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    hanakagari_km

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    hanakagari_km

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    なんか書いていた エーデルガルトが手渡した書類に目を通しながら、ヒューベルトは顔をしかめた。
     文面を目で追い、最後まで読み切ると書類を執務机に戻す。
    「"邪神隠し"とは、前途を行った歴史者たちも奇体な名を付けたものですな」
    「エーギル領のセス村で子供が幾人も失踪している。これはフォドラに古くから伝わる怪異事件と合致するわ」
     肯くと部屋の後方、扉を見やったが開く気配はない。
    「フェルディナント殿は」
    「師と共にセス村に向け、先発しているわ」
     ヒューベルトは再び書面に目を落とした。
     事件が発見されたのはエーギル領の南端。セス村という小村で子供の失踪事件が相次いで起こった。それだけならば村、広がっても領内で対処すべき問題だ。皇帝にまで話が昇るほどのものではない。だが失踪者の近くに奇怪な模様が刻まれたとあっては
     こと子供の失踪事件については状況が違った。
     これは先帝であるイオニアス9世、さらにはその前から不定期に起こる事件なのだ。
     子供が立て続けに失踪し、惨たらしく惨殺された姿で発見される。一度のみならば噂でとどまっただろう、しかし過去幾度にも渡って子供の集団失踪事件は起きているのだ。
     犯行が行われる場所や時期はまばらで予測がつけられず、旧ファーガス神聖王国、旧同盟領内でも起きていると聞く。そしてその全てにおいて、首魁はいまだ、明るみに出たことはない。。
     今回はエーギル領だが、前回はヴァ―リ領で起きていたはずだとヒューベルトは考えを一度止めた。
     エーデルガルトの美しい紫水晶の瞳が苛立つ感情を抑えながら揺れている。
    「私たちはこの事案について、残留資料以上のことを知らないわ。既知の者となるとヘヴリング伯やベルグリーズ伯かしら。早馬を飛ばして急ぎ登城するよう申し付けているけれど、ことは一時を急ぐわ。まだ子供の死体が出ていないらしいけれど」
    「死者が出たときには、ことが為された後でしょうな。兵を出そうにも、敵が潜伏場所を特定できぬのであれば、下手に刺激をしかねませんし」
     そもそもに、子の失踪事件が人の仕業であるのかどうかも不確かなのだ。ヒューベルトにしてみれば人以外の誰がことを起こすのだと思うのだが、世論はそうではない。知見されず多くの子を浚い、惨たらしく残虐するなど道徳を持った人の所業ではないと考える者が後を絶たないのだ。それが子を奪われた親に対する慰めであることも否定はしない。人外の力により、あるいは運命だと示されたならば、愛しい者の死を認めることができる。そうして無理やりの決着を自身につけ、精神の安定を図るのだ。
     しかし、そんな行為に意味などない。結局のところ、解決を見せなかった散々な事件は続く事件の影を消しはしないのだから。
     ともかくこの事件については人外の、たとえば邪神などよる人への罰だと噂が平民内で広まり、ついには事象に名がついたその名が『邪神隠し』だ。
    「帝都の書庫室なら、私たちが知らない情報が残されているかもしれないわ。貴方の配下の者で当たってほしいのだけれど」
    「承知いたしました。情報収集に長けたものを呼びつけます」
    「ありがとう。まだ邪神隠しであるとは断定できないけれど」
    「疑ってかかるべきでしょうな。違った場合は杞憂で済んだと喜べばよいのです」
     ええ、と頷いてエーデルガルトは額に手をやった。
     彼女の元には難題が集まることが常だ。帝国民の問題を一つ一つつぶさに手にして時間をさけることはない。だがそれでも世のためと身を粉にして働く彼女をヒューベルトは誇りに思っている。
     ただ、すでに十分すぎるほどに働いているのだ。昨日の就寝時間も、けして褒められたものではなかったはず。常時より問題は山積している状況下で、これ以上の負荷をエーデルガルトにかけるものではない。
    「陛下、此度の件、私に一任いただけないでしょうか」
    「駄目よ。これは先代、先々代、それよりも遥か昔から続く皇帝への挑戦だわ。私が事に当たるのが筋でしょう。民に噂が広まった時、皇帝が手を打っていなかったと知られるのは醜聞的によくないわ」
    「表立っては陛下が為されたと公言されればよいかと。これ以上、お体に負荷をかけられるのは看過できかねます」
    「貴方にだけは言われたくないのだけれど」
     そらも休んでいないだろうと言い返され、ヒューベルトはどこ吹く風と苦笑した。問題が山積し、手が回らない状態であることは間違いないが、自分はこれでも定期的に休んでいる。
     フェルディナントが茶会をするぞ! と折を見ては誘いに来るのだ。そのたびに、小休憩を挟んでいる。
     士官学校時代では考えられないほど、自分的には十分すぎるほどに休息は得ている。彼との会話の時間は、心にも体にもゆとりを持たせてくれるのを実感している。
    「私は大丈夫ですので」
    「私だってそうよ」
     折れる気はないのだろう。エーデルガルトの瞳が強くヒューベルトを貫いた。これ以上の会話は無駄かと小さく息を吐いた。
     一度決めたことを撤廃する主ではないのだ。意地でも、それこそ這ってでも動くのだろう。であれば己はその負担を最小限にとどめるべく策を練らなくてはいけない。
    「仕方がありませんな。では私はヴァ―リ領へと赴き、ベルナデッタ殿より当時の状況を聞こうと思います」
    「お願いするわ。未来ある子供たちを犠牲になどしない。けして」
     

       ◆   ◆   ◆


     フェルディナントは焦っていた。
     エーギル領はセス村に着いたのは昨夜のことで、早朝より聞き込みを開始しているのだが、村人はみな口をそろえて分からないと言うのだ。子供が消えたことは事実としてあった。だがその子が消えた経緯が一向に見えてこないのだ。
     消えた子は全員で4人。全て10代に満たない子供たちで、親たちは血相変えて村中を、さらには近隣の村までも探したらしい。
     豊かな自然が多いエーギル領内だが、セス村は北方に険しい山脈を頂いていた。東には百合の花が絶景だというディーズ渓谷がある。どちらも人が奥まで踏み入ることのない自然豊かな土地である。だからこそ、何者かが潜むこともできてしまう。
     ただ村から山や渓谷までの道なりには何もない。寂しいと言っていい程のあぜ道だ。長閑な田畑があり、作業に出ている農家の者もいる中で、子供を連れて行方を晦ますことなど不可能だ。
     だというのに目撃者は一人も出てこない。二人目の失踪者に至っては、一人で村の外に出ていく姿が確認されているが、まさか自らが進んで連れ去られに行くはずもない。
     どうなっているのだとフェルディナントは失意に顔を伏せた。
    「フェルディナント、荒唐無稽な思い付きなんだけど、聞いてくれるか?」
     事情を聴いていた羊飼いの女を見送ると、ベレトがそう告げた。フェルディナントは頷いて近づく。
    「もちろんだとも先生、今はどのような忌憚ない意見であろうとほしい」
     うん、と表情が読みにくい顔でベレトは少しばかり悩んでいた。彼が迷うのは珍しい。
     こちらへとベレトが手招きするので人気のない大樹の下に移動する。
     さあさあと温かな風が流れる村は平和そのもので、失踪事件があるなど信じられないほどだ。
     ベレトはこつこつと眉間を指で叩いて口を開いた。
    「洗脳、というのは考えられないかな」
    「洗脳だと!?」
     つい大声で返した自分の声にフェルディナントはしまったと口を紡ぐ。あたりを見回したが人影はなかった。
     しーとベレトは人差し指を口元にかざして叱ってくる。済まないと頭を下げると微笑んで許された。
    「ああ、村人の意見を聞く限り、誰かが子供を連れ去った線は考えにくい。こうなると二人目の失踪者であるフィオの目撃証言にあるように、自分で村を出たとしか考えられない」
    「しかし先生、まだ10にも満たない子供たちだぞ? それこそ大人が許さないではないか」
    「子供というのは悪知恵が働く生き物だ。小さな子たちだけが知っている大人の知らない抜け道なんてものもある」
     貴族の自分では考えられない話だが、そういうのもあるのだろう。ベレトは自分より平民と過ごした時間は長いはずだ。それこそ、身分の垣根なく彼らと接していたはず。そんな恩師が言うのであれば一考の余地はある。
    「だが、それではどのようにして子供たちを洗脳するというのだろうか。村には他所から人が来てはいないと聞いているが」
     来訪者は来ていない。
     新しいよそ者など、それこそフェルディナント達くらいだろう。
     まさか、村を行き来する隣村の者か。であれば調査の量が半端なく増えてしまう。それ以前に、村に訪問した相手のことなど、帳面につけているはずもないので分かるはずもない。
     そもそも、平民の中で識字しているのは商人くらいだろう。
    「俺はパン屋が怪しいと思ってるんだ」
    「パン屋だと? しかし彼は気の弱そうな、どことなく病弱な印象を受けたのだが」
    「ああ。話をしている最中、視線を合わせてみたんだが、彼はちっとも俺を見なかった。いや、相手は俺の方を見ていたんだが、なんというか意識が傍にないような、どことなく夢を見ているような。済まない、うまく説明できないんだが」
    「いいんだ。続けてほしい」
    「ああ。俺はそういう手合いに会ったことがある。それが」
    「洗脳された人間だった、と?」
     そう、と再びベレトは頷いた。
     どこかで洗脳された大人が、村内の子供をさらに洗脳して村外へと誘導する。そうしてどこかにいる暗躍者たちが子供たちを受け取る、とベレトは説明した。
     だがそんなにことが上手くいくだろうか。
     フェルディナントが不振がっていることを見透かし、ベレトは言葉を続ける。
    「上手くいかなくてもいいんだ。暗示をかけた全員が失踪しては、それこそもっと早く異変に気付いただろう。不確かに暗示がかかるからこそ、発見が遅れた。そしてそれこそが犯人の狙いだ」
    「先生は邪神隠しを人の仕業だと思っているんだな」
    「人以外に誰がするんだ?」
     きょとりと目をしばたかせるベレトにフェルディナントは苦笑を漏らした。
     実をいうと、自分も少しだけ人ならざる者の仕業ではないかと考えていた節があるのだ。そうであれば、惨たらしく発見された子供たちに対し、また間に合わなかった者に対し、慰めができるから。
     人ではない、それよりも強大で絶大なる、運命とも呼べる意志によりことが起きたのならば、あるいは諦めもつくのではと。
     だが目の前で、自分の代で事が起きたとき、その考えは握りつぶして大海へと捨てた。いまこの時にも幼い命に危険が迫っているのだと思えば、食事も満足に喉を通らない。
     泣き崩れた母親と、わが子を探し疲れた父親が寄り添いあう姿を見て、平然といれるはずもなかった。
     人の所業なのだ。心無い誰かが幼子をかどわかし、嬲り殺しにするのだ。であればこの手で、救うべき民たちのために、武力にて相手を制圧できる自分が立たなくてはいけない。
     犯人が分からぬなど腑抜けたことは言いたくなかった。足が棒になり折れるまで探しつくし、必ずや子供たちを発見しなくては。
    「あと、パン屋は定期的に読み聞かせを行っていたそうなんだ」
    「読み聞かせ?」
    「うーん、吟遊詩人の朗読版、かな。村には本なんて高価なものはないから、物語を知っている大人が子供たちに読み聞かせをしたりするんだ」
    「……私は、自領のことだというのに、彼らを何も知らないな」
     知りたいと思えども、手が届く範囲はごくわずかで、そのわずかさえ掴めずにいる。
    「住む場所が違えば、知る知識に偏りが出るのは仕方がないことだ。フェルディナントはフェルディナントから見える知識と常識で彼らを探してくれ。そうすればもっと視野は広まるから」
     無駄ではないとベレトが背を強く叩いてくれた。
     

       ◆   ◆   ◆


     ヴァ―リ領、ベルナデッタがひきこもる場所に選んだ屋内にてヒューベルトは家主の登場を待っていた。
     だが扉を開けて姿を見せたのは、ベルナデッタと結婚したフェリクスであった。彼は応接室で待つヒューベルトの元に、数冊の資料を置いた。
    「これがヴァ―リ領で起きた邪神隠しの資料らしい。といってもすでに200年は前の話だがな」
    「ご協力に感謝します。ベルナデッタ殿は」
    「あいつは邪神隠しについては知らなかったらしい。事のあらましを聞いたら目を白黒させてひっくり返った」
     惨殺された子供の詳細でも話したのだろうか。
     もとより、ベルナデッタから情報が出てくるとは思っていないヒューベルトは手元に置かれた資料を開く。
     冊子としてまとめ上げられている内容は、さすが200年前といわざるを得ない内容だった。ここから新たな情報を得るのは困難かもしれない。
     給仕のメイドが茶を置き退出するのを待ってフェルクスは顔を上げた。
    「おい」
     資料を読んでいるヒューベルトは視線を外さず返事を返した。
    「なんでしょうか」
    「ファーガスで起きていた邪神隠しについて貴様はどこまで知っている」
     
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