未定霊災孤児の🌟と12000年後に🌟の存在を知るオリジナルになった🍎
がらんとした部屋の中、自分だけの呼吸。父と母が先日まで居てくれた、そこで生活をしていた。今は、独りきりだ。これからは一人で生きなければいけない。部屋があるだけまだマシだ。今日にでも働く場所を探して、生きなければ。
生きなければ?
こんなに苦しいのに、生きなければいけない?
そう思ったら、足から力が抜ける。
「……」
生きる、ってなんだっただろうとぼんやり思考を巡らせる。けれども答えは出ない。遺体すら残らずいなくなってしまった親を想うけれどもどうにも実感すら湧かないで一人きりの部屋に座り込む。
窓からは、黎明の光が差し込んでいた。
腰まであった髪を切り落とす。ザクザクと刻んでボロボロにする。顔は土をつけて汚したままにして、服はなるべく長い袖ものを着て、言葉遣いも悪くして。常に武器になるものは手離さずに、家に帰るまでは一人きりにはならないようにした。そうでもしないといけなかった。自分を守る大人はどこにもいないから、自分で自分を守らなければいけなかった。
ある日の事、その日も採掘の仕事に出て納品を終えた帰り道、なんだか視線を感じる。売上金を狙われているのだと感じて盗られないようにと辺りを警戒しながら歩き回る。素直に家に帰りたい所だが、後をつけられて襲われるのはごめんだ。クイックサンドにでも入るかと歩く方向を変えたその時、
「あぶっ!!」
人とぶつかって情けない声が出た。
「す、すまない!」
尻餅をついて鞄を抱えるとぶつかった先の人が慌てたように声を上げて手を差し伸べてきた。体躯が大きい、どうやらエレゼンのようだ。まずい、手を差し伸べるふりをして荷物を盗られるかもしれないと警戒をする。先程よりも強く鞄を握りしめて見上げたその人は酷く狼狽えた顔をして自分を見つめてくる。
「…、あの……何? 僕は大丈夫だから」
怪しいエレゼンを睨み、さっさと立ち上がりクイックサンドに向かおうとした所、男は焦ったように何か言葉を探していた。なんだろう、物盗りの下っ端だろうか。だとしたら下手くそすぎて才能が無い。
「その、自分は……!」
無視を決め込み逃げようとした所、後ろから引き止める声がする。あんな男は知らないけれども、どこかで会った事があるのだろうか。振り返ると深い暗緑の短い髪にウィンドシャードのような瞳をした男が自分を見つめている。人攫いの可能性もある。品定めされているのかもしれない。
「……」
ジッと睨みつければ男はオロオロと視線を泳がせるばかりだ。物盗りにしろ人攫いにしろ、使えなさそうだ。
「じ、自分は、そう、魔法が使えるんだ」
何を言い出すかと思えば、男の口から出たのは呆れるほどに陳腐な言葉だった。こちらを乳児とでも思って馬鹿にしているのだろうか。いや、ここで怒りでもしたら負けだ。相手にするのはやめよう。
「…詐欺とかそういうのの片棒とかは無理なので」
「いや、その、自分は怪しいものではなくて!」
「十分怪しいものですよ…」
まずい、何か薬をやってるのかもしれない。返事なんかしなければよかった。変なのに絡まれてしまったけれど、こんな事は日常茶飯事のウルダハで助けてくれる人などありはしない。変に刺激をして刺されるのも嫌だ。どうにか振り払って逃げられないだろうか。一か八か走って撒くべきか。そう思い立ちあがろうとした時、
「待ってくれ、■■■!」
呼びかけられた名前に心臓が跳ね上がる。独りになった日からそっと奥底に仕舞い込んだ自身の本当の名前。今は亡き両親と採掘のギルドマスターしか知らない筈のそれをこの男は呼んだのだ。
「なん、で」
その名前を。
この男は一体自分の何を知っていると言うのだ。
「……ご両親から、頼まれたんだ」
男は再び手を差し出した。誰かに手を差し伸べられることなどもう無いと思っていたのに。
「話を聞いてくれないか?」
その声はどこまでも優しかった。視線が泳ぎ、開きかけた口を閉じて私は差し出された大きな掌に自分の手をそっと重ねる。見上げたその人はどこか泣きそうな顔で、それでいて笑って、私の顔を見つめていた。
幼い頃、自分の心の拠り所となっていた人。いつの間にか、会えなくなってしまって心にぽっかりと穴が空いたようだった。もしかしたらどこかで死んでしまったのかもしれない。もう二度と会えないのかもしれない。そう、思っていたのに。その人は私の前に再び現れたのだ。成長した私を見て、驚いていたようで。
「私、冒険者になったんだ。大変なこともあったけど、でも、旅をするのが楽しくて。だからね、一人でも生きていけるよ」
あなたがいなくても私、頑張ったよ。そんなことは言えなかったけれど。
「また、どこかで」
そう言って手を差し出そうとした時、心臓が音を立てて意識が遠のく感覚。過去視だと悟る。
「なんで」
なんで、あなたが、そのローブを着ているの。どうして、赤い仮面を着けているの。だって、それは。
「アシエン」
私がこれまで戦ってきた。
「ファダニエル…?」
私が斃してきた。
だってあなたは、私の、お兄さんで、大好きな。
「どうして君が、光の加護を…駄目だ、それは、」
「うそ、うそだ、アシエンだったの…? 私が、こうなるって、わかっていて、あの頃から騙して」
「ちがう、ちがうんだ。ただ自分は、君に生きていて欲しいだけで」
「まさか、あの人の、あの人の体をアシエンが乗っ取ったの!? 返して!! その身体から出て行って!!」
嘘であって欲しかった。自分の最も愛する思い出が、壊れてしまう。護りたい筈のものが、壊れてしまう。
何かを言いかけて、言葉にならず、ただ手を伸ばされた指先がとても怖い。目の前にいる人は大好きな人のはずだったのに得体の知れない何かに変わってしまった。
触れようとする手がとても怖い。
「やめ、なにっ…!!」
どうして。ずっと大好きだったのに。何故あなたが。自分を闇の使徒にするつもりで飼い慣らそうとしていたの? 最初からそのつもりで?
「っ、…光の加護のせいか…」
触れようとする指に閃光が散る。歪んだ瞳はあの優しい面影を消して、忌々しいと言わんばかりに彼女を見つめていた。
「こんな事なら…君の元を離れなければよかった。こんな、呪いのような護りをかけられるなんて…」
「どうして、きみが、」
「ただ、君に生きていてほしいだけだったのに」