I ____ you その後「あ、そう言えば俺の車今日持ってくるって。」
「お前の車って…ああ、ピートのとこに置いてきたフォード・ブロンコ?」
「そ、昼くらいには着くってさ。」
「分かった。…あん時も気になってたんだが車を持ってくるのはピートじゃないんだろ?誰なんだ?ペニーとかか?」
いや、ペニーも車で格納庫に来ていたはずだから牽引しない限り無理だ。本当に誰だ?と頭を悩ませながら朝食の用意をしていくといい匂いがキッチンに広がる。
あれから一週間程経った、二人そろった二日連続の休日。昨日は買い物をしたり、デートをしたりと有意義な時間だった。今日は、昨日の夜何回も激しくしてしまったせいでブラッドの足腰は使い物にならなくなり家で過ごすことにしている。
「あー、まぁ。お前も会えば分かるよ。」
「何だよそれ…まぁいい。ほら、ご所望のチーズオムレツだ、ハニー。」
「ん、ありがと。ダーリン。」
ソファの上でブランケットにくるまったままのブラッドに朝食を渡すとぽやぽやと笑いかけてくる。そんな愛おしい彼の旋毛にキスを落として、自分用のプレーンオムレツとトーストを持ってきて隣に座った。
アクション映画を見ながらブランチに近い朝食をゆっくりと食べる。途中、戦闘機が出てくる映画では俺はああする、俺はこうすると二人で戦略を練ってしまうのは最近の趣味というか何というか。もう直ぐ昼になるところで、映画も朝食も終わり片づけに入る。動けんばかりに何も手伝えないと落ち込んでいるブラッドに、そうさせたのは俺だからというと真っ赤になりながらお礼にとキスをしてくれる。お礼のキスを受け取ると、すぐに終わすからと言ってキッチンへと戻って行った。
リビングからは今日のニュースが聞こえてくる。それを聞きながら皿やらプライパンやらを洗いコーヒーを用意してリビングに戻ると、丁度のタイミングで家のインターホンが鳴った。
「お、車届いたのか。」
「……」
「ちょっと出てくるな。」
「…ん。」
何だか気まずそうにコーヒーを啜る雄鶏に疑問を持ちながら玄関を開ける。
…そっと、何事もなかったかのようにドアを閉めた。閉めようとした。が、思い切りドアを掴まれてしまって閉められない。なるほど、ブラッドが気まずそうにしていた理由が何となく分かった気がする。
「やぁ。」
「えーと、こんにちは…ピート…じゃ、ないですよね?」
ドアの向こうに立っていたのはまごうことなきピートの顔をした人物なのだが、この人はピートじゃないと直感的に判断した。目は同じグリーンだが、髪型は全然違う。短く切り揃えられた髪型ではなく、目にかかるほど伸びている前髪と少し長い襟足。それに何より、ピートとは全然雰囲気が違う。
「流石、分かるなんてすごいね。大抵の人は間違えるのに。…それより、入れてくれるかい?」
「まぁ、これでも軍人なもんで…すみません、とんだ失礼を。」
ドアを開けて彼を中に通す。そのままリビングにまで案内すると、ブラッドが目が合うなり顔を覆って大きなため息をしていた。
「やっぱりイーサンだったのか…」
「酷いじゃないかひよこちゃん、そんな反応するなんて。」
「そのひよこちゃんってのどうにかなんない訳?」
ははは、と爽やかな笑い声が上がる。もう、何が何だかよく分からない。
「あー、ジェイク、とりあえず隣座って。イーサンはそこの椅子。」
言われるがままブラッドの隣に座ると、コテンと体をこちらに預けてくる。それが可愛くて、片方の腕をブラッドの体に回すと揶揄うような口笛が聞こえてきた。
「どうやら仲直りできたみたいだね、良かったよ。」
「それ確認するために来たのか?」
「それもだけど、ひよこちゃんが愛してやまない恋人とやらを一目見ておきたくて。」
ちら、とこちらを見てこれまた爽やかなスマイルを浮かべる。どう反応していいか分からず愛想笑いになってしまう。
「イーサン・マシュー・ハントだ、よろしく。」
「あー、ジェイク・ハングマン・セレシンです。どうも…」
声もピートと全く一緒だが名前は違う。手の込んだ悪戯なのか、それとも本当に別人なのか。もう、誰か俺を殴って気絶させてくれ。頭がこんがらがりそうだ。
「イーサンはマーヴの弟なんだ、ジェイク。つまり俺の叔父さん。」
「え、あ、そうなのか。」
「そしてブラッドリーの初恋の相手。」
「…は?」
「イーサン!!」
本当に誰か俺を殴って気絶させてくれ。それかハイGクライムで気絶したい。
今にもキレそうなブラッドに、初恋の相手とやらはまた笑っている。初恋…ハツコイ?とスペースキャットになっているとジェイク!とブラッドに呼ばれた。
「ジェイク、イーサンが初恋ってのは嘘だからな。全くの嘘だ。それとイーサン、ジェイクで遊ぶな。」
「あはは、ごめんブラッドリー。」
「…嘘、なのか?え、は、いや、そもそもこの状況が良く分かってない。」
突然ピートに激似の男がやってきたと思ったら今度は愛しい恋人の初恋の相手だと言われる。いや待て、確かブラッドリー曰く初恋は俺だと…優秀な俺でも理解が追い付かん。
「イーサンはマーヴと血を分けた兄弟で、俺にとっては叔父さん。でも会うことは殆どない、この前マーヴのとこで会ったので20年ぶりくらいだ。念を押して訂正するけど初恋の相手じゃない、俺の初恋はジェイク。OK?」
「…OK.」
ブラッドの説明で何とか状況を飲み込む。イーサン・ハントはピートの弟で、ブラッドの叔父、でも殆ど会うことはない。そして初恋の相手は俺。
「あー、若干ですが、状況は飲み込めました。気が利かなくてすみません、コーヒーでいいですか?」
「ん?ああ、いいよ。お構いなく、すぐに行かなきゃなんだ。」
そうですか…と返すとまだニコニコと笑っている。それにしても本当にピートにそっくりだ。歳が離れているからか見分けは若干つくが、歳が殆ど同じだったら少し髪が伸びたピートだと思い込んでいただろう。しかし雰囲気は全く違う。ピートは老若男女全てを魅了させるような渋いカッコよさと色気がある、しかしイーサンは主に女性を虜にしてしまいそうな色気だ。
「どうせジェイクを揶揄おうと思って来たんだろ。」
「酷いなぁ違うよ、兄さんがちゃんとジェイクに挨拶しろって言われたから来たんだよ。あ、ジェイク、僕の事はイーサンでいいよ。敬語…は無理しないでいいけど、なんたって家族なんだからね。」
「あ、はい、イーサン。」
ブラッドの叔父なのだからそれもそうかと思う、何だか釈然としないが。隣でブラッドは全く…とため息をつきながらコーヒーを飲んでいた。可愛い。
「おっと…そろそろ行かないとだ。迎えが来た。」
イーサンのスマートフォンからバイブレーションが鳴る。苦い顔をしながらスマホを見た後またいつか会おうと言われた。
「次はどこに行くの?」
「ちょっと、シンガポールまでね。二人にお土産買ってくるよ。」
「わーい。」
「…お仕事は何されてるんですか?」
「んー、それは君のひよこちゃんから聞いてくれ。本当にそろそろ行かないと、またブラントにどやされる…」
見送りを…と思い、少し立てるようになったブラッドを支えながらイーサンと玄関へ向かう。ドアを開けると黒塗りのBMWが家の前に停まっていた。
「それじゃあまたね。あ、ジェイク。」
「何ですか?」
BMWの前まで行ったイーサンを追いかけると、ブラッドには聞こえない声量で_
「次、ブラッドリーを泣かせたら兄さんの命令がなくてもその脳天ぶち抜くから。」
爽やかさなんて微塵も感じさせない絶対零度の声。思わずゾッと背中に鳥肌が立つ。
「まぁ君の事だからもうあんな事にはならないだろうけどね!それじゃ、お土産期待してて、ブラッドリーのことよろしくね!」
はい…と腑抜けた声を出すと満足そうに笑って車に乗り込む。スモークで加工された車内は見えずに走り去ってしまった。
あっけらかんとしたままブラッドの元へ行くとどうしたと聞かれたが何でもないと答えた。またブラッドを支えながらソファに座らせた後、疑問に思っていたことを訊ねた。
「そういえば、イーサンの仕事って何なんだ?」
醒めてしまったコーヒーを啜りながら聞くと、あーとかうーとか唸っている。可愛い。
「…IMFっていう、秘密諜報組織のエージェントなんだ。俺らと同じで、命を懸けて国を守る。俺らと違うのは戦闘機には乗らないで、スパイ活動とか銃火器とか変装とか、そんな感じの。」
それを聞いて思わず啞然とする。でも何だか、凄くしっくりくる。隙を見せない動きだとか、あまりしない足音も。
とりあえず敵に回さない方がいい人だと直感的に悟り、脳天がぶち抜かれることのないようにしようと改めて固く誓った。