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    hanakagari_km

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    hanakagari_km

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    フェルレスのなにかだった 彼女の涙を見たのは、彼女の父ジェラルトを喪して以来初めてのことで、ベレスの頬を伝う涙を見ながら、フェルディナントは開けた扉を閉めるのを忘れて立ち止まってしまった。
     ここは厩に隣接する倉庫だ。薄暗く、土埃と切り藁の匂いが充満しており、お世辞にも清潔とは言えない場所。
     そんな倉庫の一角でしゃがみこんで、ベレスは涙を流していた。
     厩の掃除用具を手早く壁に置き、駆け足で近寄るとベレス同様にしゃがみこみ、フェルディナントは腕を伸ばす。
     だが触れてもよいものか迷い、結局は肩の少し手前で手が止まってしまった。
    「先生、どうしたのだ。体調でも悪いのか?」
    「フェルディナント……どうかした?」
    「いや、それは私の台詞だろう。苦しいのか? 怪我を?」
     手を伸ばせば力強く取られるので一先ずは安心して立たせる。振動でぽろりと彼女の目尻から新たな涙が溢れた。
     ベレスが泣いている。彼女は戦場で味方を多く戦死させたとて涙を零さず気丈に立ち上がる、強さの象徴のような存在だ。
     弱音や不満を口にすることはなく、常に前を向いて歩く姿にどれだけの人が救われたことか。
     フェルディナントとて、士官学生時代にエーデルガルトに対抗するべく一人で魔物を狩ってみせると豪語し、情けなく敗北をきしたその時に助けてもらっている。
     それだけではなく彼女の副官を命じられた時も、武功を立ててみせると意気込み空回る己を、何度となく救ってくれた。その度に、自分の至らなさを痛感し、そこまで開いていないはずの年の差を歯がゆく感じた。
     もしも自分が彼女と同じ年齢であれば隣に立ち、背を預けるほどに頼ってもらえたのだろうかと、夢想せずにはいられない。
     強く逞しく、へこたれることのないベレス。彼女を泣かせたのはなんなのか。
    「やられた」
    「誰にだ!」
     彼女を負かす存在がいるとは到底思えないが、やられた、ということは敗北をしたということだろう。
     負ける悔しさは、確かに落涙を伴う激情だ。
     フェルディナントは慰めようとベレスの手を力強く握る。
     たとえ誰に敗北しようとも、彼女が黒鷲遊撃軍の指揮官であり、優秀な指導者であることは違いない。
    「先生、誰にやられたというのだ。教えてくれ!」
    「……花粉に」
    「花粉、そうか花粉か! ……え、花粉?」
     ベレスで歯が立たないのであれば、自分では太刀打ちできないかもしれないが、もし可能であれば一矢報いてみせようと考えていた計画が全て飛んでいってしまった。
     かふん。か、ふん。かふ、ん。
     あの花の奥に詰まっている粉のことだよな、と首をかしげて、あれに負けるとは? と更にフェルディナントは首をかしげた。
    「この間まで寒かったから、油断した」
    「あ、ああ」
    「暖かくなって来ると奴が飛ぶと分かっていたのに、警戒を怠ったのが原因だね」
    「そう、なのか? ちなみに先生、その花粉とやらにどうやって負けたのだろうか」
     へぷち! とベレスがくしゃみをした。
     ごめん、と言い終わる前にまた、へくち、へっぷちーん! と続けざまにくしゃみをして、顔を覆うベレス。
     二度、三度であれば気にもしなかった、五度、六度と続けば大丈夫かと気になり出すし、再びベレスがしゃがみこんでしまうとフェルディナントはオロオロと周囲を回ることしかできない。
     まるで犬ではないかと思えども、他にできることがないのだ。
    「うう、ぐしゅ……ごべん。ベルディダンド」
     きちんと相手の名前すら言えなくなるベレスは、再び涙を流していた。
     花粉とは、読んで字のごとく花の粉だが、木から出るものも多くある。
     この場所でくしゃみが止まらないということは、つまり倉庫にある何かがベレスのくしゃみと涙の原因だ。
    「先生、ここにいては駄目だ。出よう」
    「駄目」
     次は咳き込んで苦しそうに息をするベレスは、軍師の立場なので、花粉に負ける情けない姿を周囲に晒すべきではないと訴えてきた。
     だがこの場所にいる限り、症状が治まることはない。
     花粉の脅威にさらされたことのないフェルディナントには、ベレスの苦しみを理解することはできないし、取り除くこともまた不可能だ。
     出来ることといえば。
    「では先生、少しばかり失礼するよ」
    「――!?」
     着ていた上着と外套を外し、しゃがんでいるベレスをひょいと持ち上げ、しかと腕に抱き込むと上から上着を被せる。
    「フェルディナント?」
    「苦しいかもしれないが、少しばかり我慢してくれ」
     掃除用具は改めて片付けに来ればいいと小屋を出、ベレスの自室に足早と向かう。途中、視線を集めはしたが、見られることには慣れているし、腕の中に抱え込んだ人間が誰かなど学友の面子でなければ分かりはしないだろう。
     中庭を素早く通り抜け、学生寮まで来ると、ベレスの部屋はすぐそこだ。
     とりあえずは部屋に送り届けようとする眼前に、ちょうど良く現れたのはベルナデッタであった。
    「あれ、フェルディナントさん? 何を抱えて」
    「いいところに! ベルナデッタ、私と一緒に来てくれたまえ」
    「ひぇええ!? ベ、ベル何もしてませんよぉ~」
    「先生の一大事だ」
    「!? ……なんだかよく分かりませんけど、分かりました!」
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