形のない贈り物 予定していた3つの日本時間に合わせた配信が終わり、残すは雑談配信のみとなった。
立て続けに配信したせいで、体が凝り固まっている気がする。
椅子から立ち上がって伸びをした後、配信部屋のドアを開けると、階段に配信開始までにはなかった飾り付けがされているのに気が付いた。
バルーンやガーランドが赤と黒とシルバーで統一されている空間はもう芸術のようなもので、俺の目はこんなサプライズを準備してくれた浮奇を探してきょろきょろする。
ちらりと各部屋を覗いていくが、リビングや浮奇のお気に入りのサンルームにもいないし、ダイニングにも姿はない。
とりあえず配信後の喉の渇きを潤そうと、冷蔵庫の前に立ち扉を開けようとすると、そこには封筒が張り付けられていた。
紫色のきらきらした封筒の中には、浮奇らしい少し筆圧の弱い字で
“配信お疲れ様。水を飲んだらレンジの中にホットミルクがあるよ!温めてダイニングで飲むように!”
と書かれていて、実際にレンジを開けてみるとそこには俺が愛用しているマグカップがある。触ってみると、まだ少し熱いからちょっと前まではこのあたりにいたんだろう。
この間のマイクラ配信を思い出して口元がにやけてしまう。
書いてある通りに行動するのも悪くない。そう思いながらガラスのコップに水を注いで一気に飲む間に、レンジで1分温めを開始する。
散々配信で騒いだ喉に、冷たい水が滑る様に落ちていくのが気持ちいい。
ピーピーと温めが終了したレンジからマグカップを取り出して、ティースプーンで何度かくるくるとかき混ぜてやる。
浮奇が作ってくれるホットミルクはいつも蜂蜜が入っているから、少しかき混ぜないと最後に苦しむことになるのはもう経験済みだ。
ホットミルクにふーふーと息を吹きかけながら、ダイニングまで歩いていく。
そういえばいつも足元に絡みついてくる2匹もいない。家の中に一人になるのはドッゴが来て以来一度もなかったから、妙に静かに感じてしまう。
書かれた通りにダイニングに着くと、いつも座る椅子を引いて座ろうとした。座面に目を向けると、そこにも封筒が置いてあった。
次は青い封筒で、“よかった、ふーふーちゃんはいつもこっちに座るよね。飲み終わったら外の空気を吸うのもいいと思う。サンルームはどうかな?”
「次はサンルームか、まぁ、まだ熱いしゆっくり飲ませてもらおう」
丸いダイニングテーブルには、真ん中に花瓶が置かれていて、よく浮奇が買ってくる花が生けられている。
そこかしこに浮奇の痕跡があって、改めてしみじみと一緒に住んでいるんだなぁ、と実感してしまう。
去年の今頃はこんな余裕はなかったから。
飲み干したマグカップをシンクにもっていき、そのまま洗ってしまう。
このきれいなシンクも、浮奇が来る前は使用済みの食器が山積みで、いつか洗おうと思って魔窟になっていたのに、『シンクはきれいに!』がモットーの浮奇の健全な調教の末、俺も使ったらすぐに洗うようになった。
「次はサンルームだな」
もう辺りは真っ暗だが。サンルームの読書用のランプがついていて、その灯りに誘われるように近づいていく。俺の読みかけの小説の上に、また封筒が置かれていた。
オレンジ色の封筒には、すこし大きな文字で、“もう!また出しっぱなし!うきにゃから守ったおれを褒めてほしいぐらい!ランプを消して、ちゃんと本を持って、次は配信部屋へ!”
月の形のランプを消して、今までの手紙と一緒に小説を持つ。
何度言われても、小説の置きっぱなしだけは治らないな、いつも浮奇に口を酸っぱくして言われているのに、浮奇がかわいく怒っている顔ばかり見てしまうから。
ついでにダイニングとリビングの電気も落として、階段を上がっていく。
配信部屋はさっきまで俺がいた場所だけれど、どうやって?いつ?準備したのだろう?中に入ってぐるりと部屋の中を見まわすと、ゲーミングチェアの上に今度は黄色い封筒が置かれている。
“小説を本棚に戻してください!PCもシャットダウンした?じゃあ部屋の電気を消して、寝室へ”
浮奇の怒りが文面からも伝わってくるようだ。想像してにやける口元が余計にいつも怒らせてしまう原因なのは分かっているのに。
サンルームから持ってきた小説を入れたことでぎゅうぎゅうに詰まった本棚をみて、近いうちに片付けようと予定は未定の計画を密かに立てて、部屋を出る。
寝室の前まで行くと、1人と2匹がこそこそ話す声が微かに聞こえてくる。
さぁ何をしてくれるんだろう、とドアノブに手をかけてゆっくりと回すと、開けた瞬間にクラッカーが鳴り響き、足元と胸元に抱き着いてくる1人と2匹。
「ふーふーちゃん!生まれてきてくれてありがとう!」
俺の首元にぐりぐりと頭を擦り付けながらくぐもった声で言う浮奇が愛しくて、ぎゅう、と抱きしめかえす。
背中に引っ付くうきにゃと、俺の足に前足をかけてくるドッゴ。
「、ふふ」
みんなの必死さに思わず笑いが込み上げてきて、同時に鼻の奥がツンとして、目の前に膜を張ったように霞んでくる。笑った声も少し震えるように聞こえてなんだか情けない。
「…っ、ぅ…ふ、はは」
ポンポンとあやす様に背中を撫でられて、我慢できなくなった涙が頬を流れて浮奇のパジャマに吸い取られていく。
「ほんとに、ほんとに、ありがとう。ふーふーちゃんだいすき」
「……俺もだ」
しばらく抱き合ったままでいると、もう我慢できなかったのか、背中をぐいぐいとよじ登っていたうきにゃが肩まで到達する。尻尾でぺしぺしと俺と浮奇をたたいてくるのがむず痒い。
「もう!うきにゃったら、イイトコロだったのに!」
浮奇は俺の肩に乗ったうきにゃを、えいやと持ち上げて、自分の腕の中に封じ込めた。
不満そうに、うにゃうにゃと文句を言ううきにゃをあやす様に鼻梁を撫でてやると、あきらめたようにふん、と鼻を鳴らして浮奇の腕の中で丸くなった。
「はい、ふーふーちゃん」
最後に渡されたのは、赤い封筒だった。
“祝われるのは苦手かもしれないけれど、誕生日おめでとう!いつも俺のわがままに振り回されているふーふーちゃんがかわいくて、無茶ばっかり言ってごめんね。これからも、ふーふーちゃんの一番近くで、一緒の時間をすごさせてください。愛をこめて”
「……浮奇、俺をこれ以上どうしたいんだ……」
引っ込んだはずの涙がまた帰ってきたようで、視界が悪くなってくる。
一度栓が緩んだ涙腺は止めることを忘れてしまったようで、さっきよりも大粒の涙がぽろぽろと流れていく。
「もう!ふーふーちゃんが泣くから!おれだって、ないちゃう……」
ぐずぐずと鼻を鳴らして泣く二人の間を、ドッゴが心配そうにうろうろするから、安心させようと背中を撫でてやると、満足したように小さく吠えて、いつの間にか解放されていたうきにゃといつもの定位置に連れ立って行ってしまった。
俺が落ち着いても、浮奇の涙は止まらない。俺の胸元に顔をこすりつけるように涙を拭こうとする浮奇を止めて、頬を撫でるように包み、瞼に何度もキスを落とす。
「ひひ。もう、おれすごい泣いちゃって恥ずかしい」
一年前にはスクリーン越しでしか会えなかった浮奇と、今こうして傍にいて、触れ合って、笑いあってる。
「明日はショッピングに行こうね」
「なにか買うのか?」
「ん~、プレゼント選びに行こう!いくつか候補は絞ってるから!」
二人並んで布団をかぶって明日の話をすることを夢見ていたなんて、浮奇はきっと知らないだろう。
俺にとって、これからも浮奇と一緒に未来の計画を立てられるのが一番のプレゼントだ。
翌朝起きて、浮奇の瞼が腫れていたのも、昨夜は開けなかった冷蔵庫にごちそうの準備が入っていたことも、ディナーの時間にはみんなが家に来てくれることも、夢の中の俺はまだ知らない。
Fin
Happy Birthday FuuFuuchan.