n年後のgokh 年齢が上がってくるごとに言われるようになったことがある。
「ねえ、コハルちゃんってやっぱりゴウくんが好きなの? 昔から一緒の幼なじみだもんね」
やっぱりって言うけれど、幼なじみだからって必ず好きになるわけじゃない。
「コハルにはゴウくんがいるもんね」
わたしとゴウはそんなふうに言われるような関係じゃないのに。
周りの友達が恋を意識し始める頃になってから、わたしが何か言ったわけでもないのに、当たり前みたいにわたしがゴウを好きなんだとみんなが言う。
そりゃあ、幼なじみだし。素直な気持ちでポケモンを好きになれたのだって、ゴウたちの影響も大きいし。好きだけど、みんなが言うような好きじゃないと思う。
誰が好きかなんて、誰かに決められたくない。幼なじみだからとか、昔からずっと一緒にいるからとか、そういう理由でわたしがゴウを好きだと決まってるみたいに言われることにもやもやする。
(はあ……帰ろ)
スクールが終わった後の友達との会話は今日も恋の話で、やっぱりゴウのことを言われたから、研究所でお父さんの手伝いがあると言って今日はもう帰ることにした。
授業の間スクールに預けてあるイーブイを迎えに行くと、力いっぱいに駆け寄ってきてくれる。それを見たら自然と頬が緩んだ。
この子と出会う前も同じようなこと考えてたっけ。ふわふわの身体を抱き上げながら、そんなことをふっと思い出した。
ポケモン博士の子どもだからポケモンが好きに決まってるし将来はポケモン博士になるんでしょ、と言われて、それに反発するみたいにポケモンと関わらないようにしていたあの頃。ポケモンのことになるとまるで周りが見えなくなるサトシやゴウを、男の子って子どもだな、なんて思いながら横目で見てたっけ。
「……ゴウとはそんなんじゃないのにね、イーブイ」
イーブイに言っても仕方ないけど、つい零してしまう。今そんなことを話せる相手はイーブイしかいないし。
「何だよ、オレが何じゃないって?」
だから、後ろから当の本人の声がしてわたしは文字通り飛び上がってしまった。
「ひゃ……っ!? ゴウ!?」
「そんな驚かなくたっていいじゃん」
「だって突然後ろから話しかけるんだもん、びっくりしたよ。ゴウも今帰り?」
「ん。……で、オレが何じゃないんだよ」
預けていたポケモンを引き取りながら、ゴウはまださっきのわたしの独り言にこだわっていた。あーあ、まさか本人に聞かれちゃうなんて。ゴウは昔からあまりスクールに顔を出さないから、スクールで顔を合わせることはあまりない。それなのに、何でこういうときに限って後ろにいるんだろ。
「別に……何でもないよ。気にしないで」
「気にしないでって言われてもなー……ま、いっか。帰ろうぜ」
ここでたまたま会っただけなのに、ゴウは一緒に帰ることに疑問も持ってないみたいだった。それもそのはずで、ゴウもわたしも向かう先は研究所なんだからわざわざ別々に帰る理由もない。
(そういうのがダメなのかな)
どれくらい一緒にいるかとか、今まではそんなこと気にしたことなかった。イーブイと出会って、ポケモンに興味を持つようになってからは特に一緒にいることが増えたと思うけど、それも友達が恋バナをし始めるようになるまでは気にしたこともなかった。
「…………」
「おーい、コハル?」
数歩歩いてから、わたしが歩き出さないことに気付いたゴウが振り返った。
「……らない」
「うん?」
「帰らない、から、ゴウは先に帰って」
「え、帰らないのか? 何か用事あるなら手伝うぞ」
そうじゃないけど。でも、ゴウと一緒にいたらまたいつもみたいに言われるかもしれない。もう何も考えずに手を繋いだり、同じ部屋で眠ったりしていた昔とは違うんだから。
イーブイがきょとんとしてわたしを見上げている。帰らないの? どうして? そう聞かれている気がした。
「用事とかじゃなくて、一人で帰りたいの」
「何で?」
「何でって……だって、一緒に帰らなくてもいいじゃない。わたしたち、もう子どもじゃないんだし……」
「ふーん……?」
ゴウは納得したわけじゃなさそうだけど、それ以上は聞いてこなかった。そういうところ、昔から変わらないなと思う。ゴウは自分の問題はとことん追及するけど、誰かの考えをいたずらに否定したり、自分の考えを押し付けたりはしない。
そんなゴウに曖昧なごまかしをするのは何だかいけない気がして、わたしは言った。
「あんまり一緒にいると……誤解、されちゃうから」
それだけで、ゴウはピンと来た顔をした。
「あー……そっか。うん」
頭をがしがしかいて、何か考えるような顔をして、言葉を探している。昔から、言いたいことが上手くまとまらないときにそんな顔をしてたっけ。
「ごめん。オレさ、そういう話されてるの知ってたけど、本当のことじゃないんだしそういう話したいだけだろって、別に気にしてなくて……コハルの気持ちまで考えてなかった」
「ゴウ」
「じゃ、オレは先に帰るな。イーブイ、コハルと一緒に気をつけて帰れよ」
最後はイーブイにそう言って、ゴウは振り向かずに手を振った。遠くなっていく背中を見ながら、じわりと後悔が広がる。
ゴウはわたしの気持ちまで考えてなかった、って言ったけど。自分のことばっかりで、ゴウの気持ちを考えてなかったのはわたしの方だ。
でも、だからってゴウとの関係を噂されることに対して何も気にしないでいることもできない。幼なじみだからとか、そんなことだけでわたしの気持ちを決められたくない。好きになる理由って、きっともっとたくさんあるはずだから。
「もう、どうしたらいいんだろ……」
すっかり途方に暮れたわたしの足を、イーブイがぺしっと叩いた。うん、とりあえず帰るしかないんだけど。
◇
(書いてないエピソード)
◇
ゴウは変に自信家なくせに人見知りだった。気になったことは何でも追及するからいろんな知識があるけど、それを誰かと共有するやり方を知らなくて、だからゴウの友達はずっとわたしひとりだった。
昔のゴウは、友達が欲しいわけじゃないからいい、なんて言ってたっけ。それで大丈夫なのかなって、わたしはずっと気がかりだった。だって、そんなことを言いながらゴウはたまにすごく寂しそうな顔をしていたから。
「もう、ゴウってば。そんなんじゃ友達できないよ」
「別にいいんだよ、オレは友達が欲しいわけじゃないんだから」
「でも、友達がひとりもいなかったら寂しいでしょ?」
「別に……それに、ひとりはいるじゃん。コハルはオレの友達だろ?」
ならいいじゃん。そう言った幼いゴウは、ちょっと寂しそうだった。だから、わたしはずっと気にしていたし、何となく自分が手を引いてあげなきゃ、って気持ちでいたのかもしれない。
(でも……)
ゴウは変わった。変わらないところだってたくさんあるけど、変わったところもたくさんある。わたしが気付いていなかっただけで、ゴウはとっくにわたしの前を歩いていた。もうわたしが手を引く必要なんてなくて、むしろわたしが手を引かれる方になっていたのに、わたしはそれに気付いていなかった。ゴウがわたしより先に大人になって、わたしの前を歩いていることを認めたくなかったのかもしれない。
昔から一緒だったから。わたしがしっかりしてなきゃって思ってたから。大人になったらわたしの知らないゴウになるみたいで、ちょっと寂しかった。それに、ちょっと怖かった。今のゴウはすごく頼もしくて、優しくて、それを正面から認めたら、みんなが言ってることが本当になっちゃう気がしたから。
でも、わたしが決めたことならそれでいいんだ。そんな簡単なことに、何でもっと早く気付かなかったんだろう。
わたしがゴウを好きになるなら、それは誰かの決めつけじゃなくて、わたしの意志なのに。