カナリアの夢 ふわりと鼻先を擽るリネンウォーターの香りに、ドラルクは強張っていた身体からゆるゆると力が抜けていくのを感じて寝台に沈み込んだ。
滑らかな肌触りのパジャマとシーツ、枕からも優しいラベンダーの香り。すっかりと整えられた寝室は、疲れた身体を穏やかに眠りへと誘ってくるようだ。
間接照明に切り替えられているのがにくい演出だ。見事に整えられたお世話に、畏怖さえ抱きそうになる。どこまでこの男は成長してしまうのだろう。
「……寝そう……」
「……いや、寝かしつける為にやってんだから、寝ろよ……」
不本意そうに眉根を寄せるドラルクに、布団を掛けながらぽんぽんと胸元を優しく叩きながらロナルドは穏やかな声で囁く。
「ヤダヤダ、まだ寝ない……」
「なんで意地張ってんだよ……」
とろんと瞼を落としそうになりながらも、イヤイヤと駄々を捏ねるドラルクの手を取り、するすると柔らかくオイルを擦り付けて行く。指先まで包み込むようにして両手で挟み、熱を伝えるように柔らかく擦り合わせる。
優しいマッサージに、指先まで血が巡る感覚。両手のマッサージを終えると、脚へと。
足の指の先までポカポカしてくる感覚に、心地良さそうな吐息がドラルクの唇を震わせる。いつの間にこんな技術を。
心労の貯まる職務に就き、更には問題児と思しき恐ろしい吸血鬼の監視まで命じられて、日々精神をすり減らす事になるだろうと、この生活が始まった当初は思っていたというのに。
力加減など壊滅的だろうと思っていたこの吸血鬼は、意外な器用さでそれを身につけてこなすようになった。そのハイスペックさに、イケメンチートと世の中の理不尽さを感じたもなだったが、そのチートイケメンが今や自分のものになるだなんて、ドラルクには想像もつかなかったことである。
「あー……ヤダヤダ、気持ちいい……」
寝ちゃう、寝ちゃう、とむずがるドラルクに秀麗な顔か笑う。
「連勤だったろ、寝て良いんだって」
「やだ……」
余程眠いのだろう。やたら子供じみた口調と声音で嫌がるドラルク。貯まった疲労が思考能力を完全に落としている。
これは一刻も早く落とさねばと決意するロナルドの心も知らず、ぐりぐりと柔らかい枕に頭を擦り付けて甘えるドラルクは、風呂上がりの所為もあり普段かっちりと固めている髪は崩れてより幼い印象を与える。
「なんでそんなに嫌がってんの……」
苦笑混じりで、マッサージを終えたロナルドがそっとドラルクを引き寄せる。素直に身を任せたドラルクは、今度はこちらとばかりに腕へと頭を擦り付ける。
「だって、折角自由になったのに、勿体ないじゃないか……」
「勿体ないって、何が?」
「折角、ロナルド君とイチャイチャできるのにー……」
「ミッ⁉︎ お、お前、やめろよ、そういう不意打ち!」
「起きてないともったいない……」
可愛いことを言い出す様に、理性と欲望がせめぎ合い、ぐぬぬ、と喉の奥でロナルドは呻く。しかし、ここまで思考能力を吹っ飛ばす位にドラルクは蕩けた状態だ。最中に寝落ちされる可能性も大いにある。寝かしつけるつもりで始めた一連のお世話なので、それはそれで目的達成ではあるのだが、そこから一人で処理するというのはあまりに虚しい。
「ゆっくり休んでさ、起きたらいっぱいイチャイチャしようぜ。なんでも好きなことしてやるからさ」
「んー……」
頬や目元に降るキスに融かされて、とろとろと瞼が落ちて行く。
うん、と小さく頷く姿にロナルドは笑う。
「じゃあ……青姦しよ……」
「ホワッ⁉︎」
ぼそりと呟かれた発言に思わず声を上げるが、既に限界だったらしいドラルクはもう夢の中だ。
「おい、おまわりさん……」
捕まったらとんだ不祥事だろうが、とドラルクの脳内がものすごく心配になるロナルドだ。
連日の勤務にすっかり心を壊されている。もう少しちゃんと休ませなくては。
色々欲求不満なのかなぁ、と眉根を寄せながら眠る痩身を抱き寄せて温めるように抱き締める。時々ぶっ飛んだ事をやらかす恋人に、ロナルドは振り回されっぱなしだ。
起きたら、もっと労ろう。
湯たんぽに専念しながらその寝顔を堪能して、ロナルドは決意する。
睡眠不足を解消すれば、きっとこんな戯れなんか忘れてしまっているのだろうけれども。
大人としての顔だけじゃなく、こんな風に甘える顔も見せるようになってくれたのは、それだけロナルドの事を頼ってくれているからなのだと。
もっと甘やかして、蕩けさせて、自分がいなきゃダメな位にダメにしたい。吸血鬼としての執着を見せる今のロナルドの表情は、畏怖に値するものだろうけれど、それを見せたい相手は夢の中。
忠実なる番犬は、今日も愛しいカナリアの夢を護るのだ。