昼間一緒にゲームをしたばかりなのに、夜になってまた声が聞きたくなってしまった。配信をしていたらそれを見ながら寝ようかなと思ったけれど残念ながら今は配信をしていないみたいだ。
幸いディスコードはオンラインになっている。今電話してもいい?なんて、話したいことがあるわけでもないのに送ったら変に思われるかな。ただ君の声が聞きたくて……そんなこと言ったらきっとまた嫌がられちゃう。でも自分の欲望を止められなくて、俺は結局彼へメッセージを送った。
【いま暇? 寝る前に誰かと話したい気分なんだけど、付き合ってくれない?】
嘘じゃないよ。誰かと、じゃなくて、君と、だけどね。忙しいとか他を当たれとか、たぶんそういう返事が来るだろうなぁと思いつつ画面を見つめたまま待ってしまう。しばらく返ってこない可能性だってあるのに、彼からのメッセージが来たらそれにすぐ反応したかったからパソコンの前から離れられなかった。
三分くらい経って送られてきた彼からのメッセージに、俺は思わず目を見開いた。そこにはたった一行、【すこしなら】と書いてある。つまり、なに、俺と話してくれるってこと? 昼間に二人でゲームをしたばっかりなのに、……ああ、彼のタイムゾーンだと昨夜になるのかな、もしかして。そうかも、だからオーケーしてくれたのかも。
とにかく、俺は緩んだ表情を引き締めることもせず彼に電話をかけて、繋がって一秒で「キョウ〜!」と彼の名前を呼んだ。あは、聞いただけでニヤけてるのが分かっちゃうかもってくらい機嫌のいい声じゃないか!
『……なんだよ、元気そうだな』
「うん? 元気だよ、キョウが電話に出てくれてすごく嬉しいからね」
『もう寝るんじゃねえの? そっち夜なんだよな?』
「イエス! 寝る前にキョウと話したかったんだ。ああ、話したいことがあるとかじゃないんだけど、ただ声が聞きたくて」
『……なんだそれ』
あっ、言わないでおこうと思ったのに、本当にキョウと話すことができて嬉しくなった脳みそが勝手に声に出す言葉を決めてしまう。でもキョウの反応は思ったより悪くなかった。彼はポツリと呟くようにただそう言って、はあっと大きくため息をついた。だけど電話は切れてない、つまりまだ俺に時間をくれるってことだ。
「ごめんね、俺のワガママに付き合ってくれてありがとう。今何してたの? そっちは、……昼間? だよね?」
『どっちかっつーとまだ朝。朝飯食い終わって買い物でも行こうかと思ってたとこ』
「そうなんだ。じゃあ、おはよう、キョウ。もしかして今日一番最初に話したのは俺?」
『……残念なことに』
「あはは、残念? そんなことないでしょ。朝は何を食べたの? 俺はね、夜ご飯にハンバーガーを食べたよ」
『サンドイッチ』
「かわいいね!」
『は?』
「ふ、ふは、冗談。そういえばキョウ、今日やったゲーム……じゃないか、昨日? 二人でやったゲームさ、あれ、また一緒にやろうよ」
『……んー、気が向いたら。……レン』
「うん?」
低くて耳に心地いいキョウの声が好き。俺の名前を呼んでくれる時は、特に。ゲームをしてるわけでもなくて二人だけだと、俺はキョウに何か喋ってほしくて手当たり次第に話題を上げてしまう。誰かがいれば、俺と二人じゃなければ、キョウはわりとおしゃべりなんだけどな。最初よりはうんと仲良くなれているから、もっと二人の時間を作ればもっと仲良くなれるって思ってる。だから今も、……ううん、やっぱり、今この時間はただの俺のワガママだ。キョウの声が聞きたかった、それだけ。
『何時に寝んの? 寝る前にって言って、おまえ全然眠くなさそうじゃん。むしろ起き立てくらい元気じゃね?』
「それはキョウと、あ、ええと……いや、眠かったんだけど話してたらなんか眠気飛んでっちゃって」
『俺と、なに?』
「……なんでもないよ?」
『誤魔化すのヘタクソなんだよ、おまえ。怒ってやるから言え』
「怒られるって分かってて言うわけなくない!? キョウに嫌われたくないから言わないよ、なんでもない。ねえ、それよりキョウ、次の配信でさ」
『レン』
「……うん」
『俺に隠し事すんの?』
「……そういうわけじゃないけど」
『じゃあ言えよ』
俺、別に何でもかんでもキョウに話してるわけじゃないよ。確かにキョウには他の人より色々話してるけど、それでも全部じゃない。隠してるつもりはないけれど話していないことだってたくさんある。
でもなんでだろう、キョウに真正面から聞かれたら、なんでも言いたくなっちゃうなあ……。好きだよって、本当はそう言いたいんだけれど、そこまで口にするとキョウを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。俺の本当の本音と、キョウの聞きたい俺の本音、その二つの間のちょうどいいところで言葉をまとめて口に出す。
「キョウと話したかったんだ。本当はまだ全然寝るつもりじゃなくて、でも何か理由がないとキョウは電話なんかしてくれないかもって思ったから適当に言ったんだよ。だから、キョウと話せて、ただ嬉しいだけ。……何時に寝ようかな、キョウは何時に出かけるの?」
『……』
「キョウ? 聞こえてる?」
『……きいてる』
「……どうしたの?」
『なんでもねえよ! もう出かける!』
「え! ……そっか、わかった。……えっと、付き合ってくれてありがとう、……それじゃあ」
『っああもう……! いいよ、まだ出かけない、好きにしろバカ』
「え? なに、どういうこと?」
『オーケー、十秒以内に次の話題を思いつけ。一、ニ、三、四』
「え!? ま、まって、なにを」
『五、六七八』
「カウント早くない!?」
『九』
「キョウって俺のこと嫌いなの!?」
『だいっきらいだよバーーーカ!』
十まで数え切る前に、キョウは電話を切ってしまった。嫌いって言われたけど、でも、どう聞いたって今の『だいきらい』は照れ隠しだったよ。そもそもその前からなんか様子が変だったというか、なんか、……可愛かったし。顔を見て話したいな、声だけじゃ分からないキョウのいろんな感情を全部知りたい。
キョウが嫌いって言ってくれた時だけ言える魔法の言葉、【俺はキョウのこと大好きだよ】を打って、俺はメッセージを送った。すぐに返ってくるFワードに一人でクスクス笑ってしまう。きっとこういうくだらないやりとりの積み重ねが、俺たちの関係を築き上げてくれるって思うから。