今夜もアバンチュール 面堂が用意したのは最上階のスイートルームだった。
ホテル支配人の計らいか、カーテンはすべて開け放たれていて、部屋に入るなり眩いほどの夜景が視界を埋め尽くす。
「粋なもんだな」
面堂が満足げに頷くが、それに対しては返事をせず、いくつになってもお坊ちゃまはお坊ちゃまなんだな、とだけ思った。都会のネオンを受けた部屋は夜とはいえ明るくて、暗所恐怖症の坊でも心乱されることなく過ごせるようだ。
すごく綺麗ね、と窓際に駆け寄る可愛げをあたるが持ち合わせているわけもなく、どっこらしょ、とキングサイズほどはあるベッドにスーツのまま飛び乗る。横になると余計に酔いが回り、天井がぐらついて見えた。おざなりに横たわったまま、酔いを冷ますようにため息を吐く。視界の端に映る面堂は涼やかな顔でネクタイを緩めていた。
「…面堂のせいで、飲み過ぎた」
「あほ、人のせいにするな。さっきも言ったが、貴様が勝手に飲み過ぎたんだろ」
小馬鹿にしたような顔付きで近付いてくる面堂の手にはグラスが握られていた。
「なんだよそれ」
「文句言わずに飲め、どあほ」
ただの水だ。ぐいと鼻先に突き付けられたグラスは中の水によってよく冷えていて、アルコールで粘ついた喉をいかにも潤してくれそうだった。無言のままにグラスを奪い取り、口をつける。美味い。上半身を起こさないことにはきちんと飲めないことに途中で気付き、不精とは分かりつつもグラスを傾けながら半身を起こす。冷たいグラスの奥を見つめながら、今日の日のことを思った。
「…同窓会、だって」
まるで嵐のように脳裏を駆け抜ける面映い記憶、それから先ほど再会を果たした旧友の笑顔。心のなかの柔い部分を燻られているような、なんとも気恥ずかしい気持ちになる。
「それがどうした?」
「な~んも思わんか?」
あたると面堂がホテルの一室で二人きりでいるまさしく今、この時も、ホテルのレストランでは会が開かれている。なんともいえない背徳感を、あたるは案外心地よく受け入れていた。まるで打ち上げ花火の中央にいるみたいだ。
「…アバンチュールというやつが、生まれるもんなんじゃないのか?」
水を飲んだことで少し頭がクリアになった。咄嗟に口をついて出た言葉に、面堂が目を瞬かせて驚く。
「――は?」
面堂の顔に殺気にも似た動揺が灯る。さすがに日本刀は携えていなかったが、もし今もその手のひらにあれば、間違いなくあたるに斬り掛かっていただろう。
「…どういう意味だ?」
「よくあるじゃないか。久しぶりに会って、盛り上がっちゃうやつだよ」
面堂くんの方こそ、そういうの一番好きそうじゃないか。煽りに煽る口調で言って、挑発するように笑うと、面堂が静かに怒った。あっという間にベッドに組み敷かれて、仰向けのまんま、シーツに指を縫い付けられる。
「………貴様、そういうつもりだったのか?」
低く唸るような声が、夜景のなかに溶けていく。あのカーテンを開け放った支配人を少なからず恨む。こんなに明るかったら、面堂はあたるを許してはくれない。怖いとも暗いとも狭いとも喚かない。ただただあたるを見て、あたるに感情をぶつけるだけだ。たまったもんじゃない。
「なにが?」
「………僕以外の、…僕と、ラムさん以外の…」
「あほ、俺が聞いてんだっつうの」
こつん、と面堂のあたまをはたいた。大槌で小突いて失神されては困るので、それはそれは優しい手つきを心掛ける。呼吸がくすぐったい距離で見つめ合って、鼻先を擦りつける。
「取り留めもない話をするな」
「汲み取る力がないのを俺のせいにするな」
お前なら引く手あまた選び放題だろう、と声には出さずに、酒の勢いを借りて抱きついてやった。まあ存外臆病者のお前には無理だろうか。腕のなかで苦しそうに呻く面堂の耳元に唇を寄せ、アバンチュールが俺で良いのか、と努めて小さな声で尋ねた。
「は?」
面食らったような表情を浮かべる面堂は笑えた。
「…二度は言わんぞ」
「…諸星、もう一度言ってくれ」
突っぱねようが、突き射すような獰猛な瞳に塞がれる。目の前を覆う繊細な黒髪からは清潔な香りがしてくらくらした。
間髪入れずに口づけが降ってくる。アルコールでべたついた甘い唇の端っこを舐め取られ、吸い付かれ。キスをされながら、お前風呂に入ったのか、とそれとなく聞くと、嗜みだ、と平然と言われた。不覚にも、きゅんとした。
押し倒されたまま、シャツのボタンを外される。ネクタイを解かれながら、はっきりと兆しを持ち始めた昂ぶりを撫でられ、ワントーン高い声が漏れる。
指を絡めながらも、なけなしの理性のなか快楽に抗う。不埒な手がシャツをまさぐり、ぷっくりと膨れた先端を意地悪く撫でていった。
「…んっ、あほ、」
どんなに絶体絶命な状況でも、切羽詰まっていても、鷹揚でいたかった、心の内を悟られたくなかった。だから性懲りもなく悪態をつくのに、ベッドの上に限って面堂は、あたるを小馬鹿にするようにいなす。
「…あっ、あっ、や…」
乳首を舐め上げられ、あらわになった脇腹を面堂の指がうろつく。気付いたときにはスラックスを脱がされていた。そのまま、潤滑剤でナカを解され、熱を押し込まれていた。
「…んっ、あっ、はぁっ…っ…」
「声、我慢するな」
「あほ抜かせ…ああっ…ひやッ…あっ…あっ…」
「…体は正直だな」
ここか、と聞かれて、奥を穿かれる。内壁の浅い敏感なところを抉るように擦られたあと、腰が浮くほどの速度でいいところを突かれた。
「あっ、…はあっ…あっ、あっ、やぁっ…――」
「諸星、もろぼし…」
名前を呼ばれたので、困ったな、と思った。思いながら、面堂の首元に抱きつく。あたると面堂がつながっているところから、正気では聞いていられないほどのやらしい水音が響く。腰や臀部を揉みしだかれながらも、断続的に訪れる快感に嬌声を抑えられそうにない。
「…んっ、んっ、あっ…――」
面堂が意識しているのかは分からないが、緩い刺激と腰が折れてしまいそうなほどの激しい動きが突如として順繰りに巡ってくるので、体はずっと甘イキを続けている。
「…んっ、おま、激し…あっ、あっあっ…」
あほ、と軽口すら叩けない。奥のしこりをごつごつと突かれて、目の前が飛ぶ。ナカをきゅっと締めると、面堂の昂ぶりが大きくなるのが分かった。
「…や、そこ、だめ、だめ、だってば…」
不規則な嬌声の合間に、これまた不規則な呼吸をして、息を整える。面堂のストロークに合わせて揺れる自分の腰にも、ここまでくると笑えるもんだ。
「…あっ、あっ…――」
そこ気持ち良い、と、ここまで極限状態になっても、さすがに言えなかった。根本まで押し込まれ、浅いところぎりぎりまで引き抜かれ、またでたらめに突かれながらも、甘ったるい吐息しか漏れない。
「…んっ、んっ、やっ――」
好きだ、と思わず言ってしまうほど気持ち良かった。でも言えない。言えるわけない。
とはいえあたるは、面堂が思っているよりも、面堂のことが好きだと思う。
目を瞑ると出所のよく分からない涙がこぼれた。
気付けば日付が変わっていた。
寝返りを打てばすぐ隣に、やけに明るい部屋のなかで無防備に眠る面堂がいた。
「………気持ち良さそうに寝やがって」
すこやかな寝息を立てる面堂の頬を人差し指の背で撫で、乱れた前髪を余計に乱す。あちらこちらへ飛び交う髪の毛を見るにつけ、なぜか満足した。
あたるももう一度、面堂の横に寝転んだ。
ああ、一夜のアバンチュールをもう何年繰り返しているんだろう。
そしてこれからも、ちいさなちいさな二人きりの夜を積み重ねていくのかと思うと、ちょっと笑えた。
もう、逃れられやしないのに、何度だって抗うのだ。お前と俺がいる限り。