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    ろまん

    @Roman__OwO

    pixivに投稿中のものをこちらでもあげたり、新しい何かしらの創作を投稿したりする予定です。倉庫です。

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    ろまん

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    【矢久】「普通」や「家族」といったものとの距離に悩む久森が、勢いで矢後を連れて実家に帰るまでの話です。初めて書いた小説だったので色々拙い部分もあるとおもいますが、読んでいただけたらうれしいです!
    pixivにも同じものを投稿しています。

    #風雲児高校
    windAndCloudCollege

    玄関チャイムを鳴らすまで 蒸した空気が肌に纏わりつき、夏の到来を感じ始めた頃。都内屈指の不良校と悪評轟く風雲児高校は、相変わらずバイクのモーター音や喧嘩を囃し立てる大声が飛び交い、外にも負けぬ熱気が渦巻いていた。
     しかしそんな常識外れに騒がしい学び舎でも、校舎裏となると喧騒もほとんど届くことはない。静寂を好む久森にとって、誰にも邪魔されずゲームに集中できる校舎裏の環境は、砂漠に現れたオアシスに等しかった。昼休みになるとすぐさま校舎裏に行き、桜の木の幹に凭れ掛かりながらゲームをして、昼食を食べる。
     それは、久森の学生生活での数少ない穏やかな時間だった。

     本日の昼休みも、久森はその場所にいた。
     しかし、その表情は暗い。眺めているのはカラフルなゲーム画面ではなく、一通のメールだ。――差出人は母だった。

    『夏休みは帰ってきますか?』

     たった一言綴られたメールを繰り返し目でなぞって、久森は何度目かもわからない溜息を吐いた。さっさと返信しなければ。そう思うのに、指は動かない。どう返事すればいいかもわからないのだから当然だ。

     「普通に」「みんなと同じに」、それが母の口癖だった。
     親元を離れた現在は、それが自分が他人との違いで傷つかないように母が教えようとした防御の術であったことを理解している。幼い頃、久森の能力に気づき始めた父だって、この能力を金儲けに使おうとしたのだから。しかし、言葉の意味を理解することと、言葉通りに実践することはまったくの別問題だった。
     十数年生きてきて、久森が悟ったのは「普通でいるのは難しい」という、実体験に基づいた事実だ。
     「普通でいる」とは、考えるに、大衆に属し馴染むことだ。実際、教室でも社会でも意見が多い方につけば物事が円滑に進みやすいのは世の常だ。数とは大きければ大きいほど暴力となりうる。それはときに歴史に残る正しさをもたらし、後の世には負の遺産と呼ばれる結果になることも少なくはない。同じ意見に賛同する者が集まれば集まるほど数は力を持ち、規範化され、明確なルールとなり、「普通」として生活のなかに溶け込んでいく。
     だが、「未来視」をもつ久森にとっては、この能力を持っていることこそが己を特異たらしめた。なぜなら、数がいない。独りしかいないのだ。もしかしたら世界のどこかには他にも未来視の能力を持つ者がいるかもしれないが、出会わなければ存在しないのと同じだ。自分の普通は「普通」ではない。この悩みは誰とも分かち合うことができない。図書館で文献を漁っても、ネットの海をさまよっても、誰も「未来視」持ちがどう生きていけばいいかなんて教えてくれない。大抵のことには見本があり、親や先達の助言、ネットでの体験談をみれば提示されるのに、未来視には先例が存在しなかった。

     では、どうやって「普通」に溶け込めばいい?
     久森は否が応でも自分が先頭に立たなければならない状況にあった。それは、目の前の暗闇を灯りを持たずに突き進むのと同じことだ。こういった道標となる役割は主人公にふさわしい人に宛がわれるべきなのに。なんの手違いなのか、運命はそれを自分のようなどこにでもいる平凡な存在に押し付けた。

     久森の人生には、いつだって他人と自分との間に擦りガラスを隔てたような感覚が付き纏っている。擦りガラス越しに見える景色はぼやけていて、形状すら真似することが難しい。ひんやりとしたガラスは、触れた手の温度まで奪い、次第に手だけでなく身体全体を硬直させていった。そして、久森はいつしか他人と深く関わることをあきらめた。

     ――「普通」とは、久森にとっていつまでたってもたどり着くことのできない場所に等しかった。


    「………帰りたくないな」
     思わず口からこぼれてしまった本音は、心のなかで渦巻くどろどろの感情を乗せて、かなりの重量を伴って吐き出された。何度息を放出したところで心が軽くなるわけではないのに。
     風雲児に進学してからというもの、久森はただの一度も帰省していない。去年はヒーローになったという報告を電話で済ましただけだ。
     実家のある西エリアには、風雲児と何かと因縁の多いラ・クロワ学苑がある。「因縁」にかんしては主に各校のリーダー同士に原因があるのだが、風雲児の総合謝罪窓口を自称する久森は、まさしくその役目を遂げるべく頻繁に出向いていた。しかし、その際もどうにも実家付近に立ち寄る勇気は出ず、むしろ避けるように動いていた。
     久森が帰ったら、きっと家族は歓迎してくれるだろう。家族仲は決して悪くないのだ。けれど、家にいるとたまに流れる、お互い腫れ物に触るようなギクシャクとした緊張感がどうにも苦手だった。
     家族愛や情は確かにあるのに、どうにもうまくいかない。それが、もどかしかった。

     久森の口から再び溜息が溢れたそのとき。
     木の上からガサガサと大きな音がして「何か」が落ちてきた。一瞬、猫かと思ったが、猫と見間違えるには幾分大きすぎる。
     嫌な予感を抱えながら落下物に目を凝らすと、案の定というべきか、それは久森がよく見知った人物だった。
     黒い塊を眺めながら、驚きと同時に「またか…」という呆れがこみ上げる。こんなイレギュラーな事態は人生のうち一度経験すれば十分だろうに、これまでに何度遭遇しているだろう。平凡な日常を送るために風雲児に進学したはずなのに、どんどん理想の生活から遠ざかっていないだろうか?まあ、それもこれもほとんどの原因は目の前に転がっている人物にあるのだが。

     しかしながら、すぐ起き上がるだろうと思っていた「見知った人物」は、落下してから三十秒ほど経ってもなかなか動く気配がなかった。そういえば、すっかり感覚が麻痺していたが、だいたい木の上から転落して無傷でいられる方がおかしいのだ。
     血の気が引いていくのを感じながら、久森は慌てて駆け寄り、その身体を揺すった。

    「矢後さん起きてください!! 大丈夫ですか!?」
     
     すると、ガクガク揺れる身体から「ふあ〜あ……」と大きな欠伸が聞こえてきた。
     瞬間、緊迫した空気が一気に腑抜けた。

    「んん、うるせー……、あ……? 久森?」

     如何にも寝起きです、という様相で起き上がる矢後の姿に、久森は一気に脱力した。
    「んだよ……。俺、寝てたんだけど」
    「いや、木の上で寝ないでくださいよ……。怪我でもしたらどうするんですか?」
     注意しても無駄であることはこれまでの経験で痛いほど身に染みているが、一応、言い添えておく。
     無痛覚とは本当に厄介だ。身体の悲鳴に気づけないことは、怪我をしないことと同義ではないというのに。血が出ているならわかりやすいけれど、見た目で判断できない怪我は他人が指摘できるものではない。本当は病院に行ってちゃんと診てほしいけれど、おそらく素直に聞き入れはしないだろう。
     今日はパトロールもイーターの出現予報もなかったはずだ、と記憶にあるスケジュールを確認して、久森は矢後に向き直った。
    「ちょっと手をお借りしますね」
     久森は、矢後が膝に置いていた右手をそっと掴むと自分の両手で包み込んだ。
     一呼吸して、目を閉じる。
     瞼の裏の暗闇に浮かび上がり、せわしなく移り変わっていく光景を、久森はじっと眺めた。  
     次々に浮かび上がる少し先の「未来」において、矢後が不調になっている様子は……ない。どうやら本当に怪我はしていないようだ。その頑丈さには思わず舌を巻いてしまう。
     落下した矢後の身体が無事なことを確認してゆっくりと目を開けると、黒いふたつの瞳がジッと久森を見つめていた。久森が手を離すと、矢後の右手は重力に従うように下ろされる。
    「……帰り道、橋の近くの電柱が倒れてくるのが視えました。くれぐれも気をつけてください」
     最後の最後で視えてしまった未来も、忘れずに伝えておいた。矢後が電柱に圧し潰されているシーンなんて、とんでもないオマケがついてきたものだ。
     しかし矢後は、「わかった」と、なんてことのないような返事をする。

     余命を更新しながら生きる矢後は、死の運命に導かれるように頻繁に危険な目に遭遇しがちだ。だから矢後は久森の持つ「未来視」という能力を「便利」だと重宝している。矢後の未来を視ることで、久森は彼に迫りくる死を事前に回避させ、身の安全に少しばかり貢献しているというわけだ。とはいっても、久森が視ずとも矢後は一人でどうにかしてしまうことの方が多いのだが。

    「つーかお前、昼メシ食えば? 顔色わりーけど」
    「えっ、そうですか?」
    「……お前、今日何回『視た』?」
     眉間にしわを寄せて、矢後が尋ねる。
    「い、一回だけですけど………」
     猫のように気ままな矢後は、たまに動物的勘が働くのか妙に鋭いときがある。そんな矢後が尋ねてきた、ということは、久森はおそらく疲れ切った顔をしているのだろう。
     それに気づくと、無意識にしていた蓋が取り外されたのか、疲れが実感を伴ってドッと押し寄せてきた。このままひとりで抱えているのは限界だったのかもしれない。
     たった一通の、家族からのありふれたメールが送られてきただけなのに。
     思わず自嘲の笑みが浮かぶ。

     だからだろうか。ふと、頼りたくなった。
     親身になってほしいとかそういうことではなくて、ただ静かに、誰かに聞いてほしい。誰かに自分の抱えたものを吐き出して、少しだけ楽になりたい。できれば優しすぎず、かといって悩みを無碍にしない人がいたら……。

    「や、矢後さん、」
    思わず口が動いていた。
    「んあ、何?」
    「あっ、えっと。あの……実は今朝、母から夏休みの帰省予定を訊かれまして、」
     つっかえながらも懸命に言葉を紡ぐ。
    「訓練もパトロールもありますけど、問題なく予定は組めるんです。でも、あまり帰りたいと思えなくて」
    「…………」
     矢後は無言のままだ。しかし、耳を傾けてくれているのはわかった。こういうとき、こちらの事情に踏み込んでこないところが共にいて苦にならない理由だろうな、と感じる。気遣い故に遠慮しているわけじゃないことがわかる分、少しだけ安心できた。もし壊れ物のように優しく扱われたり、遠慮がちに気を遣われたりしていたら、久森はきっと罪悪感でいっぱいになっているだろう。自分の重荷は軽くしたい、けれど、代わりに誰かに背負ってほしい訳ではないから。

     そのとき、そうか、と久森は納得した。
     矢後と共にいると、なんとなく楽なのは、彼が他人の想いを背負わず、自分のために「今」を生き抜いているからなのだろう。まあ、それ以上に破天荒な日々に身を置かなければならないのでプラマイややマイナスな気もするが。
     しかしながら、これまで「友達」と呼べるような繋がりすらもあまり築いてこなかった久森にとって「誰かに悩みを吐露する」経験はかなり貴重だった。久森にとって矢後は決して「友達」ではないというのに。自分のことながら、しみじみとこの人とは不思議な関係を築いているなあ、と思う。

     すると、ずっと黙って聞いていたらしい矢後が口を開いた。
    「まあ、お前の好きにすればいーんじゃねえの?」
     久森は心の中で「やっぱりな」と思った。予想していた通りの言葉だ。まあ、きっと矢後ならそういうだろうな、という確信があった。けれど、無責任にも聞こえるその言葉は─実際、責任なんて取る必要はないが─適当に言われたものではないことくらいはわかる。矢後は、ボキャブラリーこそ少ないが、それは彼の信念のようなもの、に基づいて吐き出されているものだ。
    「僕の好きに、かあ」
     はっきり言ってしまえば、それはつまり「帰省しない」という選択をとることだ。こうしてうだうだ悩んでいるのは、帰りたくない気持ちが大きいからなのだから。やっぱり、何か理由をつけて、夏休みは寮で過ごそう。そうするのが一番平穏だ。
     しかし、そう思うのに、久森は、自分が西エリアから東エリアに逃げるように進学してきたこと、去年は「ヒーローの訓練で忙しいから」と一度も帰らなかったことなどを振り返って考えてしまう。

    「……逃げたくないな」

     言葉にして初めて、そんな思いが芽生え始めていることに、ようやく気づいた。まさかそんな、と一瞬思ったけれど、ストンと納得する心に嘘はない。

     久森は家族と縁を切りたいわけじゃない。
     その縁は薄くても細くても良いのだ。ただ、繋がっていたい。そして、出来ればいつか、気負わずに話せる関係になりたい。これはただの願望で、これからどうなるかはわからないけれど。ただ、そのためには絶対にいつか向かい合わなければならないときがくる。
     会わない時間を引き延ばしている間、少しずつ深まってしまう溝に見て見ぬふりしていれば、取り返しがつかなくなるときがいつかきっとくるだろう。
     ――ならば、「今」、向き合いたい。
     こんな気持ちになったのは、きっと矢後のせいだ。責任転嫁にもほどがあるけれど、でも事実、そうなのだと思う。久森は、自らも知らぬうちに、矢後の「前進」しかしない生き方に、幸か不幸か影響されている。
     今年も通話やメールで済ませることだってできるはずなのになあ、と後ろ髪を引かれる思いは確かにあるけれど。でも。

    「矢後さんに、お願いがあります」
     そう言って久森は矢後の手を掴んだ。今度は両手だ。いつも気怠げな矢後の目がわずかに見開かれる。
     今から、自分はとんでもないことを言う。
     緊張で喉が渇き、鼓動も早くなっているのがわかる。言い終わった次の瞬間、頭を抱えて羞恥に悶える自分が目に見えるようだ。そういえば今日はすこし早めの夏日らしい。いくら木陰に居たとはいえ、頭が茹って正常な思考ができなかったんだ、と言い訳を用意しておくことは、おそらく、可能だ。
     何より、矢後のアドバイス通り「好きにした」結果なのだから。
    「あ?いきなり何――」
     久森は意を決して、戸惑っている様子の矢後に向き合った。

    「僕の帰省に付き合ってください」

    「…………………はあ?」


    ***

     
     八月上旬。久森と矢後は西エリアに降り立った。

    「超ーねみぃ……」
    「ええ? 電車のなかでぐっすり寝てたじゃないですか」
     くぁ、と欠伸をする矢後を横目で見ながら、とうとう、実際に連れてきてしまったことを久森は実感した。
     自分が言い出したことだが、完全にどうかしていたとしか思えない。ここにくるまで何度も何度も自分の頬をつねり、その度に感じる痛みに、これが現実だと思い知らされた。穴があったら今すぐに入りたい。むしろ是非ともあってほしい。
    「あの、今回は本当にすみません。無理やり矢後さんを巻き込んじゃって………」
    「……家にいても姉貴がうるせーし別にいいっつったろ。んな何回もあやまんじゃねーよ」
    「ハイ、ありがとうございます……。本当にすみません……」
     隣から「お前、人の話聞いてねーだろ」と呟く声が聞こえたが、久森は到底穏やかな気持ちではいられなかった。

     まさか、本当についてきてくれるとは思っていなかった。
     矢後は、認可校のヒーローのなかでも一番好戦的な人物だ。見た目はまさに不良そのものだし、イーターとの戦闘中に生き生きと大鎌を振るっている様は、かなり、めちゃくちゃ恐い。実生活ではあまり怒ることがない人ではあるのだが。だいたいいつも自由に気分次第で動いていて、人間より猫の方が生態的に近いのではないかと疑うほどだ。なので、めんどくさがって来ないのではないかと密かに思っていたけれど、今日、きちんと待ち合わせ場所に来てくれた。……きっかり十五分は待たされたが。

    「そういえば、薬はちゃんと持ってきました?」
    「あー、確か出かけるとき母親に持たされた」
    「忘れるところだったんですね……。寝巻きとか歯ブラシは調達できますけど、さすがに薬は用意できないので失くさないでくださいね? あと、一応近くに大きな病院もあるので、何かあったらすぐ報告してください」
    「ふーん……わかった」

     久森にとっては誰かを家に誘うことも、それを親へ報告することも、なにもかも初めての経験だ。母には電話で帰省する旨と共に、同じ高校のヒーローの先輩を連れて帰ることを簡潔に伝えたが、予想した通り、かなり驚いていた。同級生がごく当たり前にやっていた「友達を家に誘うこと」さえ、未来視で友達を傷つけてしまった経験から人付き合いに臆病になっていた久森はしたことがなかったのだから。
     初めてのことだらけで戸惑いが多いけれど、でも、なんたって相手は矢後だ。東エリアに住む高校生のほとんどが見ただけで固まってしまうような人物のはずなのに、おかしなことに、今現在久森が一番気を遣わないで接することのできる相手でもある。
     出会ったなかで「普通」という言葉から一番遠い人と一緒に、「普通」の在り方を求めて必死だったあの家に帰るのは、ちぐはぐだが、なんだか自分らしい気もしていた。

     駅から離れ、細い通りに入りそのまましばらく歩くと、見慣れた住宅街が見えてきた。
     矢後と共にいるため、ここまでいつものパトロールと同じ調子で来てしまったが、一年以上ぶりに我が家に足を踏み入れると思うと一気に緊張が込み上げてくる。
     一般的に、こういうときはどういう気持ちになるのが正しいのだろう?
     きっと、家族と久々に再会できるという場面では、嬉しいとかわくわくするとか、明るい気持ちになるものではないか?でも、自分が今感じている気持ちはそれらとは正反対で、不安とか緊張とか、そういった類のものだ。

     同じペースで歩いていたのに、矢後との距離が徐々に離れていく。久森の足どりは、まるで鉛でもくくりつけられたかのように重たくなる一方だ。すると、数メートルほど離れたところで、前を歩いていた矢後が立ち止まった。その間に追いつかなければ、と思うのに、自分の足も止まってしまう。
     振り返った矢後は、何も言わずに久森を見つめている。
     ここで「やっぱり帰りませんか」と告げたら、きっとなんでもないような顔をして一緒に帰ってくれるだろう。なんとなくそんな気がした。そして、できるならそうしたいとも思う。
     だが、それでも、久森にだって通したい"スジ"はあった。矢後を、自分個人の問題に道連れにしてしまった責任はとらなければならないのだ。
     正直、矢後を筆頭にして、風雲児の不良たちが命と同じくらいの重みをもって「スジ」や「看板」を大事にするところは全く理解できない。が、確かに今このとき、自分がスジを通すべき場面であることを、久森は強く感じていた。

    「……矢後さんって、玄関を開けるとき、いつもどういうことを考えてますか?」
     うつむいたままの久森から繰り出された唐突な問いにも、矢後は泰然とした態度答えた。
    「ねみーとか……。あとは……メシ?」
     その返答を聞いて、久森は小さく笑った。
     大方のことが規格外の矢後だが、彼の家族仲は至って良好だ。本人に尋ねたら否定するかもしれないが、家族と遠慮なく話せる関係であることは会話の端々から伝わってくる。その関係は、久森が心から焦がれているものだ。それがずっと、少しだけ、羨ましい。

     矢後に質問をして、自分はどうしたかったのだろう、と考える。普通ではない答えを聞いて安心したかったのか。それともごくありふれた答えを聞いて、隔たりを感じたかったのか。それは、おそらくきっと、両方だ。
     矢後から返ってきた、睡眠欲と食欲に実に忠実な答え。
    「でもまあ、それが矢後さんらしいですね」
     なんだか、普通とか、そうじゃないとか、そういったことを考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。しかし、久森がスジを通すための後押しとしては満点の返答だったということだろう。
     いつの間にか、沈んだ心を反映するように地面にくっついたままだった久森の足は、再び動き出していた。久森が横に並んだタイミングで、矢後もゆっくり歩き出す。
     何を思ってかは知らないが、隣から向けられている視線に、久森は気づかないふりをした。



     あっという間に着いてしまった玄関の前で、深呼吸をする。
     後はチャイムに手をのばすだけだというのに緊張が込み上げてきた。情けないことに指先に震えが走る。しかし、横を見れば、いつもと変わらない矢後がいた。久森家の玄関を背景にして。この光景を見て、こんな珍妙なシチュエーションはもう二度とないだろうな、と久森は思った。未来を視てはいないので確定ではないけれど、想像がつかない。でも、またいつかこんな機会が来たら面白いだろうな、と、逸る心臓とは裏腹に、呑気に思ってしまう自分がいた。

     もし、そんな未来がきたら。そのときも矢後とは「先輩と後輩」という事実以外何と表現すれば良いかわからないような、奇妙な関係を継続しているのだろうか。この縁なんて、家族の縁よりもずっと脆いかもしれないのに。むしろ、半年後に迫る矢後の卒業式の先まで続いているかすらも危ういのに。
     けれど、どんな無謀も、不確定事項も、定まっている運命でさえ、覆してしまうのが矢後勇成という人だ。この先何が起こるかなんて、いくら未来が視えていてもわからない。
     そう考えたら、なんだか肩の力が抜けてきた。

     久森は、自分の指先の震えが止まったのを確認すると、その人差し指で、玄関横のチャイムを押した。


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    DONE【まりすず】20歳になったまりあちゃんに「大人」と「子ども」の壁を感じて焦っている19歳のすずちゃん。お互いを大切に想うあまり、ちょっとしたトラブルが起きてしまいます。
    リングマリィの2人とラビリィがこれからも共に生きていく決意や覚悟の話です。お酒に超つよいみらいちゃんが出てきます。
    pixivにも同じものを載せてます。
    ビタースウィートに溶ける すずがまりあと出会ってから、片手の指じゃ数え足りない年数が経過した。どんどんかわいくかっこよくなっていくまりあを、すずはいつも一番近くで眺めていた。
     そんな穏やかな日々を積み重ねた先で迎えた、半年前のアイスクリームの日。
     その日、まりあはとうとう二十歳になった。

     ……そう、まりあは一足先に「大人」になってしまったのだ。一つ年下のすずを残して。





     先日ブロードウェイでのミュージカルが休演期間に入り、リングマリィは久々に帰国していた。
     二人がキラ宿にいることは配信でも伝えており、みらい先輩から「食事でもいかない?」とメッセージがきたのが三日前のこと。すずとまりあは喜んで「いきたいです!」と返信し、トントン拍子でリングマリィとミラクルキラッツの食事会が決まった。
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