無題3 霧の海に、巨大なビルが一棟聳えている。
窓には灯りが点っているが、人の気配はない。命ある人々が住まう現実世界から、適当に切り取られて、そこに漂着したようなうら寂しいオフィスビル。
その周囲に、ゆっくりと浮遊する小さな影が群れを成している。
『あれを始末してもらいたい』
番傘の上で祟り屋が言う。
その隣に浮かんだ番傘の上で、暁人はうんざりして溜息した。
あの霧の夜、今は亡き相棒から借りていた様々な霊能力。あの夜から実に十年が過ぎた今になって、再び能力を獲得した暁人は、やはりと言うべきか除霊やマレビト退治といった活動をするようになった。
決して積極的にではない。そのつもりはない。暁人も今やごくごく普通の会社勤めで、真っ当に生きているつもりなのだ。サラリーマンと霊能力者もどきの二足の草鞋など、たやすく履けるわけがない。
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