やっぱり君がいちばん-ちょっとだけ喧嘩Ver-※新城さんの例のバナーネタ。
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「いやーお姫様抱っことか初体験だったぜJaja!!」
新レジェンド・ニューキャッスル。彼を囲んでワイワイとしている最中、離れてその様子を眺めていた。無論、俺以外にも距離を置いて静観しているものはいるが、だからと言って静観者同士で話すこともなく、各々が時間を潰している。
騒ぐ輪の中から聞こえてきたのは恋人の声。
(初体験……)
そのワードに少しだけ心がザラつく。みっともない嫉妬心が首をもたげてしまいそうになって、深呼吸して無理矢理心を落ち着けようとしても、大して意味を成さない。
こちらの葛藤も露知らず、オクタンは件のバナーを撮影した時の話をしている。そのうち誰が言い出したか、オクタンを姫抱きできるかどうかで言い合いになり、試した方が手っ取り早いとオクタンお姫様抱っこチャレンジが始まってしまっていた。
(俺だって)
できるものならしたい。ゲームに参加し始めてかなり筋肉はついたし、小柄な女性レジェンドなら運べるだろうが、そもそもオクタンと大して身長差もなければそこまでの体格差はない。
何とか抱っこできたとしてもその後で無様な姿を晒すのは明白だった。
軽々とオクタンをお姫様抱っこしていく他の男性レジェンドと、何故か拒否もせず大人しく他の男の腕に抱かれている恋人を見ていられなくて視線を落とす。
(ダメだ……。ハックの調整でもするか)
思い立ったが吉日と言わんばかりに、さっさと立ち上がって充てがわれたブースに足を進める。シンと静まりかえっているブース内のチェアに腰を落ち着けてハックを取り出すと外からカチャカチャと独特な足音。通り過ぎずに、自分のブースの前で止まる。控えめなノックの後、少しだけ落ちた声色で呼びかけられた。
「クリプト?」
「何だ」
自分で思っていたよりも冷めた声が出て、内心慌てる。こんなの八つ当たりでしかない。開けたドアの隙間からこちらの様子を伺って、逡巡した後するりとブースに入ってくるのが視界の端に映った。
「や、急にどっか行くから。体調でも悪いのかと思って…」
「別に、何の問題もない」
「……なんか怒ってる?」
「どうして?」
「だってなんか、怒ってる」
「怒ってない」
「じゃあなんでこっちみてくんねぇの」
「…………なんだ」
ハックを無意味に触っていた手を止めて顔をオクタンに向ける。目は合わせられなかった。余計なことを言ってしまいそうで。
「…俺なんかした?」
「お前は何もしてないだろ」
「嘘つき。怒ってるじゃねぇか」
「だから怒ってない」
お前に怒ってるわけじゃないんだ、オクタビオ。自分の不甲斐なさと心の狭さに嘆いているだけだと言えたらどんなに簡単か。プライドが邪魔して言えない言葉はため息になって部屋に溶ける。
「…………っお、おこってる…」
「しつこいぞシルバ」
このままじゃオクタビオに八つ当たりしかねない、いやむしろもう八つ当たりしてしまっている。ブースから出て、みんなのところに戻ってほしくて、調整する必要もないハックにまた手を伸ばす。
「…えぐっ……おごっでー!ぅっ、」
「っ!?な、何で泣くんだ」
「ぐっ、お、バカだか、ひくっ、ひうっ、ってくれきゃ、わかん」
「だ、だからお前は悪くないと」
「で、おごっ、てだろ〜ぅぇえっ」
「怒っていたわけでは」
「じゃなんなんだ〜!なんで機嫌悪いんだよ!!ばかぁ!」
火がついたように泣き出したことに驚きつつも、ばか、ばかといいながらぼろぼろ涙を流し続けるオクタビオを腕の中に閉じめれば、ぽかぽかと痛くも痒くもない力で胸を叩かれる。努めて優しく頭を撫でながらつむじにキスを何度か落としていれば、落ち着いたらしいオクタビオが俺に問うてきた。
「……なんで、機嫌、悪い」
なんでちょっとカタコトなんだ。恋人の可愛らしい一面に口角が自然と上がる。かわいい恋人を泣かせてまで守るプライドは無駄だな。
「みんなが羨ましかっただけだ」
「みんな?」
「俺だって、…その、なんだ、お姫様抱っこ?、とか…うん」
いい歳した年上の男が聞いて呆れるよな……と羞恥で尻すぼみになる言葉にオクタビオはキョトンとしてこちらを見つめてくる。睫毛についた涙と、まだ瞳に残っている涙の膜がきらきらと光を弾いている。
「……俺のこと姫抱っこしたかったのか?」
「あー、まあそりゃぁ……な?」
無防備な唇にキスしたい…とか不埒なことを考えながら答えていれば、急に首に腕を回されて、オクタビオが体の向きをかえる。
「すりゃいいだろ?ん」
「いや、流石に無理が……」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!せーの!おりゃっ」
「っちょ!!!ぅぐっ…!!」
慌ててオクタビオの動きに合わせて背中と膝裏に手を回して、なんとかギリギリで体勢を保つ。いや、これはっ、厳し……。
「Jaja‼︎ギリセーフってとこだな!」
ケラケラと悪戯が成功した子どもみたいに笑う恋人に、促されてさっきまで自分が座っていたチェアに蹌踉めきつつ座る。チェアに座った自分の膝の上に横向きにオクタビオが座っている状態だ。
「ふふん、俺たちにはこれがちょーどいいぜ」
「そ、うだな……」
「落ち込むなって!こっちのが気兼ねなくイチャイチャできんだろ?」
「まあ…」
蹌踉めいたことに流石にショックが隠せない。鍛えよう。ちょっとくだらないプライドのためにも。心でそう決意していれば、さっき泣いていたのは何処へやら、ご機嫌で人のハックで遊んでいるオクタビオが声を上げる。
「あっ、俺みんなに嘘ついちまった」
「嘘?」
「これもお姫様抱っこのうちに入るんなら、ニューキャッスルが初めてじゃねぇもん」
「これはその定義に含まれるのか?」
座っているだけだから抱っこには入らないのでは?と思いつつも、この状態が定義に含まれるとオクタビオの言う嘘が繋がらなくて首を捻る。
「んー入るってことでいいんじゃね?そしたら俺のハジメテはー」
しばらく考える素振りを見せた後、ニカッと笑う嬉しそうなオクタビオの笑顔が太陽みたいにまぶしくて。
「お前だぜ、クリプト」
ーやっぱり君がいちばん最初ー
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受けを泣かせてしまいがち。でもハピエンが好き〜〜
2022−06−11 一生休日
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2022-08-31 一生休日