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    らいか

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    らいか

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    🐏🔮です。左右はどちらかと言えばです。宙さん(@sora____97)の素敵な企画に参加させていただきました。ありがとうございます。モブが出てきます。
    川村カオリの「神様が降りてくる夜」という曲がモチーフになっています。

    #PsyBorg

    神様が降りてくる夜 犬の散歩をしていると、少し先の道に男性が倒れているのが見えた。
    「大丈夫ですか」
     声を掛けたが反応がない。
    「おい、じいさん!」
     揺すらずに声だけを掛ける。
    「う、うう…」
     良かった、無事か。
    「大丈夫ですか、どこか痛んだり具合が悪くは?」
    「いえ…すみません、大丈夫です」
     身なりがいいとはお世辞にも言えない、若干饐えた臭いが漂うボサボサの髪の毛の痩せた老人は、それでもどこか紳士的で話す言葉の端々にも知性があった。
     事業が失敗し家族とも離散しホームレスになったが、風の噂で彼の妻だった女性が亡くなったらしい。その墓標に花を供えたくて歩いて向かっているのだと言う。
    「場所はどこなんですか」
    「フロリダです」
    「フロリダ!?歩いて行こうだなんて正気じゃない、せめてヒッチハイクをしてはどうです?危険はありますが」
    「もちろん考えました。しかし、このような姿の私を車に乗せようと思ってくれる人はいないでしょう。大丈夫、いつかは必ず辿り着けます、陸地は続いているのだから」
    「しかし…失礼を承知で伺いますが、少しは所持金はありませんか、格安の手段を探す手伝いなら」
    「お恥ずかしい話です。なけなしの金はあるが…これは妻の墓に供える花を買うために集めたもので、使うわけにはいかないのです、どうしても」
     心の中で考えていた。詐欺師の類いなのかも知れないし、ホームレスは事実としても、同情を集め多少の施しを受ける為の嘘かもしれなかった。しかし気を失っていたあの姿は演技などではないし、もしこれが嘘なのなら、希代の俳優も彼には負ける。
    「フロリダ…確かにフロリダと言いましたね?」
    「…ええ、そうですが…」
    「俺はあなたと神に感謝しなければならない。ちょうど数日後、フロリダで行われる恩師の表彰式典に呼ばれていたのをあなたの言葉で思い出した。しかしフロリダには土地勘がなくてね。おまけに義肢ときている。ぜひ飛行機に乗って俺の介助をしてくれないだろうか。そんなに礼は出来ないが、もちろん着いてきてくれるなら飛行機代くらいは出させてもらいたい」
    「しかし…おそらくあなたの義肢義足はとても素晴らしいものなのではないのですか、こうしてこんなに大きな犬の散歩が出来ているのだから」
    「そう見えるだろうが、この子は賢くてね。俺を引っ張ることなんてない。こうしてリハビリを助けてれているんです、なあ?」
     ワン!
     最高のタイミングでドッゴが吠える。
    「ほら、彼は英語も理解出来る。どうか俺を助けてはもらえないだろうか」
     老人は戸惑いながら、俺に深々と頭を下げた。
    「ありがとう、私にとってはあなたこそが神だ」


    「そういう訳で、彼にスーツを見繕ってくれないか、浮奇」
     俺は彼の写真を送ると、通話で経緯を説明した。
    「任せて。俺の得意ジャンルじゃん。遠慮しなくていい値段で、でもお洒落なものがいいかな。あ、ふーふーちゃん、採寸して欲しいところがあるんだけど…ちょっとビデオ通話に切り替えて説明する!」
     映像に切り替えて、浮奇の説明を受ける。肩巾や胸囲、腰あたりの「中胴」、ゆき丈、そして総丈。
    「結構あるんだな」
    「そうだよ、セミオーダーでも、採寸さえしっかりしてれば決まるものだから、よろしくね」
     浮奇は何だか楽しそうだ。ホームレスの彼─そう言えば名前を聞いていない─は今シャワーを浴びている。俺はとりあえずの部屋着を貸し、洗濯機や乾燥機は好きに使ってくれと説明した。
    「ふーふーちゃんと違って、ブラウンやベージュのスーツが似合いそうな人だね」
    「確かにそうだな。浮奇、張り切ってるな?」
    「だって…」
    「優しいお前のことだ、二人の再会を精一杯美しくしてやりたいんだろう?」
    「…そうだよ。花を買うお金だけは使えないって言う人を見捨てないようなふーふーちゃんが俺の恋人でよかった」
    「俺もだよ、ともすれば危険だろうと怒られても仕方がないのに、批判せずに手伝ってくれるお前が恋人でよかった」
     ひひ、と浮奇の可愛い声に眦が下がる。
    「コホン…失礼、お邪魔をしてしまった、シャワーのお礼を言いに来ただけです、ありがとうございます」
     老人の声に振り返る。人見知りの浮奇はぴたりと喋らなくなった。
    「あ、いや、気にしないでください、新品の替えのシェーバーがあるのを忘れていた。使って下さい」
    「いや…しかし、その方があなたが変な目で見られないのですね、お言葉に甘えて使わせていただきます」
     ともすればクイーンイングリッシュなのではないかと思うようなアクセントだった。少なくともアメリカ人ではないだろう。人間はいつ転落するかなど、誰にもわからないのだ。


     その日のうちに俺は飛行機を予約した。そして何と、翌日には浮奇からスーツが届いた。スーツは二着、ブラウンとダークグレー。俺の好きな赤にひとしずく浮奇の色を混ぜたようなワインレッドのシャツと、ブルーのシャツ。ネクタイもベルトも靴下も靴も、ポケットチーフまでが箱に入っていた。色のセンスの良さが彼らしく、そして浮奇の手紙にはこうあった。
    『ハーイ、ふーふーちゃん。これは俺からのプレゼントだよ。お礼は、フロリダからこのスーツを着て俺に会いに来てくれること!楽しみ!』
     彼を象徴するような、柔らかな文字。きっと、スーツを選んでいる間に俺とスーツでディナーにでも行きたくなったのだろう。いつも、俺が何かを頼んでやっと何かをねだってくれる。我が儘を言って欲しいのに、自分からはほとんど冗談めかしてしか言わないから、甘えて欲しくてつい先に頼み事をするようになっていた。きっと、俺と揃えたコーディネートをしてくれるのは分かっているけれど、何も言わない。分かっていた、なんて興醒めだろう?いくらでも驚いてやるさ。
     俺は老人にスーツを渡した。とても驚いていたが、これが俺たちの楽しみであることを説明すると、何とか飲み込んでくれた。
    「この老いぼれもかつては人に物を贈る喜びを知っていたような気がします」
     そう呟いた言葉に、俺は言った。
    「だが、貴方にはこれまで辿った軌跡がある。俺などあなたの半分も生きていないだろう…それは称賛に値することだ」
     ただ年を重ねることだけが素晴らしいなどとは思わないが、これからの人生の方がまだ長いはずの俺にとって、彼の過ごした年月の重さなど分かるはずもない。普段は俺より若い仲間や恋人に囲まれていても、俺もまだまだ若造なのだから。


     フロリダの空港に着いて、一番近くの花屋に寄ると、クレマチスの花束を選ぶ老人の背中を見守った。白と紫の優しい花弁は、浮奇を思い出させる。
     しかしまあ、今の彼を見て誰がホームレスだなどと思うだろう。後ろに撫で付けた白い髪の毛も、浮奇の見繕ったスーツも、その立ち居振る舞いも、完全に英国紳士のそれであった。
    「ありがとう…貴方には本当に感謝してもしきれない」
    「こちらこそありがとう、これで恩師の顔も立つだろうし、たまには人に親切にしてみるものです」
    「貴方は人の為に嘘がつける人だ。この老いぼれは貴方と貴方の恋人の彼の幸せを願います」
    「さて、何のことでしょう…それでは、奥様によろしく」
     花屋の前で俺たちは別れた。温かな風が一陣、頬を掠めて過ぎて行った。


     さて、ここから浮奇の家に向かおうと思い歩き出した瞬間、目の前が…いや、世界が真っ暗になった。
    『ファルガー・オーヴィド』
     声のする方を向いた。何と言う光だ。とても目を開けていられない。
    『今からお前の望む誰か一人にプレゼントを渡す手伝いをしてやろう』
    「何故だ、プレゼントなどあげたい人間には自分で渡す」
     そう言うと光は笑った─ように感じた。
    「神がそんなケチなことは言わない。過去でも未来でも、今は亡き者にでも、誰にでも何でも渡せるプレゼントだ。ただし時間は約五分」
    「誰にでも…それは流石、神だな」


     白い建物の前に、憂鬱そうな顔で座っている少年のアメジスト色の髪の毛と瞳は、とても見慣れているのに新鮮だった。子供の頃の写真はないのだと言っていたけれど、想像した通りの美しい面立ちだった。
    「すまない、坊や。南はどちらかだけ、教えてくれないか」
     遥か未来の、遠い過去にでも、確かに神は俺を連れて行ってくれた。
     少年は驚いた顔で飛び上がる。
    「待ってくれ、道に迷っているんだ」
     おそらくは治安のいいとは言えない場所で、こんな言葉が浮奇の不審を拭える訳はないのは百も承知で声を掛ける。浮奇は逃げようとして、俺を見て立ち止まる。
    「…あっち」
    「ありがとう。これで家に帰ることができる…これはお礼だ、坊や」
    「…いらない。知らない人には何ももらうなって」
    「それはまあ正しい。しかし俺が持っていても仕方ないんだ。もらってくれないか」
    「…自分がいらない物を人にあげようとしてるの?」
    「おお、痛い所を突いてくるじゃないか。おじさんは大人だからな」
     そう言って笑うと右手でそれを差し出した。
    「なに、これ」
    「天体望遠鏡と言うんだ。星は好きかい、坊や」
    「…好き!」
     少年の顔が少し明るくなる。
    「そうか。これは初心者向けの経緯台という架台で、屈折式だ。反射式やカタディオプトリック式もあるが、子供にはこちらがいいだろう。衝撃に弱いからな、カタディオプトリック式は。ファインダーは子供には難しいだろうが、すぐに慣れるさ。これで夜空を見てごらん、きっと楽しいから」
    「おじさん何言ってるか分かんないよ」
    「ああ、すまない、つい。これで星を見てくれ、どれだけ辛い時でも淋しい時でも、星はそこに必ず輝いているから」
    「…star gazing…ありがとう、おじさん」
     タイムリミットのようだった。はにかんで笑う顔は木漏れ日のような温もりを俺にもたらした。
     次に目を開くと、浮奇の家の前だった。両手にはクレマチスの花束がある。
    「俺にもオマケがついてるのか。飛行機に乗る手間が省けたな、神に感謝だ」
     ベルを鳴らす。一呼吸でドアが開く。まるで待っていたかのように。
    「ふーふーちゃん…!予想通り似合ってるよ、スーツ!」
     ほらな、同じスーツに紫色のシャツ。
    「お前もだ、浮奇。世界一だ」
     花束を渡すと同時に抱き合う。
    「どこかでディナーにするか?」
    「もちろん!」


     食事の後、ベッドの上でくつろぎながら毛布にくるまっていた浮奇が飛び起きた。
    「待って、今何時!?」
     俺はスマートフォンの時間を見る。
    「23時55分だ」
    「間に合った!!ちょっと待ってて、ふーふーちゃん!」
     ほとんど裸に薄いガウンを引っ掛けて走る。バタバタ、と物音がして扉が開く。
     その手には、つい少し前に浮奇に渡した新品の天体望遠鏡がボロボロの状態で握られていた。
    「何かさ、昼間にいきなり神様とやらが来てさ」
    「ああ」
     窓辺に座ってセットする様子は慣れたもので、光学ファインダーを手早く調整する。
    「人助けしたからご褒美をくれるって、今日の夜の12時ちょうどに宝物の天体望遠鏡で星を見てみろって」
     スマートフォンをもう一度見る。
    「ちょうど夜の12時だ」
    「そしたら、5分だけ、俺の初恋の…」
     浮奇は黙った。息を飲んだかと思ったら吸い込んだ。
    「どうした、月明かりで見えにくいか?」
    「ちが…え、これ、どうなってんの」
     浮奇は混乱した表情で俺の方を向いては望遠鏡を覗き込んでまた俺を見る。
    「俺の初恋の…この望遠鏡をくれた人が…見える…って…でも、望遠鏡を見たら…何でかふーふーちゃんが見えるんだけど!?俺はあの人を一目見て、心の中でお礼が言いたいだけなのに」
    「興味深いな、浮奇の初恋はどんな奴だったんだ?」
     機械の手のひらがそっと弛む俺の頬を摩る。
    「子供の頃だからしっかり覚えてるわけじゃないけど…銀髪の」
    「おっ?」
    「何かピシッとしたスーツの」
    「お前がプレゼントしてくれたような、か?」
    「そう」
    「それでもって早口で天体望遠鏡の性能を説明しそうな男が目の前にいると思わないか?」
     そう言ってウインクをすると、浮奇が叫んだ。
    「ふーふーちゃん!君だったの…!?俺をずっと支えてくれたこの輝きに出会わせてくれたのは…」
     俺は腕を広げた。顔を覆って、泣きそうだった浮奇は、全宇宙の星にも負けない笑顔で飛び込んでくる。


     神様、俺への最大のプレゼント─浮奇の初恋を、ありがとう。
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