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    greentea

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    4月9日のオフイベにて頒布予定のハンルス本のサンプルです。
    価格1,000円、文庫、本文116P、再録込みとなります。
    よろしくお願いします。

    #ハンルス
    heartbeat
    #TGM
    #MP42

    愛に飛ぶ準備は出来ているか 任務後の仲間たちの顔は晴れやかで、トップガン卒であり空の実力者だと自覚のあるものたちでもかなりのストレスとプレッシャーがかかっていたのがその表情から分かる。任務を達成できるのか、だとしても仲間と生きて帰還できるのか。紆余曲折があったものの、結果として任務は成功して誰も欠けることなく全員が生還することが出来た。
     喜びと解放感からハードデックに集まるやつらのビールを美味しそうに飲む様は楽しそうで、店内に流れる曲に合わせて体は揺れている。さっきまではルースターのピアノと歌声が周囲のコーラスと一緒に聞こえていたが、今ではジュークボックスの味のある音と笑い声が響いている。
     音楽の中心だったルースターであるが、店内を見回してもその姿は見当たらず。だが帰った様子もなくさてどこへ行ったのかと視線を巡らせると、窓の向こうに色鮮やかな布の端が見えた。それはルースターが来ていたアロハシャツの柄で、窓から顔を覗かせると人気の無い店外に置いてあるイスに座って海をのんびり眺めるルースターがいた。
     浜辺につながるドアから出ると、店内から漏れる灯がルースターをぼんやりと照らしている。潮風に吹かれてルースターのシャツの裾がひらりひらりと翻り、柔らかくカールした髪がひと房、ふた房と額に垂れている。
    「どうした、雄鶏君。もう酔ったのか? 」
     前髪が目に入りそうだとその髪をつまみ、邪魔にならないようにとかきあげてやりながらぼんやりとしたその顔を見下ろす。海を眺めていた視線が俺の方を向いてぱちりぱちりと何度か瞬きをすると、焦点が俺に合って声も認識したのかルースターの表情がはっきりとした。
    「いや、まだ酔ってない。ちょっと海の音が聞きたくて外に出てきた」
     そう言うとルースターは手に持ったビールを一口飲んだが、どうやら温かったようで眉を寄せるとジョッキを一気に傾けて中身を飲み干した。俺はそのジョッキがテーブルに置かれたのと同時に、持ってきていた冷えたビールを置く。それを見たあいつは嬉しそうに口角を持ち上げると、お伺いを立てるように俺を見る。
     テーブルを挟んで向かいのイスに座りながら頷くと、ルースターは早速とジョッキを傾け、今度は美味しそうに中身を喉に流しこんでいく。俺がこいつを知った時から、ルースターは楽しそうに、そして美味しそうにモノを食べる。普段の食生活は知らないが、少なくとも基地での食事するこいつは嬉しそうだった。
    「そんで、お前はどうした? 海の音を聞きたいって柄じゃないだろ」
    「お前、俺の事なんだと思ってるんだよ」
    「のろまが嫌いなスピード命の、僚機を見捨てたいつも周囲に絡んでくる俺とマーヴを助けに来た絶好調のハングマン」
     ルースターの口にしたワードは全て正解で、だが嫌味が感じられない軽口の延長の様なそれは、猫がじゃれついているようなものだった。まぁ、こいつは猫というよりのっそりしたグリズリーみたいだから、実際にそれをされたら致命傷だろうが。
    「別に、さっきまで賑やかに歌ってたお前がいないから、優秀で優しい俺が様子をみにきてやったんだよ」
     冷えたビールも持ってきてやったんだから、感謝したまえ。そう笑って言うと、ルースターも笑いながら掠れた声でサンクスと答えた。今までの俺たちではあまり想像のつかない親しい友人のような応酬は楽しくて、任務後の解放感とともにアルコールが効いていたとしても、それは少し不思議な感覚だった。
     俺はずっとルースターを見ていて、こいつのスタイルが嫌いだった。トップガンを卒業した実力があって、落ちぶれることなく日々の空を飛んでるくせに凡人の皮を被ったような飛び方が。教範通りに空を飛ぶ、まるで周囲に対してのお手本の様なこいつが。出来るはずなのに、もっと速く、もっと力強く、もっと、もっともっと空を自由に速く飛べるはずのルースターがそれをしないのが嫌で仕方が無かった。
     教範通りでありながら、周囲から秀でた実力のあいつの本当飛び方を俺は知りたかった。どんな風に飛びあがり、鋼鉄の翼が風を切って空を舞うのか。どんな景色をあいつはその目に映して、陸への重みを受けるのか。そしてそれをあいつが感じる時に、俺も同じ空を飛んでいたかった。俺と同じくらい実力のあるやつと、空を一緒に飛ぶのはとても気持ちがいいものだから。
     そして今となりにいるルースターは恐らく殻を破ったはずだ。でなければ谷間で制止を受ける程に加速はしないし、帰還命令を無視してマーヴェリックの元へも戻らない。あの任務におけるすべてが、こいつを変えた。それが俺じゃなかったのは、残念だが。
    「お前の『大事なマーヴ』とは一緒にいなくていいのか? 」
    「別にずっと一緒に居なくちゃいけないわけじゃないし、貰った休暇中はマーヴのハンガーに泊まりに行くつもり」
    「……ふぅん、そうか」
    「え、何? なんかマーヴに用事? お前も行く? 」
     きょとんとした表情で俺の方を見ながらジョッキを呷るスールターは、すっかり忘れているのだろうか。
    「お前、何も考えてないってことは無いだろうが、にしてももうちょっとこう、なにかないのかよ」
    「何か? 何かってなんだよ。さっきからお前変だぞ。いつもより、すげぇ変」
    「いつも、は余計だろうがよ」
     じとりと横目で相手を見ると、アルコールの影響なのか分からないが楽しそうに笑っている。艦上で発破をかけた時とはまるで違う気の抜けた顔で、なんだか俺の肩の力が抜ける気がした。適度な緊張は必要だが、過度なそれは体を硬直させて柔軟な思考を妨げる。あいつの顔を見たときにそれが気にかかっていたが、今ではその片鱗さえも無い。
    あのブリーフィングで俺に見せた怒りさえも、残っていないのだろうか。だとしても、こいつに言うべきことが俺にはあった。
    「ブラッドショー、お前に言っておかなきゃいけないことがある」
    「え……、改まってなんだよ。こわ」
     茶化すように肩をすくめるルースターの方に軽く体を向けると、あいつは眉をひょいとあげて首を傾げる。
    「ブリーフィングの時、お前の死んだ父親の事言っただろ。軍人としては反省してないが、でも故人の事をあの場で言うのはひととしては良くなかった。悪かった」
     あいつの目をじっと見ながら言うと、ルースターは何度かゆっくりと瞬きをしてそのまま海の方へ顔を向けた。ずるりと姿勢の悪い恰好で椅子に座ったままのあいつは、何を考えているのかその横顔からは分からなかった。
    「……、ハングマンさ。お前意外と真面目だよな」
    「は? 」
    「親父の事はさ、そりゃむかついたけど、この世界に来て何にも言われてこなかったわけじゃない。マーヴがいなかったら、多分そのまま流せてた。俺の中のハングマンは最低なやつで終ってた。俺がキレたのはさ、多分あそこにマーヴがいたからだと思う」
     だからさ、親父の事言われた事に関してはまぁ、うん。もう怒ってないけど、謝罪は受け取るよ。そう言ったあいつの表情は静かで、こいつの言葉通り青の時のような怒りは見つけられなくて。でも
    「お前は俺に怒る権利がある。最低な奴だ、許せないって殴ることだって」
    「でも俺、もう怒ってないからなぁ……」
     うんうん唸りながらジョッキを傾けるあいつは本当にあの時の、俺に向けた怒りをまるっきり無くしたように話していて、俺はこいつをとても厄介な奴だと思った。許して欲しかったわけじゃない。これは俺の身勝手なけじめだ。でも、この状況は想定してなかった。怒ってない相手にいくら謝ったってどうにもならない。許されるという未来は絶対にない。謝罪を受け取ってもらえただけでも、ましなんだろう。
     だとしたら、俺の脳裏にふと浮かんだあの存在はどれだけこいつの中で『特別』なんだろうか。ピート・〝マーヴェリック〟・ミッチェル。ずっと怒りを持続させ続ける程の感情を抱かせる人間。
    「もし、俺がマーヴェリックくらいお前の特別になったら、お前は俺を怒るのか? 」
     俺のつぶやきは潮風に消えて、どこか遠くへと飛んで行ってしまった。


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