土手 そぼ降る雨の中、昼の明るさと暖かさが見る間に失われていく。
──尾けられている。
ひたひたと寄ってくる気配に、振り返りもせず足を早めた。
炎柱である煉獄は、その見た目も相まって、護法神の化身とたとえられることがある。魅せられる者は後を絶たず、逆に異常だと毛嫌いする者も合わせれば、不審者がまとわりつくのはもはや日常茶飯事である。
警察に突き出すというのも、こちらが政府非公認の組織に所属する身であるからには、なるべく避けたい。まして追跡者が人間でない場合、彼らの手に負える代物ではないのだし。
チラリチラリと見え隠れする気配は、まだどちらのものとも判別できなかった。
担当地区を回っていたら火事に行き当たり、それには別の隊士が任務として対応していた。取り急ぎ協力して消火したところで詳細を聞くと、火事場に出る鬼がいると言う。深夜でもエサの方からのこのこ外に出てくるのだから、鬼にとっては絶好の狩場だろう。はた迷惑なことに、火事騒ぎに便乗どころか、放火犯の容疑すらあった。
結局その鬼は現れず、引き続き追う隊士と別れ、煉獄は数歩歩いて振り向いた。視線を感じるが、ガヤガヤと後片付けに立ち歩く人々のざわめきで、正確な位置は分からない。気を取り直して歩き出すと、距離を開けてついてくる気配があった。
人間ならば、撒けばよい。鬼であれば、斬らねばならない。
途中、何度も寄り道をしながら、煉獄は歩き続けていた。どんより曇った空から、ついに雫が二、三滴垂れたのをかわし、染め抜きの暖簾を掲げた和菓子屋に滑り込んだ。
こぢんまりとした店構えは知る人ぞ知るといった趣きで、他に客はいないようだった。サァと小雨にけぶる街路を行き交う人もない。やがて暖簾を押し上げたのは傘の先で、パッと開いた紅色の蛇の目傘は、持ち主の体躯に比べてやや小さかった。仕方なしに羽織の肩をすくめて、なるべく傘の中に身を収めるように歩き出した。
夕暮れにはまだ早い時間でありながら、冷たい雨に閉ざされて、薄暗がりが濃さを増していく。大川の土手に上がった頃には、もはや夜の様相を呈していた。
見渡せる範囲に、人っこ一人いない──そう思ったのだろう、不意にぽぽぽと鬼火が舞った。かまわず歩き続けると、鬼火が連なって輪になっていく。まるく囲まれて、ようやく立ち止まった。
「よく見せておくれ、わたしだけの炎……」
雨は降り続いている。魔性の炎が勢いを増し、円をせばめようとした瞬間──ポンと傘が投げ上げられ、ついで羽織の裾が火焔のごとく舞い上がった。
腰間から迸った閃光は鬼火を圧倒し、らせん状に拡散する。光と共に突風が吹き抜けた後には、不死川が白銀の頭髪を濡らしながら断末魔の叫びを見下ろしていた。
「最期に、あの美しい炎を、一目……」
スッパリと胴体と泣き別れた首が、うわごとのようにくり返す。不死川は緑刀を突き立て、吐き捨てた。
「理由も願望も知ったことか。鬼は殲滅する」
土手の下に転がり落ちていた傘を拾い、和菓子屋まで戻ってきた不死川は、出迎えた煉獄にまず羽織を渡した。傘の内に抱え込んでいたのか僅かに湿り気を帯びているのみで、ほっとした表情の煉獄は思わず胸の内を口走ってしまった。
「戦闘開始時に投げ捨てられると覚悟していた」
「……俺は柱ってだけで、人ん家の由緒をぞんざいに出来るお立場じゃねェよ」
ぶっきらぼうに返した不死川は、そそくさと詰襟に手をかけた。閉じきってはいなかったものの布地の感触にこれ以上耐えられないとばかり、思い切りよく前をはだける。予備の隊服とはいえ羽織との扱いの差に、後ろで控えていた千寿郎がクスリと笑った。
了