蒼の琥珀少し高くなった薄水色の空に一刷毛の飛行機雲。
明日は雨かと思いながら、今日ゼミでもらってきたお土産の袋を取り出し、ローテーブルに置いた皿の上にざらざらと音をたてて取り出す。
涼やかな透き通った青い琥珀糖。つるんとした表面に光を映してきらきらしている。
ひとつ取り、手の上で転がす。
コバルトブルーの宝石を一粒つまんで日に透かしてみるとたちまち真夏の空が蘇る。
夏の空を閉じ込められたらいいのに。
夏から秋になるのが一年で一番さみしい気がする。
木々が色を変えて、肌にあたる空気がべたつく甘さからピリリとした緊張感を増す。
動から静への移り変わりがさみしい。
ドアがギィと開いた。
あまり広くない玄関に所狭しとならんだスニーカーをひょいと避けながら、ここはオレの家なのに井田が「ただいま」と言う。なんだか一緒に暮らしてるようでいつまで経ってもこそばゆい。なるべく顔に出さないように「おかえり」と返した。
「青木、何持ってるんだ?」
井田が手を洗う時にたくし上げた薄手のTシャツの袖を戻しながら訊いた。
ほら、今日も気が付けばオレも井田も長袖になり、日焼け跡が見え隠れする肌の面積が減った。秋はもうすぐそこだ。
「琥珀糖っていう和菓子。夏休みのお土産らしいんだけどあんまりにも夏の空の色だったから、夏の名残りを惜しんで持って帰ってきた」
井田の手にも一粒乗せながら言った。
「————甘いな」
一口齧って、甘いものがあまり得意ではない井田が顔を顰める。
オレはクスクスと笑いながら
「そりゃ砂糖と寒天でできてるんだから甘いよ」
と自分の口に入れようと一欠片摘んだオレの手首を井田が掴み、指先の琥珀糖を口で掠めとると顔を寄せる。
そっと顎を持ち上げられ、オレは息をする暇もなく唇を塞がれる。
少しかさつく表面から柔い体温が伝わる。井田の唇がほのかにざらついて甘い。
ちぅと吸いつかれ、ふたつの温度が重なって湿り気を帯びた頃そっと離され、オレはほっと息を吐く。
と同時に、井田の左手の指が右の耳裏を下からなぞり上げる。首筋にゾクリとした気配感じ、
「んあっ……」
と声を漏らした隙に、再び忍び寄った舌先で唇を割り入られ歯列をなぞられ、口蓋の柔いところを探られる。
井田が齧った琥珀糖を押し付けられ、口の中に甘い違和感が広がる。お返しにもう一度琥珀糖を戻すと、行ったり来たり徐々に溶けてカサを減らす砂糖の味がどちらの口内かわからなくなるほど繰り返され、頭のてっぺんまでが感覚器になったような錯覚を覚えて目の裏が白く光る。
クチュクチュと耳を塞ぎたくなるような水音に耳と脳が甘く痺れた。
一度引っ込められた井田の舌を、無意識に追いかけるように伸ばしたのを吸い上げられ舐られ、つと離れたのちに下唇をガブリと食まれた。
舌先どうしがチロチロと触れるとお腹の辺りがゾワゾワと落ち着かなくなる。
酸欠で足に力が入らなくなる寸前で抱きとめられ、
「青木のほうが甘いな」
とボソリと耳に吹き込まれた吐息に呼吸を忘れそうになった。
口の中に残された琥珀糖を舌で押しつぶすと、ジャリっとほどけ、砂糖の香りが鼻に抜ける。
「————まだ、外、明るいじゃん」
オレは井田のTシャツを掴む指に力を籠めた。
***
剥き出しの二の腕の隆起を見るとはなしに見つめる。
うつ伏せの体勢でスマホに指を滑らせるたびに上下に動いている。
「青木、琥珀糖って秋仕様のもあるらしいぞ」
スライドする指を止めて井田が示した画面には、半透明のすりガラスに閉じ込められた小さなオレンジの花が見えた。
「金木犀、好きだったよな?」
ふわりと微笑む瞳は深い蒼。
秋は秋で、青木とだったら楽しいと思うぞ。
俺はどこだって青木がいれば、嬉しい。
そう言うとオレの頭をくしゃりと撫でた。
「オレだって、井田となら————」
風は既に、ふわりと秋の匂いを乗せていた。