家に帰るとテレビもつけずソファの真ん中で煙草を吸う門倉がいた。テーブルに置かれた灰皿には吸殻が小山を築いている。
「随分遅いお帰りで」
いつもの砕けた口調ではなく、立ち会いする時のような慇懃なものいい。これは相当機嫌が悪いらしい。しかし南方にはなにか気に触る様なことをやった覚えはない。確かに普段よりは帰りは遅かったが、遅れる時間、理由共に門倉には予め伝えてある。
そうなればなんらかの八つ当たりかと見当をつけた南方は門倉を甘やかすべく近寄る。甘え方の下手なこの男は時折八つ当たりの形で甘えてくることもあるのだ。
「なんや嫌なことでもあったん?」
そう聞きながら触れようと伸ばした手に熱さと痛みが走る。何事かと視線を手元に移すと門倉が煙草を南方の手の甲に押し付けていた。
「はァ……心当たりもないと」
ぐりぐりと押し付けて火を消した吸殻を灰皿の中へ放る。読み違えた。これは心当たりがないが、自分になんらかの原因があるパターンだ。その原因は真っ当なものから理不尽なものまで多岐に渡るためここは素直に謝って聞く方が早い。
「すまん、ないわ」
「ほーん……あれだけ尻尾振っといて自覚もしてないとは」
どうやら嫉妬してくれているらしいことは分かるのだが相手が誰なのかが分からない。今日は立ち会いがあっただけに話した相手はそれなりにいる。
「あれだけベタベタと触らせるとは余程気を許しておられる」
そこまで言われてようやく南方は相手を思い出した。勝負の終わりに一方的に手を握ってきたあの会員か。こちらが笑顔で応対していればやけに馴れ馴れしく体に触れてきて相手をするのも面倒で適当にあしらったのだが、門倉にはそうは見えなかったらしい。
「あれは向こうが勝手に……」
「振り払いもせず好きにさせておいて?」
「事を荒らげる必要もないじゃろ」
相手する程の価値もないとの意の言葉に門倉の眉間のシワがより深くなる。どうやら意図が上手く伝わってない。言葉選びを間違えたようだ。
「庇うんかアレを……まぁ顔とガタイは良かったけぇな。好みの男に抱いてもらえんで残念じゃったのぉ」
「ぁ?」
冗談じゃない。思わず低い声が出てしまったのもしょうがない。誰が好き好んで抱かれる側に甘んじていると思っているんだ。そんな南方をさらに煽るように門倉が言葉を続ける。
「図星か?これだから雌犬は」
「……だれが雌犬じゃ」
「節操なく男に尻尾振っとるおどれが雌犬じゃのうてなんや言うんじゃ」
「尻尾振った覚えなんぞない」
「自覚がないとは余計タチが悪い」
否定すれど南方の言葉を聞く気がない門倉には届かない。止まることのない門倉の暴言は南方の矜恃をいたく傷つける。
「腹が疼くんか?ああいう男みたら。ワシだけで足りんとはとんだ淫乱やの」
「違う、門倉以外に誰が好き好んで……!」
「ケツにぶち込まれるんが好きやのに?」
「だからおどれ以外にそんなんされたないて」
「あんだけ媚びとんの見せつけられて信用できるか」
吐き捨てられた言葉が南方の胸に突き刺さる。これまでどれほどの思いで南方が門倉に応えてきたのか、理不尽な八つ当たりによる甘えも、嫉妬による束縛も受け入れてきたというのに信用されないというのか。胸中には深い悲しみと悲しみを覆い隠す程の怒りに拳を握りしめる。