きて、諸々が有耶無耶になったのだが。

    「っお、俺なんか、俺なんかと、つっ、つつつつ、付き合ってる、な、なんて、い、言われたってさ、あんた、あんたは、信じないに決まってるよ そっ、そうだろ?」
     でまかせを並べて適当な話を通すことは、ピアソンの日常で珍しいことでもなかった。しかし、彼女のガラス玉めいて澄んだ緑の目で、それも、少しの息も聞き漏らさまいと言いたげな真剣な態度で、じっと見つめられると、どうにも言葉に詰まり、返答に困った。
     無論、付き合っているというのはその場で口から出たでまかせに過ぎない。ここで素直に赤の他人といえば、自分の疑いが払拭できず面倒なことになるだろうと思ったから適当に言ったことだったが、それにしても若く可愛らしい、しかし可愛らしさの過ぎて鼻につくところのない、どこか垢抜けず素朴で、化粧っ気のないその少女は、わかりやすくピアソンの好みのタイプだった。
     小さいばかりの鼻にそばかすの頬、幼気な丸みを帯びた顎のライン、そして何よりも目だった。別段影を落とすまでもなく、ただそこにあって可愛らしい程度の睫毛に縁取られた、やたらと明るい緑の目。
    「あんたはさ、まだ、まだっ、わか、若くて、きっ、きお、きおく、記憶ソウシツだっていうんだろ、だか、だから、だから……何の、覚えも、ないんだろうし、そんな、くっ、クリーチャーとなんて、こ、こまっ、あー、困るだろう…………」
     ピアソンは間違っても女好きのする方ではなく、金銭の絡まない形で女性関係を持ったこともなかった。それでいて酷く居心地の悪そうに肩を竦めながらどもりどもり嘘をついているとき、ピアソンは(これではだめだろうな)という意識で頭がいっぱいになり、自己嫌悪に顔さえ顰めていた。何せ嘘を吐くときは、堂々と胸を張ることが肝要だと知っているからだ。
     ここで、ああそうだ、俺たちはあんたの言う通り付き合ってるんだから、今すぐこの場で服を脱げ、ぐらいのことを言い切った方がいいと、ピアソンは理解している。しかし、どうにも、あの目で見られていると思うと舌が絡まり、縮こまったような、肩身の狭そうな、情けない物言いしか出てこなくなった。何をやっているんだクリーチャーは、私はもっと上手くやれるはずだろう? きょうび施しを求めるにしたって、もっとマシな言い方がある!

     しかし、ピアソンにとっては意外なことに、今回に限っては、そのいかにも自信のない、顔を顰めて俯きがちになった卑屈な程の態度が、かえって、それも、存外に良かった――少なくとも彼女の目には、勝手に彼女の将来を案じ、勝手ながらに身を引こうとした男として映ったようだった。
    「言ってくれないほうが、その、エマは困るの……」
     貧相ながらも顎髭を生やしておきながら、年甲斐もなくやたらに視線を泳がせ、もじもじとしている男に向かって、エマは少し呆れたような調子で、しかしはにかみながらそう返した。
    「確かに今は、思い出せないけれど……でも、恋人なんでしょう? だったら、勝手にどこかに行かれるのは困るの。ちゃんと、話をしてくれなくちゃ」
     そう続けて柔らかく微笑みながら、アイスクリームのだいぶん溶けて濁ったクリームソーダに刺さったストローをかちゃかちゃと回しているエマを、ピアソンは、やはり茫然と見上げていた。

     思えば最初、出会いがしらに一目見た時から、可愛い女だと――若くて可愛らしいばっかりの、世間知らずな娘なんだろうなあと思っていたが、ここまでうまく運ぶとは、クリーチャーも思ってはいなかった。上手くいきすぎているのではないか? つまり、
    「……わた、私たちは、う、運命なのかもしれないなぁ」
     ケチャップで汚れた口端を親指で拭うついでに、下品なぐらいの角度でにやにやと上がっていた口角を隠しながら、顔色の良くはない頬を赤くしながら、妙に真面目な調子でピアソンはそう独り言ちた。エマにもその言葉は聞こえていたものの、あまりに直球な惚気めいた言葉をどう処理するべきかがすぐに浮かばなかった彼女は、聞かなかったことにするにしてはあからさまに恥ずかしがって俯きながら、濁ったメロンソーダを慌てて吸って誤魔化していた。


     嘘を吐いた張本人であるピアソンもそう長続きはしないだろうと思っていたものの、エマはピアソンの言ったことを疑いもせず、記憶らしいものを取り戻した様子もなく日々が過ぎた。
     それにはエマが見た目でパートナーを選ぶような性分ではなく、彼女がピアソンの性根というものを良くも悪くも勘違いしていて(例えば、彼の吃音や何かとあがりやすい性質は、それが自分の恋人だと思いこんでいる彼女の目には、無様というよりむしろ、相手に誠実であろうとする態度のように映っていた)、さらには、彼女の家庭にも若干の問題があった――彼女はその「家庭の事情」から、寮のある私立校に通っていたのだ。
     病室で片腕でピアソンを締め上げた件の巨躯の男は彼女の実父ではあるが、現在の父親ではなかった。両親の離婚とその後のごたごた――妻を奪われたことを恨んだ実父が義父に危害を加えかけ、裁判の結果収監されたこと等――によって、愛する実父から不本意に引き離され、彼女に対して(士業を営んでいるからか、金払いを惜しむことはないが)無関心な養父から家を追い出されるようにして寮に入れられ、かといって、自分の“復讐”に娘を巻き込む訳にはいかないと考えている様子の実父が連れ出しに来てくれるわけでもなく、現状に何かと思うところのあったエマにとって、真意はともかく親しげに(悪く言えば、馴れ馴れしく)接してくる年上の男というのは、欠落した父への愛着の代わりを埋めるのに都合のいい相手でもあった。
     エマが時折浮かぶその“おねがい”を受け入れられるかどうか不安な心持ちから肩を縮こまらせ、胸の前に寄せた手で自分の指を弄りながらもじもじしていることに気づけば、ピアソンは特段それを鬱陶しがるわけでもなく、「どうしたんだい」というようなことを言う。
    「あのね、その、だっこしてほしいの……」
     それに、エマが年の割に可愛らしいリクエストをしてみると、彼はそれに結果が伴うかは兎も角として、努力はした――痩せて骨ばった男の両腕で彼女の体をきつく抱きしめながら、(エマが期待したほど持ち上がりはしないものの、)材木を縦に持ち上げるときのやり方で抱き上げたりなんかして。

     彼のそういう格好のつかなさを、エマは好ましいと思っていた(なんとなれば、彼のそれを実直さであると勘違いしていた)し、ピアソンにとっても、垢抜けないが可愛らしい好みの顔立ちをした若い娘から、何かとちやほや纏わり付かれるのは悪い気はしなかった。その上、これを自分が騙して、一方的に搾取してやっているという感覚が、彼にこの上ない優越感を齎し、満足で寛大な支配者のように振る舞わせていた。有情な支配者の振る舞いは、保護者のそれと少なからず似通っている。
     寮で設けられている携帯電話禁止の時間を「まだ買い直していない」と言ってみたりルームメイトに誤魔化しに加担するよう依頼したり、何かと学校を欺いてまでして、時間になって連絡をしないと「ひどく怒る」という“狭量な”交際相手に付き合ってやったりせず、さっさと切れた方がいいと、エマの寮でのルームメイトであるトレイシー――彼女は彼女で、夜中の「実験」や、そのための部屋からの抜け出しにあたってこれまでに幾度となくエマの手を借りているため、彼女の偽装工作には協力せざるを得ない立場にあった――はしきりに助言したが、「ピアソンさんはね、寂しがりなの」と妙に嬉しそうに微笑むばかりのエマは、いっこうに聞く耳を持たなかった。
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    Replies from the creator

    @t_utumiiiii

    DOODLE公共マップ泥庭

    ※日記のないキャラクターの言動を背景推理等から捏造
    ※捏造荘園設定
    一曲分(泥庭) 大勢の招待客(サバイバー)を招待し、顔も見せずに長らく荘園に閉じ込めている張本人であるのだが、その荘園主の計らいとして時折門戸を開く公共マップと言う場所は、所謂試合のためのマップを流用した娯楽用のマップであり、そのマップの中にもハンターは現れるが、それらと遭遇したところで、普段の試合のように、氷でできた手で心臓をきつく握られるような不愉快な緊張が走ることもないし、向こうは向こうで、例のような攻撃を加えてくることはない。
     日々試合の再現と荘園との往復ばかりで、およそ気晴らしらしいものに飢えているサバイバーは、思い思いにそのマップを利用していた――期間中頻繁に繰り出して、支度されている様々な娯楽を熱狂的に楽しむものもいれば、電飾で彩られたそれを一頻り見回してから、もう十分とそれきり全く足を運ばないものもいる。荘園に囚われたサバイバーの一人であるピアソンは、公共マップの利用に伴うタスク報酬と、そこで提供される無料の飲食を目当てに時折足を運ぶ程度だった。無論気が向けば、そのマップで提供される他の娯楽に興じることもあったが、公共マップ内に設けられた大きな目玉の一つであるダンスホールに、彼が敢えて足を踏み入れることは殆どなかった。当然二人一組になって踊る社交ダンスのエリアは、二人一組でなければ立ち入ることもできないからである。
    5388

    @t_utumiiiii

    DOODLE※日記のないキャラクターの言動を背景推理等から捏造
    ※捏造荘園設定

    マーサが香水使ってたらエブリンさん超怒りそう みたいな
    嫌いなもの:全ての香水の匂い(広義のウィラマサでエブマサ) チェス盤から逃れることを望んだ駒であった彼女は、空を飛び立つことを夢見た鷹の姿に身を包んでこの荘園を訪れ、その結果、煉獄のようなこの荘園に囚われることとなった。そこにあったのは、天国というにはあまりに苦痛が多く、しかし地獄というにはどうにも生ぬるい生活の繰り返しである。命を懸けた試合の末に絶命しようとも、次の瞬間には、荘園に用意された、自分の部屋の中に戻される――繰り返される試合の再現、訪れ続ける招待客(サバイバー)、未だに姿を見せない荘園主、荘園主からの通知を時折伝えに来る仮面の〝女〟(ナイチンゲールと名乗る〝それ〟は、一見して、特に上半身は女性の形を取ってはいるものの、鳥籠を模したスカートの骨組みの下には猛禽類の脚があり、常に嘴の付いた仮面で顔を隠している。招待客の殆どは、彼女のそれを「悪趣味な仮装」だと思って真剣に見ていなかったが、彼女には、それがメイクの類等ではないことがわかっていた。)――彼女はその内に、現状について生真面目に考えることを止め、考え方を変えることにした。考えてみれば、この荘園に囚われていることで、少なくとも、あのチェス盤の上から逃げおおせることには成功している。
    8097

    @t_utumiiiii

    DOODLEクリスマスシーズンだけど寮に残ってる傭兵とオフェンスの象牙衣装学パロ二次妄想ですが、デモリー学院イベントの設定に準じたものではないです。
    the Holdover's Party(傭兵とオフェンス ※学パロ) 冬休み期間を迎えた学園構内は火が消えたように静かで、小鳥が枝から飛び立つ時のささやかな羽ばたきが、窓の外からその木が見える寮の自室で、所持品の整理をしている――大事に持っている小刀で、丁寧に鉛筆を削って揃えていた。彼はあまり真面目に授業に出る性質ではなく、これらの尖った鉛筆はもっぱら、不良生徒に絡まれた時の飛び道具として活用される――ナワーブの耳にも、はっきりと聞こえてくる程だった。この時期になると、クリスマスや年越しの期間を家族と過ごすために、ほとんどの生徒が各々荷物をまとめて、学園から引き払う。普段は外泊のために届け出が必要な寮も、逆に「寮に残るための申請」を提出する必要がある。
     それほどまでに人数が減り、時に耳鳴りがするほど静まり返っている構内に対して、ナワーブはこれといった感慨を持たなかった――「帝国版図を広く視野に入れた学生を育成するため」というお題目から、毎年ごく少数入学を許可される「保護国からの留学生」である彼には、故郷に戻るための軍資金がなかった。それはナワーブにとっての悲劇でも何でもない。ありふれた事実としての貧乏である。それに、この時期にありがちな孤独というのも、彼にとっては大した問題でもなかった。毎年彼の先輩や、或いは優秀であった同輩、後輩といった留学生が、ここの“風潮”に押し潰され、ある時は素行の悪い生徒に搾取されるなどして、ひとり一人、廃人のようにされて戻されてくる様を目の当たりにしていた彼は、自分が「留学生」の枠としてこの学園に送り込まれることを知ったとき、ここでの「学友」と一定の距離を置くことを、戒律として己に課していたからだ。あらゆる人付き合いをフードを被ってやり過ごしていた彼にとって、学園での孤独はすっかり慣れっこだった。
    5375

    @t_utumiiiii

    DOODLE象牙衣装泥庭二人とも怪我してるみたいで可愛いね🎶という趣旨の象牙衣装学パロ二次妄想(デモリー学院イベントの設定ではない)です
    可哀想な人(泥庭医 ※学パロ) 施設育ちのピアソンが、少なくとも両親の揃った中流階級以上の生徒が多いその学園に入学することになった経緯は、ある種“お恵み”のようなものであった。
     そこには施設へ多額の寄付したとある富豪の意向があり、また、学園側にもその富豪の意向と、「生徒たちの社会学習と寛容さを養う機会として」(露悪的な言い方になるが、要はひとつの「社会的な教材」として)という題目があり、かくして国内でも有数の貧困問題地区に位置するバイシャストリートの孤児院から、何人かの孤児の身柄を「特別給費生」として学園に預けることになったのだ。
     当然、そこには選抜が必須であり、学園側からの要求は「幼児教育の場ではない」のでつまりはハイティーン、少なくとも10代の、ある程度は文章を読み書きできるもの(学園には「アルファベットから教える余裕はない」のだ)であり、その時点で相当対象者が絞れてしまった――自活できる年齢になると、設備の悪い孤児院に子供がわざわざ留まる理由もない。彼らは勝手に出ていくか、そうでなければ大人に目をつけられ、誘惑ないしだまし討ちのようにして屋根の下から連れ出されるものだ。あとに残るのは自分の下の世話もおぼつかないウスノロか、自分の名前のスペルだけようやっと覚えた子供ばかり――兎も角、そういうわけでそもそも数少ない対象者の中で、学園側が課した小論文試験を通ったものの内の一人がピアソンだった。
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    recommended works

    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
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