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    ちゃちゃ

    @X5tmy

    あんス腐壁打ち
    右🎰、右🐟️
    解釈<性癖

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    ちゃちゃ

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    メル燐♀
    先天性女体化
    付き合っていないけど、少しずつ互いに寄り掛かれるようになってきた秋ごろの二人。
    撮影に使う衣装がなかなか決まらず、どんどん自信がなくなっていく燐ね♀ちゃんをメルがよしよしする話。

    個人的に、更衣室の中でしか弱みを見せない燐♀ちゃんは可愛いなと思います。

    ##メル燐♀

    ドレスに着替えて コチコチと進む秒針を射貫くように眺める。本日最後の仕事の為に燐音がスタジオ入りしてから、既に3時間近くは経っていた。とっくに撮影内容や、当日の行動スケジュールに関する打ち合わせは終わっている。それでも彼女がここに残り続けているのは、ひとえに撮影を共にするメンバーのせいだ。

    「では次はこちらを…。それから、これに合う靴を何足か持ってきていただけますか?」

     衣装担当のスタッフと会話をする元凶、もといHiMERUの声に、こっそりと眉根を寄せる。彼こそが、今回燐音と共に雑誌の表紙を飾るパートナーだ。いつものcrazy:Bとしての方向性とは異なる、少し大人びたファッション誌。その巻頭特集として、ダンスパーティーをテーマにしたピンナップを撮影する。それが、今回の燐音たちの仕事である。
     増刊号ということもあり、いつもよりもページ数の多い特集を組んでくれる。そう聞いて、喜び勇んで打ち合わせをしたのが夕方ごろ。そこからHiMERUも含めた話し合いを経て、だいたいの方向性が定まったのが三時間ほど前だ。その後衣裳部屋に通されて、撮影で使うための衣装合わせが始まった。ここまでは燐音の想定内。だが、ここからが想定外だったのだ。

    (まさかメルメルが、こんなに俺っちの衣装を熱心に選んでくれるとはねぇ…)

     ジッと何足かの靴を前に腕を組むHiMERUを睨みつけるが、全く以て意に介した様子はない。金色の瞳を細めながら、真剣な眼差しで衣装を吟味している。スタッフと談笑しながらも、次々と候補となる靴を持ち出しているようだ。
     やがて選び終わったらしいHiMERUが振り向く。いつも通りの冷静な表情にみえるが、雰囲気はどこか楽しそうだ。HiMERUの隣に並び立つのなら、中途半端な衣装は許さないのです。そうは言いつつも、本心では普段振り回されている燐音を振り回せることが楽しいのだろう。
     苦々しいものを感じつつ、隠れてため息をつく。長時間HiMERUに振り回されても、嫌な顔せず付き合ってくれるスタッフ達のことを思うと、ここで棘を刺すことは出来なかった。

    「天城、次はこれに着替えてください。それから、靴はこの三足を。」

     お姫様が履くような、レースの綺麗な赤いパンプス。真っ白なリボンが眩しいトゥーアップシューズ。ターコイズブルーのラインストーンが輝くハイヒール。そして、それによく似合う赤いひざ丈のドレス。本日10着目の衣装だ。
     どれも可愛らしいし、燐音も嫌いではない。むしろ好きな部類だ。けれど、この衣装は普段の燐音のイメージとはかけ離れている。こんな少女のような衣装に袖を通すのは、少し気恥ずかしい。それを見透かしたように、HiMERUが小さく吹き出した。
     先程までの真面目な雰囲気から一転。悪戯っぽい笑みを浮かべるHiMERUに、燐音は思わず眉間にシワを寄せる。分かりやすく不機嫌な顔は、普通の人間なら縮み上がっているだろう。けれど、彼は気にせず、まるで歌うように言葉を紡ぐ。

    「どうしました?…まさか天城ともあろう者が、恥ずかしくて着替えられませんか?」
    「んな訳ねーっしょ!燐音ちゃんを舐めんな!」
    「じゃあ早く着替えてきてください。ああ、あと髪飾りも忘れずにお願いしますね。」

     売り言葉に買い言葉。手を引かれ押し込まれた更衣室の中で、思わず受け取ってしまった髪留めを見てため息をつく。小さな花が可愛らしく寄り添い合うデザインのヘアフックは、どう考えたって燐音のキャラじゃない。こういうデザインは、もっと柔らかくて小さな、女の子らしい人に似合うものだ。
     お姫様には程遠いことは、誰よりも自覚している。パフスリーブよりも、セクシーなホルターネックが。ふわふわのチュールよりも、大胆に開いたスリットが似合う事くらい、燐音は理解しているのだ。だというのに、まるで少女のようなチョイスを繰り返すHiMERUが心底分からない。彼こそ燐音に何が一番似合うのか、理解しているだろうに。

    (それでも着てやるんだから、燐音ちゃんったら超健気…)

     くるりと鏡の前で一回転して、仕上がりを確認する。サイドに編み込まれたリボンが遠心力でふわりと舞う。サテン素材のフリルが照明に照らされてツヤツヤと光っていた。赤いドレスと白い脚のコントラストが眩しい。口うるさい弟が見たら一家言ありそうだが、悪い仕上がりではない筈だ。
     流石燐音ちゃん。と自画自賛して、渡された髪飾りも着けていく。緩く編み込んだハーフアップに、ヘアフックを差し込めば完成だ。本番ではないのだから、このくらいの出来で良いだろう。そう結論付けて、カーテンを引く。白い布の向こうで待っていたらしいHiMERUは、楽しそうに目を細めた。

    「やはりHiMERUの見立て通りですね。」
    「そォ?でも燐音ちゃんにはちょーっと子供っぽくねえか?」
    「天城の精神年齢を顧みれば妥当なのです。それより、この靴も合わせてみてください。」
    「えー、俺っちより靴? ひっどーい! 燐音ちゃん傷付いちゃう!」

     軽口を叩きながらも、大人しく差し出された靴へ足を入れる。ここまで来たら逆らわない方が早く終われるだろう。そう判断した燐音が素直に履き替えれば、HiMERUはまた嬉しそうに笑みを浮かべた。
     楽しそうに靴を変えていくHiMERUを他所に、燐音は衣裳部屋の中のドレスに視線を移す。先ほどまで着ていた黄色のパフスリーブに、最初に袖を通したボルドーのオフショルダー。趣向を変えた緑色のロングワンピースも、候補の一つとして壁にかけられている。HiMERUの趣味なのか、どれもこれも可愛らしいデザインばかりだ。

    (お偉いさんも、どうせならああいうデザインが似合う女の子にオファーかければ、衣装選びもこんなに長引かなかっただろうになァ…。)

     よりにもよって相手が俺っちだったことが悪手だ。心の中で自嘲しながら、思わず苦笑いが漏れてしまう。例えば弟と同じグループに所属する藍良なら、ここにある可憐なドレスも着こなせただろう。燐音と同室の日和や奏汰だって、ふわふわとした少女らしい装いが似合いそうだ。
     少し大人びた特集だから。と、燐音をキャスティングしたディレクターの気持ちも分かる。だが、難航する衣装選びに段々自信が無くなって来たのも事実だ。他の衣装を持ってこられる度に、こんな可愛らしい服は似合わないと言われているような気になってくる。
     同年代の女性よりも高い身長に、おさまりのいいサイズの胸。モデル体型と言えば聞こえはいいが、全体的に薄い体である。
     勿論、己の体に不足を感じたことは無い。むしろ、アイドルとしての己を形作る大切な要素だと、ニキにも多大なる協力を仰ぎながら育ててきた。だが、とてもじゃないが、この男の好むお姫様のような服は似合わない。
     目を伏せれば、キラキラと輝くターコイズブルーに、窮屈そうに押し込まれた大きな足。まるで無理やりガラスの靴に足を突っ込んだ意地悪な姉のようだ。

    (まあ俺っちにはお似合いの役回りっしょ…。)

     思わず浮かんだ弱気な考えを振り払うように、小さく首を振る。今は仕事中なのだから、余計な事は考えるべきではない。お姫様にはなれなくても、優雅なレディにはならなくては。そう自分に言い聞かせて、燐音はゆっくりと目を開いた。

    「天城?どうかしましたか?」
    「なんでもねェよ。ほら、次はどれにするんだ?」

     不意にかち合った黄金色が僅かに揺れる。大丈夫だと誤魔化すように口角を上げれば、HiMERUは眉間にキュッと皺を寄せてため息をついた。言いたいことが色々あるが、我慢している時の表情だ。
     燐音はそれをよく知っている。これでも、彼とそれなりの時間を共に過ごしてきたのだ。それくらいのことは嫌でも分かる。何度か言いよどむように口を開いたHiMERUが、長い息を吐く。やがて彼は諦めたように肩をすくめると、ハンガーラックから次のドレスを手に取った。

    「…次はこれを着てください。」

     色々な言葉を呑み込んだHiMERUが、少し悔しそうにドレスを差し出す。それを受け取って、デザインの確認もせず更衣室へ足を勧めた。一歩前へ進む度に痛む踵を無視してカーテンを引く。先ほどはあんなに鮮やかに見えた赤色が、今は少しくすんで見えた。

    (何度も何度も着替えさせるくらい似合わねえのかねェ…。)

     ゆっくりとファスナーを下ろしながら、頭を過った悪態にため息をつく。何度も袖を通した衣装のせいか、どうやら思考回路まで乙女になってしまったらしい。
     きっと一彩なら、脚が出すぎだの胸元が開きすぎだの、散々小言を言った後に嫌と言う程褒めてくれるだろう。ニキだって、衣装やメイクが変われば『なんか今日かわいいっすね~』と言ってくれる筈だ。もしかしたら、彼等はあくまで身内だから、優しい言葉をかけてくれていたのだろうか。
     一度考え始めれば、どんどん後ろ向きな自分が顔を出す。先ほど余計な考えは振り払ったばかりだというのに、情けない。プロなのだから、しっかりしなくては。そうは思えど、思考は止められなかった。

    「俺っちってもしかして、あんまり可愛くねえのかなァ…。」

     思わず零れた言葉をかき消すように、一気にファスナーを下ろす。そんなことない。そう言い聞かせながらずっしりと重たい布を脱げば、酷い顔をした自分と目が合った。
     最後にメイクを直してから、だいぶ時間が経ったからだろうか。少しよれてしまったアイシャドウが変なぼやけ方をしている。パウダーが落ちてしまったからか、ハイライトも目立ち過ぎていた。散々な有様に、最早ドレスを手に取る気力すら削がれてしまいそうだ。
     いっそこのまま帰ってしまおうか。そんな考えが脳裏に過ぎる。撮影まではまだ日がある。今すぐに衣装を決められなくたって、候補だけ絞って後日スタッフの方々に決めてもらうことだって、選択肢の一つだ。けれど、僅かに残ったアイドルとしての自尊心が、逃げることを許してはくれなかった。

    (さっさと終わらせちまおう。)

     覚悟を決めて、地面に置かれたままのドレスを広げる。先ほどまで履いていた靴と同じ、ターコイズブルーのAラインだ。襟付きのかっちりした上半身と、切り返しからはじまる黒のチュールのコントラストが女性らしい。シースルーの袖には、細かい花の装飾が入っている。燐音には勿体ないくらい、可愛らしいドレスだ。
     重たい腕をどうにか動かして袖を通し、サイドに付いたファスナーを上げる。鏡に映った姿は、あまりにも不釣り合いだった。まるで、王子様の眼中にも収まらないのに、必死におめかしして舞踏会に出席する場違いな継母のようだ。

    「こんなんじゃダメっしょ…。」

     鏡に映った己の姿に耐えられず、思わず目を伏せる。視界に入った踵が、擦れて赤く腫れていた。出ていく気にもなれずしゃがみ込んでいると、カーテン越しのHiMERUが燐音の名を呼ぶ。分厚いカーテンが、鏡の中で気遣わし気に揺れた。

    「天城?もう着替え終わりましたか?」
    「あー…リボンが上手く結べねえから、もうちょっとかかるかも。悪りぃな。」
    「いえ。…手伝いましょうか?」
    「やーん!そう言ってレディの更衣室に入って来ようなんて、メルメルのえっち!」

     波立つ内心を悟らせぬよう、努めていつも通りの軽口を叩く。いつもならば不機嫌そうな声が返ってくるのに、今日のHiMERUは何も答えなかった。だが、今の燐音にそれを疑問視出来るほどの余裕はない。せめて更衣室を出るまでに、笑顔だけでも作れるようになっていなければ。そんな使命感で頭がいっぱいだ。
     鏡を睨みつけて、無理矢理に口角を上げる。崩れてしまったハーフアップが、ぱさぱさと頬を撫でた。綺麗なドレスを着ているはずなのに、酷くみすぼらしく見える。それが悔しくて、力の入らない腕で鏡を叩いた。
     本当は痛いし、もう疲れた。ここにある衣装が全て似合わないと言われているようなこの時間にも、着こなせない自分へのやるせなさへも。魔法使いがいるのなら、今すぐ魔法をかけてシンデレラに変身させて欲しい。そう願ってしまいそうだ。
     けれど、そんな弱音を吐いて泣きわめくなんて、燐音には出来ない。だって自分はアイドルなのだから。最早プライドだけが彼女を奮い立たせていた。
     ぎゅっと唇を噛んで、もう一度鏡を見る。大丈夫だ。笑える。ちゃんと、素敵なレディに見える筈だ。震える足を叱咤して立ち上がったのと、カーテンが僅かに開いたのは、ほぼ同時だった。

    「天城?」
    「…乙女の着替え覗くとか、どういう了見な訳ェ?」
    「失礼。ただ、リボンを結ぶだけなら、HiMERUにも出来ると思いまして。」

     入って大丈夫ですか?
     静かに問うHiMERUに、何も言わずに頷く。取り繕わなくては。そんな思考とは裏腹に、心はままならない。トントンと肩を叩く手に振り向けば、少し心配そうな顔をしたHiMERUと視線が重なった。どうやら彼も、燐音の様子がおかしいことは感付いていたらしい。

    「体調でも悪いのですか?」
    「ううん、へーき。」
    「足が痛みますか?先ほどの靴、合わなかったのでしょう?」
    「アハ、ばれてたァ?ちょっと痛いけどへーき。」
    「…疲れてしまいましたか?」
    「…へーき。」

     平静を取り繕いながら、そっと視線を外す。HiMERUの手は優しく背中に触れたままだった。そのままゆっくりと、まるで子供をあやすように摩られる。普段なら軽口を叩いてその場をやり過ごすのに、今は何故かそれが出来なかった。

    「あのさ、HiMERU。」
    「はい、なんですか?」
    「…似合ってなかった?さっきまでの衣装。」

     思わず口に出してしまった問いに、ああしまったと後悔する。変なことを聞いてしまった。HiMERUは優しいから、真剣に考えてしまうだろう。けれど、言ってしまった言葉は戻らない。頭を抱えてしまいたいが、彼に背を撫でられている現状ではどうすることも出来なかった。
     せめて誤魔化さなくては。慌てて顔を上げれば、心底呆れたような表情のHiMERUが燐音を睨んでいた。その目に滲むのは、静かな怒りだ。今日は本当に、何もかもうまくいかない。逃げ出したい気持ちをグッと堪え、彼の次の言葉を待つ。覚悟を決めて蜂蜜色の瞳を見つめれば、HiMERUは少しバツが悪そうに大きなため息をついた。

    「貴女って人は…。」
    「ご、ごめん…。」
    「いいえ、謝る必要などありません。これは貴女にそう思わせてしまった、HiMERUの責任です。こちらこそ、そんなことを聞かせてしまってごめんなさい。」

     もっと言葉を尽くすべきでしたね。そう言葉を続けて、小さく頭を下げる。眉間に少し皺が寄っているが、どうやら怒っているわけではないらしい。向けられた瞳の穏やかさに、燐音は無意識に入っていた力を抜いた。
     頬にかかった髪を、細いながらも節くれだった指が掬う。丁寧な動作に、鼻の奥がツンと痛む。駄目だ。そうは思うのに、身を委ねてしまいそうだ。ふわりと頭を撫る優しい手に、思わず目を閉じる。今はまともにHiMERUの顔を見ることが出来なかった。
     すぐそばにある気配が小さく身じろぐ。伝わっていなかったみたいなので、改めて言いますね。そう前置きしたHiMERUが口を開く。そっと目を開ければ、真剣な瞳が燐音を捉えた。

    「似合わないわけがないでしょう。今まで着た衣装全て、とっても似合っていましたよ。」
    「…じゃあなんで俺っちは、何度も着せ替え人形にされたんだよ。」
    「燐音がどれも着こなすから、一番似合うドレスが決められなかったのです。…けれど、そのせいで貴女を不安にさせてしまうとは、こちらの配慮が足りませんでした。」

     申し訳なさそうに告げられた理由に、ぽかんとする。それならば最初からそう言って欲しかったものだが、きっとHiMERUなりの考えがあったのだろう。何より、彼が嘘をついていないことくらい、燐音にだって分かる。
     似合わないわけではなかったのだ。ピンクのオーガンジーも、水色のマーメイドラインも、単なる少女趣味ではない。黄色の段違いフリルだって、本気で似合っていると思っていたから、お姫様みたいな衣装を燐音にあてがっていたのである。
     それを理解すれば、自然と頬に熱が集まる。嬉しくない筈がなかった。HiMERUの中で、燐音は最初からシンデレラだったのだ。
     
    (我ながら単純だなァ。)

     今着ているドレスも、今までで一番似合っています。他でもない目の前の男から、たったそれだけの言葉が欲しかったのだ。そんな簡単なことに、ようやく気が付いた。こんなことで喜んでしまう自分が恥ずかしい。けれど、それ以上に心が満たされている。
     そっと引き寄せられるまま、肩口に顔を埋める。ふわりと漂う香水の香りと、自分よりも少し低い体温に、さざ波立っていた気持ちが穏やかになっていく。トクントクンと鳴る心音に合わせて呼吸をすれば、背に回された腕に力が籠った。
     いつになく情熱的な仕草に、ボッと顔に火が灯る。顔を上げれば、緩く細められた蜂蜜色と視線が重なる。そのまま見つめ合えば、彼は照れたように眉を寄せた。あと少し背伸びをすれば、唇が触れてしまいそうな距離感に、どちらともなく息を呑む。
     時間にして数秒。けれど、何倍にも感じられる時間見つめ合う。バクバクと早い鼓動は、どちらのものか分からない。辛うじて出来たのは、これ以上互いの距離が近付かないように身を固くするだけだった。

    「っメルメル、リボン結んで…。」

     震える声で呟いた言葉に、HiMERUが静かに頷く。ぎこちなく解かれた腕もまた、緊張からか静かに震えていた。離れる熱が寂しいと感じるのは、きっと気のせい。そう言い聞かせて、鏡に向き直る。そうでもしなければ、燐音の中の何かが変わってしまいそうだった。
     無意識に触れた唇の熱に、何故だか目の前がクラクラする。恥ずかしくて、鏡越しにHiMERUの顔色を伺う事すら出来ない。勢いに吞まれてキスをしてしまいそうになっただなんて、はしたないことは口が裂けても弟やニキには言えない。
     未だ落ち着かない鼓動から気を逸らし、シュルシュルと響く布擦れの音に耳を傾ける。きゅっときつくない程度に締められたリボンが、丁寧に形を整えられていく。その様子を想像しながら時間が過ぎるのを待っていると、不意にHiMERUが口を開いた。

    「燐音、そのままでいいのでよく聞きなさい。」
    「おう。」
    「貴女は可愛いですよ。だから、ちゃんと胸を張ってください。」
    「ほんとォ…? 今の俺っち、髪の毛解けちまったし、メイクも崩れてるけど。」
    「ええ。HiMERUが嘘をついたことは無いでしょう? 髪が乱れても、メイクが崩れてしまっても、貴女は可愛いですよ。この部屋の衣装を全て着こなしてしまえる程に。ほら、顔を上げて…」

     もう一度、確認してみてください。そんなHiMERUの声に促され、恐る恐る顔を上げて鏡の中の自分を見る。さっきまでのみすぼらしい灰かぶりはもういない。代わりにいるのは、魔法にかけられたみたいに、可愛いドレスを身にまとったお姫様だ。
     目尻に乗せたアイシャドウは、涙で滲んだせいで少しだけ落ちてしまっている。それでも、いつもよりキラキラしているように見えるのは、きっと気の所為じゃないはずだ。薄桃色のルージュも、少し色は剥げてしまったけれど、上がってしまった体温のお陰で左程気にならない。思わず目をパチパチと瞬かせれば、HiMERUが楽しそうに笑った。
     燐音の乱れた髪を手櫛で整え、耳に掛ける。いつの間にかつけられていたネックレスが、胸元で輝いた。シルバーチェーンに通されたシンプルなリングが、まるで三日月のようにキラキラと光っている。

    「先ほど渡し忘れていたので。よく似合っていますよ、燐音。」
    「うん。ありがとう、HiMERU。」

     安心感に頬を緩めれば、鏡の向こうのHiMERUも優しく微笑む。自然と再び引き寄せられるままに、彼の胸に身体を預けた。とくとくと規則正しく鳴る心臓の音が心地よい。そっと伸ばされた腕をとれば、緩く絡む指先が温かかった。

    「まだ不安ですか?」
    「ううん、もう大丈夫。ちゃーんといつものスーパーアイドル・燐音ちゃんだぜ。メルメルのお陰だな。」

     いつもの調子で返事をして、そっと体を離す。手は繋いだまま、更衣室のカーテンを開いた。心配そうな顔をしたスタッフ達は、燐音の顔を見て安心したように胸を撫で下ろしている。なかなか出てこない自分たちに、やきもきさせてしまっただろう。そんな彼らを安心させるように、燐音も笑みを返した。
     
    「みんなごめんなァ! 待たせちまって! 衣装着るのに手間取っちまった!」
    「いえ、こちらこそすみません。何時間も着替え続けて、そりゃ疲れちゃいますよね…!」
    「ソレはお互い様っしょ。スタッフの皆も、うちのメルメルの我儘に付き合わせちまってごめんな。」
    「い、いえっ…! お役に立てたなら良かったです。」

     スタッフの皆に詫びながら、さりげなくHiMERUの手を引く。彼はそれに素直に従いながら、軽く頭を下げた。その頭を空いている方の手で撫でながら、燐音は自らの靴を探す。履いて来た筈のハイヒールが無いのだ。キョロキョロと周囲へ視線を彷徨わせていると、不意に頭を撫でていた筈の左手が空を切る。それと同時に体が宙へ浮いた。
     思わず目を瞑るが、一向に衝撃が襲ってくる気配はない。恐る恐る目を開けると、目の前には不機嫌そうなHiMERUの顔があった。所謂お姫様抱っこをされている。それに気付くと同時に、燐音はそのままソファへと運ばれていた。
     ポスンと柔らかなクッションに受け止められると共に、HiMERUの腕から解放される。いきなり持ち上げんな。そんな抗議の意を込めて睨みつければ、意趣返しが成功したHiMERUは得意げに笑う。
     そのまま跪くと、彼は傍にあったシューズケースからパンプスを取り出した。ドレスとお揃いのターコイズブルーに、黒のレースがあしらわれている品である。先ほどよりも柔らかい素材のソレは、今度こそ燐音の足にピッタリだった。

    「やはり似合っていますね。」
    「きゃは! メルメル言い過ぎっしょ。」
    「いいんですよ、言い過ぎなくらいで。伝わらずに不安にさせるより、ずっとマシでしょう?可愛いですよ、天城。」

     ほら、立てますか?と伸ばされた手が、燐音の手を取る。ゆっくりと立ち上がれば、いつもよりも少し近付いた視線が照れくさい。けれど、満足そうに目を細めるHiMERUを前にすれば、いつも通りの軽口を叩くことは出来なかった。
     素直に指を絡めて、エスコートされるままに足を進める。ふわりと広がるスカートに一瞬戸惑うも、直ぐにHiMERUが腰を抱く。ひらりと舞う裾を押さえると、そのままくるりと燐音ごとターンしてみせた。
     キュッと床に擦れた爪先が鳴く。けれど、きちんとサイズの合う靴だからか、痛みは殆ど無かった。それどころか、まるで羽根のように軽やかなステップに、思わず燐音も声を上げて笑ってしまう。

    「あはは! メルメル上手いなァ!」
    「当たり前でしょう。HiMERUをなんだと思っているんですか?」
    「え~?そりゃあ勿論、俺っちの自慢のアイドルっしょ!」
    「…そうですか。」

     呆れたような声色で答えながらも、口元は楽し気に弧を描いている。本番さながらにステップを踏めば、HiMERUもそれに応えるように燐音の手を引いた。くるくると回りながら、チラリと姿見を確認する。ドレスも、靴も、まるで最初からそうあるべきだと誂えたように綺麗だった。
     視線の先に気付いたHiMERUが動きを止める。鏡越しに目が合えば、彼は僅かに首を傾げた。さらりと流れた前髪の隙間から、レモン色の瞳が覗く。HiMERUを真似て耳にかければ、あらわになった耳がほんの少し熱を持っていた。
     
    「足は痛みますか?」
    「いや、おかげさまで大丈夫だぜ。それから…」
    「なんです?」
    「ありがとな、HiMERU。」

     気が付かなかったふりをして、鏡に視線を戻す。改めて礼を告げれば、燐音の素直な言葉に驚いたのか、HiMERUはパチパチと目を瞬かせた。けれどそれも一瞬で、すぐにいつも通りの表情に戻る。
     それでいい。余計な感情は要らないのだ。大切なユニットメンバーが、アイドルとしてちゃんと輝けるように。かけてもらった魔法の分以上に、自分もシャッターの前で輝いてやる。そんな決意を胸に、燐音はくるりとHiMERUに向き直る。絡めた指先を、ギュッと握りなおした。

    「本番もよろしく頼むぜ、メルメル!」
    「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」

     様子を見守っていたスタッフ達の元へ、手を引いて歩を進めた。しゃんと背筋を伸ばせば、自然と口角が上がる。最高の笑顔に胸を張れば、不思議と体に力が満ちてくる。掛け時計のアラームが鳴っても、燐音にかかった魔法が解けることは無かった。
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