母の日(燐ニキ)「母の日か」
ニュースを見ながらぽつりと呟くおにいさん。
今日は日曜日だったからいつもより遅めの朝食をとっていた。
おにいさんの綺麗な天色の瞳はどこか遠くを見つめていて、郷愁に浸っているようだった。
おにいさんの家族のことは、よく知らない。ニキ自身、興味が無いわけではなかったが、本人があまり話したがらないので深くは聞いていない。
(おにいさん、家族と離れ離れで寂しいんすかね)
僕と、同じ。
ニキはにこっと笑顔を浮かべると、
「おにいさんは、おにいさんのお母さんが作った料理で何が好きでした?」
「……?」
「僕が再現するっすよ!」
「……どうした、藪から棒に」
「ほら、母の日だけど僕もおにいさんもお母さんに会えないじゃないっすか。だから、僕のお母さんとおにいさんのお母さんが作ってくれてた料理を再現して、食べてお祝いするっす!」
「……はは、なんだそれ」
(あ、やっと笑ってくれた)
おにいさんの笑顔が見られてほっとするニキ。
「それでそれで? よく何を作ってくれたんすか? 僕、頑張って作るっす!」
「……まぁうちだと基本的に召使いが作ってたんだけど……、そうだなぁ」
***
「ふぃ〜っ、美味しかったっすねぇ」
「ああ。今日もニキの作る料理は美味しかった。ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまっす!」
いつもより皿数の多い食卓。どれも空になっている。おにいさんが教えてくれた料理は初めて食べるもので、新鮮な味にニキはいつもより満足感に満ち溢れていた。
「久しぶりに故郷を思い出した。やっぱりニキの料理の腕は天才だな」
「なはは、照れちゃうっす〜。僕もいつもとは違う材料や調理法を試せて楽しかったっすよ」
「……これならウチに嫁入りしても安泰だな」
「ん? なんか言ったっすか?」
「いや、なんでもない」
***
いつも通り布団を隣に並べておにいさんが電気を消そうとしたらニキが枕を寄せておにいさんの布団に潜り込もうとしてくる。慌てるおにいさん。結婚前の同衾は禁止されているのだ。
「なっ!? ニ、ニキ……? どうした?」
「なんか、お母さんのこと思い出しちゃって……。僕が小さい頃はよく、いっしょの布団で寝てくれたなって」
「……寂しくなったのか」
「…………」
ニキが家族愛に飢えていることは察していたおにいさん。ニキは口をもごもごさせた後、困ったように微笑んだ。
「なはは。ごめんなさい急に。なんでもないっす!」
自分の布団に戻ろうとするニキの肩を軽く叩いて布団に倒すと、そのまま自分も横になってニキを抱きしめるおにいさん。故郷の掟なんかより、目の前のニキの方が大切だった。
「……おにいさん?」
「……今日だけだからな」
「…………ありがとう、おにいさん」
ニキはにへら、と笑みを浮かべてぎゅう、とおにいさんを抱き返してくる。
ぽんぽんとニキの小さな背中を叩いていたら、直にすうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
(いつか、ニキにも身近な心の拠り所ができるといいな)
願わくば、自分が。
おにいさんもニキのふわふわの髪の毛に顔を埋めると、瞳を閉じて眠りについた。