「邪魔をする」
「あー、うん。どぞ……」
大荷物を抱えたブラッドを家に招き入れると、彼はひとつ頷いてオレの家の玄関をくぐった。
なんで新年早々、遅めの正月休みにこんなことになっているのかというと、話は3日前に遡る。ニューイヤーを迎えた当日、1月1日のことだ。
「キース、貴様の初休みは4日だったな」
「そうだけど」
ヒーローという仕事柄、世間一般のホリデーなんてものはない。ルーキーの間は未成年も多いことだからと気を使われて年末年始はまとまった休暇をもらえることも多いが(うちのチビたちもそれで帰省だ)ダブルエーに上がった瞬間からそんな気遣いは消え失せる。クリスマスも仕事、12月31日も仕事、正月も仕事。仕事仕事仕事。その上ホリデーの間は浮かれて騒ぎを起こすやつも多いから仕事も増える。いくらヒーローがサブスタンス専門の組織だと言っても目の前で酔っぱらって喧嘩をしている奴を見過ごすことはできないというわけだ。ま、それは分かるけど。
そういうわけで、年末年始の休暇は順番に取るのが慣例になっている。研修チームと言えどそれは変わらず。各チームのメンターで休みが被らないように調整されて連休を取得することになっていた。
オレの休みは4日と5日。たった二日の休暇だがありがたいことに変わりはない。新年一発目に飲む酒をどの酒にするか、今から楽しみでならない。と、その休暇のシフトを組んだのもオレに話しかけているメンターリーダー様なのだから、確認を取るまでもないだろうに。
廊下ですれ違ったオレを呼び止めたメンターリーダーさんは、わざとらしく確認を取ってから「そうか」と頷いた。
「俺は3日と4日が休暇なのだが」
「はぁ」
えっ、だから?
ディノは、復帰してからホリデーを実家で過ごしていないだろうからとブラッドが休暇を調整し──オレもオスカーもついでにジェイとアッシュも協力して──年末からオレが休暇に入るまでずっと実家にいる。当然オレの休暇中は仕事だ。オレが首をかしげているのが分かったのだろう。ブラッドはコホンとひとつ小さく咳払いをした。
「実は年末に、餅焼き網を購入したんだが」
「餅ってあれだろ、日本の米でつくったなんか伸びるやつ。専用の焼き網とかあんのかよ」
「いや、コンロの上に載せるタイプの普通の網だ。餅専用ではない。……ただ、タワーのコンロや俺の家のコンロはすべてIHだから使えないんだ。ジャックに確認をしたら、カセットコンロであっても火災警報器が作動する可能性があるから、前もって届け出を出してほしいとのことだった」
「あ~……」
確かに? 普段ガスコンロなんて使おうとも思わないから考えたこともなかったが、エリオスタワーはオール電化だ。当然、ガスコンロはない。
「そういうわけなので貴様の家のコンロを借りたい」
「いや、どういうわけだよ」
「貴様の家のコンロはガスだろう?」
「そうだけど……」
まさかこいつ、最初からそのつもりで餅焼き網を買ったんじゃねぇだろうな? いや、それどころかそのつもりでわざわざ自分とオレの休みを設定した可能性すらある。こいつは案外公私混同を(もちろん支障のない範囲で)するタイプだし、言わずと知れた暴君だ。
「いや、おかしいだろ。なんでオレがわざわざお前の餅を焼くために家のコンロ貸さなきゃいけねぇの? ジャックに申請でも何でも出せよ」
「そうか……それは残念だ」
「オレは全然残念じゃねえけどな」
しかも、それが人の家の設備を借りるときの態度かよ。興味ないね、とばかりに踵を返したオレの背中に、ブラッドの小さなため息が降ってきた。
「実は餅には酒のつまみとして美味い焼き方があるらしい。それを試してみるのもいいかと、日本の新酒も取り寄せたんだが」
「……」
なんだって?
「折角直火で焼くんだ。餅だけではもったいないし、日本の海産物も購入して、併せて食べようかと思っていたんだが……」
「…………」
「醤油と砂糖と酒で味付けをして肉巻きにしても美味いらしい。酒にも合うおかずになるのだと以前本で読んだ」
「………………」
「だが、そういうことなら仕方ない。確かにジャックに申請を出してセクターの皆で楽しむのもいいだろうしな。呼び止めて悪いことをした」
「待った」
あぁ、オレの負けだ。もう一度振り返ってみたブラッドの顔はさっきと何も変わりなかったが、内心してやったりと思っているに違いない。
「……その酒、オレのもあんの?」
「もちろん、場所を提供してくれるなら貴様の分もある。冷酒として飲んでも燗酒として飲んでも美味いとレビューに書いてあった二本セットの日本酒だ。……そうそう、餅は小さくカットしてグラタンに入れても美味いらしい。あげ餅にすると手軽でビールにも合うそうだ」
「……4日の、何時」
……もしかして、年末に急にディノが「キースの家も大掃除しよう!」と言い出したところから織り込み済みだったんじゃないだろうな? ……あり得る。こいつはディノに甘く、ディノはこいつに甘い。オレはいつだってその割を食っているのだ。
オレの家に待ち合わせる時間を決めながら、オレは小さくため息をついたのだった。
さて、4日。部屋自体はディノとふたりで大掃除をしたので散らかってはいなかったが、空気を入れ替えておく。小言は少ないに越したことはない。
そうこうしていると大荷物を持ったブラッドがやってきて、冒頭である。
「お前、大荷物だけどまさか車で来たのか?」
「あぁ」
日本酒のでっかい瓶が2本、餅が入った袋、網、その他諸々。見るからに重たそうな荷物をどさっと置いたブラッドを半目で見ると、彼は当たり前のような顔をして、ずれた眼鏡を直しながら頷いた。
「いや、酒は? 飲んだら運転できねぇだろ」
「一晩泊めてもらうつもりで来たからな」
「……聞いてねぇけど」
「そうだったか? まぁ、気にしないでくれ。夜はソファを借りる」
「いやいや……」
年末年始で会議の類もないから、気楽なものなのだと言いながらブラッドは上機嫌でもちを焼く準備を始めてしまった。いや、自由かよ。自由過ぎる。オレに遠慮はないのか。
グリーンイーストで買ってきたという丸い餅。あとは漢字やひらがなで何やら書いてあるイカや貝。……なるほど、酒のつまみによさそうだ。
「こっちは?」
「調味料だ。流石にお前の家でも醤油や日本のスパイスは置いていないだろうからな。砂糖はあるか?」
「それはあるけど……」
なんだか思ったより本格的だぞ。日本酒は白っぽい木の箱に入っていて、よくわからないけど上等そうだ。英語で書かれた紙も添えられていて、それを読むと、おすすめの飲み方などが記載してあった。カンザケ……ブラッドが言ってたやつだ。
「っていうか、昼から飲むのか?」
「ふっ……貴様に昼から酒を飲むなと咎められるとはな」
「いや、咎めるつもりはねぇけど……普段お前が言ってんだろ? 昼から飲むなってさ。ま、休みだしオレは大歓迎だけど」
これで機嫌を損ねられても面倒だ。勿論咎めるつもりはありませんよと諸手を挙げて示すと、彼はオレの方をちらっと見てから餅を焼く準備に戻った。
「あ~なんか手伝うか? カンザケ? とか。火にかけんの? ホットワインみたいな感じ?」
「いや、ホットワインとは異なって、温めただけでアルコールは飛ばさない。直接火にかけるのではなく、耐熱性のある瓶に移したものを湯につけてつくる」
「えぇ、めんど……耐熱性の瓶なんてうちにはねえけど」
「だと思って専用のものを持ってきた」
マジかよ。どんだけ用意周到なんだ。
ブラッドが、日本情緒あふれる小ぶりな焼き物の瓶を鞄から取り出す。前にこいつと一緒に行った寿司屋で見たことがあるやつだ。確か……トックイ? とかそんな感じの名前だったはず。
「これに日本酒を移し替えて、湯につけて温める」
「はぁ~日本は酒飲むのにも手間かけるんだな……」
とはいえ、こいつひとりをキッチンに立たせてソファで眺めているのも落ち着かない。面倒だが横でもちを焼いているのを眺めながらなら丁度いいだろうかと、重たい腰を上げることにした。
一足早く網をセットして餅をウキウキ並べ始めたブラッドを横目に、でかい瓶からトックイに酒を移し替えていく。3本あったトックイに移し替えても酒瓶の中にはまだまだ酒が残っている。漢字で横1本、「一」と書かれたのがoneという意味なのは知っているが、その下の漢字は読めない。恐らく単位だ。リットルとか、クォートとか、そんな感じだろう。
ワインボトル1本の倍くらいはある気がするから、2リットル近くあるのかもしれない。それが2本? ブラッドにしては思い切った量だ。
とはいえ余計な口をはさむのは得策ではないので、インターネットでカンザケの作り方を調べてみる。えーなになに。
徳利……トックリ、だった。それに酒を入れて、ラップをかけ、沸騰したお湯の中へ……もうすでに面倒くさい。ただ、これでうまい酒が飲めるならやぶさかでない手間だ。適当な鍋に水を入れ、空いているコンロにかける。奥のコンロを使っていたブラッドが、半歩右にずれた。
「…………」
「…………」
特に話すこともないので、水の量を調節する音と、コンロの音以外部屋の中はひどく静かだ。
横目でブラッドの顔を見ると、彼は餅を焼いているだけなのにやたら真剣な顔で網の上を見下ろして、餅をひっくり返していた。
そういえば、こいつとふたりで酒を飲むのは久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。オレがこいつを誘ってもこいつは何かと理由をつけて断るばかりでそれが叶ったことはない。それがディノやジェイ、リリーが誘えばすぐ来るのだから、面白くない気分になったものだった。
酒を飲んでこいつにあらゆる迷惑をかけた自覚はある。吐いたり、掴みかかったり。殴ったことはないと思いたいが、こいつは言いたくないことに関してはとことん無口になるタイプだ。もしかしたらオレが酔って覚えていないだけで、そんな醜態をさらしたこともあったのかもしれない。
だから、何となく、そういう醜態をさらしているからオレとふたりで酒を飲むのを控えているんだと思っていた。だというのに、新年早々サシ飲みに誘われている。
オレではなくオレの家の設備が目的だったとしても、ディノやジェイを誘わない理由にはならない。と、いうより大所帯になるのならオレの家に来るよりも、カセットコンロでも何でも届けを出せばいいのだ。オレの家に来る必要はない。
餅を焼いて食べたいのなら、オレよりもウィルやアキラ、オスカーを誘った方がいいだろう。ウィルは日本の文化が好きだし、アキラは日系だ。確か去年の正月は日本の正月料理を作って食べていたらしいとウィルから聞いている。オスカーがブラッドの誘いを断るはずもない。オスカーはブラッドの許可がないと酒を飲まないらしいと聞いているが、ブラッド本人がいるならそんなものは関係ないし、ウィルもすでに成人だ。日本酒にだって付き合える。たった一人未成年のアキラは飲酒できないが、それで文句を言ったり未成年飲酒させろと駄々をこねるタイプでもないだろう。
考えれば考えるほど、なんでこいつがオレを誘ったのか分からない。
「……ちょっと冷えるな。暖房の温度上げるか?」
火を使っているから顔のあたりは温かいが、足元は冷える。足を擦り合わせながら尋ねると、ブラッドは小さく「あぁ」と頷いた。え、なに? 怒ってる? なんで? ……いや、元からこういう不愛想な奴だから、怒ってるわけではないのか? 分からない。こいつのことは分からないことばかりだ。少しわかったかもしれないと思っても、数日たてばまた何も分からなくなるの繰り返し。
ディノがいなかった4年の間のことは、オレなりに整理をつけたつもりだ。ブラッドから答え合わせをしてもらえるのはまだまだ先かもしれないが、今でも恨んでいるとか腹を立てているということはない。元々その手の感情は長続きしないタイプだ。それと同じで、ブラッドの方もあの4年の間にオレがやらかしたことをいつまでも根に持っているというわけではないと思う。いや、そのはずだ。それくらいは分かる。根に持っているというのと同じ轍を踏まないようにしているというのはまた別の問題、というだけで。
暖房の温度を少し上げてまたコンロの前に戻ると、ブラッドは餅から離れて小皿に醤油を入れていた。
「何やってんの?」
「焼いた餅につけるんだ。ウィルは砂糖醤油にしてもおいしいと言っていたが……俺とお前なら普通の醤油の方がいいだろう」
「まぁ……」
網の上の餅は乗せたときより膨らんでいる気がする。餅の焼き加減は分からないし、湯が沸騰するのを黙ってみているのもつまらない。手持ち無沙汰なので、酒瓶とグラスとフォークをテーブルへ持って行くことにした。あとは皿を用意するだけだ。
「しっかし、餅って日本の正月料理の一種なんだろ? 日本人ってのは正月からキッチンでもち焼いてたのか? 燗酒といい、いちいち手間かけんのが好きなんだな」
言ってからしまった、と口を閉じる。こいつの好きな日本文化を悪く言うつもりはないが、これは睨まれても仕方ない。
「日本では」
「ん?」
しかし、ブラッドはまた餅の面倒を見に戻りながら、意外なほど小さな声で呟いた。
「日本の古い住居には囲炉裏、と言って部屋の中央に四角い暖炉のようなものがあったんだ。暖炉と言っても灰を敷いて、そこに小さな焚火を起こすような形だったらしい」
「お、おぉ」
「だから燗酒をつくるにも、こうして餅を焼くにも、こうして誰かがキッチンに立たずともリビングでくつろぎながら行うことができたんじゃないか?」
なんで突然日本の家の解説が始まったのかと思ったが、一応オレの疑問に答えてくれたらしい。
「あー、なら、キッチンで焼くより、カセットコンロで作った方がそのイロリ? には近かったかもな。ディノに聞けばカセットコンロの一個や二個どっかのダンボールに入れてあったんじゃねぇの? うちはタワーと違ってそんな高性能な火災警報器はないし」
「そうだな」
こくりと頷いて、ブラッドが餅をひっくり返す。さっきから何度もひっくり返しているように見えるが、そんなに頻繁にひっくり返す必要があるのだろうか。
湯が沸騰した。あとは酒を入れたトックリをこの中につけて、3分ほど待てばいいらしい。確かに飲んでる間に次のを温めて……というのをのんびり過ごすリビングでできるなら、面倒臭さを上回るかもしれないな、なんて詮無いことを考える。
「……な、ブラッド」
「なんだ」
「あー、その、なんでわざわざオレに声かけたわけ? 別にタワーに届け出して、サウスの奴らと食うのでもよかっただろ。それこそカセットコンロ出してさ。去年こたつだっけ。布団と机を一体型にした日本の家具も買ってたろ。そしたらこんな寒い思いしなくても好きなだけ美味い餅とうまい酒が飲めたんじゃねぇの?」
それこそ調理もオスカーあたりに任せて、のんびりゆっくり、テレビでも見ながら酒を飲んで餅を食えただろう。オレが言わなくても、それくらいこいつなら考えついていたはずだ。じゃあ、なんでわざわざオレを誘ったのか。家にガス火のコンロがある以外に何か理由があったんじゃないか。これは憶測だけど、わざわざディノにオレの家の大掃除まで提案させて。
聞かなければこのまま酒飲んで、餅食って、焼いた海産物に舌鼓を打って、また酒飲んで、寝て、それなりにいい休みを過ごせたはずだ。今更遠慮し合う仲じゃない……はず。
けれど何となくどうしても気になった。ブラッドは無言でまた餅をひっくり返した。
「……お前の誕生日に」
「誕生日?」
無視されるか、と思ったが、どうやら答えてくれるらしい。
「誕生日くらいはお前の長話に付き合って、ちゃんと話をしてやるかと思っていたんだが」
「ちょっと待て。誰の長話だって? ジェイ?」
「貴様だといっただろう。酔ったらいつも人にしがみついて話を最後まで聞け、オレは本気だと泣き出すのを覚えていないのか?」
「んんん??」
覚えてないですね……。
殴るよりある意味たちが悪いのでは、と鳥肌が立ったが、ブラッドは気にしていないように持ち込んだ箸の先で餅をつついた。少しへこむ。餅も一層膨らんできているらしい。
「仕事を終えて店に行ったらお前はすでに酔っぱらっていて、話をするより先にラブアンドピースだなんだと言って眠ってしまった」
「う……」
「その話をディノにしたら、なら他の機会があればまた付き合ってやればいいんじゃないかと。直近ではこの年末年始の休暇がその機会になるんじゃないかと思ってな。予定を合わせた」
やっぱり休暇はわざと合わせたのかよ、とかディノには言うくせに当の本人のオレには言わないのかよとか、言いたいことは山ほどあった。けれど、どれも言葉にならない。ブラッドは並べた餅を順につついている。
「それに、正月に日本の酒を飲もうかと調べていたんだが……どの酒を調べていてもどうにもお前の顔がちらついて」
「……は?」
「日本には日本酒と焼酎という有名な酒があるが、日本にも地ビールやワイン、ウイスキーなど、有名なものが多い。……気が付いたらお前はどれを好むだろうかとそんなことを考えていた。結局日本酒にしようと決めた後も、最後の最後で絞り切れずに買いすぎてしまったんだが」
やっぱあれは買いすぎてるんじゃねぇの、とかウイスキーもあんの、とか考えることは多いのに、どれもやはり言葉にならない。ぽかんとしていると、ブラッドはふと餅から目をそらした。
「それ、もういいんじゃないか」
「え、あっヤベッ、アツッッ!!」
指さされたその先では、温められて体積を増した日本酒がトックリから溢れ出しそうになっていた。それを急いで取り出そうとしてその熱さに咄嗟に手を放し、慌てて能力でキャッチして、トックリを全部布巾の上におろした。
「あっつ……」
「何をしているんだ」
指先にふーふー息を吹きかけながら冷やす。ブラッドを見ると、彼は呆れたような顔をして笑っていた。
黒い縁の眼鏡越しに見える瞳は、いつもより少しだけ柔らかい光を帯びている気がする。それを見つめ、目をそらし、それから急速に膨らんでいく餅に視線を落とした。
「えぇ……」
「どうした」
たった今、不意に脳裏をよぎった言葉に思わず途方もない声が漏れる。
「いや、あー……なんかさぁ」
「あぁ」
「オレ、お前のこと好きかも……」
いや、好きって言うと語弊あるな。ちがうな。間違えた。ストレートすぎた。好きっていうかやっぱ信頼してるわって言うか、酒=オレかよって言うか、なんていうか、ホラ。好きじゃなくてなんかあるだろ。多分、もっといい感じの表現が。
言ってから待て、やっぱなしと否定しようとしたのに、ブラッドは笑って皿の上に膨らんだ餅を降ろしていった。火から離されて、膨らんだ餅がしぼんでいく。
「かもなのか?」
「は?」
いや、そっちじゃなくて。
焼き加減に満足したのだろう。よし。と頷いたブラッドが皿をオレに押し付ける。
「お前はいつも酔ったら俺のことが好きだの愛しているだの言っているから、かも、ではないと思っていたが」
「……は?」
「海鮮も焼きたいが、臭いが網につくだろうか。……どう思う?」
「え、あー……網は、洗えばいいんじゃね……? つけ置き、とか……」
「そうだな。焼き時間が一番短いのは……イカだな。あぶるだけでいいらしい」
これも日本の囲炉裏であぶって焼いていたものが由来でとか何とか言いながら、パックに入ったイカをブラッドが網の上に並べていく。途端香ばしい、いい匂いがしてきた。
生ではないから好みの火加減であぶったら食べられるようだとパッケージを読みながらブラッドが解説しているが、それどころではない。
かもじゃないって、なに。
トックリからはキリリとした日本酒の香りが漂っていたが、新年一発目の酒のことは今のオレの頭からは綺麗さっぱり消え失せていた。