Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    はねた

    @hanezzo9

    あれこれ投げます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 60

    はねた

    ☆quiet follow

    ほったさんとつきしまさんの組み合わせはいいですねという話を書きました。

    #aoas

    未だ見ぬ星座 冬の雑踏はくすんだ匂いがする。
     夜だった。スマートフォンの画面に表示された時刻は8時52分、空は暗いはずなのに、ひしめく電飾が昼間よりもあたりを明るくする。赤と緑のモールがぐるりと巻かれた街灯、豆電球がトナカイや髭の老人の姿をかたちづくる。
     ビルの合間にのぞく月は爪の先めいて細い。星はなくて、飛行機のランプがちかちかと赤く瞬いていた。
     風は冷えている。
     月島はマフラーに顔をうずめた。宴の余韻がまだ体のあちこちにこびりついている。忘年会とも送別会とも祝勝会ともつかない、そのせいか感情の収めどころがよくわからないままでいる。胸のあたりがすうとして、けれどふしぎにあたたかい。
     アルコールと煙草と焼肉とひとの移り香と、鼻先のあたりでいりまじってひとつになる。
     となりには堀田がいて、訥々と世間話をしていた。コートを着こんだ、その背はこちらよりもすこし高い。ちょうど耳のあたりで声がするから、喧騒のなかにあっても聞き落とすことはない。
     年の瀬とあって繁華街にはひとが溢れている。古式ゆかしく頭にネクタイを巻いた酔っ払いの集団が大声を張りあげ歌い、電光掲示板のまえでは黒服の男が女たちの袖をひく。
     大学生らしいグループが目のまえに、そのさきを福田と弁禅が歩いている。女子学生の嬌声にまぎれて、ふたりの会話がこちらまで届くことはない。
     堀田の言葉がふいととぎれたのと、福田の肩がかしいだのとは同時だった。弁禅が腕をのばして支え、福田は何ごともなかったかのように歩きだす。かたわらで堀田がちいさく息をついた。
     仕事熱心だなあとひとごとのように月島はおもう。あのね、と言えば堀田がこちらに目を向けた。
    「黒田くんが怪我したとき、僕はどうすればいいんだろうっておもった。黒田くんの意志と選手生命とチームの方向性と試合の行方と、いろいろあって結局自分では決められなかった。決める立場でもなかったしね」
     黒田が頭に怪我を負ったとき、自分も、そうして堀田も相当に動揺していた。そんなことを思いだす。伊達ばかりがひとり超然として、結果それがチームと試合とを救った。陰で福田がフォローしていたことはずいぶんあとになってから聞かされた。
     マフラーから洩れる息が白くあたりをたゆたう。堀田は黙っている。その頬にネオンの光がちらりとよぎって消えた。
    「堀田さんが黒田くんのことすごく心配してたの覚えてる。ううん、あのときだけじゃなくて、仕事柄ずっと堀田さんはみんなのこと心配しどおしだろう。一年おつかれさまでした」
     並んだままでぺこりと頭を下げてみる。冗談にまぎらせたつもりが、見あげるさきにある表情はかたい。あれ、と月島は目をぱちくりとさせる。
    「僕なにかまちがえた?」
     素直に尋ねてみれば、堀田はいいえとかぶりをふった。口元が笑みをつくりかけて、けれどこわばりは解けないでいる。
     炉端焼の看板の前を過ぎれば、煙の匂いが髪や服にまとわりついた。
    「高円宮杯を制したからってプロになれるわけじゃない、俺は桐木たちにそう言ったんです」
     堀田がそう言うのに、月島はああと頷いてみせる。青森戦のまえ、そういえばそんな話を聞いた覚えがあった。
    「桐木たちの調子や選手としての将来を考えれば出場させるべきじゃなかった。万が一の可能性でも、起こってしまえば取り返しはつかない。わかっていて、俺は桐木たちを止められなかった。俺の言葉は阿久津の情にかなわなかった」
     かつてトレーナー室であったことを堀田は語る。見た覚えのないその景色を月島は脳裏に描く。
    「あのとき俺は最終的な判断を福田さんに押しつけた。桐木たちの気持ちもわかる、もし試合に出るなら調整はするなんてどっちつかずのことまで言って、結局俺がしたことは福田さんを救うどころか追いつめるだけだった。誰でもない、あのひとに俺はつらい選択をさせたんです。勝ったから、怪我が悪化しなかったからよかったとか、そんなことは結果論です。だから区切りはつけられない」
     忘年会は当店で、と書かれたのぼりの前を通る。タイムリーだなあと思ったけれど口にするのはさすがにやめておくことにする。いつまで経っても敬語をくずさないひとだった。そのひとが背負いこんだものを揶揄うことなどできそうもなかった。
     困った性分だなあと、やはりひとごとのように月島はおもう。ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔のなかほどまでを埋めてみる。焼肉と、さきほどまで隣にいたひとの匂いがふいと鼻先をかすめた。
    「でもそれが福田さんの仕事だから」
     堀田が驚いたようにふりかえる。見開かれた、その目の色が綺麗だということに月島はいまさら気づく。
     隣で回想に耽られるよりはこっちを向いてくれるほうがいいなと、マフラーをずりさげて月島はにっこりとする。
    「福田さんや望なら、理屈で考えるなって言うんだろうね。そういうところ直せってよく注意されるよ。僕が励まそうとすると、ときどきこどもたちが妙な顔をするのも知ってる」
     でも、と月島はいったん言葉を切る。堀田は口を挟むこともなく、ただ歩調ばかりがゆるんでいく。律儀なことだと、そんな場合でもないのにちょっと笑ってしまった。
    「感情って結構そのときどきで変わるしね。曖昧っていうか、ちゃんと筋道を立てたほうが楽になることだってきっとある。特に子どもたちを相手にしてると情が優先されがちだけど、理屈があるからこそ落としどころをつけられることもあるから」
     堀田の口が、開きかけてふいと閉じる。こちらのキャリアを慮るような、まったく誠実なひとだなあと月島はこっそり感心する。
     どこかでクラッカーの鳴る音がした。酔客の群れは増えるばかり、弁禅と福田の背がひと波の向こうに遠ざかっては戻ってくる。
     好きなこと言っちゃったかなと少々反省しつつ、マフラーの合間から堀田を見あげる。そうして目に映ったものに、月島はあれっと小首をかしげた。
     月島が自論をまくしたてるたび、福田や伊達、フロント陣はおさない子を見るような目をする。子どもたちは煮え切らない笑顔や、率直な戸惑いを向けてくる。
     けれどもいま、そこにあるひとの表情はそのいずれとも違っていた。
     まっすぐに言葉が届いた、そんな気がふいとした。
    「俺は、どんな人間もまず体が資本だとおもってます」
     堀田がぽつりと呟く。先ほどよりもすこしやわらいだような、その響きに月島はうんと頷くことで返す。
    「プロになるとか、若いやつの意地だとか夢だとか、叶えてやりたいしサポートは全力でする。それが俺の仕事です。でも結局は、怪我をしないでほしい、それだけなんです。プロになりたいし意地も張りたいし仲間も大事にしたい、体がしっかりしているうちは全部できるような気がする。けど、ほんとうは人間の体なんてそんな器用にできてない。欲張った挙句にぜんぶなくしたやつをこれまで何人も見てきました。いや、欲張ってるだなんてそのときはきっと誰も思っていない。自分にあたりまえにできることだって思いこんでる」
    「欲張りっていうか、過信ってことかな」
     見あげるさき、堀田の口元にちらりと笑みがきざす。言葉のひとつひとつが互いのうちに染みこんでいくような、そんな心地がした。
    「感情で動くことはだれにだってある。でもそれにはリスクが伴う。だからこの仕事をする以上、理屈を大事にしたいと俺も思います」
     うん、と月島は答える。コートのポケットに両手を突っ込んで、そうしてしばらく黙っていた。
     弁禅がふりかえり、こちらに向かっておおーいと片手をあげた。喧騒を縫う胴間声に、学生の一団が驚いたように足を早めて過ぎていく。
    「さっきは子どもらの手前飲めんかったからなー、二軒め行かんか」
     それほどの距離もないというのに大仰な身振りで呼ばわるから、月島と堀田はそろって顔を見合わせた。
    「あ、まさに健康的にはだめなやつだ」
    「だめですね」
     並んでそう言えば、弁禅が盛大に顔をしかめる。そのかたわらでは福田がどうでもよさそうな顔をしてあくびをしていた。
    「小理屈コンビめ、行くのか行かんのかどっちだ」
    「行きまーす」
    「行きます」
     まとめられちゃったねえと言えば、堀田もそうですねと返してくる。さきほどよりもずっと穏やかな、その表情に月島もつられて口の端をあげる。
     店はすでに決めてあるらしかった。しばらく歩いたのち、福田と弁禅は焼鳥という字が染め抜かれた暖簾をくぐってゆく。堀田がそのあとを追った。
     月島も続こうとして、入り口の前でふいと立ち止まる。
     見あげる、空はやはり夜にしてはずいぶんと明るい。人々の活気があたりには満ちている。
     これから子どもたちは去っていくというのに、さきほどまでのかすかな寂寥はどこだかへといってしまっていて、代わりによくわからない熱がある。
    「変なの」
     まあいいか、とひとりごちつつ、月島は油じみた暖簾を掲げた。

     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works