仁科さんって、なんで笹塚さんに対してだけそんな鈍いんですか?(笹仁)「……今回だけだぞ」
「よかった。じゃあクライアントにもそういう方向で伝えておくから」
幾度となく見てきたこの光景。ネオンフィッシュ名物、仁科が頼めば最終的に折れる笹塚の図。
この場面に何度も遭遇してきた朝日奈は思った。『仁科さんが言えば、笹塚さんはなんでもしてくれるのではないか』と。
「仁科さん、仁科さん」
面白いことに気づいてしまったと、朝日奈は早速仁科に声をかけた。そして仁科にことの経緯を耳打ちし、「笹塚さんに無茶なお願いをしてみてほしい」と伝えた。
「別に、そんなに笹塚俺に甘くないと思うけどな。誰に対してだって変わらないやつだよ」
「そうですかねぇ……?」
「そうだよ。とても俺には扱いきれる相手じゃない」
じゃあ今まで見てきた笹塚は何だったんだと、朝日奈は首を捻った。
「まぁでも、コンミスからのお願いだからね。成功はしないと思うけど、やってみるのは別に構わないよ」
そういった経緯から、【検証:笹塚創は仁科諒介のお願いならなんでも聞いてくれるのか】が始まった。
「笹塚。悪いな、急に出てきてもらって」
「別に。で、なに?」
まずは笹塚の呼び出しに成功した。朝日奈は二人が見える物陰から、ドッキリ札を持って様子を伺う。
※なお、()内は読み手の想像で補完していただきたい。決して考えるのが難しかったからではない。読み手にクリエイティブを楽しんでもらいたいだけである。
「実は……(なんか複雑な事情説明)」
仁科の話を、笹塚は真剣に聞いている。そして仁科は、嘘情報を流れるように話した。
「それで……(なんか無茶苦茶なお願い)」
「…………」
仁科の話を聞き終えて、笹塚は沈黙する。
これは、この間の後にいつもの「今回だけだぞ」がくるパターンか!?
朝日奈は、笹塚の言葉を待つ。
「無理」
「まぁ、だよな。けど、そこを承知で、なんとかならないか?」
「やるつもりない。じゃあ、作業に戻る」
「わかったよ。……ちゃんと休憩取れよ」
「ん」
そうして、検証失敗に終わったかのように見えた。
……が、笹塚が去っていく途中、朝日奈が隠れている方を見た。笹塚と朝日奈の目が合う。
笹塚は、朝日奈に対して何を言うわけではなく菩提樹寮の自室に帰っていった。
けれど、朝日奈は確信した。
今回のお願い、仁科さんからじゃないってバレてる……!!
仁科は笹塚が完全にその場から去っていったのを確認すると、朝日奈の方に歩いてきた。
「ね?ダメだっただろ」
穏やかな笑みを作って朝日奈にそう言った仁科は、笹塚が、今回のお願いが仁科からではなく、朝日奈からのお願いであることに気づいていたことを察している様子はない。微塵も、ない。
「何も面白いものを見せてあげられなくて、ごめんね?」
しまいには、そんなことを言う仁科に対して、朝日奈は思った。
いーや????
むしろあの誰が聞いても本当と思ってしまいそうな仁科さんの話術に嘘を見出したあたりとか、そもそも作曲作業中に仁科さんからの呼び出しがあったら部屋から出てくるあたり……
ネオンフィッシュ、いいもん見せてもらったよ……。
だけど、ひとつだけ思うことは。
「仁科さんって、なんで笹塚さんに対してだけそんな鈍いんですか?」
「え、何?どういうこと?」
まぁでも、こういうところがネオフィのいいところだよね……。
朝日奈は笑みを浮かべ「なんでもないです」とだけ返した。