光素 くろぐろとした闇の中に、きらきらと三色のエーテルが浮いている。
暁人はそれを掴み、口に運んで噛み砕いた。
ある夏の夜、暁人は息をするようにこの元素を吸収していた。
体へ取り込んで、別の形へ変換して、エネルギーとしてまた宙へ放っていた。
恐ろしい魍魎の巣窟と化した街を駆け抜けるために、暁人にはこの光る結晶体が必要だった。あの夜に現れた異次元の事物は、全てがエーテルから成っていた。砕けばまたきらきらと元素の形に戻り、まるで従属するように暁人の体に集まった。
暁人の体はもういくつ、この結晶体を受け入れたか知れない。特殊なカメラで特定の波長の光だけを捉えるように、エーテルだけを捉える目があったなら、きっと暁人は燦然と輝く結晶の集積として見えただろう。
呼吸に酸素が必要なように、戦いにこの元素が必要だった。そして生き抜くためには戦わなければならなかった。必然に暁人は、常に飽和するほどにエーテルを吸い込み続けた。
そういう、あの一夜限りの世界における、生存に不可欠な構成要素だった。
今は、ただ浮かぶだけ、きれいなだけの幻だ。
エーテルは物質でないため、触れることができない。実際にこれを吸収していたのは暁人の体ではなく、正確には暁人の体が内包する魂だった。それも、暁人自身の魂ではない。
あの夜限り、魂だけの存在として、ヤドカリのように暁人の体に宿っていた男。
彼がエーテルを吸い込み、咀嚼し、蓄積させ、穢れた空間を生き抜く糧としていたのだ。
暁人が手を伸べると、指先にぱちぱちとエーテルの微粒子が触れる。
幻だ。これはほんとうのことではない。
星のように細かな粒子を、両手でざらりと掬う。そのまま口元に添えて飲み下すと、甘い味がした。
次に風のエーテルをひとつ手に取り、透明で硬質なその表面に歯を立ててみる。すると、えもいわれぬ涼風が口の中に溢れ、体を巡った。
さらに火のエーテルを齧れば、芳醇な灼熱の味が腹の底へ落ちていく。水のエーテルを啜れば、清浄な甘露が喉を流れていく。
彼は、KKはもういない。
長い夜を共に越え、魂を重ね合わせ、無二の片割れとなった男だったのに。
死の定めに安らかに従い、肉体の消滅を受け入れ、彼は夜明けと共に行ってしまった。
歴としたひとりになった暁人は、もうエーテルを吸収することはできない。
ただただきらめくだけの光素を、夢の中で触れ、掴み、呑み込む。
これもあの夜の回顧からなる幻想で、彼の魂への慕情の表れだ。
窮地に希望が。絶望に信念が。夜にネオンが。
人の消えた街にただひとり、この体にこの魂に、一番近いところに、あの人が。
刹那的な対比によって、暗闇で光るものがいつにも増して輝いて見えたあの夜。
光に溢れた命ある日々を生きる中で、ふと息を止めるように、あの夜の残滓を夢に見る。
そうして、KKを偲んで口にする輝く幻は、どうしようもなく甘いのだ。