Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ayase

    サスナル小説置き場

    リアクションなど応援ありがとうございます!
    とても励みになっております🙇‍♀️

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    ayase

    ☆quiet follow

    サスナル同居シリーズ2
    大戦後の二人が同居する世界線のシリーズです
    1はこちら https://poipiku.com/5420781/6832996.html

    サスケの突然の体調不良に慌てふためくナルト。
    ナルトは自身にできる限りのことをして、サスケの身を案じるが事はそう簡単にいかず、二人の思いはすれ違ってしまい…
    ナルトとサスケの生き方・価値観・忍という世界に焦点をあてて書きました。

    #サスナル
    sasunaru

    告解 肌寒さで目が醒めた。夜も明けて間もないようだ。薄暗い視界の中、ナルトは掛け布団を口元までたぐり寄せた。まだ起きるには早い。もう一眠りしようと横に寝返りを打って、寝ぼけ眼で隣に敷かれた布団に目をやる。サスケの姿は見えない。代わりに敷布団の上にこんもりと山がひとつできていた。どうやら頭まで覆うようにして中に潜りこんでいるようだ。
    「さすけぇ、どしたあ?」
     寝起きで思うように舌が回らない。ナルトは眠い目を擦りながらもう一度声をかけた。返事はない。
    「おーい」
     仕方なく毛布を肩に羽織って布団から這い出る。布団の上から左右にサスケの身体揺らすと、くぐもった声で「揺らすな」と返ってきた。言葉通りに揺らすのをやめる。しかし一向に顔を出す気配がない。
    「……平気か?」
    「ほっとけ」
     短く突き放されて、ナルトは唇を突き出した。こういうときサスケがなにを考えているのかわからない。暖簾に腕押しだ。分け合いたいって言ったじゃねえかよ。無性に苛立ったが貝になった相手に食い下がっても仕様がない。ナルトは諦めて布団に戻った。瞼を閉じても、横の男の様子が気になって爪先がそわそわする。頭まで掛け布団を被って、背を向けた。ぎゅうと強く目を瞑っても、先ほどまでの溶けるような眠気はもうやってこなかった。

     どれくらい時間が経ったのか。少し微睡んでいたらしい。障子からは光が射しこみ、すでに太陽は昇っているようだった。目脂でくっついた瞼を乱暴に擦っていると、横の布団が空になっていることに気づいた。
    「サスケェ?」
     ナルトは素足で廊下に出た。まだ朝の冷気を纏った床は氷のように冷たい。さながら薄氷の上を歩いているみたいだ。足裏から直に冷たさを感じて、背筋が震える。
    「うー……さっみぃ」
     ひとつひとつ部屋を覗いても、サスケの姿はない。居間にもいなかったし、残るは風呂と洗面所くらいだ。
    「おーい、どこだあ?」
     呼びかけながら洗面所を覗きこんだ。すると、ぐったりと蒼白になって力なく洗面台に凭れかかっているサスケの姿がそこにあった。ざあっと一気に血の気が引く。
    「サスケッ!」
     ナルトは慌てて駆け寄り、身体を起こそうと脇に手を入れる。すると振動でサスケがオエッと嘔吐いて、胃液が床に垂れた。もう吐くものも残ってないらしい。力の抜けた身体は重い。無理に動かすのはやめたほうがよさそうだ。ナルトはサスケの腰を支えるように、そうっと身体を横にした。床に転がったサスケの両足を同じ方向に曲げ、首を横に向けさせる。こういうとき片手なのがもどかしかった。
     どうにか床へ寝転ばせた男の背中に耳を当てると、心音はちゃんとある。雑音も聴こえないから、素人判断だが多分胸のほうも大丈夫だ。
    「サスケ!」
     だが、呼びかけに対して反応は薄い。ナルトはサスケの頭を膝に乗せて、躊躇いなく口の中に指先を突っこんだ。吐瀉物で窒息するのは防がなければならない。ウッとサスケが苦しそうに嘔吐く。その声を聞いてナルトの眉根が寄った。慎重に口腔内を指先で探る。幸い、口の中にはなにもなかった。ひとまず窒息の心配はなさそうだ。
     ナルトは唾液で濡れた指先を寝巻きの袖口で乱暴に拭った。次に洗面台に掛けてあったタオルを枕がわりにしようとサスケの頭の下に敷く。そのままサスケの身体を横にして、台所へと走った。目当ては硝子のコップに水と食塩、それと砂糖だ。すっかり慣れ親しんだ台所からそれらをかき集める。水がなみなみ入ったコップの中に目分量で食塩と砂糖を溶かしていく。あと必要なものは柑橘類……冷蔵庫につい先日唐揚げを出した際に使った檸檬の残りがあったはずだ。ナルトは冷蔵庫から半分に切られた檸檬を引っ摑むと片手でぎゅうと絞った。数滴、汁がコップの中へ垂れていく。即席でつくった経口補水液だ。それを片手に急いでまた洗面所へと戻る。
    「サスケ!」
     声をかけると、サスケが虚ろな眼差しでゆっくりとナルトのほうを見た。
    「身体、起こせるか」
     床にコップを置いて、サスケの脇の下に手を入れる。壁に凭れかけさせ、補水液の入ったコップを口元へ近づけた。サスケはまだぼうっとしていて、差し出された飲み物を胡乱げに眺めていた。
    「かなり吐いたんだろ。飲めってば」
     唇にコップの縁を押しつけた。受け取ろうとサスケの手が途中まで上がって、パタリと力なく床に落ちてしまう。脱水で身体が言うことをきかないのだ。サスケは嫌がりそうだが、こうなっては仕方がない。ナルトは壁の間に自身の身体を滑りこませて、サスケの背を抱えるようにした。
    「ほら」
      再度コップを口元へ持っていき、傾ける。焦らずに少しずつ飲ませていく。補水液を全て飲ませ終えた頃には気持ち顔色が良くなっていた。ナルトはサスケを抱えたまま、生白い首筋に手の甲を当てる。……熱くはないから熱は多分なさそうだ。なんにせよ、すぐにサクラを呼びに行きたい。だが、この状態のサスケを置いて出ていくのは気が咎めた。今は落ち着いているが、ナルトのいない間にまた気を失ったらと考えるとゾッとする。知らず知らずのうちにサスケの手をぎゅうと握りしめてしまう。でもこうしていたところで体調が良くなるわけもない。
    「サスケ、オレ、サクラちゃん呼んでくるから」
     喉奥から絞り出した声は随分不安げなものだった。どうにか心配させまいと顔をつくるが、口元が引きつってしまう。サスケは変わらずぼうっとしていたが、ナルトの表情を見るとやにわに身体を起こそうとする。
    「サスケ! 下手に動くなって!」
    「うるせえ。しばらく、横になってれば、治る」
     減らず口が叩けるようになったのは何よりだが、このままだと意固地になりそうだ。野良猫みたいな男だとつくづく思う。弱いところを見せたくなくて、常に平静を装っているが負けん気が強く、そのくせ心の内は柔い。
    「足元もおぼつかねえくせになに言ってんだってばよ。いいから、横になってしっかり水分とっとけよ」
     補水液を大量に飲ませたほうがいいだろうが、今はその時間も惜しかった。ナルトはサスケの身体をゆっくりと床に下ろして、台所へ再度向かった。冷蔵庫には作り置きしたばかりの麦茶がボトルに入れられている。とりあえずは水分補給だ。あとは——だめだ、焦りで頭がうまく回らない。それでもなんとかこの切迫した状況に対応できたのはひとえにサクラや綱手のおかげだろう。随分昔のことだがアカデミーでも緊急処置の講習は一通り受けた。たしか実技もあったように思う。だが、ろくすっぽ聞いていなかった。当然実技ではイルカにしこたま怒られた記憶がある。本来、医療の分野は医療忍者が専門だ。だから正直必要ないと思っていた。驕っていたのだ。そんなものなくたって平気だと。
     だが命の危険が伴う任務を任されるようになってからはさすがに危機感を持った。失う命はないほうがいい。おまけに現場では医療忍者と行動を共にできないこともままある。サクラや綱手もそう思ったのだろう。医療忍術に長けていなくてもできることはある。仲間を死なせたくないのならお前がやるんだ。医療忍者が到着するまでに命を繋ぐ。そのための最低限の医療知識は知っておいたほうがいいと、忍術がなくともできることをいくつか教えてくれた。そのときは半信半疑だったが、まさかここで役立つとは思いもしなかった。
     胸の内に渦巻く不安を吐き出すように大きく深呼吸をする。気の持ちようかもしれないが、少しだけ視野が広くなった気がした。卓の上に置かれた菓子皿には煎餅やらチョコがざっくばらんに入っている。その中を掻き分けて塩飴をいくつか引っ摑み、ナルトは急ぎ足で麦茶を脇に抱えて洗面所に戻った。億劫そうにサスケが顔を上げる。
    「サスケ、オレが戻ってくるまでこれ飲んどけよ。あとこれも」
     飴の小包装を口に咥えて片手と歯を使って封を開ける。中から飛び出てきた飴をサスケの口に放りこんだ。瞬間、サスケが渋面になったが今は構ってられない。
    「水分と塩分とったら、あとはじっとしてろよ」
     深呼吸したときに不安も焦りも吐き出したはずだった。だが、調子の悪そうなサスケを見ると心臓の音がまたどくどくと速まっていく。ナルトは寝巻きだったこともすっかり忘れて「じゃあ、行ってくっから」と告げ、玄関へ走った。後ろから「おい!」と掠れた声が聞こえたが、振り返らなかった。

     着の身着のまま全速力で走った。隔離されるようにつくられたうちはの里を抜け、市街地に差しかかる。人の通りはまばらだった。そういえばサスケのことで頭がいっぱいでろくに時間も確認していなかった。だがこの様子を見るにまだ朝早いようだ。ほとんどの店はどこも開いていない。その中でちらほら開店準備に取り掛かっている店員を見かけた。ナルトの姿を見つけるや否や、にこやかに手を振ってくる。いつもならナルトもそれに笑って振り返す。だが、今は別だった。額からは汗が滲み、上下同じ色の寝巻きが汗を吸って色が変わっている。足袋も踵までしっかりと履いてない。余裕がなかったものだから、正直今にも脱げてしまいそうだった。脇目も振らず走るナルトの姿に、皆一様に目をぱちくりさせる。その繰り返しだ。途中で「なにかあったのかい?」と声をかけてくれる者もいたが、あいにくと答える余裕はなかった。
     昔ながらのこじんまりとした商店がいくつも軒並ぶその中に春野サクラの家はある。ナルトは春野家の前に着くなり、息も整わないまま拳でドンドンと扉を叩いた。叩きながら「サクラちゃん!」と大きく名を呼ぶ。何度かそうしているうちに中が騒がしくなり、バタバタと足音が近づいてきて扉が開いた。
    「あっ! サクラちゃ——」
    「うるっさあい!」
     ナルトを迎えたのは強烈な右ストレートだった。鼻っ柱に一発。受け身をとる間もなく、ナルトの身体は後方へ見事にすっ飛ぶ。目の前に星が散って、ぐるぐる目が回る。
    「朝から人ん家の扉をドンドン叩いて……! アンタ、なに考えてんのよ!」
     どうやら寝起きらしい。かわいらしい桃色の寝巻きとは対照的に、その額には青筋が浮かんでいた。まだ気は済んでいないらしい。再度ぐっと拳を握るのが見えて、ナルトは後退った。まずい、第二波がきそうだ。これまでにもサクラを怒らせて、その鉄拳を食らったことはある。ある意味慣れっこだ。慣れてはいるが、正直に言う。今までの中で今日が一番怖かった。あまりの剣幕に思わずナルトは一瞬怯んでしまう。だが、今はこんなことをしている場合じゃないのだ。
    「聞いてくれってば!」
    「……なによ」
     いまだ不機嫌なのは変わらないが、ナルトの姿を一瞥してただならぬ様子であるというのは伝わったようだ。ひとまずほっとした。ナルトとしては握られた拳も解いてほしかったが、今はとにかくサクラの力が必要なのだ。
    「サスケが、その、調子悪ぃみたいで。吐いて倒れたんだ。とりあえず塩分と水分は摂らせたんだけどさ……」
    「えっ!?」
     サスケという名を聞いた途端にサクラの顔色が変わる。「アンタ、それ早く言いなさいよ!」と怒鳴られて、ナルトは「だから急いでたんだってばよ!」と理不尽さに思わず言い返した。
    「サスケくんはあの家にいるのよね? ならすぐに支度してくるわ。ごめん、ちょっとだけ待ってて」
     もうそこにいたのは寝起きで不機嫌な女の子ではなかった。サクラの顔はすでに医療忍者としてのものだった。踵を返して、家の中に早足で戻っていく。待つ間なんともやるせない気持ちだった。サスケは大丈夫かな。また倒れてねえかな。嫌な考えばかりが頭を過る。
    「ナルト!」
     医療バッグを持ち、見慣れた赤の任務服に着替えたサクラが玄関から飛び出してきた。
    「サクラちゃん」
     情けなくも声は震えていた。こんなにも弱かっただろうか。不安と焦りで心臓はどきどき音を立てている。指先も冷えて、両足で立っているのがやっとだった。今のナルトはまるで泣き出しそうなのを必死に堪える子どもだ。こんな姿、見せたくない。ナルトは片方の拳を握って俯いた。ぐらつくナルトを見て、サクラは目を瞬かせた。かける言葉に逡巡しているようだった。女性らしく丸みを帯びた手がその背に伸びる。だが途中まで伸ばした手をぎゅうと握りしめ、縮こまっている背中を力一杯平手で叩いた。バンッといい音がして、ナルトが「ウッ」と呻く。
    「大丈夫、私がいるんだから」
     サクラの瞳に迷いはなかった。横目でナルトはそれを見て、ただ漠然と綺麗だなと思った。薄緑の色をした瞳はただ前を見据えている。対してナルトはまるで海に茫洋と漂う海月のようだ。ナルトを強くするのもサスケだが、揺らがせるのもサスケだ。互いに切磋琢磨しあい、意識してきたが決してそれを認めようとしない。幼い頃はそうだった。ナルトはよく鈍感と言われるし、サクラの気持ちは知れない。だがサクラからすると二人の間に芽生えた絆を羨ましく思うときもあったのだろうか。もしくは疎ましくもあったのかもしれない。だとしても、サスケとナルトの間にあるものは他の誰も立ち入れない。誰も成り代われないものなのだ。
    「……うん」
     痛む背中を押さえて俯いていたナルトが顔を上げる。早くあいつの元へ行ってやりたかった。

     以前から時折体調が悪そうなことはあった。だが、本人が平気だと言ってむっつり黙りこむものだからどうしたものかなあと手をこまねいていた。まさかこんな事態になるとは思いもしなかったのだ。もっと早くサクラに相談すべきだった。
    「サスケ!」
     ナルトは玄関口に足袋を脱ぎ捨て、一目散に廊下を駆けていく。サクラも慌てて三和土に靴を脱いで後を追った。洗面所へ足を踏み入れると、青白い顔をしたサスケが壁に凭れてぐったりとしている。
    「サスケくん! 大丈夫!?」
     サクラが側に駆け寄り、すぐに脈拍や熱の有無、瞳孔を確認し始める。サスケはされるがままになっていた。あまり頭が回っていないのかもしれない。ナルトはサクラの後ろからただそれを不安げに眺めるしかなかった。
    「まずサスケくん、今からいくつか質問するわ。辛いと思うけど答えてほしいの」
     痛む箇所はどこか、何日前から症状はあるかなどの問診が始まり、サスケが言葉少なに答える。どうやら痛むのは頭の片側で、ズキズキと脈打つ痛みが続いているらしい。症状は変則的でこれまでに何度もあった。頭痛は短時間で治ることもあれば、一日中ずっと強い痛みが引かないこともある。今日は朝から頭痛が酷く、吐き気を催して洗面所に向かった。その後はよく覚えていないとのことだった。
     頭ってそれ大丈夫なのか。傍で聞いていたナルトの気持ちはさざめいた。同時に頑なに言葉にしなかったくせに、サクラにはちゃんと答えるのかと腹だしさも感じた。その後もいくつか問診は続き、サクラが「うん」と納得したように言葉を切り出した。
    「念のため病院で検査はしたほうがいいと思うけど、症状からしておそらく偏頭痛ね」
    「へん、ずつう」
     耳慣れない言葉だ。つまり、どういうことだろう。悪いのか、大丈夫なのか。知りたいのはそこだった。ナルトが訝しげに首を傾げると、サクラは柔らかく笑んだ。
    「死ぬ病気じゃないってことよ」
    「……そっか」
     足下からどっと力が抜けてナルトはその場にしゃがみこんだ。心配させやがってこの野郎。悪態をつきたい気持ちを堪えて、軽くサスケを睨む。
    「噛み砕いて言うとなんらかの要素が起因して激しい頭痛が引き起こされるの。ひどい場合は吐くこともあるわ」
     つまり、そのひどい場合が今回だったということだ。しかしながら毎度これではサスケも困るだろう。
    「治すことはできねーの?」
    「今のところ対処療法……そうね。うまくつきあっていくしかないわ。ただ脳の病気の可能性も完全には否定できないから頭痛の頻度や経過観察が必要ね」
     脳の病気の可能性と聞いて、また背筋が薄ら寒くなる。言い様のない不安に襲われて、ナルトはサスケを見た。
    「……なんだよ、ウスラトンカチ」
     なんだよじゃねーよ。お前のことだろうが。こんなときにも減らず口を叩くのが実にサスケらしい。
    「可能性があるってだけよ。そんなに深刻にとらえないで。少し様子を見て、後日病院で診て貰えばいいと思うわ。とりあえずはこれ」
     サクラから手渡されたのは薄い薬包紙に包まれた粉薬だった。
    「数日分はあるから頭痛が酷いときに飲ませてあげて」
    「うん、わかった」
     神妙な顔つきでナルトは受け取った。サスケはいまだ背を壁に凭れかけて、片膝を立てている。まだ辛そうだ。妙に重い雰囲気が場に漂う。サクラは二人を交互に見比べたあと「大丈夫よ」とあえて明るい声を出した。
    「意外と患っている人が多い病気だし、うまく付き合っていけば日常生活にも大きな支障はないわ」
    「……そなの?」
     ナルトは病気に明るくない。九喇嘛の力で大抵の傷は治ってしまうし、大怪我をしても数日すれば完治する。でもそれは尾獣を身の内に有するがゆえだ。普通の人間は大怪我をすれば治るまでに随分かかるし、大病で命を落とすこともある。寄り添いたくてもこればかりは寄り添えない。同じ痛みを分け合えない。それがもどかしかった。

     しばらくしてサスケの吐き気は落ち着いたようで、自力で立てるようになった。そうは言ってもかなり戻したようだし、点滴をすべきかもとサクラが言い淀んだ。だがサスケは「必要ない」とそれを一蹴した。ろくに食べられないのならば、点滴はしたほうがいいと困り顔でサクラがナルトにそっと耳打ちする。たしかにそうだ。この男もそれは百も承知のはずだ。なのに拒んでいる。サスケはコップに入れられた麦茶を無言で飲み干した。……食欲はなくとも、水分は摂れるようだ。仕方ない。やらないと決めたらこの男は梃子でも動かない。補水液をまたつくって飲ませてやるか。ナルトは横にいるサクラに「とりあえず薬飲ませとくってばよ」と笑いかけた。サクラも二人とは付き合いが長い。察するところがあったらしい。「なにかあったらまた呼んで」と言って、市街地へ戻っていった。
     吐き気は治っても、依然として頭痛は残っているのか眉根を寄せている。サスケは過干渉にされるのを嫌う。ナルトのことには勝手に首を突っこんでくるくせに、身勝手な男だ。なるべく自然に「ほら、薬飲めよ」とサクラからもらった薬を手渡して促す。かつての兵糧丸のことを思い出したのか、サスケはなんとも言えない顔をしていた。だが、効き目は抜群だったようだ。昨夜からよく眠れていなかった反動か、飲んで早々に床につくとすぐ寝入った。上からこっそり顔を覗く。眉間に寄っていた皺はすっかりなくなって、穏やかな寝顔だった。ようやくほっと息が漏れる。ナルトはなるべく足音を立てないように寝室を出た。
     安心したら腹が空いてきた。そういえばナルトも朝からなにも口にしていない。居間にあった菓子でもつまむか。ああ、でもラーメンもいいな。なににしようかなと呑気に考えながら歩を進めていると、奇妙な感覚に襲われた。——室内になにかいる。そんな違和感があった。このうちはの集落に住んでいるのは現状サスケとナルトだけだ。基本的に用事がない限り、仲間や先生も訪れない。サクラも治療を終えてすぐに出て行った。だが、家の中に他の気配を感じる。招かれざる客か。ナルトはその場に身構えた。
    「誰だ」
     短く問うと柱の影から一人の男が姿を現した。動物を模した面に灰と黒を基調とした忍服。木ノ葉の暗部だ。いきなりなんの用だろうか。ダンゾウ亡きあとは、暗部も少しずつだが在り方が変わってきていると耳にした。だが、詳細はよく知らない。元々秘密が多い組織だ。もしかして、今更サスケの件でなにかよからぬことを企んでいるのか。
     ナルトは男を強く睨めつけた。生憎と忍具の持ち合わせはないが、体術と忍術においてはそこらの忍者には引けをとらない。もちろん暗部にもだ。ピンと張り詰めた空気が辺りに漂う。先に沈黙を破ったのは男のほうだった。ナルトに向けてゆっくりと両手を上げる。その手に武器は握られていない。敵意はないということだろうか。意図が読めなくて困惑していると、くすくすと笑い声が漏れてきた。
    「ボクだよ、ナルト」
     面の下から聴き慣れた声がした。ナルトは一気に警戒を解いて顔を輝かせた。
    「サイ!」
     小走りで相手に駆け寄る。サイは面を外して「久しぶりだね」と笑った。
    「なんだよ〜、びびらせんなよなあ」
    「ごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど……」
     普段は大人びているくせに、妙なところが子どもっぽいというか……突飛な行動に目を丸くさせられることが度々ある。それがサイなりのスキンシップなんじゃないかしらというのはサクラの言だ。任務外で他者と関係をうまく構築したことがろくにないからか、最初の頃はとにかく印象が良くなかった。それでも共に行動していくうちに、サイのほうからも歩み寄ってくれるようになった。まあ、歩み寄り方はわりと独特だったけれども。それでもナルトをサクラを想い、彼なりに大切にしたいという気持ちは十分伝わってきた。今では大切な友人の一人だ。
     だが、さすがに心臓に悪いのはやめてほしい。ナルトはこのこのとサイの頭を小脇に抱えて軽く絞める。サイが悪かったよとナルトの腕を叩いた。面をつけていたということは、任務帰りだろうか。サイ一人ではこの家に訪れることは滅多にない。大抵が誰かと共にだ。サスケとサイ。どうやら相性はさほどよくないらしい。互いに苦手意識があるのだろう。それでもサイはナルトのためにここに足を運ぶ。律儀な奴だ。
    「そんで? どうしたんだよ」
     すっかり気が抜けて、軽い調子で話を振った。すると途端にサイの顔から表情が消える。すうっと笑みが無くなり、忍者の顔つきに変わる。
    「ナルト、ボクは五代目の命でここにきたんだ。悪いけど一緒に来てくれるかい」
    「綱手のばあちゃん?」
     なんでまた? と首を傾げる。サイは少し言いづらそうに「その、サスケくんのことで」と口ごもった。
    「サスケのこと?」
    「うん。サクラがね、綱手様にサスケくんの体調のことを相談したら、君が単独で市街地に来たということもバレてしまってね」
    「……つまり、なんだってばよ?」
     回りくどい説明は嫌いだ。いまいち言いたいことが判然とせず、ナルトは苛立ちを隠さずに先を促した。サイは言葉を切って、息を吸ってから切り出す。
    「サスケくんには君という見張りがいてこそ、この生活が認められてる。つまり、少しの間とは言え勝手に彼から目を離されると困るんだ」
    「それはっ——!」
     サスケの置かれている立場は現状難しいものだ。戦争の功労者ではあるが、犯してきた罪もある。里内からも言葉にしないだけでいまだ疑念を向けられているのは知っている。
     でも今回は緊急事態だった。仕方のないことだったのだ。ナルト一人ではどうにもできないし、医療知識も足りない。なによりサスケが死んだらどうしようという思いで頭がいっぱいだった。
    「ナルトの言いたいことはわかるよ。それでも、君を守るためにもサスケくんのためにも迂闊な行動は避けてほしい」
    「……わかってるってばよ」
     言ってることは理解できる。だとしても納得はできなかった。じゃあどうすればよかったのだ。弱るサスケを前にただ誰かが来てくれるのを隣でじっと待つのが正解だったのか。ナルトは俯いて唇を噛み締めた。サイはどう言葉をかけるべきか迷っているようだった。だが結局「行こう」とナルトの肩を軽く叩いて、玄関へ足を向ける。
    「サスケのことは……」
    「大丈夫だよ、異変があればすぐ知らせるように手配してる」
    「そっか」
     手配していると言うことは近くに暗部が潜んでいるのだろう。外に出るといつの間にやら太陽は隠れ、空にはどんよりと重たい雲が広がっていた。ときおり冷たい風が吹く。ナルトは後ろ髪が引かれる思いだった。サイが「行くよ」と先に駆け出す。ナルトはぐっと歯を食いしばってその後ろに続いた。

     サイに連れられてナルトが火影室に顔を出すと、その姿を見とがめた綱手はハアと大きく溜息をついた。
    「なんで呼ばれたかはもうわかってるんだろうね?」
    「サスケと、オレのことだろ」
     気まずさを覚えてぼそぼそと答える。綱手は片眉を上げ「私だってこんなこと言いたかないんだけどね」と前置きした。
    「ナルト、お前の気持ちはわかっている。だが、形式上お前はサスケの見張り役でもあるんだ。それがアンタたち二人の命綱なんだよ」
    「でもっ、今回は……!」
    「不測の事態だった。そんなのここにくるまでにいくつも経験してきただろ。——ナルト、サスケのことが大切か?」
    「そんなの言うまでもないってばよ」
    「大切に思うからこそ、焦る気持ちはわかる。だが軽はずみな行動が命取りになることもあるんだ。この世界には残念ながらまだたくさんのしがらみがある。アンタたちが大人になるまでにそれをひとつでも減らしてやりたいが……今はまだ難しい」
     綱手の立場に立たねば見えぬことはたくさんあるだろう。だが、綱手を始めとした仲間や先生のおかげでサスケとナルトの今の生活が成り立っている。だからこそ二人の行動ひとつでどう転ぶかわからないのだ。サスケに安寧の地をあげたかった。よすがとなる場所を得て欲しかった。傷は癒えなくとも、いつしか思い出を愛おしめるように。ナルトは歯がみして、固く手を握った。サスケのことになるとつい感情が先走ってしまう。勝手に身体が動くのだ。結果的に今回は大したことがなかった。だが、今後サスケの命に関わるようなことが起きたら大局を見ることなんてできるだろうか。
     無理だ。とてもじゃないが冷静でいられる自信はなかった。周囲から見たらたった一人の人間にこんなにも感情を揺さぶられるなんてどうかしているのかもしれない。でもサスケの命を天秤にかけたくない。それが偽りのない本心だった。すっかり黙りこんでしまったナルトを見て綱手は「まあ、なんにせよ大事ないようでよかったな」と穏やかに声がけた。
    「明日にでも病院でしっかり検査してもらいな」
    「……うん」

     家に戻る頃には空はもう薄暗く、夕陽も雲の隙間に隠れてしまっていた。どっと疲れがやってきて思わずナルトは、玄関の框に腰かけた。すると背後から「おい」と声がかかる。
    「サスケ」
     振り返ればあいも変わらず仏頂面なサスケが立っていた。十分寝られたのか顔色は大分良くなった気がする。自力で起きて動き回れるようになったのがなによりの証拠だろう。
    「もう平気なのか?」
    「ああ、頭痛も吐き気も治った。サクラは……戻ったか。礼を言い損ねたな」
    「サクラちゃんはいちいちそんなん気にしねーよ。わかってんだろ。それにお前、明日病院で検査だってよ。そんときにどうせ顔合わすだろ」
     サスケの調子が良くなって嬉しいのに、ナルトの心は晴れなかった。まるで胸の内に靄がかかっているようだ。
    「ナルト? どうした」
     サスケは平然としている。どうしたもこうしたもない。お前のせいで今日丸一日振り回されたんだぞと言ってやりたかった。じろりと恨みがましくサスケのほうを見やる。するとふいに真っ青な顔で倒れている姿が脳裏に蘇ってきた。サスケになにかあるたびナルトの心はさざめく。怖いと思った。昔はサスケの背を追うのに夢中で、ようやく摑んだのにもう離せない。ナルトは良くも悪くも感情的になることが多い。それでもここに至るまでの経験で感情に振り回されない術を身をもって学んだ。だがサスケに関してだけは別だ。気持ちを御せない。それがなにより怖かった。
    「いやー、その、よくなってよかったな! 朝起きたらお前めちゃくちゃ青い顔してぶっ倒れてるもんだからさあ」
     無理やり笑みを作って誤魔化すが、そんなものサスケ相手に通用しない。サスケは黙ったまま、ナルトの眼を見る。なぜか後ろめたい気持ちになって逃げるように顔を逸らした。
    「とりあえずさ、今日はまだ安静にしといたほうがいいんじゃねえの」
    「問題ない。もう動ける」
     言ってサスケはさっさっと居間へ戻っていく。その後ろ姿を見送って、胸が軋んだ。サクラは死んだりしないと言ったが、本当だろうか。先に逝ってしまった仲間の、師匠の顔が浮かんでは消える。ぶるりと身体が震えた。寒さからではない。不安がしこりのように固まって、なくなってくれない。はーっと長く息を吐いた。足袋を脱いで、ようやっと腰を上げる。重たい気持ちのまま、サスケがいるであろう居間へ足を向けた。このどうしようもない思いを感づかれたくなかった。
     居間へ足を踏み入れると、サスケが「今日は出来合いでいいか」と台所にある冷蔵庫を開けていた。薬と睡眠で食事を摂れるくらいには回復したらしい。ちょうど昨日の晩飯の残りと先日差し入れにもらった惣菜があったはずだ。それで十分だろう。平気とは言っていたが、吐いて倒れたばかりの人間に家事をさせたくない。ナルトも今日はもう疲れていた。「いいってばよ」と短く答える。結局丸一日なにも食べられていない。腹も精神も限界だった。サスケの後ろを通り抜けて、食器棚の中から皿を出す。黙々と卓の上に皿や箸を並べているとサスケが「ナルト」と呼んだ。
    「お前、言いたいことがあるならはっきり言え」
    「はあ?」
    「顔に出てんだよ。隠すつもりならもっとうまくやれ」
     遠慮のない言われようにむかっ腹が立つ。今日ナルトの気持ちが揺らいでいるのは誰のせいだと思っているのだ。堪えてきたものが堰を切って溢れ出す。腹の奥底から湧いてきた感情の渦はもう自制することなどできなかった。
    「なんだよそれ。ふざけんなよ。オレがっ、オレがどんだけ怖かったと思ってんだよ! 朝起きたらお前が真っ青で倒れてたときのオレの気持ちわかってねえだろ!」
     はあはあとナルトは肩で息をした。まだまだ言いたいことは山ほどあった。怒りが沸々と湧いてくる。しかし、反対にサスケは至極冷静だった。動じずにただ黙ってナルトの怒りを受けている。それが余計に腹立たしかった。カッとなって言葉が口から溢れてくる。
    「なんでいつもオレばっかこんな、こんな気持ちにさせられなきゃならねえんだってばよ! オレは……オレは! お前が死ぬとこなんて見たくねえからな!」
    「じゃあなんだ。死なない約束でもしてほしいのか」
     冷や水を浴びせられたようだった。昂っていた感情が急速に萎んでいく。そうだ。死なない約束なんてできない。そんなことわかっているが、認めたくもなかった。忍である以上、死は常につきまとう。そうでなくとも人はいつか死ぬ。いつか死ぬけれど、サスケを失うのは嫌だった。矛盾しているのはナルト自身よくわかっている。無茶苦茶だ。言葉に詰まって、胸の奥が苦しくなる。思わずナルトはその場にへたりこんだ。卓を挟んで相対する。このたった机ひとつ分の距離。それがまるでサスケとナルトの今の心模様を表しているようだった。
    「ナルト、お前は約束できるのか」
     二つの眼がナルトを見下ろして同じ言葉を繰り返した。きっとサスケは今も項垂れるナルトから一切目を離していない。そういう男だ。容赦がないのは昔から知っている。ナルトは力なく色褪せた畳を見つめた。苦しい。苦しかった。でも言えることはひとつだ。ナルトは意を決して顔を上げた。
    「できない」
    「そうだろ」
     嘘でも約束できたらよかったのかもしれない。だが、こればっかりは交わせないのだ。いつ何時どうなるかなんてわからない。ならばせめて死ぬときは側にいてやりたかった。それがエゴだとしてもだ。サスケはどうなのだろうか。同じ気持ちなのかもしれない。もうすっかり傷口も塞がっているはずなのに失った腕の先がひどく痛んだ。ナルトが苦痛に顔を歪ませていると、サスケも痛そうに自身の肩先を押さえているのに気づいた。ふと、言いようのない寂しさに襲われる。こんなにも近く、誰よりも互いを理解している。だからこそ譲れぬものがある。
     二人の間に言葉はなく、古びた時計が時間を刻む音だけがしばらく居間に響いた。分かり合い、痛みあえる部分があるように、どうしたって歩み寄れない面がある。生きていくとはそういうことなのだろう。サスケだけじゃない。多くの人と出会い、絆を結び、別れを繰り返して理解してしまった。悪いことではない。でももう駄々をこねるだけの子どもでもいられない。大人になるのをやめることはできない。それだけだ。ただそれだけのことだ。
    「……お前といると時々嫌になる」
     ふいに口をついて出た言葉だった。口にしてすぐ、しまったと焦りが生じる。過ちに気づいたがもう遅い。違う。たしかにサスケと相容れないところはあるが、選ぶ言葉を間違えた。そうじゃないと慌てて言葉を紡ごうとする。だが、それより先にサスケの黒曜に輝く瞳が真っ直ぐナルトを射抜いた。
    「じゃあやめるか」
     この生活とサスケが続ける。そこにはなんの感情も乗っていない。まるでなんでもないように言う。ナルトは瞠目した。今、なんて言った? やめる? この生活を? 目眩がした。目頭が熱くなって、ぐわりと湧き上がってきた感情は間違いなく猛烈な怒りだった。
    「テメェ!!」
     今にも男の胸元に摑みかかって、そのすました面を殴ってやりたかった。この生活は二人の療養とナルトがサスケの監視をするという名目で成り立っている。ナルトが役目を降りれば、サスケはきっとしばらくは独房に入れられるだろう。それどころかもっとひどい扱いを受ける可能性だってある。そんなの火を見るよりも明らかだ。いくらナルトを始めとした仲間たちがサスケの功績も踏まえて酌量してくれと訴えても、里としての面目もある。つまりわかりやすい犠牲と悪役が必要なのだ。いつも、どの時代もそうだ。幸い綱手とカカシがうまく取り計らってくれたおかげで、制限つきではあるが今の生活に落ち着いた。
     それなのにナルトが降りたら、危惧していた通りになってしまう。またサスケを独りにするなんて絶対に嫌だった。サスケを踏み台にして築いた平和なんて欲しくない。あの谷で拳をぶつけ合ったときにサスケも十分わかっているはずだ。だが、当の本人はあっさりと「やめるか」なんて言葉を口にする。本当に腹が立つ。互いに全てを見せ合っただろ。なのに、なんでだ。なんで平気でそんなことが言えるのか。マグマのようにとめどなく湧き上がっていた怒りの本流が、だんだんと沈んでいく。代わりに生まれたのはどうしようもない虚しさだ。まるで道化だ。一人で怒って悲しんで馬鹿みたいだ。
    「お前といると苦しい……」
     か細い声が喉奥から漏れ出た。そうだ。苦しい。サスケを思うといつも苦しくて、寂しくて、愛しい。感情の渦に呑まれて息ができなくなる。その場になんとも言えない沈黙が降りて、虚しさがさらに増す。もういい。サスケがどう思おうとも、ナルトはエゴを突き通す。共に暮らすと決まったときに、二度と手を離さないと自身に誓った。それがナルトの覚悟だ。二人の根幹に関わる部分を有耶無耶にするのは嫌だった。けれども、これ以上下手に藪を突いて傷つきたくもなかった。真意を知るのが怖い。別に独房に入れられることになんの問題もないと言われたら、今度こそ殴ってしまいそうだ。無理くり話題を切り上げてナルトが立ち上がろうとしたそのとき、ようやくサスケが重い口を開いた。
    「奇遇だな」
    「……なにが」
     ナルトは訝しげに答えた。一体ここまでの会話でなにが奇遇なのだ。あからさまに苛つきを隠さずにサスケのほうを見る。対してサスケは珍しく言葉に少し迷っているようで、視線を畳に落とした。そしてゆっくりと顔を上げ、ナルトを見据える。
    「オレも同じだ。オレも、お前といると苦しい」
     サスケの応えにはままならない寂しさが滲んでいた。思わぬ言葉にナルトは目を見張った。一瞬視線がかち合うが、すぐに外されてしまう。濡羽色の髪がサスケの横顔にかかってその表情はこちらからは窺い知れない。ナルトはぐっと胸を手で押さえて、立ち上がった。苦しいし、愛しい。だけれど、こればかりはちゃんと口にしたかった。なにより伝えたいことだった。
    「でも一緒にいてえ」
     横を向いていたサスケがナルトを見遣る。その瞳は少し驚いたように見開いていた。
    「……そうだな」
     笑おうとして失敗したような、なんとも名状しがたい表情をしていた。ああ、そういえばまだ七班を結成して間もない頃だ。波の国に行ったときだったろうか時折こんな顔をしていたこともあった。きっとナルトが苦しんでいるように、サスケも苦しいのだ。それでも、この誰よりも不器用な男がナルトに応えてくれた。言葉にしようとした。最も近しくて、誰よりも理解できる存在。唯一無二を得られたことは互いにとって何物にも変えられない絆だ。だが、その絆があるからこそ互いがいるからこそ絶望に苛まれるときがある。それでも苦しくても、寂しくても、お前と共にいたいのだ。それがたとえ身を切るような痛みを伴ったとしても。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭🌠
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ayase

    DONE1月15日開催 【サスナルwebオンリー】~交差する手は絆となる3~ にて初公開の新作SSです。イベ限定公開にしてましたが、常設しときます。

    学パロサスナルです。初パロディデビューです。
    こういうサスナルかわいいな……と妄想してたら、メルヘン少女漫画になりました。

    また、現在サスナル作品は新作・既存作共にポイピクのみで展示しております。今後もこちらで活動予定です。よろしくお願いします。
    ハッピーシンドローム 古今東西、流行り廃りというものはどこにでもある。特に学生のうちは学内が全てに近しい。一種の村社会と言っても過言ではないだろう。カーストが自然とでき、噂話はあっという間に広がる。だから、今回も一過性のブームが起きていることをなんとなく察した。
    「なあ、それってなんかご利益でもあんの?」
     ナルトは怪訝そうな顔で「それ」を指さした。視線の先にあるのは、小指に輝く淡いピンクの指輪だ。飾りもない、シンプルなつくりをしている。だが、確実に存在感はあった。つけている本人……春野サクラの髪と同じ色の輪っか。ナルトは机に頬杖をついた。なにもこの小さなリングをつけているのはサクラに限った話ではない。ぐるりと周りを見渡す。うん、やはりだ。姦しく話に花を咲かせる女生徒たち。彼女たちのほとんどが小指に輝く輪をつけている。つまり今の「流行り」なのだ。唐突に投げかけられた疑問にサクラはきょとんと大きく瞬きをした。指差されたリングに目を落とす。そして少し考えるように、視線をうろつかせる。どうにも煮え切らない態度だ。ナルトはじっと彼女の小指を睨んだ。すると頬を軽く紅潮させ、ぼそぼそと小声で呟く。
    5435

    ayase

    DONE1.「星が鳴る」 苦悩するナルトと寄り添うサスケ(おじサスナル)
    2.「レゾンデートル」 ちょっといかがわしい二人(大戦後の二人)
    3.「晴れの日」 里に戻り、日常を過ごす二人のひとこま(大戦後の二人)

    サスナル短編集をひとつにしました。
    僕らの道行[星が鳴る]
     恒久的な平和。それは皆の願いだ。
     五大国とは共にあの大戦を乗り越えたこともあり、各里の影たちと結びつきは強まった。国同士が対立することもめっきり減り、わだかまりはほぼ解けたと言っても過言ではないだろう。だがそれは、あくまでナルトたちの世代の話だ。次に続く世代がそうとは限らない。ナルトたち穏健派に続く者もいれば、自国の利益を巡って画策する者もいる。
     どちらも間違いではない。だが、永続的な平和を願うなら不安要素はできるだけ排除して次世代に繋げたい。そう考えて毎日火影業に勤しんでいる。しかし、理想とは裏腹に簡単にいかない問題であるのも事実だ。
     そもそもナルトは政治要素が絡んだ化かし合いなど最も不得意な分野だ。専らシカマルの助言でなんとか乗り切れているが、いつ手のひらを返してくるかも知れない大名たちに最近は辟易してきている。わかっている。それが自分の仕事だ。地道に道を作っていくしかない。それでももどかしさに歯噛みするときもある。
    10510

    related works