壱 幽幽たる夜である。
藍を幾重にも染め抜いたような空に、[[rb:月白 > げっぱく]]を刷毛でひと塗りしたような淡い月が浮かんでいる。じめりとした生温かい風が[[rb:木斛 > もっこく]]の枝葉を撫でればザァザァと雨音めいた音を立てて騒めき、呼応するように遠くで犬が鳴いた。
夜が更けても閉じぬ[[rb: 木槿 > むくげ]]の白い花弁が微かな月明かりを受けて濡れているように光るのを真純はぼんやりと眺めていた。物思いに耽るには良い夜である。
今宵、嫁ぐはずだった先の家のことを思った。年の暮れより縁があり、家と家とで話が纏まっていた。無論、真純も相手の男も互いの顔は知らぬ。武家の一人娘であれば、この世ではそれが当然の道理であった。
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