海霧に霞む哀慕のカルタ・ナウティカ 序
金銀財宝、宝石、誰かの命。2人一緒に大海原を駆けずり回って、奪って奪って奪いつくした。相手が命を懸けてでも守りたいものを、こちらも命を懸けて奪う。魂と魂がぶつかり合い、心地よい高揚感に包まれる。なぁ、×××。俺はてめえと一緒ならどこまででも行ける。だから―――、
1話
「こんにちは、賢者様。なにやら悩ましげなお顔をなさっていますね」
食堂で依頼書とにらめっこしている賢者に声をかけたのはシャイロックだ。
「実は、西の国と北の国の国境付近の海域で漁船の連続行方不明事件が発生しているそうで…」
「そりゃ大変そうだな」
ネロがお疲れ、賢者さんと声をかけて紅茶の入ったティーカップとブリティッシュスコーンの乗った皿を賢者の前に置いた。
「そうなんです…。危険が伴う可能性もあるのでできれば北の皆さんに向かってもらいたいんですけど交渉がなかなかうまくいかなくて」
賢者は北の魔法使いとの交渉を試みてはいたが、オーエンは「興味ない」の一点張り、ミスラには「めんどくさいですね。眠いのでどっか行ってください。」と一蹴され、ブラッドリーに至ってはくしゃみで飛ばされていたりオーエンやミスラといつもの殺し合いをしていたりでろくに話ができていない。
「あー…」
ネロが事情を察した顔で苦笑する。
双子はともかく他3人を任務に引っ張り出すのに賢者がどれほどの苦労を重ねてきたのかは魔法舎の全員がよくわかっている。ネロ自身キッチンでは毎日のように普段の倍以上の砂糖を入れた生クリームだの信条に反する消し炭だのをねだられ、ちょっと目を離せば作ったものをつまみ食いされている立場上、少し疲れた顔を浮かべる賢者を思いやらずにはいられない。
「今回の任務の行先はどのあたりなのですか?」
「とりあえず報告があった町に行ってみようかと……ネロ?」
「……………」
ネロは任務の依頼書を見たまま固まっている。
「お? なかなか面白そうな依頼じゃねえか。」
ネロの肩越しに突然現れたブラッドリーに3人とも驚く。シャイロックですら眉をぴくりと動かした。ブラッドリーはネロに文句を言われながらもその肩に腕を置いて体重をかけ、改めて依頼書に一通り目を通すとにやりと口元を歪ませた。
「おい賢者。その依頼俺様が行ってやってもいい」
「本当ですか!」
「おう。ただし条件付きだ。こいつをつれてく」
「はぁ!? なんでそんな話になんだよ」
ブラッドリーがネロを指して告げると、唐突な指名に本人からは怒りと焦りが混ざった声が上がる。
「何でも何も、わかってんだろうが。そういうことだからよろしく頼んだぜ」
そう言って立ち去るブラッドリーをネロは複雑そうな表情で見つめていた。