んーまっ、と聞こえた声に思わず部屋の前で足を止めた。顔を上げなくともそこが浮奇の部屋で、聞こえたのは浮奇の声だってわかってる。配信中か、誰かと通話中だろうか。少なくともそのキスをもらったのが俺ではないことは確かだ。まだ部屋の中から話してるような声が聞こえたから中に入っていくこともできず少しの間そこで突っ立っていたけれど、手の中にスマホがあることを思い出してロックを解除しメッセージアプリの彼とのトーク画面を開いた。何を送ろうか少し迷って、【お昼ごはん何か作るけど食べる?】と、返事が必要な内容を送る。部屋の中の彼の声が止まり、俺のスマホが震えた。
【食べる! サニーの作るものならなんでも。ありがとうベイブ】
見た途端思わず頬が緩んでしまうような浮奇らしいメッセージにオーケーのスタンプを返してようやく一歩を踏み出しキッチンへ向かう。何を作ろうかな、浮奇の好きなものがいい。
浮奇が部屋から出てきたのはそれから十分後くらいで、キッチンに立つ俺のところへ真っ直ぐ歩いてくると彼は俺の手元を確認してから背中にぎゅっと抱きついてきた。グリグリと猫のように額を押し付けてくる仕草にくすりと笑い「寝てた?」と聞いてみる。
「んーん、配信してた、ちょうど終わるところだったからタイミングばっちりだったんだ。さすがサニーマイハニー」
「ふふ、浮奇マイスイートクッキー」
「わお……」
「そっか、じゃあ相手はスターゲイザーのみんなだったんだ」
「うん? なにが?」
「ううん、こっちの話」
調理の手を止めて後ろを振り返り、首を傾げてる浮奇の額にキスを落とす。浮奇は途端に可愛らしく瞳をとろけさせて甘える声で俺の名前を呼んだ。彼の声はいつだってハチミツのように甘いけれど、俺に甘えてくれる時の声が一番だ。背伸びをして顎を上げる浮奇に求められるままキスをして、俺は彼の腰を抱いた。いつも美味しそうにたくさんご飯やスイーツを食べるのにどうしてこんなに細いんだろう。家だとゆるっとした服を着ていることが多いから、それを脱がせた時やこうして抱き寄せた時にはいつもその細さに驚く。
「浮奇、かわいい」
「ん、へへ。サニーもかわいいよ。お昼ごはんは何を作ってるの? お腹すいちゃった」
「オムライスだよ、この前食べたいなって言ってたよね。もうデリバリーとかで食べちゃった?」
「オムライス! 最近は食べてないよ、嬉しい。サニーのオムライスにケチャップでハート書いてあげるね」
「うん、俺は浮奇のオムライスにハート書こうかな?」
「もったいなくて食べられない……」
「俺は浮奇のハートちゃんと食べるよ」
「俺のハートはもうサニーに食べられちゃってるもんね?」
「ふふ、それなら俺のハートももう浮奇の中じゃない?」
「……もういっかいキス……」
「もちろん」
言葉遊びのようなやり取りで俺に夢中になってくれる可愛い人。移り気なその人がずっと俺のことを見ていてくれるように、もっと大人っぽく、色っぽく、あと体も鍛えて、魅力的にならないと。よそ見なんてしないでって自信を持って言えるように。
「サニー……?」
「うん?」
「ううん、なんか、難しい顔してた。仕事の締め切りでも思い出しちゃった?」
「……ううん、浮奇のこと考えてた」
「おれ? じゃあもっと笑ってよ」
「ふふ、そうだね。浮奇のこと丸ごと食べちゃえたら良かったのになぁって思って」
「……食べていいよ?」
「……オムライスのあとで?」
ちゅっとキスをして、浮奇は俺を真っ直ぐ見つめて「はやく食べてよ」と囁いた。作りかけのオムライスは、夜ごはんにしようか。