Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ジュン

    正良が好き。思いつきを載せる。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💛 🐣 ☺ 🌟
    POIPOI 94

    ジュン

    ☆quiet follow

    レイトショー
    正良

    キャラメルポップコーンを食べに行こう。
    という兄貴の突拍子もない誘い文句に乗って、辿り着いた先は都会の映画館だった。

    「ここのが一番美味いんだ」

    売店の看板を指さす、その横顔に見蕩れてしまう。
    どうやら、ここに漂う甘いキャラメルの香りは、まともな思考を鈍らせるらしい。

    「ちょっとまってて」

    兄貴は笑って、お目当てを買いに行ってしまった。
    ぽつんと広いロビーで待ちぼうけを食らう。暇つぶしに、そのへんにあった映画のポスターを眺めることにした。
    どれも知らない映画ばかり。
    とっても変な感じだ。
    だって兄貴と映画館にいる。
    しかも目当てはポップコーン。映画館にポップコーンだけ食べにくるやつなんて、居る?
    居た、まさかの身内。
    横目で見つめた兄貴の姿は、とてもこの場から浮いている。売店の列には二人組みしかいないし、兄貴は一人で着物だし。
    で、そのうちバケツみたいなポップコーンを抱えてこっちに向かってくるんだ。俺より頭ひとつデカい背丈で、髭面坊主の成人男性が、嬉しそうにポップコーン抱えてくるんだ。
    そんなの想像しただけで、どんなコメディーよりも笑える気がした。


    「良守、何か面白いのあった?」

    だめだ。笑っちゃった。
    とっても自然にポップコーン、抱えて来るから笑っちゃった。
    だって、すごくおかしくて。でも笑っちゃだめだ。兄貴は何にも悪くない。口元を隠して、時折涙を拭って、だけどくすくす笑いが零れて苦しい。

    「良守...?」

    そんな俺を見て、兄貴は頭にハテナを浮かべてる。
    そりゃそうだ。兄貴の目に映る俺は、きっと変な子だ。
    あー、どうしよう。たのしくなってきた。
    適当なポスターを指さして「これが見たい」とねだったら、兄貴は二つ返事で 「いいよ」と言うに決まってる。逆に俺が「べつに見たいやつ無い」と言えば「外のベンチで一緒に食べよう」なんて笑うんだろう。
    結局兄貴は大事なお目当てが食べれれば、場所はどこだっていいんだし。

    「なぁ良守、きいてんの?」

    そんな顔しないでほしい。
    もっと意地悪したくなる。
    でも、俺は兄貴と違ってやさしいから「ごめん」と笑ってしまう。だって意地悪なのは兄貴の特権だから。俺は弟になって、兄貴を兄貴にしてあげるんだ。それが良き弟なんだもん。

    「ごめん。それ、凄くいい匂いだな」
    「だろ?ちょっと持っててもらえるか」
    「おう」
    「食べてていいぞ」

    そう言って財布を仕舞う仕草もサマになってる。
    お前は本当に狡いやつ。って思いながら口に放り込んだポップコーンを噛み締めて、このあとの展開をどうしようか思考した。
    だけど甘い香りに惑わされて、なにも良い案が浮かばない。

    「どう?あまじょっぱくて美味しいだろ」

    口の端を親指で拭われて、そのまま食べカスを盗み食いされた。
    キュッと眉が寄ってしまう。一見ときめく仕草だが、これくらいで悶えられるほど俺はポジティブじゃない。
    どうせ、いつもの兄貴面だ。俺がどんな気持ちで兄貴を見てるか知らずに、平気でこういうことをするからタチが悪かった。
    のんきなやつ。腹立たしいとすら思えてくる。

    「なんだ。子供扱いすんなって顔だな?」

    んなこと思ってねえし。バーカバーカ。
    だって俺、兄貴をどうにかしてやろうってことしか考えてない。
    なのに兄貴は全然気づいてくれない。この患ってる気持ち、一欠片もわかってない。
    でもだからこそ、こうして気まぐれに誘ってもらえるのだ。
    皮肉な話しである。一度でも警戒されたら、もう二度とこんな穏やかな日は訪れなくなるのだから。


    「うん。美味い」

    いつのまにか兄貴もポップコーンに手を伸ばしていた。カリッといい音がして顔を上げるも、兄貴は遠くを見つめている。
    どこ見てんだよ。そんないじけた気持ちで兄貴の視線を追うと、どうやら映画のポスターに釘付けになっているようだ。
    しかもそれは、上映されている中で最もつまらなさそうな作品だった。

    「...」

    もしかして、気になるのかな。そう思って同じようにポスターを見つめる。
    うん。とてもチープでThe B級って感じ。
    なんていうか、レンタルでも見ないレベルだ。

    「良守」

    はっとした。声をかけられて、兄貴に意識を戻す。

    「もしかして、気になる?」

    そう言って指をさされたのは、あのB級映画。
    もし俺が頷いたら、兄貴は「俺も」と言うんだろうか。とか考え出したらポップコーンを食べる手が止まらなくなった。

    「おまえ、さっきからそれ無心で食ってるよな」

    そんなに美味かった?なんて笑われて口に運ぶ手が止まる。

    「俺たち案外、似た者同士だったりして」

    いや、なんつーか。ちげーだろ。
    俺はな、兄貴とは違うんだよ。
    あんなB級映画に興味はないし。そうやってずっと見ていたくなる笑顔、振りまけないし。
    だから、とてつもなく恥ずかしくなってしまった。
    俺、気づいちゃったんだ。もしかして兄貴は、すっげーわかりやすいやつってこと。
    だって、俺と好きなもん共有したがってる。俺が兄貴と同じ好きだと、にこにこ嬉しそうにするんだ。
    今だってほら。ポップコーン、俺がモグモグ食べると目を輝かせてる。そんな事あるのか?
    たぶん。あの映画、兄貴は面白そうだと思ってるから俺も同じだったらいい、そう思ったんだろ?
    だからなんつーか。
    なあ。これって、もしかしなくても...

    「どうしたの」

    俺の顔を覗き込む仕草が、なぜだか妙に甘ったるく感じる。

    「なあ。今、何考えてるか当ててやろうか?」

    んぐ。予期せぬイタズラな笑みを向けられて、食べかけのポップコーンが変なとこに入りかけた。
    コイツまじなんなんだ。

    「んー」

    あんまりじっとこっち見んなよ。その笑顔、人殺せそうだぞ。そうそう、悩殺的な意味で。いい意味で、背筋が凍るやつってこと。

    「うん。ずっと目が合わないし顔も赤い。それに...」

    するりと腕を握られて、ぎょっとした。ついつい猫目になってしまう。

    「脈、早くない?」

    おい待て。俺は一体なんの尋問に掛けられてんだ?何を探られてんだ?ただポップコーン食ってるだけなのによ。

    「つまりはさ、今気づいたんだろ?」

    あ?なにが言いてぇんだよ。

    「これが、デートだってこと」


    デッ、どっ、だっ。


    「なあ。あの映画見た後、しよっか」

    は!!??

    「答え合わせ」

    は...???

    「じゃあ行こ」

    待て待て。さらっと手を繋がないでくれ。
    なんて軽口を言える余裕なんて、ない。

    「レイトショーってテンションあがるよな」

    兄貴は上機嫌だ。見たことがないくらい、心弾ませているようすだ。
    だけど俺は、そんな今を楽しめなかった。だってこのあとどうなってしまうのか、皆目見当もつかなくてショート寸前。映画の内容なんて絶対に頭に入らないからだ。
    無理、どうしよう。無理だ、無理ムリ、結滅。
    デートなのに俺、ちゃんと兄貴をドキドキさせられるのか?不安だ。なんにも、作法が、わからない。
    兄貴は今さっき、手際よくチケットを発券してくれた。やってること、終始かっこよく見えるのは何でだ。ポップコーン食いに行こう、なんて誘い文句はハチャメチャなのに。言ってることもダセぇのに。なんだか全部ときめいた。
    できることならこのB級映画が、最高のひとときをもたらせてくれたらいい。
    もっといえばラブストーリーならラッキーだ。ハッピーエンドならもっと良し、きっといい予行演習になる。
    そんな出過ぎた期待を抱きながら、俺は兄貴の隣ひ並んだ。そしてスクリーン8を目指して、歩みだした。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍😍💒💒👏👏👏💘🎥🏩😇😇😍😍😍🙏🙏💕💯💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works